4 マイクロSD
「ええ、古武玲香という女性は亡くなっています」
伊東は入手した資料を見ながら電話の向こうの愛に伝える。
過去の犯罪者のリストから古武宗という男を調べ、本籍を調べるとデータ化された中に玲香という名は無かった。
それでもと食い下がり、伊東は資料を探した。データにないというだけで諦める気にはどうしてもなれなかったのだ。
本籍となる住所が同じ長野県内であったため、すぐさま役所に出向き紙媒体に残る資料を探した。役所の資料庫が一度火事に遭ったために探し出すのに苦労をしたが、自分でも良く見つけたと思うような段ボールの中にあった一枚に、古武玲香の名前を見つけた。
死亡届だった。
記されていた住所は古武宗の本籍と同じ場所にあった。おそらく古武宗の妹に間違いがないだろう。
『不備? 改竄?』
「わかりません。ですが、死亡届一枚しか古武玲香に繋がるものは発見出来ませんでした」
『日付と死因』
「十年前です。死因は事故死、焼死ですね」
『その詳細は?』
「……長野県警の方にも協力を要請したいのですが?」
『現状では難しいわね』
古武玲香という女性のデータが改竄されているにしても、今、岩崎班が追っている事件と直接関わらない事を調べようとしても、他県の刑事達はあまり色よい返事が来ないのは分かっている。そもそも、元々は焼死した柴田という男と南条斎の接点を調べに来ていたのだ。随分と違う場所を探る結果になっている今、協力要請は難しいだろうと分かっていた。
だが、そのまま何もせず引き下がるつもりはなかった。
「実は一つ、接点が見つかったんです」
『接点?』
「はい。南条斎が医師免許を持っていることをご存じですよね?」
『ええ、他にも教員免許、自動車免許、フグの調理資格とか……まぁ、どうでもいいの上げればキリがないくらい資格とか免許持っている人だったわね。資格マニアかしら』
伊東は苦笑する。
つい、そうですね、と相づちを打ちそうになった。
「出身大学覚えています? 死体検案書を作成した医師が書いた住所は南条斎が卒業した大学の付属病院です」
『薄いわ。せめて友人関係とかそう言うのがないと。……でも、善処します』
「お願いします。こちらもすぐに医師に関して調べます」
『伊東君』
不意に不思議な声音で言われ、伊東は少し瞬いた。
「はい?」
『火に、気を付けて』
「ひ……炎ですか?」
『そう。気を付けて。特に古い民家に近付く時は』
「それは……」
ふつ、と電話が切れた。
言うだけ言って、説明をしない。
それは彼女らしい事だが、少し不安が残った。携帯電話を閉じて伊東はソファーの上に腰を下ろした。
さすがに一般人の多いところで不穏な話をする気にはなれなく、結局役所から拠点にしている格安のビジネスホテルに戻ってきていた。
その間ずっとパソコンで調べ物をしていた植松は、電話が終わったのを確認してようやく顔を上げた。
「どうでした?」
「何とか掛け合ってくれるそうだ。それと、火には気を付けろと。特に古い家の近くでは」
植松は怪訝そうに首を傾げた。
「何っスか、それ」
「愛さんの勘だよ。恐ろしく良く当たるんだ」
そうとしか説明のしようがない。
伊東は肩を竦める。
「勘って……やけに具体的で占いみたいですね。……ああ、この煙草ですが、どうもネットだったら簡単に手に入るみたいですよ。さすがにコンビニで売っているほどのメジャーなものじゃないですが」
植松は南条太一に渡された煙草を振って見せた。
正直、この煙草の意味するところが分からなかった。
こちらを混乱させるためだろうか。何か意味がありそうなことを言って、それを探っている内に何かをするつもりか。
「ダビドフのメンソール。生産国はドイツ。……うーん、何か意味あるんでしょうかねぇ」
片手でノートパソコンを叩きながら彼は息を吐いた。
このノートは警察の物ではなく植松個人のものだそうだ。伊東はネットに軽く触れる程度だが、植松はハード関連にも随分詳しい。南条斎が資格マニアなら、彼は機械オタクといったところか。
微かに笑いを漏らし、植松に次に調べることを伝えようとした時だった。
