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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第六章 犠牲 Sacrifice
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3 爆ぜるもの



「おっ、久住お前意外と足早いんだな、タイムは平均的だけど」

 言われて明弥は苦笑う。

「意外と……って……一橋君、僕のこと、どう、見てた訳?」

 50メートルのタイムを計り終え、荒くなった息を整えながら明弥は問う。

 体育の授業はちょうど体力測定が行われていた。

 一橋はストップウォッチを操作しながら名簿に明弥のタイムを書き込んだ。

「いや、トロそうだなあーって。けど、見たらずば抜けていいも悪いも無いだろ? お前みたいな平気的なヤツって珍しいよなー」

「それ……褒めてるの?」

「一応な」

 彼はからからと笑った。

 一橋は陸上部に所属するいかにも運動が出来そうなタイプだ。明弥に比べて随分と身体も大きいし、私服姿なら大学生くらいにも見られるくらい大人びた顔をしている。時々酷い言われ方もするが誰に対してもずばずば言うこの性格は見ていて気持ちが良いし、嫌いじゃない。

「それにしても、だ! おい、岩崎っっ!」

 一橋は噛みつくように言う。

 ジャージの袖で汗を拭きながら勇気が睨むように一橋を見た。

「……何だ」

「お前なんだよ、このタイム! 俺より早いじゃねーかよっ!」

「たまたまだろう」

「ぐあー! ムカツクっ! 総代の上に、運動も出来るって何だよ! 体育で俺より目立つなんてぜってー認めんっ!」

 叫びはじめた彼を他のクラスメート達も気にするように見つめている。

「十分目立っていると思うよ」

「久住は黙れ!」

 言われて明弥は肩を竦めた。

 他からは喧嘩を売っているようにしか見えないが、一橋の顔はどこか嬉しそうな表情をしている。ライバルを発見して生き生きしているように見えた。

 対する勇気も淡々とした態度をしていたが、別に嫌そうでも無かった。

 井辻の一件で同級生の中では勇気や明弥を敬遠するような傾向が目立っていた。事実ではなくてもそういう噂が流れている以上あまり関わりたくないという真理だろう。それが集団の中になると、人が近付かないから余計に近付かなくなる。

 そんな中でも何人かは普通に話しかけてくる。気をつかって敢えて声をかける者もあれば、一橋のように何も気にしていない者もいるのだ。

 少し暑苦しいけれど、彼のおかげで救われている気がする。

「よーし、次のハードルで勝負だ! 俺が勝ったら久住もろとも陸上部入りだ!」

「えっ? 僕も?」

「負けたら?」

「お前の陸上部入りは諦める!」

 ぶ、と勇気が吹き出す。

「それじゃあ勝っても負けてもお前は損しないだろ?」

「……ん?」

 一橋は怪訝そうに眉根を寄せる。

 自分で言ったことが良く分かっていないらしい。

「まぁ、いいよ。お前が勝ったら入部届けは提出する」

「よし、言ったな!」

 彼は近くにいたクラスメートに名簿とストップウォッチを押しつけて、意気揚々とハードルの準備をしに走り出す。

 勇気の隣に並んで明弥が問う。

「……いいの、あんな約束」

「負ける気はないな。それに、入部届けを出すって言っただけだ」

「あ、なるほど」

 明弥は笑う。

 入部届けを出すと言っただけで、別に所属するとは言っていない。提出しても他に所属があるのなら受理されない可能性が大きいし、受理されてもすぐに退部届けを提出すればいいだけのことだ。

 一橋が知れば「卑怯者!」と怒り出しそうだが、要は勇気が負けなければ良いと言うことだ。それに元々無茶な駆け引きを持ちかけてきたのは彼の方だ。

「おーい、久住―! お前も手伝え!」

「あ、うん!」

 明弥はハードルを並べている一橋の方に向かって走り出す。

 刹那。

「!?」

 激しい頭痛がした。

 覚えず彼はその場に膝を付いた。

「明弥?」

 何かが奥から上がってくる。

 吐き気にも似た感覚。

 この感覚には覚えがある。

(インパクト……? でも、何かが……)

 明弥は頭を押さえる。

 何か、違う。

 インパクトを引き起こした今までとは何かが違う。

 あの力は自分の強い感情が関わっているのだと聞いた。しかし、明弥は特に何か強く思ったわけではない。

 頭が痛い。

 割れそうな程に。

 上がってくる。

 いや、何かが流れ込んでくる。

 突然ナイフで斬り込んで来たような鋭い感覚と共に、何かが洪水のように押し寄せてくる。

 鋭く痛い。

 熱い、苦しい、激しい感情。

 灼けるような強い何か。

「アキ……!」

 誰かが呼ぶ。

 勇気?

 それとも、

(       ?)

 爆発した。

 インパクトを起こした訳ではない。

 校舎の隅、理科の実験室が突然大きな音を立ててガラスを吹き飛ばす爆発事故を起こしたのだ。

 爆音と共に数々の悲鳴が聞こえる。

 実験室からは黒い煙が上がり、校舎中に火災を知らせる警告音が鳴り響いた。

 ふと、頭痛が止んだ。

「………?」

「明弥……? お前か?」

 真横から声が聞こえた。自分を支えるように手を差し伸べている勇気の姿が見える。疑うと言うよりは確認するような声。

 勇気の問いかけに、明弥は首を横に振った。

 自分じゃない。

 今のは明弥のインパクトではない。

 その能力についてなんて何も分からないけれど、今までと別の感覚だったというのだけは分かる。

 煙の立ち上る風景を呆然と皆が見つめていた。

 やがて、ざわざわと騒ぎ声が響き始める。

 体育の授業はもちろん中断された。

 その日の授業も。


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