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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第三章 禁忌 Taboo
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4 狂った炎



 男は駅の中に入った。

 電車に乗るためではない。電車を待つ人に紛れる為だ。

 駅の中では例え走っても、立ち止まっても、辺りを見回しても違和感を覚える者はそれほど無い。

 駅員以外の顔ぶれはすぐに変わるし、あまり長時間居座ったり不穏な動きをしない限り誰かに顔を覚えられる心配はない。

 彼は改札周辺に設置された防犯カメラに注意しながら自動販売機の影で立ち止まった。人か電車を待つふりをして自動販売機に寄りかかった。

「有信」

 声を掛けられ男の心臓は強く鳴る。

 知った男の顔を見つけて、彼は表情を険しくさせた。

「タケ」

 かつての愛称を呼ぶと男は口の端を上げて笑う。皮肉っぽい笑い方は彼独特のものだった。以前と変わらない癖を懐かしく思うよりも、不自然さに不安な気持ちになった。

 彼と最後に会ったのは十年以上前だ。それなのに彼の外見はそれほど変わっていない。無精髭のせいで顔の輪郭が曖昧になってしまっているためだろうか。もう五十近いはずだが、今の自分とそれほど変わらないような年齢に見える。

 有信自身が長身のせいもあるが、背の低い彼とは頭一つ分の差が出来る。圧倒出来るほどの差がありながら彼に恐怖心を抱くのは狡猾な性格を知っているからだ。そして頭の回転も速い。正直なところ敵にも味方にもいて欲しくない男だ。

 関わりたくはない、と言うように駅の外へ向けて歩き始める。

 予測が付いたことだが、タケは有信の後を追いかけるように続く。振り向かずともニヤニヤと笑っている様子が見えるようで酷く嫌な気分になった。

「いつ戻ってきたんだ、アリ?」

「答える必要はないだろう」

「ご挨拶だな。俺はお前の兄のようなものだろう?」

 手のひらに爪が食い込む。

 挑発に乗ってはいけない。

「兄弟になった覚えはない」

「何だ、自分から行方知れずになった割に探さないでいたことを怒っているのか? 捜しに来てやっただろう、これだけ火災が頻発してあれば否が応でもお前を疑う。もっとも、お前の生存を信じていたからこそだがな」

 くつくつとタケは笑う。

 有信は彼を睨んだ。そしてすぐに挑発に乗ってしまったことに気が付き視線を逸らすが、それは逆効果だった。

 タケはおかしそうに笑ってみせた。

「一連の、お前なんだろう?」

「俺は知らない」

「火災現場の周辺うろつけばお前に会えると思っていたよ。なぁ、有信」

 タケの目つきが険しくなる。

 脅すような低い声で有信の耳元で囁いた。

「……妻を焼き殺した狂炎が。この街に戻って何をするつもりだ?」

 有信は目つきが鋭くさせる。その瞳の奥が燃えるような熱を帯びる。

 タケは間合いを取るように有信の側から離れた。

 駅の中に進む人々は今にもケンカを始めそうな二人の雰囲気に、関わる事を嫌って少し間を取って歩いていた。訝しんで立ち止まる者は無かった。

 それでも有信は顔を隠すようにして地下道への階段を下る。

 なおもタケは執拗に追いかけてくる。

 こういう男だ。

 おそらく今まで有信が何処にいたのかも見当が付いているのだろう。そしてこの街に戻ってくることも確信していた。だからこそ、火災というキーワードを見つける度に有信の情報を探った。

 そしてどこからか手に入れたのだろう。

 自分が、この辺りをうろついていると言う情報を。

 良く言って根気強い性格のタケは、砂山の中から一粒の砂金を探すのも躊躇わない。そして最終的にはちゃんと見つけてしまうような奴なのだ。

 だから厄介なのだ。

「俺には焼き殺される趣味はないな」

「なら、俺とはもう関わるな」

「そう言う訳にもいかねーんだよ。……なぁ有信、お前の子供、西ノ宮の制服結構似合っていたぜ? 親はなくても子は育つんだなぁ」

「……っ」

「顔色が変わったな。女房殺して平然としているお前でも、子供は可愛いようだな。まぁ、確かに可愛いよ。俺がお前の友達だって言ったらあっさりと信用してくれたよ。タケおじさんって無邪気に笑ってな」

「何処まで、お前らはっ……!」

 有信はタケの襟首を掴んだ。

 有信の右手には古い傷跡があった。手の平と甲、その両面が爛れたように皮膚が引きつっている。十年以上昔の古い火傷の跡だった。皮膚移植でもしない限り、元のように直ることも知らない呪詛のような傷。

 タケはそれを見つめ、少し嫌な顔をしながら邪険に払いのけた。

「あれと俺を一緒にするな。言っておくが俺はお前もあいつも嫌いだよ、有信」

「……」

「どちらかと言えばお前の方がマシというだけだ。どうせ手を組むならまだマシな方がいいだろう?」

 襟首を直しながら男は言う。

「俺もこの十二年、黙って見ていた訳じゃない。………いいか、直接的に言ってやろう。俺はお前みたいな力はねぇ、お前には俺が培ってきた情報網と人脈はねぇ」

 有信は鼻先で笑う。

「……前の手駒になれ、と?」

「違うな。お前が欲しい情報の代わりに、ちょっと手伝って欲しい事がある。むろん、お前が本気で否というなら強要するつもりはない」

「……」

 強要するつもりはないとは言ったものの、彼に拒否権など用意されていなかった。

 子供のことを口にした以上、タケは人質を取っているようなものだ。おそらくこの男のことだ、自分自身に何かあれば見せしめのように子供に危害が及ぶように仕組んでいるだろう。

 能力を知っている彼が、何の保険も無しに交渉をしにくるとは思えない。

 そして、おそらく有信の考えがそこまで及ぶことを考えている。

 やはり敵にも、味方にもいて欲しくない男だ。

 本気で仕留める気があるのならば、差し違えるつもりで一撃でいかなければこちらが痛い目を見る。

「……お前、何をするつもりなんだ?」

「過去の亡霊共を片づけて住みやすい環境を作るのさ。あながちお前も無関係とは言えんだろう」

 有信は男を睨む。

 彼の言う言葉を迂闊に信用は出来ない。だが、こういった言い回しをする以上、有信にとっても全てが不利益に繋がるわけでは無さそうだ。

 味方にいるうちは手出しをしない。そう言う男だ。

 もっとも、彼が既に敵ならば話は違うのだが。

「……いい目になったなぁ、好きだぜその狂った男の眼。それならあの凶眼にも対抗出来る気がするぜ」

 にやりとタケが笑みを浮かべる。

 勝利を確信するような自信に満ちた微笑み。

 選べない。

 選択肢が残されていない。

「答えを聞こうか、久住有信。最上の選択をしろよ?」


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