植松の持つ煙草の箱から、僅か奇妙な音がしているのに気が付く。
それは、中に何か硬い物が入っているような音。
伊東は腰を浮かせた。
「植松!」
「え? はい!? 勤務中にエロサイトなんか見てませんよ!」
「違う! その煙草っ」
説明するよりは見た方が速いと思った。
伊東は植松の手から奪うようにして煙草をもぎ取る。蓋を全開にして中を全部出すように振った。テーブルの上にざらざらと新しい煙草が出てくる。それに混じってかつん、と何かが落ちた。
ジャケットのボタンよりも小さい。女性の指先に乗りそうなほどの大きさの黒い四角い物。
一瞬、盗聴器を疑って青ざめた。でなければ発信機。
今までの会話を全て聞かれていた? どこに移動しているか全部筒抜けだった? 南条斎の差し金、それとも太一の独断。
あらゆることが一気に頭の中を回転する。
植松はそれをつまみ上げて瞬いた。
「あれ、マイクロSDじゃないですか」
「あ……ああ」
なるほど、よく見ればそう言う形をしている。
「ほら、デジカメとかに入れるSDカードってあるじゃないですか。あれのすっごく小さいヤツですよ。携帯とかによく使いますよね。小さいのに容量でかくて便利なんで」
「それは知ってる」
「ま、そうっすよね」
に、と植松は笑う。
「変換用のアダプタありますし、俺のパソコンから、データ見ること出来ますけど、どうします?」
「頼めるか?」
「分かりました、少し待って下さいね」
植松はパソコンを叩いて伊東には分からない作業を行う。次いでケースから取り出した小さなUSBハブの中にマイクロSDを入れると読み込みを開始した。
暫くして植松は少しつまらなそうな顔をする。
「あれ、何も検出されないなぁ……」
「空なのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて、何にも無くて拍子抜けしたって言うか……」
「?」
「……あ、ああ、画像ですね、容量の割に入っているデータ少ないけど」
言いながら植松はパソコンを示す。
伊東は画面を覗き込んだ。
既に写真になっているものを携帯電話やデジカメなどで取り直したという風の少し不鮮明な写真画像だった。
植松は一枚一枚画面に映し出していく。
(……これは、南条斎か?)
白衣を着た青年がいた。今のように穏やかに笑っているという印象ではなかった。目つきが鋭く酷く不機嫌そうな青年だった。その面差しは確かに南条斎のもののように思えた。次の写真は南条斎と違う男が喋っている様子の画像。もう一方の男は背を向けているために分からなかったが、同じく白衣を着ていた。その次は白衣の女と、学校の制服を着た少女が一緒に写っているもの。
「研究所でしょうかね」
「そうかもしれないな」
取り敢えず一通り見よう、と植松を促すと次の写真が現れる。
キャンプの写真だろうか。何人かの男女が楽しそうに騒いでいる姿の写真。
そう言ったイベントや日常の写真が暫く続いた。
「……!! 植松、一枚戻してくれ。違う、もう一枚前!」
「え? この写真ですか?」
それは男と女が夕焼け空を見上げる横顔を映したものだった。まるで映画か絵画のようなワンシーン。白いワンピースに黄色い薄手のカーディガンを羽織った麦わら帽子の大人しそうな少女と、柄シャツを着てサングラスをかけた背の高い男。
一瞬分からなかった。
だが、確かに何かを感じる。
特に女の方。
誰かに、似ている。
「……あっ!」
伊東は小さく声をあげた。
「ど、どうかしたんですか?」
「この画像、転送できるか?」
「あ、はい。警部のところですか?」
「いや、藤岡さんだ。そっちの方が速い。あと出来るだけ鮮明にプリントアウト。必要な機材は経費で落とす!」
「はいっ! ……やったっ! 必要経費っ」
嬉しそうに植松が返事をする。
伊東も踊り出したいくらい嬉しかった。
見つけた。
まだはっきり繋がった訳ではない。
だが、第六感が囁く。
これは、今追っている事件全てを繋げる鍵。
過信かもしれない。でも信じたかった。
自分の勘を。