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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第四章 巫覡 Wuxi
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2 戸惑い

  

 

 学校に出る準備をしてリビングに降りるといつもとは少し違う空気が流れていた。

「おはよう、どうかしたの?」

 明弥は制服のネクタイを直しながら外を見ている姉と母に問いかける。何だか不審なものを見るように外を見ている二人は明弥に一瞥しただけで何も答えない。

 代わりに一人食事をしている政志が答える。

「表に人がいるらしいんだ。男の人」

「父さんは?」

「早朝会議」

 なるほど、と明弥は頷いた。

 普段なら何かあれば父政信がすぐに出て行く。会議で早く出たせいで対処出来ずに困っているのだ。

 おそらく明弥を監視している警官だろう。明弥はまだ焼けていないパンを押し込んで牛乳で流し込んだ。

「俺が先に出て様子見てくるから、奈津姉はその間に出ればいいよ」

「あ、俺も行く」

「マサはゆっくりおいで‘大丈夫’だから」

 暗に来るなと言うと、政志はちらりと母親を見る。母親も行くなとでも言うような厳しい顔をしていた。仕方なく彼は少し不服そうに頷いた。

 政志はまだ小学生だ。危険な目に遭わせる訳にはいかないし、そうでなくてもこの間怖い思いをさせてしまった。それに、いくら警察でも一緒にいるところを家族に見られたくなかった。

 行ってきます、と明弥は玄関を出た。

 すぐに男と視線がかち合う。

 正直、驚いた。

「……太一さん」

 彼は少しばつが悪そうな表情で片手を上げた。

「よぉ、おはようさん」

 自分に話があってきたのだろう。

 明弥はちらりと家の窓を見る。

「すみません、歩きながらでもいいですか?」

 太一は明弥の視線を追って家を見る。

 小さく悪い、と呟いた。

 こんな言い方ではきっと誤解をしただろう。けれど、誤解を解くよりもまずは家から離れるのが先だった。

 相手が太一であれば余計に家族には見られたくない。政志ならともかく、奈津や母親には見られたくなかった。

「心配かけるのは嫌か?」

「そういうんじゃないんです、本当に。………退院出来て良かったですね、もう身体の方は大丈夫なんですか?」

 嫌味に聞こえないだろうか。

 太一は複雑そうに笑った。

「おかげさんでな。迷惑かけたな。お前には特に」

「別に気にしていませんよ。色んな人に助けられて、特別怪我とかしなかったから」

 せいぜいかすり傷程度のものだった。

 狼に襲われてその程度だったのは運が良い。太一もわざと襲ってきた訳ではないのだから初めから責める気なんか無い。怖くない、というのは嘘だが、だからといって彼のことが嫌いというわけではないのだ。

 気を遣ってそう言ったと思われたのだろう。太一は少し微笑んでいたものの、その表情は晴れない。

 こう言う時、どう言った言葉をかければ上手く伝わるだろうか。

 明弥は目を閉じて呼吸を整える。

「太一さんは、いい人ですよ」

「……ん?」

「俺たちが襲われた時、助けようとしてくれたし、狼の間も必死に助けようとしてくれた」

 太一が本気で明弥を狩ろうとしたならば、明弥は初めてあったあの日に殺されてしまっただろう。けれど、二度も襲われたのに明弥は無事だった。それは太一が必至で理性を保とうとしてくれたからだ。

「ああなってしまった原因は俺の‘インパクト’にあるんでしょう? だったら、責める理由ないし、謝る必要なんかないんですよ。むしろ俺は太一さんこそ俺を責める権利があるって思う」

「だが……」

 どうして上手く気持ちを伝えられないのだろう。どうして太一は初めから明弥が怒って決めつけているのだろう。

 謝るだけ謝ってもうこれっきり関わらないつもりなのだろう。はじめから諦めている様子が明弥を苛立たせた。

 せっかく知り合った人達なのに。

「俺は、まだ鈴華ちゃんとも、斎さんとも、太一さんともちゃんと話をしていません。俺といて、狂うのが怖いっていうなら仕方ないけど、そうじゃなくてだったら、俺本気で怒りますから」

 まくし立てるように言うと、さすがに太一は驚いたように目を見開いた。

 二メートル近い長身に、赤い髪。鋭い眼光。明弥如きに睨まれたとしても、びくともしなさそうな男が、虚を突かれたような表情をしている。

 何だか奇妙な感じもしたが、それは次の瞬間消え去った。

 突然、彼が腹を抱えて笑い出したのだ。

 朝のゴミ出しに出た主婦が不審そうに二人を眺め、そそくさと家に戻っていく。

 明弥は顔を赤くする。

「なっ……な、わ、笑うところですか!?」

 抗議する明弥に、彼は謝るように片手を上げる。

 笑いすぎて苦しそうだ。

「すまんっ……お前、ホント、変な奴」

「変な奴って」

「褒めてるんだよ。……あーあ、お前じゃなきゃホント迷わなかったのに」

「?」

「俺、やっぱお前みたいな奴、好きだよ。凄く気に入っている。だから、やっぱ関わらねぇとは言えねぇよ」

 その表情は鈴華に見せた顔のように優しい。

 やっぱり本来の彼は優しい人なんだ、と明弥は嬉しくなった。

「太一さん」

「太一でいい。それと敬語もいらねぇ」

「えっと、じゃあ、俺も‘明弥’で」

「ほんと、つくづく変な奴」

 太一は破顔する。

 褒めてる、とは言われたが、とても褒められているようには聞こえない。

 明弥は唇をへの字に曲げた。

「だが明弥、許すのと、詫びさせないのじゃ全然違うからな」

「え?」

「つーわけで、詫びの代わりにこれやる」

 手を出せ、と言われて明弥は慌てて両手を差し出した。

 ゴツゴツとした大きい手の平から携帯電話が落とされた。メタルブルーの携帯電話だった。

「使い方は分かるよな」

「え? う、うん」

「俺の番号だけ入れてある。何かトラブルに巻き込まれたらすぐに俺を呼べ。足には自信があるからすぐに駆けつけてやる」

「えっと……」

 明弥は受け取って良いのか迷う。

 普通のものだったらすぐにでも受け取ったが、携帯電話は使用料金がかかる。それをすんなりと受け取っていいものだろうか。

「遠慮はするな。どっちにしたってお前に渡すつもりで契約してきたんだから。月にン万とか使わなきゃ適当に使え。必要なものは後で届ける。岩崎にも俺の番号とお前の番号教えておけよ」

 な、と念押しされて、明弥は頷くしか出来なかった。


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