6 双子
鈴華は政志を暫く待つと言い他のクラスメート達と別れ明弥の元へと戻ってきた。学校の関連のことなのに勝手な行動をとって大丈夫なのかと問うと、彼女は現地解散にしてもらったのだと笑う。
相変わらず大人びた雰囲気がある少女だった。
明弥は二人が戻ってきた時に分かるように、雑貨屋のすぐ近くにあるベンチに腰掛け、脇にあった自販機で二人分のジュースを買った。
彼女に手渡すと、彼女は微笑んで礼を言った。
「あの、聞いても良いですか?」
問われ、明弥は少し肩を竦めて見せた。
「政志と僕の関係だよね?」
「……はい」
「親族だけど、本当の兄弟じゃないんだ。トモミと僕は双子なんだよ。あんまり似てないけどね」
「でも苗字……あ、そうか、ごめんなさい」
話している途中で、彼女は政志が「従弟」と言った理由に気が付いた。良く聞いているし、頭の回転も速い。
「謝る事じゃ、ないんじゃないかな。まだ政志が生まれる前僕らの両親がいなくなってね、子供のいなかった川上のおじさんの所にトモミが、跡継ぎが欲しかった久住に僕が引き取られたんだ」
二歳の頃のことだ。
さすがに、火事で母親が死に、放火殺人の容疑者と疑われた父親が行方不明になったということはとても言えなかった。
明弥達が久住と川上の家に引き取られる時、とてももめたそうだ。
当初二人とも父親、有信の妹夫婦である川上の家に引き取られるはずだった。だが、当時まだ奈津しか子供のいなかった久住三兄妹の長男、政信はどうしても跡継ぎに男の子が欲しいと半ば奪うような形で明弥を引き取ったのだ。
そのおよそ二年後に政志が生まれた。
状況は複雑になった。
「そう言う事情あっても、姉さんと年が離れているせいか政志は僕に懐いてくれていてね」
「だから、なんですね。政志君があんな風に取り乱したの初めてみました」
政志の気持ちが分かるのか、と問いかけようとして明弥は止める。
彼女の家も随分と複雑な環境なのだと聞いた。太一の事もあるし、年の離れている鈴華を心配して彼女の兄たちがお茶を濁す場面もあるだろう。秘密にしておくという訳ではないが、知らせなくても言い事柄や不必要に心配させるだけのことをいちいち話をするような人たちには見えなかった。聡明な彼女のことだ。それに気が付き先刻の政志とよく似た疎外感を味わっているのかもしれない。自分を守ろうとしているからこそ知らせない。それが分かっていたとしても、割り切れない感情というのはあるだろう。
「政志にしてみれば僕は生まれてからずっと‘お兄ちゃん’だったからね。初めて知った時はすごくショック受けていたみたい」
「明弥さんは、ずっと知っていたんですか? その……本当の家族ではないって」
うん、と明弥は頷いた。
「理解したのはずっと後だけど、小さいながらに何となく分かっていたよ。それに、二歳の時のこと結構はっきり覚えていたから」
トモミは火事の時の記憶が一番古いと言っていたが、明弥はもう少し前の事も覚えていた。明弥達の側には白いワンピースのよく似合う優しげな女の人がいた。おそらくそれが明弥達の母親なのだろう。朧気ではっきりと顔を思い出せる訳ではないが、記憶の中の彼女は優しくあったが時折酷く怯えた表情を浮かべる。それが妙に印象に残っているのだ。
その母親の名前は分からない。
火事が起きた時、有信は双子を連れ出した。火傷を負って煤だらけの格好のまま川上家を訪れると双子を託し失踪した。妹夫妻が投げかける質問に有信は全く答えずただ「二人を頼む」と告げ強引に双子を置いていったという。
川上夫妻が有信の住んでいた家が火事になったのを知ったのはそれから数時間後のことだった。警察から有信の行方を尋ねる電話がかかってきたのだ。火事になった家からは身元不明の女性の焼死体が発見されたと聞かされ、はじめて兄妹は有信が女性と暮らしていて、双子の子供がいたことを知ったそうだ。
