5 狙う者の影
「それで」
政志が玄関を出て行った後、勇気は太一にコーヒーを出しながら問いかける。
「何か用事があったのか」
聞かれて太一は少し笑って髪を掻き上げる。
何かを迷っているような態度に見えた。
話したいことがあるのは確かなようだ。だが、それを話すべきか否かを迷っている。そんな風に見えた。
「……少し、話さなきゃいけねぇ事があってな。明弥、こっちに座ってくれ」
「あ、うん」
明弥が太一と向かい合うようにテーブルの席に着くと、勇気が流し台に寄りかかるようにして言う。
「俺は外した方がいいか?」
気を利かせた言葉だろうが、それは即座に否定される。
「いや、ユーキにも聞いて欲しい。こいつの、明弥の能力についてだ」
「インパクトの?」
勇気は明弥の隣に腰掛けた。
小脇に抱えていた例の文書をテーブルの上に置くと、太一がそれを気にするように視線を送った。
顔色を変えた訳ではなかったが何か皮肉を言われたかのように苦く笑ったように見えた。
「……それ‘Ain’の文書だな」
「知っているの?」
「ああ。イッキが携わったプロジェクトのものだ」
勇気が反応する。
「それは……」
「待った。それを話す前にまずこっちの話だ。俺は、俺たちは明弥のことを事件の前から知っていた」
事件。
それはおそらく最初に太一と出会った時のことを言っているのだろう。
それ前から知っていた。
予測していた事だが、心臓が変な音を立てた。
「知っていたとは?」
冷静な声で勇気。
明弥も真剣な表情で太一を見返す。
「イッキは超常能力に関しての研究をしている。俺たちが持っているリストの中に、明弥の名前があった。無論お前のも」
「リスト?」
その疑問には勇気が答えた。
「潜在的ESP若しくはPKの可能性のある人物を網羅したリストのことだろう。この手の研究をしている人間にしてみれば常識的なことだ」
うん、と太一が頷く。
「そう、その中に明弥の名前はあった。インパクト能力者の可能性のある人物としてな。俺はお前に会う少し前からお前の‘監視’をしていた」
「かん……し?」
太一は真っ直ぐ見据えたまま続ける。
「知っている通り、お前の能力は危険なものだ。目覚めて暴走すれば大変な事態も引き起こしかねない。俺たちはそれを防ぐためにお前を監視していた」
「妥当だな。俺ももし同じ立場なら同じ事をする」
「うん……それは僕も何となく分かる」
正直な所少し驚いたが、分からない話じゃない。実際に明弥だって散々迷った挙げ句同じ結論に達するだろう。
あなたは危険な能力を持っている可能性があります、そう言って納得する人間などそういないし、可能性だけで閉じこめる訳にもいかない。下手に刺激をして暴走をしたら最悪の事態にもなり得る。
そうならない為には見守っているのが一番だったのだろう。監視という単語は印象が悪い。だから太一は明弥のことを見守っていたのだろうと思う。
「監視していて分かった。お前の周りには不審なことがあまりにも多い。過去のことも調べたが、事故、誘拐未遂、火災、怪我……たった十六年の間に、お前は何度経験した?」
「えっと……」
明弥は指折り数えるが、途中まで数えて分からなくなった。
怪我をしたりするのは日常茶飯事だ。入院することや、警察沙汰になるような事だけを数えても数は自分でも驚くほど多い。
いくら何でもその数は不自然だろう。
「数え切れない程というのがおかしいだろう。鈴華のように入退院を繰り返すような病気ならともかく、普通の人にとって入院は人生で数回ある程度だ。人によっては一度も入院しない奴だっている」
勇気の言葉に太一が同意するように頷く。
「最初はお前が無意識にインパクトを使って他人を刺激しているから起こっていると思っていた。でも違った」
「違う?」
「いたんだ、犯人が。俺が最初に暴走をしたあの日、俺がビルから飛び降りる前にお前たち目がけて鉄骨が落ちた。あの時俺はあの工事中のビルで鉄骨をわざと落とした男の姿を見ている」
一瞬言われている事が分からなかった。
犯人がいた?
鉄骨を落とした男がいる?
「え? それって……あれ……?」
鉄骨が当たれば明弥や居合わせた政志や他の人が亡くなっていた可能性があった。あれが誰かの手によるもので、明弥を狙っていたとしたら。
今まで自分の経験した事故。中には本当に偶然のものがあったとしても、誰かが意図的に起こしていた事があったとしたら。
明弥が関わった事件の中には結局犯人が捕まらなかったものもいくつかある。それがもし同一人物や誰かに頼まれた人間だったら。
そうなれば、自分の事を殺そうとしている人間がいることにならないだろうか。
それも、本当に幼い頃から。
(まさか……)
嫌な予感がよぎる。
それを否定しようと明弥は奥歯を噛みしめた。
「あの日俺はあのまま暴走したから犯人を捕まえる事は出来なかった。だが、前後が曖昧だがあの時俺は煙草の匂いを嗅いでいる。それは前の父親から感じた煙草の匂いと同じ種類だ」
ぞわり、と鳥肌が立つ。
違う。
そんなはずがない。
否定しようとしても肯定の言葉が次々と浮かんでくる。
身体が震えた。
「明弥」
不意に、肩に手が置かれた。
優しい手。
勇気のものだ。
不思議と震えが止まる。
「……そんな顔をするな、明弥。太一は何もお前の父親が犯人だと言いたい訳じゃない」
明弥は太一を見上げる。
太一は同意するように頷いた。
「ああ。俺たちがお前の父親に会った時、俺は‘明弥を頼む’と言われた。お前を殺そうとしていたのなら誰がそんなことを頼む?」
「うん……でも」
「あの一瞬じゃ俺でも嗅ぎ分けるのは難しい。同じ煙草というだけで、違う人間かもしれない。だが、おそらくあの雑踏の中にお前の父親がいたと思う」
雑踏の中に、父親。
見ていたのだろうか。
明弥のことを。
「お前の父親は多分気付いていたんだ」
「気付いていた?」
「明弥を狙う人間がどこかにいると言うことに」