12 インパクトという能力
「成功……例?」
ぞくり、と背筋が冷えた。
一瞬何を言われたのかが分からずそれ以上言葉が続かなかった。
勇気が乾いた声で問う。
「そう思う根拠は?」
「彼女は全ての人間が等しく特殊能力を持って生まれることを望んでいました。本来誰もが持つべきなのだというのが彼女の意見でした」
斎はティーカップの取っ手を優しく撫でるように触れた。
「もしも彼女が能力者ではなかったら、私は特別な能力を持った者に対する嫉妬と判断し笑い飛ばしていたでしょうが、彼女自身も確かに特殊能力者でした。意味も重みも違います」
「彼女は迫害でもされていたんですか」
「ある意味では。彼女は本来古武の妾腹で、しかも女でした。だから本来よほどの事でもない限り古武の家が引き取ったことは無かったでしょう。それを彼女が異能であると知った時特別な力を欲しがるあまり母親から引き離し無理矢理引き取ったんです」
元々、と彼はまるで弁解でもするように付け加える。
「並はずれて頭が良く且つ力のあった彼女は周りからも不気味と言われるような存在だったと聞きました。彼女はおそらく自分が能力を持っていなかったら、ではなく全ての人間が能力を持っていたら、と考えてしまったのでしょう」
一瞬、思い出した。
クラスメート達が事件の全てが明弥のせいだと責められた時、周りの嫌な感情を全て飲み込んでしまったような気分になった。
息が詰まるような感覚。自分が生まれてしまった罪悪感。
本当に全てが自分の責任だと思った時の痛み。
勇気が明弥の能力に気付き理解してくれなければ明弥は自分の全てを否定してしまっただろう。
だが古武玲香は自分ではなく他人を否定した。
理不尽な環境を自分の責任と考えるのには心が耐えられなかったのではないだろうか。そして受け入れて肯定できる余裕もなかった。おそらく彼女にはその時、明弥にとって勇気のような存在が無かったのだ。
「明弥君の能力は他者に影響を与えて潜在能力を引き出す力。そう言った力を持っている人は多くいますがあなたのように顕著であるのは珍しいケースです。その上あなたの力で影響を与えられた人間は本来より強い力を得ることが出来る。それは彼女が理想とした能力に合致します」
明弥は頷いた。
井辻のPKが目覚めた時、勇気は‘本来はマッチ箱を動かせる程度’と言ったが実際井辻の能力はもっと高かった。それが明弥の能力が影響を与えた結果なら、本来よりも強い力を得られるというのは真実なのだろう。
「そして明弥君の母親、明香さんは ‘Ain’が成功する可能性が最も高い遺伝情報を持っていました。レイカさんは彼女をとても可愛がっていたし、執着しているようにも見えました。だからレイカさんが無理に受精卵を着床させたとは考えにくいのですが……」
彼は言いにくそうに目を伏せる。
可能性が皆無ではないと言いたいのだろう。
嫌な気分だ。
けれど、事実だとして耐えられない程のことでもない。ほんの僅か記憶に残る母親も父親も確かに自分たちのことを愛してくれていたのだ。
だから人為的に生まれたとしても、確かに衝撃ではあるが耐えられない程ではない。
「明香さんが失踪したのは、明弥君の年齢を考えてちょうど妊娠が発覚する頃だと思います。憶測ですが、生まれた後に……」
言い淀んだ彼の言葉を代弁するように明弥は言う。
「実験、ですか?」
「ええ……そう、です」
彼は少し驚いたようにしながら頷いた。
「そうされてしまうのを恐れて、明香さんはレイカさんから逃げたのだと思います。そして先刻も少し話しましたが」
「久住有信が彼女を匿っていた可能性がある、と?」
「そうです。当時まだ明香さんは成人していませんでした。一人で逃げるとしても限界があったでしょう。有信さんが彼女を助けていたとしても不思議はありません。……でも彼もまたその二年半後くらいにいなくなっています」
有信が妹信子の元を訪れ双子を預けて行った時、斎も古武玲香も初めて有信に子供がいたことを知ったという。それまでそんな素振りを微塵も見せずに今まで通り研究を続けていたそうだ。
だから誰一人として有信が明香を匿っている可能性を考えなかった。
だが、ほんの僅か、おかしいと思うべき点はあったそうだ。
今まで外食が主だった有信がスーパーで買い物をしていたり、帰宅が早くなったりもしていたそうだ。
それも恋仲であった明香が突然失踪したために気分転換で自炊を始めた、帰宅が早くなったのは彼女の思い出が残る研究所にはあまりいたくなかったのだろうと勝手に解釈をしていたそうだ。
だが有信失踪後、確証こそ無かったが明香とずっと一緒だった可能性を考えると全ての辻褄が合うのだ。
明弥達に当初戸籍が無かったのも、レイカに知られる可能性があったのを考えて出生届を出せなかったのだろう。
「ただ分からないのが明香さんの行方です。一緒にいたとしたらどこに行ってしまったのかが分かりません。有信さんが失踪する時に彼の住んでいた家は全焼していますが、そこから明香さんの遺体は発見されていません」
「パイロキネシスの中には人の骨を残さないほどに消失させられる能力を持った人間もいるはずだ。まして……」
言いかけて勇気はしまった口元を押さえる。
言いたいことが分かり明弥がそれを引き継いだ。
「幼いとはいえ、僕がいたんだよね……。無意識に僕が父さんの力を暴走させたのかも知れない」
「明弥、それは」
「可能性の一つだけど、考えられない事じゃないから。本当の事は父さんに聞かなきゃ分からないけど」
意外そうに勇気が明弥を見た。
明弥の力が父親を暴走させた可能性。それを考えると二人の力が明香を殺してしまった可能性だって考えられる。だが、それは今考える事じゃない。
話を聞けば有信が本当の父親でない可能性もある。だが、それだって直接父親に聞いてみなければ分からないことだ。憶測であれこれと悩んでいる場合じゃない。
驚くほど明弥は冷静だった。
おそらく一気に色んな事を聞かされて感覚が麻痺してしまっているのだろう。だがそれ以上に冷静にならなきゃいけない理由を明弥は自覚していた。
母親も父親も明弥達が特別な力をもって生まれる可能性を考えていた。
実際に明弥はインパクトという能力を持っていた。
「トモちゃんは?」
「え?」
「トモミはインパクトを持っていないんですか?」
「それは……分かりません」
「分からない?」
「潜在的に何かの力を持っている可能性は考えられます。ですが、明弥君がインパクトの能力者であると分かった時、トモミさんの方も様子を窺ってみたんですが明弥君のような兆候は無かったんです」
「そうですか」
明弥はふうっと息を吐く。
少しだけほっとしたのだ。
今のところ兆候がないというだけでも能力のことに関しては自分の問題だけで済むのだ。
彼女にどう話して良いのかはわからないが、彼女が母親の死を自分のせいだと考えないのであればそれだけが救いになる。そんな気がした。