14 仄めく火群
ギリギリと緊張が高鳴る音が聞こえる。
弓を射る時は集中をすると言うよりは無心になる。何も考えず、ただ身体が覚え込んだ動作をする。中を射抜くというよりはただ射抜くだけなのだ。
余計なことを考えれば弓に意思が伝わり的から外れる。
だから何も考えずに射抜く。
ひゅん、と鋭く風を切る音がした。
弓から放たれた矢は、鋭い声を上げて真っ直ぐに飛び、的の中心付近に突き刺さる。矢継ぎ早に再びつがえた時、拍手が聞こえて勇気は手を止めた。
「……ああ、もうそんな時間か」
言うとフェンスの向こう側で弓を見ていた二人がほぼ同時に首を振ったのが見えた。
双子のシンクロという奴だろうか。彼らの仕草は非情によく似ていた。
「邪魔してごめん、予定より早く付いちゃったんだ」
「いい。すぐに着替えて出るから少し待っていてくれ」
そう言って勇気は使っていた機材の片付けをする。
道場にある唯一の時計を見ると、約束していた時間より三十分ほど早かった。どちらにしてももう練習は十分と言うほどやっていたようだ。
勇気は急ぎながらも丁寧に掃除をし、終えるとすぐに道場を閉め双子と合流をした。
学校の道場は本来この時間まで使えないのだが、今度の大会に勇気も出場することになるために無理を言って開けてもらっている。高校一年とはいえ、今までの実績があるために学校も大会には参加して欲しいと考えているらしい。
国体に行くことになればそれこそ学校の宣伝にもなるのだ。
「良かったの?」
「ああ、あまり詰めすぎても良くないからな。……川上、もうだいじょうぶなのか?」
「うん、もうすっかり元気だよ! 心配してくれてありがとう」
トモミはそう言って両手に握り拳を作る。
いつもと変わらない様子に勇気は少し安堵の息を漏らした。
正直もう少し落ち込んでいると思っていたのだ。明弥もそうだったが、トモミも一度落ち込んでも浮上するのが早い。脳天気とか、短絡的だと言っているように聞こえるが、そうではなく本当に辛い経験をしているから踏み出す力を持っているのを勇気は感じていた。
自分の考えに頑なになりすぎるあまり、自分を失いかけた勇気はこの二人の強さに感心する。羨ましくは思わないのはその一部分を自分も分けてもらっていると感じているからだろう。
少なくとも勇気は明弥に救われている。
「それで、その様子だと今日は水守祐里子には会えなかったんだな」
うん、と明弥は頷いた。
「一応待ってはみたんだけど今日は来なかったよ。少し話が出来れば良かったんだけど」
本人と連絡を取ろうにも本人が店を訪れないのなら仕方のない話だ。
占い師である彼女に協力を頼めればと思っていたが、今日の所は諦めて自分たちでやれるところまでやるしかない。
勇気はカバンを軽く叩いて言う。
「こっちの方は少し収穫はあった」
「収穫って何なの?」
「警察の調査報告書」
「え? それっていいの?」
「良くない。ばれたら眞由美さんが懲戒免職をくらう」
「あー、つまり秘密って事ね」
トモミは口をへの字に曲げた。
明弥が質問を続ける。
「ひょっとして最近起きてた火事の話?」
「ああ。もしも久住有信がパイロキネシスだったとしたら……」
言葉を切る。
一緒に暮らしていなかったとはいえ実の父親の話だ。犯罪者かもしれないと言われて気持ちの良い物では無いだろう。
そんな彼の思いとは余所にトモミは明弥でさえぎょっとするほどのことを平気そうな顔をして言う。
「お父さんが起こした事件があるかも知れないってことだね」
「まぁ、そう言うことだな」
「本当はね、火事が起きるたびにお父さんじゃないかって思ってたんだ。不謹慎かも知れないけど、あんまり火事が無いと逆にお父さんとの繋がりが断たれた気がして不安だったり」
彼女は少し申し訳なさそうに肩を竦めた。
