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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第三章 禁忌 Taboo
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6 感傷



 穏やかに眠る彼女を見ると時々不安になる。

 息をしているか、心臓は動いているかと。身体が弱いとはいえそんなに心配することもないだろうと、自分でも可笑しくなるがそれでも不安なことには変わりない。

 鈴華を失えば生きる意味を見失う。

 南条の家の中で心を許せるのは太一と鈴華だけだ。父親も、顔もろくに覚えていない母親も、斎の中では両親という認識だけでしかない。親戚や従兄弟達と談笑したり、時に些細な喧嘩をすることはあってもそれだけなのだ。

 本当に大切に想っているのは弟妹の二人だけ。

 斎はベッド脇に座り、鈴華の髪をそっと撫でた。

「イッキ、帰ったのか?」

 斎は顔をあげ指を口元に当てた。

 太一は軽く頷いて声を潜める。

「11時までお前の帰り待っていたんだけどな、明日にしろって寝かしつけた」

「何かあったんですか?」

 それ、と太一は鈴華の机を示す。

 机の上には学校で配られたらしい藁半紙に印刷されたプリントが乗っている。授業参観と家庭訪問のお知らせの紙だった。

 なるほど、と斎は溜息をついた。

 兄妹の父親は今寝たきりの状態だ。時々調子の良い時はコミュニケーションがとれるほどに喋るけれど、そうでなければ殆ど口も聞かないし、意味不明な言葉を口にすることの方が多い。母親はいない。

 両親に代わってこの家のことは長兄である斎が決めている。知らせ貰い、困って斎に相談しようと思ったのだろう。今までにも何度かあったことだが、授業参観はともかく家庭訪問に関しては気が重くなる。

 南条家の家庭環境は複雑すぎるのだ。それを全て説明する必要はないが、担任と言うだけで土足で上がられるのはやはりいい気がしないのだ。忙しいことを理由に断れないこともないだろうが、やはりそれでも色々問題は出てくるし、鈴華にあまり寂しい思いはさせたくはなかった。

「このところ、なかなか話せる機会もありませんでしたからね、授業参観くらいは顔を出したいんですが」

「どうせまた忙しいんだろう? 忙しいのは今更はじまったことじゃねーし、参観に出るより一時間でも時間作ってやれよ」

「そうですね。ああ、言われると少し耳が痛い」

 斎は複雑な気持ちで笑った。

 授業参観は出られないだろう。出るとすれば幼い頃の斎がそうだったように、代理で坂上か太一が出ることになる。父親代わりでもあるはずの斎は、彼女に何もしてあげられない。

 側に太一がいることと、不自由な生活をさせていないことだけが救いだ。もっとも、彼女の生活の三分の一は病院での生活になってしまっているが。

「色々悪かったな」

 不意に太一が言う。先日のことを言っているのだろう。

 斎は首を振る。

「いいえ、私は何も出来ませんでしたよ。むしろ久住君と岩崎君にお礼を言うべきでしょう。会ってきましたか?」

「いや、今日はごたごたしてそれどころじゃなかった」

「ごたごた?」

 問うと彼はちょっとな、と誤魔化すように笑う。

 こういう表情の時は話したくないと言うよりは、話しても仕方がないと言った意味合いが強い。聞けば答えるだろうが斎はそれ以上は問わなかった。

「明日、会ってくるよ」

「そうですか。私もいつかちゃんとお話したいですね」

「当面は自粛していろよ。そうでなくてもお前は警察に目を付けられている。久住明弥はともかくあっちの少年の母親は刑事だ。全部筒抜けるからな」

「肝に銘じます。もっとも目を付けられているのは貴方も同じですけどね?」

 彼はちょっと顔をしかめる。

「俺は良いんだよ。どっちにしたって連中がその気になれば俺はすぐ‘捕獲’されるんだ。泳げるうちに泳いでおくつもりだ」

 警察の中では当然太一をそのまま禁固にするという意見もあっただろう。人狼という事は極一部の刑事しか知らないという事だったが、それにしたってそのまま放っておくとは思えなかった。

 おそらく、あの女刑事の考えだろう。太一を野放しにすることで、斎と接点を持っておきたいとでも考えた。太一もそれを把握している。彼女は、直接的には言わなかったが斎が何か企んでいるのではないかと疑っていることを隠そうとしなかった。それは自信か、それとも作戦か。

 どちらにしたって厄介な相手に目を付けられたものだ。

「ただ」

「ただ?」

「久住明弥と直接話出来るの、最後かも知れないな」

 それは確かにそうかもしれない。

 あれだけ危険な目にあったのだ。いくら彼が優しい性格でも、太一との接触は避けたいと思うかもしれない。

 そうなってしまえば太一は彼と積極的に関わらなくなるだろう。

 太一は身長だけでなく体格がいいために巨漢という印象を受ける。発達した筋肉や、地毛である赤毛も要因だろうが、彼を見た殆どの人間は怖いという第一印象を抱く。そのため勘違いもされやすいが、彼は人から「嫌われる」と言うことを敏感に感じ取る。

