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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第六章 犠牲 Sacrifice
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13 恐ろしい可能性


 ゆっくり意識を巡らせていくと奇妙な感覚に気が付く。

 街全体が薄い膜に覆われているような感覚があった。ちょうどドライアイスが溶ける時に生じる白い煙がものを伝って下へ下へと落ちていくのに似ている。一定間隔で緩やかに流れ出ている感じがした。

 それが、インパクトの波と同質のものであることはすぐに分かった。

 だが、あまりにもその波が穏やかで弱いために、酷く奇妙な気がした。

「そこを右」

 勇気は言いながら太一の右腹を叩いた。

 バイクの騒音にかき消されて、言った所で聞こえないだろう。だから方向はこうして叩いて伝える。

 それに応えるように太一はバイクを大きく傾けて曲がった。

 太一は匂いに敏感であるが、さすがに人の匂いが大きく混じりあった場所から明弥達の居場所を突き止めるのが難しい。方向だけでも特定させるには勇気の能力が必要だった。

 実際、こうやって人を捜したことはない。

 子供の頃、かくれんぼをした時には勇気はすぐに隠れた人を見つけてしまっていたが、それはいわゆる「幽霊」という存在が勇気に隠れた人の居場所を教えていただけに過ぎない。こうして気配を辿って人を捜すことはおそらく初めての事だろうと思う。

 本当は別の方法で探そうと思っていたが、意識を巡らせて明弥のインパクトの気配を探れば早いことに気が付く。

(……だが、何があった?)

 まるで水が滾々と湧き出るようにインパクトの気配が流れ出ている。薄まりすぎて他人に影響を与える程でもないだろうが、その流れを見れば方向は掴める。

 重傷で意識を失っているであろう明弥。

 それがこの現象に何か関係があるのだろうか。

「左!」

 まさか、という嫌な事は考えないようにした。

 それを考えてしまった時点で現実になってしまうような気がしたのだ。

(インパクトの気配は淀んでいない……大丈夫)

 そう思いかけた時だった。

 太一が突然ブレーキをかった。

「!」

 振り落とされそうな衝撃を覚え、勇気は咄嗟に男の腰に強くしがみついた。

 ききっと、タイヤの擦れる鋭い音と供に、弧を描くように滑りながら大型バイクが止まる。

 アスファルトの上にはタイヤの黒い跡が残り、ヘルメットの中にまで焦げたゴムの匂いが立ちこめてきた。

 車通りの少ない道に入っていたのが幸いしたのだろう。そうでなければ事故を起こしrていた。急停止したバイクを大きく避けるように、車が何台か横をすり抜けていった。

「何を……!」

 ヘルメットを押し上げて抗議をしかけた時だ。

 視界の中に淀んだ気配を見る。

 赤黒い気配。

 それは恨みや憎しみといった、人の「悪い感情」を集めた気配。

「……っ」

 咄嗟に勇気は口元を押さえた。

 井辻の時ほどではないにしても、嫌な匂いがした。憎まれているのか、あるいは憎んでいるのか。

 それは激しい呪詛の気配。

 太一がヘルメットを外す。

 彼は、この気配を感じているのだろうか。

「……お前!」

 鋭く叫ぶ。

 赤黒い影……人影に向かって。

 人影が驚いたようにこちらを見ていた。どこか急いでいる様子の男は、おそらく目の前にバイクが止まったことに驚いたのだろう。顔を庇うように眼前に手をかざしてこちらを睨んでいた。

 見覚えがある顔だった。

 それがどこかすぐには思い付かなかったが、かざされた手の平に火傷の跡を見て気が付く。

 明弥から聞いた火傷のあるという男。それが自分たちの父親である可能性が高いことを。そして男の顔は明弥を調べた時に手に入れた家族写真の中で見た覚えがある。明弥の養父である久住政信の顔によく似ていた。

 そう、この男は、

(……明弥の、父親)

「久住有信だな?」

 太一が言う。

 牙を剥くというのはこういった表情のことを言うのだろう。どこか相手を挑発するような顔。

 男はじっとこちらを窺うように睨む。やがてその顔色に憎しみのような激しい感情が浮かんだ。赤黒い影が色濃くなったように感じた。

「お前は……!」

 二人におそらく面識はないのだろう。そうでなければこうして互いに確認しあったりはしないだろう。

 南条斎が明弥に関して調べたのなら太一が有信の存在を知っていてもおかしくない。では何故彼は太一を見て反応を示したのだろうか。以前明弥の監視の為に雇った男が太一のことを「狼になった男」と報告したとしてもその反応は妙だ。

 まるで仇敵に出会ったかのような反応。

 増した赤黒い気配がどれほどの憎しみを帯びているのかを示しているようだ。

(まさか……そう言うことなのか?)

 面識のない二人の接点はどこか。

 考えると南条斎に至る。

 可能性的にそれが一番高い。

 年齢的にそう遠くは無いはずだ。近い土地に住んでいた年齢の近い二人がどこかで接点を持っていたとしてもおかしくない。斎と、有信は何らかの関わりがあったと仮定する。仮定すれば斎は初めから明弥の存在を知っていた事にはならないだろうか。

 それか鈴華。

 鈴華は南条斎とは腹違いの兄妹になる。だがそれが嘘だとして、鈴華の本当の父親が有信なのだとしたら。

(……違う。それは多分、ない)

 物理的な確証があるわけではないが直感的におそらく前者が正解なのだろうと思う。

 恐ろしい可能性が頭をよぎる。

 有信が太一を睨み付けたまま憎しみを隠すように表情を殺した。

「今は、お前と関わるわけにはいかない」

「そーかよ。俺はあんたに言いたいことも、聞きたいことも山ほどあるんだけどな」

「……」

 す、と有信はどこかを示すように指を差した。

 太一も勇気もその指の示す先をみようともしなかった。ただ無言のまま、有信の様子を窺う。

「……の」

「何?」

「そこの路地を曲がって二つほど進んだところを左に入ると、救急車がある」

「……!」

 救急車、と勇気は覚えずその方向を見た。

 行方不明になったという明弥をのせた救急車。男の言った事が真実だとすればそれである可能性が高い。

「……明弥を頼む」


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