実際に火災に遭った人間に対しては悪いと思うけれど、彼女の立場に立てばそう思う気持ちも分からないでもない。二人は父親と炎を結びつけて考えていた。自分たちの周りにある火が父親の象徴なのかも知れない。連続放火は父親が戻ってきたというサインのように感じていたのだろう。
本当にそうであっても、そうでなくても、結びつけたくなる気持ちは勇気にも分かることだ。
「火災の状況を調べて傾向を調べる」
「そんなの、警察がやっているんじゃないの?」
「それでも見落とす点があるかも知れない」
「あ、なるほど、そうか」
合点がいったように明弥が頷く。
「え? 何々?」
「もしも父さんが犯人だったら、僕らじゃなきゃ分からないような所もあるかもしれない」
「頭の回転が速くなったな」
「……馬鹿にしてる?」
「いや、褒めてる」
勇気は笑う。
彼は憮然としていたがやがて思い出したように言う。
「あ、そうだ、駅に寄ってもいい? コインロッカーに用事があるんだ」
「ロッカー?」
「うん、お父さんの友達が……」
そう言って明弥は「タケおじさん」について話した。
久住有信の友人を名乗るタケという男。実際の名前も、連絡先も全く知らないのだと聞いて勇気は愕然とした。明弥だけならばともかく、トモミまで不思議に思うことすらなかったというのだからいくら何でも警戒心がなさすぎる。
いくら父親の友人を名乗ったからと言って、他の家族には黙っていてくれ等と頼むような男をどうして信用が出来るのだろうか。そもそも、定期的に連絡を取ってくるのは久住有信が生存していた場合何かマズイ事情があるか、あるいは失踪に関して後ろ暗いことがあるかのどちらかだろう。二人を通じて父親の動向を探っていたのかも知れない。
増して毎回贈り物をコインロッカーに入れるというのも変だ。直接渡すか家に送ればいい。まるで指紋を残さないようにしているのを悟られないようにしているかのようだ。
指摘すると、そんなこと初めて気が付いたと言うように目を丸くした。
出会ったのが小さい頃とはいえ、今の今まで疑うこともしなかったのか。
勇気は眉間を押さえる。
「おい、脳天気兄妹」
「うっ……何」
「今度あった時はちゃんと連絡先を聞けよ」
「うん……そうする。でも、悪い人じゃないよ」
「明弥に言わせれば全員いい人になるから信用出来ない」
「酷いなぁ」
「何しろ俺すら良い奴になるんだからな」
まだ会ったばかりの自分はお世辞にもいい人には見れなかったはずだ。それをあっさりいい人といってしまったのだから、大抵の人はいい人になりそうだ。
「勇気はいい人だよ」
「岩くんいい奴だよ」
同時に言われて勇気は苦笑する。
「そりゃどうも」
いい人は褒め言葉じゃない。
そう思っていたが、悪い気はしなかった。
学校から歩道橋を渡り繁華街の方へ抜けると駅がある。駅構内のコインロッカーは見渡せるほどの量があった。その中から明弥達は慣れた様子で番号を捜す。殆ど迷いもしなかったのだから、必ず同じ番号を使っているのかもしれない。
明弥が鍵を差し込み回すと、すかさずトモミがロッカーを開いた。
中のものを見て二人はきょんとする。
どうやら思っていたものとは大きく違ったらしい。
「手紙?」
それは古い手紙だった。
はがきも含めて数十通はあるだろうか。輪ゴムで束ねられたそれは既に封が開けられている。受取人の名前は「古武宣」差出人は「林明香」となっていた。
目線で訪ねると、分からないと言う風な仕草が帰ってくる。
勇気はもう一つロッカーの中に入っていたものを取り出す。
大きな茶封筒だった。
断って中を開くと出てきたのは書類のような紙の束だった。
見た瞬間明弥が呻く。
「うわ、英語」
横から割って入ったトモミがタイトルとその下に記された英文を指でなぞりながら翻訳をしていく。
「何? ええっと……プロジェクト、アイン?」
プロジェクト「Ain」
人為的に超常能力者を作り出す計画。