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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第三章 禁忌 Taboo
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2 四海波静か


 入学式の翌週月曜日。

 あの一日がどんなに異常でも、今はいつもと変わらない平穏を取り戻している。それは明弥が楽天的な性格のせいもあるだろう。あんな事件の後だから興奮状態にあってもおかしくないが、小さい頃から事件に巻き込まれてきた明弥にしてみれば今更騒ぎ立てる事でもなかった。

 自分自身が妙な力を持っていた事には驚いたが、何故だかすぐに受け入れることができた。それも自分なのだと。

「おはよう」

 明弥は教室の端で外を眺めている岩崎に声をかけた。

「ああ……おはよう」

 あれから数日、お互いに事情聴取や学校のことなどありちゃんと話をする機会がもてなかった。挨拶程度の言葉は交わしたが、何だか久しぶりに幼なじみに会うような気がして少し気恥ずかしかった。

「大分、疲れただろう。聴取」

「そんなこともないよ、俺結構慣れているから」

「そうだったな」

 岩崎は優しい笑みを浮かべた。

 あれから彼に睨まれたりしない。こういう彼が本来の彼なのだろう。落ち着いていて優しい。

 明弥は岩崎の手に視線を落とす。

「その手大丈夫?」

「ああ、俺はその……治りが早いから」

 言った勇気の左手には包帯が巻き付けられている。あの夜、爛れているように見えた彼の手はやっぱり火傷を負っていた。

 何をしたのか正直まだよく分かっていないが、明弥を助けるために負ったことは分かる。彼はちょっと失敗しただけだから、気にする必要はないと言ったが、やはり気にかかる。

「ねぇ、それさ……えっと、ふ……巫術? とか使ったせい?」

 人が周りにいないことを確認して小声で聞くと岩崎は驚いた風を見せた。

「藤岡さんっていう刑事さんにも色々聞いて、あれからちょっと調べたんだ。色々ありすぎて全然わからなかったんだけど……岩崎くんってそう言う人にはない力、持っているんだよね?」

「あ……ああ、まぁ」

「凄いなぁ、そういうのってやっぱり修行とかするの?」

 岩崎は嫌そうにそっぽを向いた。

「止めてくれ、そう言うの、嫌いなんだ」

「どうして? 格好良いと思うけど」

「……格好悪いだろ。へたをすれば頭がおかしい奴だって思われる」

「でも、実際に見ればみんな信じるよね?」

 彼は複雑そうな笑みを浮かべた。

 それより、と彼は話題をすり替えるように言う。

「お前、気にしていないのか?」

「何を?」

「俺はお前をわざと危険にさらしたんだ。聞いただろう藤岡刑事に」

「ああ、うん」

 何故か女言葉を使う刑事に岩崎が取った行動の全てを聞いた。

 正直驚いた。

 だけど、驚いたのはあの短時間で岩崎がそれだけの事を考えついたと言うことで、怒るようなことではない。確かに明弥は危険にさらされたかもしれないが、結局岩崎に助けられて軽い擦り傷程度の怪我しかしなかった。

「何を気にするの?」

 尋ねると岩崎は瞬いた。

「何を、ってお前……」

 何か言いかけた彼は、顔を手で覆いうつむき呆れたように息を吐く。

「お前やっぱり馬鹿だろ」

「また言われた」

 明弥は口をへの字に曲げた。

 岩崎から見れば確かに自分は馬鹿かもしれないが、それだけ馬鹿馬鹿連呼されるとさすがに複雑な気分になる。最も、彼は馬鹿にするつもりなどないようだったが。

 ああ、そうだ、と岩崎が顔を上げる。

「あいつ、退院した」

「太一さんが? よかった。あ、でも警察とかの方……大丈夫なの?」

 彼が人狼と知っているのはごく僅かな人間だが、彼を拘束しようとする話も出ておかしくない。もう暴走の危険は無いだろうという話だったが、警察がそれで納得するとは思えない。

 退院出来たとしても、自由に行動出来ないとすれば可哀想だ。

「一応しばらくは監視が付く。っていっても、付きっきりって訳じゃないが。定期的に彼の診断をすることで納得をした。むしろ、お前だ」

「ん?」

「気が付かなかったか? 警察がお前の周りをうろついていただろう?」

 ほら、と岩崎は窓の外を示す。

 校門から少し離れたところに車が止まっている。パトカーではないが、警察関係者なのだろうか。

「護衛みたいなもんだ。南条太一は暴走した時にお前を狙う。それが分かっているからお前の安全を確保するために暫く付くだろうな。気を付けろよ、煙草なんか吸ったらすぐ補導されるからな」

「吸わないよ」

 吸ったこともないし、吸いたいとも思わない。

 飲酒は……少しだけ興味あるが。

「アキちゃん、来てる?」

 明るい声が聞こえて明弥は微笑んだ。

 教室の後ろのドアからトモミが顔を覗かせた。

「来てるよ、おはよう」

 言うとトモミは教室の中に入ってくる。

「おはよー。ねぇ、朝から悪いんだけどさ、英語の辞書ある?」

「ん、あるよ。何、忘れ物?」

「昨日家に持ち帰って置いて来ちゃってさー、一限だからすぐに返すから、お願い、貸してー」

 両手をあわせて懇願するトモミに明弥は笑う。

「じゃあ、今度何かおごってよ?」

「おっけー! マックで良いよね? 奮発しちゃうよ、この間千円分の商品券当たったんだー」

 相変わらず運が良い。

 明弥は辞書を彼女に手渡す。その様子を見ていた岩崎が窓に寄りかかりながら小さく笑う。

「お前ら、本当に仲がいいんだな」

「当然! ってか、岩くんおはよう」

「ああ、おはよう」

「んー……? あれ? 何か二人急に仲良くない?」

 辞書を胸に抱いて彼女は交互に二人を見比べる。

 明弥は笑む。

「当然だよ。友達だから、ね?」

 同意を求めるように岩崎を見上げると、彼は肩を竦めた。

「そう……らしいな」

「らしい、って」

「そう言う素直に頷かないところ、岩くんっぽいよね。素直じゃない。ツンデレタラシ」

「何だよそれ」

 岩崎がトモミを静かに見下ろした。

「べっつにぃー」

 トモミは笑いをかみ殺したような表情であさっての方向を向く。

 中学でもこんな感じだったのだろうか。

 何だか少しうらやましい。

「でも、いいなー、私もこっちのクラスが良かったー」

 トモミは訴えるように頬を膨らませる。

「こっちの方が面白そうだし、担任千野先生だし。あーあ、なーんか面白いことでもないかなー」

「トモちゃんの方、穂高先生だっけ?」

「そうそう。私、女の先生と相性悪いからなー……っとと、授業始まるから行くね。じゃ、後で」

 辞書ありがとう、と言い残して彼女は廊下へと飛び出す。

 時々嵐のようだけど、トモミは底抜けに明るくてこちらにまで元気をくれる。いつも笑っているひまわりのような存在だ。

 ずっと変わらずにいてほしいと思うのは傲慢だろうか。

「久住」

「ん?」

「気を付けろよ」

 岩崎は顎で廊下をしゃくる。

 こちらを睨み付ける安藤の姿が見えた。

 ちょうど授業開始のチャイムが鳴る。慌てて教室に戻る生徒の波に紛れて、彼の姿はすぐに見えなくなった。


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