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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第二章 人狼 Werewolf
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5 狂気の刃

「子供相手に刃物とは良い度胸をしてんじゃねーか」

 からん、とアスファルトに金属が落ちる音を聞いて明弥は目を開く。彼の一からは太一の背中と怯える男の姿しか見えなかった。

 今まで太一は自分の後ろで成り行きを見守っていたはずだ。

 いつの間にあんなところに移動したのだろうか。

 明弥は慌てて近付いた。

 後方から少女が小走りで付いてくる気配を感じた。

「仮にガキ共が万引きしたとしてもな、刃物を出した時点でお前が悪い」

「ひっ……」

 ガラの悪そうな男は息を飲んだ。

 男も消して小柄な男ではなかった。だが、太一と並ぶとまるで子供のように見えてしまう。三十代くらいの男だ。顔にはやはり見覚えがない。

 岩崎は涼しい顔で男を睨んだ。

 怪我をしている様子はなく明弥はほっとした。

「……万引き?」

「してないよ」

 少女の呟きを聞いて明弥は慌てて否定する。

 冷ややかな口調で岩崎が問う。

「お前、何で俺たちの後を付けた?」

「何だ男子高生をストーカーか? 随分な趣味だな」

 太一は低く笑う。

「ち、違う。俺は頼まれただけだ! そいつを監視しろって」

 明弥は自分を指差されびくっとする。

 監視?

 どうして?

「誰に頼まれた?」

 岩崎が尋ねる。

「……」

 男は答えなかった。

 苛立ったように太一が男の頭部を掴み引きずるようにして壁際に押しやった。

 ちょうどビルの二階に上がるための階段通路だ。周囲からは死角になって見えなくなる位置で男の頭部を壁に押しつけながら脅すように低く唸る。

「誰に、頼まれた?」

「し、知らない!」

「とぼけるなよ? 知らねぇで済ませられる問題じゃねぇ」

 男は刃物を出したのだ。

 それで知らないで済まされる問題ではないことを明弥にも分かる。

 だが、壁に押しつけられて怯えている男の姿を見ると不憫にさえ思えた。岩崎にナイフを突きつけたのは許せない。だからといって怯える男をなおも脅す理由にはならないのでは無いだろうか。

(だって、本当に知らないのかもしれない。それに)

 明弥はちらりと女の子を見る。

 こんな小さい子に暴力シーンを見せて良いのだろうか。彼女は無言のまま成り行きを見守っていたが、これが傷になってしまうかもしれない。

「本当に知らないんだ! 男に金を渡されて、こんなヤバイガキなんて思わなかったから、それで……」

 男の発言はまるで明弥が岩崎と太一を従えていると誤解しているような言い回しだった。もちろんそんなわけが無いのだが、そう誤解されてもおかしくない状況だと気が付く。明弥が二人に守られた形になったのは事実だった。

「どんな男だ?」

「み、右手に、傷のある……男」

「傷?」

 男は強い力で押しつけられて、苦しそうに言った。

「やけどの……跡」

 太一は眉をひそめる。

 明弥はたまらず彼の衣服を掴んだ。

「もういいです」

 これ以上は、もういい。このままだと彼が男を殺してしまいそうで怖かった。

 明弥は拒否するように頭を振った。

「十分ですから」

「十分ってお前なっ!」

 太一が吠える。

 彼が明弥を振り向いた一瞬の隙を狙って男が彼の腕から逃れた。

 慌てて捕まえようとする太一の腕をすり抜け、男が地面に落ちたナイフを拾い上げる。

 激しい感情で歪んだ男の視線とかち合った。

 避けようと思えば避けられた。

 だが、明弥はその場から動けなかった。

 身体の奥底から何かが吐き気のようにこみ上げてくる。

 もう、止めてくれ。

「久住!」

 岩崎が叫ぶ。

 刺されたら死ぬだろうか。

 不意に力が抜ける。

 正直、もうどうだっていいと思った。

 立て続けに色々な事が起こった。それで混乱したせいもあるだろうと思うが、自分が原因で周囲に迷惑を掛けているのならいっそ死んでしまった方が楽なような気がしたのだ。

 それに、

「止めて!」

 少女の叫び声。

 明弥は我に返った。

 瞬間的に恐怖が蘇る。

「あ……」

 目の前に迫る刃が、

「!?」

 跳ね飛ばされるようにして消える。

 変わって赤が視界に入ってくる。

 全身に赤い毛を生やした人型の獣。

 その顔は、紛れもなく

「……太一くん?」

 少女が戸惑った声を上げる。

 明弥も悲鳴を上げそうになって口元を押さえた。

 気のせいなどではない。今、目の前で太一が獣の姿に変化しそうになっている。いつだったか見た映画のワンシーンのように、男の全身から吹き出すように赤い毛が生えてくる。その身体が、顔つきが、徐々に狼のように変貌していく。

「ぐ……ぁぁっっ!」

 苦痛にさいなまれるように彼が呻り声を上げた。

「ひっ……」

 彼に跳ね飛ばされた男が尻餅を付いたまま後退していく。

 何が起こったのか、理解したくなかった。

 あの時の「人狼」に目の前で人間が変化しようとしている。夢でも見ているのではないか。人がこんな風になるなんて、信じたくない。

 ばり、と音を立てて衣服が破れる。

 丈夫そうな革のジャンバーがいともあっさりと引き裂かれる。

 獣の鋭い視線が明弥の方に向けられる。

 まだ人の形の残る男の唇が、ゆっくりと動かされた。


  『逃げろ』


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