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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第五章 占星 Astrology
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1 薄荷の煙



 誰もいない部屋の中心にあるテーブルの上には一本の蝋燭がたたっていた。その先に炎は灯っていない。

 ふ、と誰かが息を吹きかけたような小さな音がした。

 蝋燭に炎が灯る。

 一瞬、その炎の勢いが増し蝋を急速に溶かしていったが、すぐに勢いを失いやがて灯った炎は消えた。

 蝋燭の先から一筋の煙が立ち上った。

 それから一分も経たないうちに、男が二人、その部屋の中に入ってきた。

 背の高い細い男と、頭一つ分小さい無精髭を生やした男。

 先に入ってきた無精髭の男は蝋燭を蹴飛ばすように足をかけ、ソファに座った。

「正確だな、有信」

「当然だ。距離と位置関係を把握出来ればこのくらいのことは出来る」

 男に言われ有信はろうそくを拾い上げながら不服そうに言った。

 その手の平の中でろうそくが燃え上がり、一瞬にして塵一つ残さずに消えた。

「おいおい、勿体ねぇな、エコ時代だぞ。資源は大切にしろよ」

「お前が言うな」

 言われてタケは笑いを浮かべる。

 彼はとん、と煙草の箱を叩き煙草を銜える。

「火」

 付けろ、と言うように男は銜えた煙草を揺らす。

 それを睨め付けて有信は向かい側のソファに座った。

「自分で付けろ。ガキじゃないんだ、ライターくらい使えるだろう?」

「悪いな、年を取りすぎたせいで握力なくなっているんだ」

「じゃあ、煙草なんて身体に悪いもんは止めるんだな」

 彼はにやけ顔のまま舌打ちをした。

「減らず口を」

「どっちがだよ」

 有信は苦く言い放って自分の懐から煙草を取り出し、ライターで火を付けた。

 ふかして吐いた煙草の煙から、仄かに薄荷の香りがした。

 鼻をひくつかせて男がくっと笑いを漏らす。

「ダビドフのメンソールか、ドイツに女でも出来たのか?」

「俺がどの煙草を愛飲しようと古武には関係がない話だ」

「違いない。おい、ライター貸せ」

 言われてライターをタケ……古武に向かって放り投げた。

 古武はそれを空中でキャッチすると、自分の煙草に火を付け、ライターを投げ返す。ライターを受け取って有信はテーブルの上に置いた。

「この煙草は」

 古武は煙を吐き出しながら言う。

「増税後製造中止になった。増税前に買い占めたんだが、残り二カートンとちょっとだ。せいぜい保って一ヶ月ってところだな」

「随分と煙草の量が減ったんだな」

 有信が知っている昔の古武は日に二箱以上の煙草を吸うヘビースモーカーだ。日に数回しか煙草を吸わない有信ならともかく、古武くらい吸っていれば二カートンあったとしても十日として保たないだろう。

 男は肩を竦めた。

「最近じゃあ煙草を吸える場所も減ってきたんだ。出張っていること多いから、必然的に量は減ったさ。ま、祝杯をあげる時には是非これでといきたいものだな」

 古武はトン、と自分のポケットの煙草を叩いた。

「ともかくこれが終わるまでには掃除を終わらせるつもりだ。お前は俺の指示通り動いていればいいさ。悪いようにはしねぇよ」

 有信は息を吐いた。

 濃い薄荷の匂いが鼻から抜けた。

「具体的にどうするつもりなんだ?」

 古武は口の端を上げて笑う。

「今は言えないな。どこから漏れるとも限らん。ま、もっとも、聞いてくる時点で大体想像は付いているだろうな。‘レイカ’のこと嗅ぎ回っていたのは興味本位じゃないんだろう?」

「何のことだ?」

 そう、問い返して見たもののすぐに表情の作り方を失敗していることに気が付く。この表情でだませる相手と、だませない相手がいる。

 もちろん古武は後者。

 これでははっきり「そうだ」と言っているのと変わらない。

 有信は項垂れるように頭を抱えた。

 せせら笑うような声が響く。

「相変わらず芝居が下手くそだ」

「……」

「レイカのことを調べて成果はあったのか?」

 有信は顔を上げる。

「その様子じゃあ何も……」

「成果はあった」

「うん?」

 古武は興味深そうに眉を跳ね上げた。

「何も出てこないんだ、何件か調べたが何も出てこない。それは明かな‘成果’だろう」

「……なるほど」

 古武は煙を吐いた。

「それで柴田の所にまで行った訳か。あいつを焼き殺したのはあいつからお前の生存が漏れる可能性があったから口封じに、か?」

 有信は灰皿に灰を落とす。

「それは違う。新聞にもあっただろう。あいつは自分から死を選んだんだ」

「どうだか」

「そもそも口封じに殺すのならあんなに派手にはやらない」

「ふん、殺すつもりはなかったとは言わないんだな」

 もちろんだ、と有信は暗い笑みを浮かべる。

 正直答え如何では柴田を殺しても構わないと思っていた。一瞬で灰も残らない程に焼き尽くし、ただ失踪しただけと思わせるような殺し方をするつもりだった。死体が見つからなければ殺人事件にはならないのだ。

 ただ、彼は答える前に自ら命を絶っただけのこと。

 結果は死という変わらないものだが、それの意味するところは大きく異なるのだ。

「今更誰を殺しても変わらない。あいつは‘彼女の実験に協力していた側’だ。積極的に殺すつもりはないが、別に結果死んでも構わない程度には思っている」

「それは、同感だな。アレに関わった連中はみんなどっかイカレだ」

「その、イカレが残した言葉だ」

「あん?」

「‘誰も、悪魔からは逃げられない’」

 一瞬、古武は驚いたように目を見開く。

 彼のこんな表情は珍しい。

 古武は瞬いて表情を戻してから、くっ、と引きつった笑いを笑う。

「なるほど、悪魔ね。それは柴田なりの忠告か、それとも悪魔からの警告か……どっちにしたって愉快な話じゃねぇな」

「だが、おかげで決心は固まった」

 有信は煙草をもう一度ふかして灰皿の上でもみ消した。

「逃げられないなら、逃げないだけだ」

 古武は有信の目を見返す。

 強い眼差し。

 押し返すように戻ってくる。

「オーケイ、ならこっちも腹割って話そう。お前のその目は嫌いじゃないぜ」

 ゾクゾクする、と呟きながら煙草を灰皿の上に放り込んだ。


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