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ウィッチクラフト Ain Suph Aur  作者: みえさん。
第九章 転生 Re-incarnation
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12 巡る


 宗を抱えたまま階段を滑り落ちるように降りていた彼は途中踊り場で宗を下ろした。

 意識がもうろうとしていたが、彼が応急処置を施すつもりでいるのがわかった。布を裂く音を聞きながら、宗はうっすらと彼を見る。

 有信が本気になったとしたらガキ共が止められないのは分かっていた。だが、足止め位になるとは思っていたが、なぜ彼はここに来たのだろうか。

「……何しに来た」

「喋るな。……くそ……治癒能力があれば」

「バカ……ヤロウ、これが、普通なんだよ。コレが、自然なんだ……」

 けっ、と宗は力無く嗤う。

 治癒能力。人の怪我を治せる力があったのならば、拳銃で空いた穴くらい塞ぐことが出来るだろう。

 だが、それは自然な事ではない。

 有信が持っていたからといって治して欲しいとは思わない。

 特殊能力が身体にどれだけの負担をかけるか知っている。

 それに、

「……それに、どっちにしたって……俺は長くねぇよ」

「タケ?」

「もうとっくに死んでいたっておかしくは……ない。……そんな顔するな、病気だよ」

 何故か悲しそうに表情を歪める有信を見て宗はくくっと笑いを漏らした。

 それは兄と同じ病気だ。

 古武の家柄なのだろうか。まるで呪いのように遺伝する病。伝染する病気ではないのだから、遺伝したとしか思えない肺の病気。

 治療法は今のところ見つかっていない。進行を遅らせる薬はあっても、宗が気が付いた時には手遅れなほどに進行していた。治癒能力があったとしても、もうどうしようもなかっただろう。

「何故だ? お前、全部断ち切って平穏に暮らすって」

「……俺が、じゃねーよ」

 目を閉じる。

 思い出すのは明るく笑う明弥とトモミの姿。

 自分の子供ではない。

 それでも子供のように可愛かった双子。

 何より、明香の子供。

「……悪いな……しくじった」

 本当はこんなこと、墓場まで持っていくつもりだった。

 こんな事を知っても悲しませるだけで、何の意味も無いだろうと思っていた。だから悪役に徹し、悪人の皮肉な末路として死のうと思った。恨まれて、死んだことを喜ばれるくらいの悪人でいようと思ったのだ。

 けれど死を目の前にして何故だか急に誰かに知って欲しくなった。

 何年もこんな事を続けてきた理由を。

「あいつらが平穏に暮らすためにはAinが邪魔だった。……そうだろ、あんなモンありゃ絶対誰かが掘り起こす」

「あいつら?」

「アキ坊と、トモミだよ」

 男が目を見開く。

 応急処置をするためにせわしなく動いていた手が一瞬止まる。不可解だと言いたげな表情だった。

 それもそうだろう。

 有信は、宗は有信を利用するためにあの双子に近付いていたとしか思っていない。

 驚いて当然だ。

「自惚れるなよ、アリ。お前のためじゃねぇよ。……あいつ等は、明香の子だ。俺は、明香のことを一度も、妹だなんて思ったことは無かった」

 最初に出会ったのはまだ宗が問題を起こす前。

 重苦しい、息苦しい家に、ようやく来た安息だった。

 宗が問題を起こして服役することになっても、他の血を分けた兄弟ですら宗の言葉を信じなかったのに、彼女だけが信じた。麻痺の残った顔を凝視することも目を逸らすことも無く見て普通に接してくれた唯一の人。

 幸せになってくれればと思った。

 自分は苦しめることしか出来ないけれど、誰かと幸せに暮らしてくれればと思った。

 だから有信が彼女を匿った事を知っても誰にも言わずに協力をした。

 彼女が誰よりもいい笑顔を有信に向けることに嫉妬しなかった訳ではない。だから宗は有信のことが嫌いなのだ。

 それでも、彼女が幸せになれればと思った。

 彼女が死んだと知った時、有信も、彼女が怯えていた「Ain」に関わった連中全てを呪った。全て殺してしまおうと思った。双子の存在すら呪ったのだ。

 けれど彼女の子供は、彼女が自分に向けた笑顔と同じものを向けてきた。

 子供の目からすれば宗の存在は大人が見るよりも異様だっただろう。実際、街ですれ違う子供の大半が彼の姿をみて怯えたのだ。

 けれど、彼らは微笑んでくれたのだ。

 明香の面影を残す顔で。

 それが、どれほどの救いだったか。

 誰にも分からないだろう。

 それでも最初は利用するつもりだった。有信が生きていれば連絡を取ってくるのだろうと思ったのだ。

 だが成長するにつれ双子は明香に似てくる。

 特に明弥は男女の違いこそあれ、生き映したかのように似ていた。

 それが最も尊いものに変わるのには時間は掛からなかった。

「お前を巻き添えにして殺すつもりだった。……あいつらだって、お前の事、憎んでるだろうって……でも……あいつらはお前を許していた」

 生きているか死んでいるかも半信半疑だった父親の生存を信じ、突然理由も告げずにいなくなった事も許していた。

 宗は懐から煙草を取り出す。

 震える指先は真っ赤に染まり、白いはずの煙草には鮮やかな赤色がくっついていた。

「あいつらには……お前が必要なんだ」

「今更……一緒には、暮らせないだろう」

「一緒に暮らせなくたって……生きてる、事が、重大なんだ……」

 そして明弥は言ったのだ。

 宗もまた、自分たちの父親のようなものなのだと。

 奪ってはいけないと思った。

 私怨や勝手な思いこみでこの子供達から父親を奪ってはいけないのだと思った。

 先の短い自分が出来るのは一緒に父親のように一緒にいてやることでは無いだろう。父親を安全な場所に戻してやることだ。

 せめて一度だけ。

 誰にも邪魔されない状況で出会わせてあげたかった。

 多分、自分の為に。

「……自惚れんなよ、アリ。俺は……お前のことが、死ぬほど……死ぬほど大嫌ぇだ」

「タケ……」

 ただ一人、大切に思えた女に大切に想われた男だから。

 あの双子にとってかけがえのない存在だから。

 宗は口に煙草をくわえる。

 だからお前が自分を責めること何て無い。言ってやりたかったが言葉にならなかった。

 霞む視界の中で男が涙を流していた。

「タケ?」

 いや、これは自分のものだろうか。

 どちらでもいい。

 穏やかな気分だった。

 有信の事が嫌いだというのはきっと嘘だ。

 羨ましかっただけだ。

 魂は巡るものだという。

 輪廻という輪を人は回り続けるという。特別な力を持って生まれた人間を知っていても、そんな非現実的な事は信じていない。

 それでも祈る。

 今まで祈ったこともない神に。

 自分に対して呪いの言葉しか吐かなかった神に。

 もしも、もう一度生まれ変われるのであれば、どうか今度はもっとマシな所にして欲しいと。

 もっと良い形で有信と出会わせて欲しいと。

 今頃祈っても遅いだろうか。

 直接殺すために手を出したことはないけれど、死ぬように仕向けたこともあれば、多くの人間に恨まれることもした。

 そんな自分の勝手な願いを今更神が聞き届ける訳がない。

 どっちにしても神は最初から自分を愛してなどいなかった。

(でも構いはしねぇ……)

 自分は照らす太陽を見つけられた。

 眩しくて、まともに見ることも出来なかったけれど。

 目を閉じる。

「タケ! おい、しっかりしろ、タケ!」

 呼ぶ声が聞こえる。


(……少し……黙れよ)


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