有信は結婚届を出しておらず、女性の身元に繋がるものは一切出てこなかった。DNA鑑定で双子が有信とその女性の子である可能性は極めて高いという結果は出たが、それ以上どこにも繋がらなかった。
後から信子叔母から聞いた話を含めて、明弥が知っている父親のことはそれだけだ。ただ、古い写真の父親は政信と双子のようによく似ている印象を受けた。
だから火事の記憶を残しながらも真実を知るまで、自分が引き取られた子だと言うことが理解出来なかったのだ。自分たちを炎の中から助けた有信と、引き取って育ててくれた政信が同じ人ではないのかと。
それなのに時々家族の空気に違和感を覚えていた。そもそも、何故トモミと一緒に居られないのかも良く分かっていなかった。
「はっきり知ったのは小三だったかな。政志が知ったのは政志が小学校上がって少しした時、トモミと‘お父さん’のことを話しているのを聞かれてね」
トモミと明弥はイトコと言うには少し不自然な間柄だった。
自分たちでもそれが良く分からなかったが、ある程度の年齢になって、母や姉の明弥に対する態度がどこかよそよそしいことに気が付き始めた。そして小学校三年の時二人で正信を問いつめ、有信の失踪が死亡に変わった時に全て聞かされた。
そこでようやく明弥は幼い時の記憶とその時の状況の違和感の正体を理解した。
幼い頃、母親に叱られたり、厳しくされた時に誰もが一度は思うだろう「本当はうちの子じゃない」それが現実なのだと知った。
知った時、明弥は政志にはもっと大きくなってから言おうと思った。
感情より理性が勝るくらいの年齢になって、家の中の違和感に疑問を持ち始めるまでまとうと思った。
「マサに知られちゃった時は自分が知った時よりショックだったかな。政志のこの世の終わりみたいな顔を見て、自分の運の悪さを呪ったよ」
「優しいんですね」
言われて、明弥は苦く笑う。
「違うよ、怖かったんだ」
「怖い?」
「知られて、政志にまで距離を置かれるのが怖かったんだ」
政志を傷つけたくない。そう言えば聞こえはいい。
でも、そんなのは詭弁だ。
実際守りたかったのは自分自身だ。
それは、今も変わりない。
「僕は昔も今も、自分を守ることしか考えていないんだ。だから優しくなんか無い」
それで結局政志を傷つける。
トモミを傷つける。
自分ばっかりが守られて、誰かを守ってやること何て出来ない。
「明弥さんが優しい人です」
言い切られて明弥は困ったように笑みを浮かべる。
「明弥さんがどう思っていても、政志君にとって明弥さんは優しいお兄さんなんです。そうじゃなかったら、政志君はあなたの為にあんなに苦しんだりしません」
答えに詰まる。
優しいお兄さん、そう思わせたかったから優しくしてきたのかも知れない。考えると自分が酷く醜い存在に感じる。
本当の自分は明弥自身がよく知っている。
そんなに出来た人でも、優しい人でもない。本当に優しい人間なら、優しい言葉だけを選んだりしない。優しいというのは憎まれる結果になっても厳しい言葉を言える勇気のような人のことを言うのだろう。
自分にはとても追いつけない存在。
「明弥さんは優しいです。優しくない人は、そんな風に考えたりしません。それに、明弥さんは私を助けてくれました」
「助けた?」
「私たちが初めて会った日……」
ばちん、と会話を阻むように突然辺りが真っ暗になる。
すぐに停電したのだと分かった。
明弥は苦く笑う。
どうして自分はこんなに運がないのだろう。
大切な話をしている時に限っていつも邪魔が入る。
「どうして……」
明弥は立ち上がった。
周囲から悲鳴が上がった。
「誰かといる時に限って、こんな事になるのかな」
嘆く明弥の視線の先には、凍えるような瞳をした男が立っていた。