12 真実
「ふぅん、そう言うことがあったんだ」
トモミは唸るように息を吐いた。
警察病院の病棟脇にある待合室で二人は飲料ディスペンサーの紅茶を飲みながら勇気が戻るのを待っていた。
安藤の面会謝絶が解けるのだという。
本当ならばクラスの代表として担任の穂高と委員長のトモミが会うはずだったが、彼が明弥に会いたいと名指ししたこともあり、勇気も含めた三人が見舞いに来た。トモミの担任の穂高は来る途中に車のトラブルに見舞われこちらに辿り着けなかった。面会の許可が下りたら先に会っておくようにと言う連絡があったそうだ。
安藤は警察に何を聞かれても、何があったか一度も話さなかったそうだ。
それは井辻の報復を恐れていたのか、それとも他の理由があったからなのか知らない。けれど、彼は体力が回復しても、勇気に指摘されるまで一度も井辻にやられた事を明示することは無かった。
「信じる?」
明弥が尋ねるとトモミは首を傾けた。
「正直信じられないけど、アキちゃんや岩くんが私を騙すためだけにそんな頭の悪い嘘付くとも思えないからねぇ。二人が急激に仲良くなったのもそう言うことあったなら頷ける。だから信じようと思うよ」
「そっか、ありがとう」
それに、とトモミは付け加える。
「人が傷つくのは嫌だけど、そういうのって少しわくわくするよね」
彼女はくすくすと笑った。
「あとね、アキちゃん少し感じ変わったよ」
「そう?」
「うん、何かちょっとうらやましいくらい。男子ってそういうところあるよね。付き合う仲間に影響されるのか急に大人になるっていうかさ。私も男の子に生まれればよかったなぁ」
「トモちゃん」
「そ・れ・よ・り! 他に何か隠していることあるでしょ?」
明弥は誤魔化そうと表情を作ろうとするが、曖昧に笑うような表情になってしまい失敗したことがすぐに分かった。
軽く舌を出す。
「やっぱばれた」
「当たり前だよ」
一緒にいる時間が短くても、明弥がトモミのことがよく分かるように、トモミも明弥のことをよく分かっている。
やっぱりどうしても隠し事をしているのは分かってしまうのだ。
「本当はちゃんと確信持ってから話したかったんだ」
「確信?」
「うん、お父さんのこと」
「政信おじさんがどうかしたの?」
明弥は首を振った。
「そっちの、お父さんのことじゃないんだ」
「……!」
トモミは酷く複雑そうな表情を浮かべる。
当然だ。
小さい頃はともかく、最近はお互いに触れなかった事だ。
「生きているかもしれない」
「うそ……どうして?」
「それらしい人、見たんだ。政信父さんに良く似た感じの人。だけど、父さんよりもう少し痩せてて、背が高かった」
バレンタインの日、火事の現場のすぐ近くに人混みに紛れていたあの人。明弥と視線が混じり、明らかに動揺した素振りを見せた。
明弥を「育ててくれた」父親よりもう少し細身で背が高い人。でも確かに感じは似ていたのだ。兄弟と言われれば頷けるほどに似ている感じの男の人。
「じゃあ、何で会いに来ないの?」
分からない、と明弥は首を振る。
一瞬、続きを言うべきかどうか迷った。
けれどやっぱり伝えておくべきだろう。
「……その後、僕、尾行されているんだ。尾行してきた男の人が言っていたんだ‘手に火傷のある男’に頼まれたって」
「手の火傷……」
トモミは自分の手の平を見つめる。
震えている。
突然のことに動揺しているのか、それとも恐怖に似た感情か、純粋な喜びか。それのどれもが入り交じったような複雑な感情。
当然だ。
明弥だって見た日に車が突っ込んでくるという事故が無ければこの上ないほどに動揺していた。繊細なトモミが驚かないはずがない。
「二人とも」
呼ばれて明弥ははっとする。
「面会、許可がおりた」
勇気は病室の方を示した。
「あ、うん」
「了解~。あ、紙コップ捨ててくるからちょっと待ってて」
トモミはいつもと変わらない風に明るい声を上げ、明弥の手からコップを奪うように持って自動販売機の方まで行く。
無理をしている。
分かったが、それ以上は言えなかった。
「何を話していた?」
勇気が尋ねる。
「父さんが、生きているかもしれないって事」
彼は若干驚いた風を見せる。
「本当の? 確か失踪届を出して随分経つんだったな」
「うん、だから戸籍上ではもう死んだ人」
何年も戻らなかった。
失踪した事件が事件なだけに、もう戻らないか、あるいは本当に死んでしまっているか。まだ幼かった明弥には父親がどんな人だったかの記憶もない。だから、今更死んでいたと言うことを聞かされても何の感慨もなかっただろう。
でも、生きていた。
まだはっきりそうだと分かった訳ではないけれど、多分あの人は自分と関わりのある人なのだ。
だから動揺した。
「勇気はその辺のこと、良く知っているよね」
「明弥の身辺は一度調べてるから。……悪い」
「いいよ、隠すつもりもなかったから。前に、僕を尾行していた人‘火傷の男’って言っていたよね。多分その人が父親」
「実父が息子を尾行、監視?」
「理由は分からないけど」
そう、だからどうしようもない。
何故今更戻ってきたのか、いつから明弥達の周りにいたのか、どうして直接会いに来ないのか。
分からないことだらけだ。
ただでさえインパクトのことで頭がいっぱいだったというのに。
「お前さ」
「うん?」
「自分のこと‘僕’って呼ぶようにしたんだな」
「ああ、うん。弟に‘僕’は子供みたいでかっこわるい言われてたんだよ。でも、どうもしっくり来なくてね。なんかもう、無理するのも止めようと思って。……格好悪い?」
いいや、と彼は笑う。
「その方が明弥に会ってる気がする」
「……んー? ちょっと二人で何内緒話しているの?」
二人の間に割ってはいるように彼女が顔を覗かせる。
いつもと変わらない表情。
もう切り替えた、と言う風だ。
勇気が少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「川上には秘密だ」
「あ、ひどっ……明弥は教えてくれるよね?」
明弥は苦笑する。
そんなこと、今更自分口から言うのも恥ずかしい。
「うーん、言うほどでもないから」
「むっ」
トモミは一瞬頬を膨らませるが、すぐに破顔する。
「ま、いいか。安藤君のお見舞いしちゃおう?」
そう言って授業で使ったプリントやルーズリーフに映した板書が挟んであるファイルを上げる。
うん、と明弥もつられたように微笑んだ。