 そういう性癖があるならともかくとして、嫌われていると分かっている人間に近付きたがる人はそういない。まして繊細な彼が傷つかないはずがないのだ。

 この件では久住明弥も、太一も責められない。

「太一、ちょっとこっちに来てくれませんか?」

「ん? 何だ?」

「ここに屈んで下さい」

「?」

 太一は不審そうにしながらも言われたように斎の前にしゃがむ。

 斎は太一の頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。

「イッキっ!? 何を……!」

「貴方はよく頑張りました、太一」

「……」

「子供の頃、私が落ち込むとあなたはこうしてくれましたね。今も貴方だけは私のことを叱ってくれる。それが、どれだけの支えになっているか、貴方は知っていますか?」

 太一は苦笑をする。

 泣きそうになったのを隠すのを失敗したような苦笑いだった。

「何だかお前に言われると気持ちが悪いな」

「夜は感傷的になるものなんですよ」

「………じゃあ、感傷ついでに言うけど」

「はい?」

「鈴華は、大丈夫だよな?」

 すぐに答えられなかった。

 もちろん、と言いたい反面、斎自身も彼女のことには不安がある。

 絞り出すように彼は言う。

「……そのために、私は今もなお研究を続けているんです」

 あの刑事が‘禁忌’と呼んだ力の研究を。

「私に出来るのは、それに近付く事だけなんです」

「お前、医師免許もっているだろう?」

 意図が読めて斎は首を振った。

「発達した医学は、彼女を見捨てる結論を出しますよ」

「……」

「私は、諦めたくないんです」

 彼女のことを。

 いや、認めたくなかったのだろう。

 だからまだこだわっているのだ。

 彼女のことに。

 太一は立ち上がりうつむいた。くしゃくしゃにして下ろされた前髪が彼の表情を隠した。長い付き合いだからどんな表情をしているか分かる。

 そして、次に来る言葉も。

「………俺、寝るよ」

「はい、お休みなさい」

「イッキも早く寝ろよ」

「はい、そうします」

 斎は彼の背中に微笑んで見せた。



    ※  ※  ※  ※


 終電を過ぎ行き交う電車もなくなった線路の下を走る通路。

 暗がりから人の呻き声が響く。

「何だ、もう終わり?」

 少年はどこか愉しそうに言った。

 西ノ宮高校の制服を来ている少年は自分の足下に転がっている、同じ高校の制服を来た少年をつま先で蹴飛ばした。

「強がっている割に、意外とあっけないんだね、安藤くん」

 ごほ、と安藤が血を吐き出した。

 彼のすぐ側には、何人もの少年達が道路に伏している。荒っぽい息をしているものや、腕や脇腹を痛そうに押さえている者もいる。

 その中からコンクリートの壁に寄りかかっていた馬場が相手を憎んだかのような声で唸った。

「……井辻ぃっ」

 よせ、と安藤が止めるが、その声は言葉にならずひゅうと風を切る音しか出なかった。

 馬場は片腕を押さえながら井辻を押さえ込もうと飛びかかった。

 体格はそれほど変わらない二人だったが、井辻よりも馬場の方が体力も腕力もある。普段ならば井辻が押さえ込まれて終わりだ。

 しかし、井辻は余裕があるという風に微笑んだ。

「馬場の‘バ’は馬鹿のバだよね?」

 見下したように彼は言った。

 刹那、飛びかかってきた馬場の身体が見えない力によって後方に飛ばされる。壁に叩き付けられた彼の身体はまるで固定されたように宙で停止した。

「うぁっ……あ?」

 馬場は苦しそうに喉元を押さえた。

 止めるんだ、と安藤が吐き出す。

 それを冷たい目で睨んだ井辻は、すぐさま馬場に視線を戻す。

「俺は優しいから」

 彼は無邪気に笑う。

「殺したりしないよ。だけど、分かっているよね?」

 愉しそうな声に、脅すような声音が混じる。

「……誰にも言うなよ、二度と俺に逆らうな」

「う……ぁ……?」

 ばき、と何かが折れる音が聞こえた。

「っ!!」

 ぼとり、と馬場の身体が地面に落ちる。

 一拍置いて、断末魔のような悲鳴が響く。

 その様子を見て、井辻が高く笑う。

「あはははは、ざまぁみろ!」

 その声は狂ったように夜の闇の中で響き渡っていた。


 深い、夜の闇の中に。


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