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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第八章 凶眼 Evil Eye
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8 狩人の目



「もう少し時間が掛かるそうだ」

 待合室のソファに戻り声をかけると、濡れたハンカチで目元を冷やしていた祐里子は片側の目を開いてこちらを見る。

 意識はすぐに戻ったが、激しい頭痛に苛まれていた。

 当然だろうと有信は呆れたように息を吐いた。

「検査なんて……休んでいればすぐに治ったのに」

「PKの後遺症を甘く見るな。君は、あの瞬間心臓が止まっていてもおかしくなかった。あの力はそれだけ危険な力なんだと自覚した方がいい」

 物体に直接物理的な作用をもたらすPKは、透視や予知のようなESPに比べて身体にかかる負担が多い。増して人二人の身体を持ち上げるだけの力を使ったのだ。それは尋常な力ではないし、使ったことで身体に相当な無茶をさせている。

 有信は今までそれで命を落とした人間を何人も見ている。

「高橋さん、詳しいのね」

「そう言う研究をしていた時期があったからな」

「研究者には見えないわ」

「今はもう携わっていない」

 少し前まではある国の軍隊の特殊部隊で研究をしていたが、それは一般的な研究所とは違う。研究者と言うよりも軍人だった。見えなくて当然だろう。

「君はあの連中に心当たりはあるのか?」

「いいえ。でも、幼い頃は人に追われて逃げ回っていた時期もあったの。だから、ごめんなさい」

「何故謝る?」

 むしろ謝るのならば有信の方だろう。

 おそらく連中の狙いは有信だった。巻き込まれたのは彼女の方ではないだろうか。

 彼女は目元を再びハンカチで覆う。

「私、嘘を付いていたわ。あなたが危険な目に遭うのは分かっていたけど、死ぬかどうかなんて本当は分からなかったの。あの場所にいたくて……嘘を付いたわ、ごめんなさい」

 有信は息を吐く。

 それは想像の範疇のことだ。

「構わない。どうせ俺も君に嘘を付いている」

「偽名?」

「気が付いていたか」

「高橋洋、あなたらしくない名前だもの。本当はなんて言う名前なの?」

「教えられない」

 おそらく教えればもっと巻き込むことになるだろう。下手に名前を呼ばれて周りに勘付かれることになっても面倒だ。

 拒絶を含めて言うと彼女はただ納得したように頷いただけだった。

 不意に院内アナウンスが祐里子の名前を呼んだ。

 有信は立ち上がり、彼女に手を貸し立ち上がらせる。

「一人でいけるか?」

「ええ、大丈夫」

「煙草を吸って待っている」

 彼女は驚いた顔をしていたが、実際驚いたのは有信も同じだった。このまま彼女を置いてどこかへと消えようと思っていたのだ。だが、口をついて出た言葉は待っているという単語。

 よほど彼女のことが気になっているのだろう。

 目立つような場所でなければ大笑いしてしまっていただろう。そのくらいに自分にとって奇異な事だった。

 こんな時に、女が気になって立ち止まってしまうなんて。

 有信は口元を押さえ喫煙ルームへと入る。

 煙草を取り出して、ライターをタケの部屋に置いたままにしていることに気が付く。人がいないことを確認し、こっそりと煙草に火を付けた。

 慣れていない頃はこれをやろうとして煙草全体を燃やしてしまったこともある。今は気が逸っていない限りそんなヘマはしない。普通のライターよりも正確に火力の調整が出来る。

 有信は煙を吐き出した。

 無意識に壁の張り紙を読んでいる時、人が入ってくる気配を感じ、有信はちらりとだけ人物を確認する。片手に包帯を巻いた男だった。趣味か何かでスポーツをやっているのだろうか。体格の良い男で、その脇には若い男がいる。会社の先輩後輩という感じだろうか。

 有信は顔を上げないようにし、軽く会釈をすると壁際の席に腰を下ろす。

「この病院喫煙所あって良かったですねぇ」

 若い方が言う。

「最近じゃ完全禁煙の所も多いから……どうしたんですか、先輩?」

「……いや、ライターを忘れたみたいだ。すみません、火貸して頂けませんか?」

 喫煙ルームの中にはこの二人の他に有信しかいない。自分に言っているのがすぐに分かったが、一瞬戸惑い、灰皿の中のマッチの燃えカスを確認して咄嗟に嘘を付く。

「すまないが、最後の一本だったんだ」

「ああそうなんですか、すみません」

 男は残念そうな声で答えたが、何か観察されている気配を感じた。

 本能的に警戒心が湧く。

 おそらく、刑事だ。

「俺、売店で買ってきますよ」

「ああ、頼めるか?」

「はい、ここで待ってて下さいよ」

 毒気を含まない声で若い方が言って部屋を出て行く。若い方の声だけを聞いていれば刑事という感じはない。だが、この体格の良い男からは刑事の匂いがする。おそらく有信から何か気配を感じたのだろう。

 有信が彼を警官だと思ったのと同じように、ベテランの刑事の嗅覚というのは鋭い。後ろ暗い所がある人間の態度を本能的に感じ取るのだ。

(まずいな、この男とはあまり関わってはいけない気がする)

 面倒な事になる前に喫煙ルームから出た方がいいだろう。

 だがすぐに腰を上げたら逆に怪しまれる。

「メンソールですか? 珍しい匂いがしますけど」

「すまない、少し匂いがきついだろうか」

「いいえ。俺の知り合いのと同じメーカーかな、って思っただけです。ダビドフのメンソール」

「……ああ」

「ああ、やっぱりそうですか」

 男が一つ席を離して有信の隣に座る。

 喫煙所で話しかけてくる人間は意外と多い。まして二人だけになった時は気まずさを解消するために話すか早々と部屋を抜けるかどちらかだ。

 普通の行動。

 だからこそ余計にこちらのことを探っているように思えてならなかった。

「火傷の治療ですか?」

「え?」

「その傷……」

 指を差された手の甲には火傷の跡がある。

 有信は少し隠すように手で覆った。

「いや、これは古い傷だ。連れが検査を受けている付き添いだよ」

「ああ、そうなんですか、すみません」

 有信は肩を竦めて立ち上がる。

 灰皿に煙草を押しつけもみ消す。

 不意に男の鋭い視線とかち合った。

 ちり、と頭の後ろが燃え上がったような感覚を覚える。

 標的を見つけた狩人の目をしていた。


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