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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第八章 凶眼 Evil Eye
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11 贖罪の道を歩む



 それに気が付くのが遅すぎた。

 彼はそう言って息を吐いた。

「レイカさんには父親が違う妹がいました」

「林明香さん、ですか?」

「そこまで知っていますか。……ならば彼女があなた達の母親であると言うことも?」

「確信は無かったんですけど。あの、斎さんはそれを知っていたんですか」

 いいえ、と彼は首を振る。

「有信さんの子供であることは知っていました。明香さんとの子供である可能性をはっきり感じたのはつい最近の事です。あなたは……明香さんによく似ています」

 遠い眼差しだった。

 明弥を通して明香の面影を見ているのだろう。

 優しいような少し傷ついたような複雑な表情だった。

「明香さんは突然いなくなりました。当時有信さんと彼女はとても仲が良かったんです。彼は居場所を知らないと言ったし、増して彼も彼女の行方を捜していましたからてっきり彼も知らないと思っていました。今考えれば彼が匿っていた可能性も拭えません」

「匿っていた?」

「それは、もう少し後にしましょう」

 話を戻します、と彼は表情を変えた。

「明香さんが失踪するよりも前のことです。彼女は大学生でもありませんでしたが、レイカさんが良く研究所の方に連れてきて来ていました。ある日、明香さんに問われたんです」

 何のために研究をしているのかと。

 高校生の頃から手伝いとして研究チームに関わっていた斎は研究を進めるのは至極当たり前のことだった。大学に入り、なおも研究を進めていても違和感がありながらそれを無視してしまえるだけの好奇心があった。

 だが、彼女に問われた事で不意に冷静になったのだ。

 もう既に‘Ain’の計画が進み、何人かの「研究対象」を生み出した後だった。

 そして不意に怖くなった。

 自分がしてしまった事を悔やんでいるというよりも、人で実験することに躊躇いが全くない彼女に恐怖した。

 そして初めて自分が踏みこんではいけない領域に入っていたことに気が付いた。

「止めようとしてももう止まらないことも、今更倫理観を持ち出しても彼女は納得しないことは分かっていました。結局私は迷ったまま何年も彼女の研究に手を貸し続けた」

「今もなおその研究を続けているのではないんですか?」

 勇気が問う。

 その向ける視線は鋭い。

 射抜くような、探るような瞳だった。

 その視線を受け止め斎は頷く。

 迷いのない真摯な瞳だった。

「はい、続けています」

「何故?」

「あの研究を……‘Ain’を封印するためです」

 封印、と呟くと何か異質な感じがした。

「全て無かったことにすることは出来ません。太一に聞いたと思いますが、鈴華は‘Ain’で生まれ、そのために今も尚苦しんでいる子供です。彼女を救うためにはまだあの研究を続ける必要があるんです。彼女を救い、そして全てが解決した時、全ての研究を終わらせます。そのために私はまだあの忌まわしい研究を続けているんです」

「‘Ain’を救えるのは‘Ain’だけ……ということか」

 勇気は顔をしかめる。

「それで何故、インパクトが必要と言うことになるんですか?」

「それに関しては専門的になるので細かい説明は省きますが、インパクト能力は他人に影響を与える能力です。力の使いようによっては或いは全てを元に戻せるとも考えています。……そもそも、鈴華の身体の不調は遺伝疾患もありますが、彼女が潜在的に保有する超常能力が不安定というのも関わっています。インパクトで影響を与えることで安定した形が得られるというのが私の見解です」

 聞き終え、勇気は鋭く言う。

「そのために明弥を危険に晒したんですか?」

「勇気!」

 明弥は咎めるように声を上げる。

 いくら何でもいきなりすぎる。もしも間違っていたならあまりにも失礼な事だ。いくら斎が温厚な人間でも怒るだろう。

 そんな明弥の心配をよそに、向かい合った斎は穏やかな顔をしていた。

「私が誰かに命じて明弥君を襲わせたと?」

「違いますか?」

「違う、と言っても信用はして頂けないでしょうね」

 斎は首を振る。

「実際、太一が暴走する可能性を知りながら私はそのままにしました。あわよくば、あなたの力が安定するのではないかと。そんな私が違うといっても信用は出来ないでしょう」

「あの、斎さん」

「はい?」

「僕は、あなたはとても優しい人だと思います」

 虚を突かれて彼の表情に戸惑いが混じる。

 勇気は静かに明弥の方を見た。

「私が、ですか?」

「太一が最初に暴走した時、斎さん車で人気の無いところまで移動しましたよね。あれって、太一があのまま暴走したり、僕がインパクトを使って色んな人に影響を与えてしまうことを避けるための行動ですよね? 僕は、そう言うこと考えられる人が悪い人だと思えないんです」

 ふう、と横で溜息が聞こえた。

 呆れたのだろうか。勇気は背もたれにもたれて天井を仰いだ。

 またお人好しの馬鹿と言われそうだ。

 構わずに続ける。

「優しい人が、優しくない行動を取る時、必ず理由があると思うんです。だから僕は行動だけで誰かを責めたくない。疑うのも嫌です。だから僕はあなたが違うといえば信じたい、そう思います」

「人気の無いところの移動したのは我々が目だってしまうことを恐れたからかもしれませんよ」

「だったらあんな街中に姿を現したり、その後も僕に協力してくれたりしません」

「……」

 斎はメガネを外し顔を覆った。

「……あなたのような方ともう少し早くお話し出来れば、私も少し違っていたのかも知れません」

「斎さん?」

「私は怖かったんですよ」

 声が少し震えていた。

 泣いているのだろうか。

 覆った手を外し、再びメガネをかけ直した彼の目に涙を見ることは出来なかった。

「あなたにこの研究を知られるのが怖かったんです。明弥君に責められれば私はきっとこれ以上進むことは出来なくなっていたでしょう」

 彼のメガネは動揺を隠すためのものなのだと気が付く。

 おそらく明弥以上に緊張をしていたのだ。

 メガネのレンズ越しの彼の目は少しだけ振れていた。

「部外者であったり、また同じく研究を進めていた人間に詰られても研究を進めることに躊躇うことは無いと思います。でもあなたに責められれば聞き流すことは出来ません。だからあなたに知られ、責められるのを恐れていました。……明弥君」

 彼は少し背を伸ばした。

 明弥もつられて背筋を伸ばす。

「はい」

「明弥君は当事者なんです」

「え? 当事者?」

「おそらく、としか言いようがありませんがあなたもまた‘Ain’によって生まれた子供なんです」

 瞬く。

 斎が続ける。

「それもおそらくレイカさんが本当に作りたかった人間……嫌な言い方をしてしまえば、あなたは唯一の成功例なんです」


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