11 硝煙の匂い
「……」
「答えられねぇかよ、イッキ。だろうな、復讐の為に今までこんな事をしてきたなんて、言える訳が無いよな」
「何を」
「お前はレイカに復讐したかったんだろう? Ainが正しくないことを証明するために今まで全部放置してきた。お前ほどの力があればほんの数年でAinなど跡形も無く消し去れる」
「……私の能力を買いかぶりすぎです」
くっ、と宗は笑う。
「どうだかな。お前は産まれた子供を安楽死させた方が幸せと考えられるような男だ。冷酷なわけじゃねぇ、優しすぎるんだ。その甘ちゃんのお前が、どうして久住明弥と川上ともみの能力を放置したのか。……答えは簡単だ」
Ainで混乱を引き起こし、Ainを正しくないと証明する。
そうすればもう二度と誰もAinに手出しはしないのだから。
子供達を犠牲にして、古武玲香にも正しくなかったと見せようとした。
それでも、迷っていた。
気持ちの上で色々な矛盾があった。
おそらく宗の言葉は正しい。
けれど、それだけではない。だからこんなにも迷い、苦しみ、長い時間が必要だったのだ。
それは、宗も同じ事。
「イッキ、いいか、俺は……」
不意に、ぱん、と鋭い音が聞こえた。
聞き覚えのある音。
宗は自分の視界が揺らいだのを感じた。
驚いた顔の斎が見える。
(……な……んだ?)
理解が出来なかった。
あの音は拳銃を撃つ時の音だ。
構えていたのは宗自信だ。
だが、撃った記憶はない。
それに、何故、自分の腹部に燃え上がるような感覚があるのだろう。何故、目の前にいた斎ではなく自分のほうが倒れるのだろう。
拳銃の先は斎に向けられたままだ。
「……坂………上?」
驚いたように斎が漏らした。
床に転がり、激痛に耐えながら宗は斎の視線を追う。
硝煙の匂いがした。
白い煙を吐き出した拳銃を持つ男の姿が見えた。それは紛れもなく、坂上正太郎だった。不釣り合いな程に穏和な表情を浮かべ、ゆっくりと銃口を斎の方に向かう。
「てめぇ……この………」
凄むように低い呻り声を上げるが、痛みでそれ以上は続かなかった。
坂上はちらりと宗を見る。
「お気を付け下さいと申し上げたはずです」
「坂上……どうして……」
斎が戸惑った声を上げる。
仲間では無かったのか。斎が命じたのか、それとも独断か。
それ以上に、この男が拳銃を持ち出したことの方が不可解だった。拳銃くらい、手に入れるのは簡単だろう。
だが、坂上というこの男が手にするにはおおよそ似合わないものだ。
彼はくすりと笑う。
「申し訳ありません、斎様。これは私の独断です。あなたの計画の妨げになるものを排除させて頂きました」
「そんな……何故、こんなことを……」
「もう全てが回り始めています。ここで止めるわけにはいかないでしょう。貴方は穏便に事を運ぶことを望んでいることは分かります。ですが、こうすることが一番の近道でした」
「……はん、やってくれるぜ」
宗は腹部を押さえながら呻く。
流れ出る何か。
認識してしまえば気が狂いそうだ。
「まさかてめぇが……こんな事をするとはな」
「斎様が目的を果たされるのなら、私は手を汚すことも厭いません」
「そんなに……斎様大事か!」
「はい」
彼は笑う。
その顔に躊躇う様子など微塵もなかった。
坂上は自分の蟀谷に拳銃を突き付ける。
「それ以上お近づきにならないで下さい、斎様」
近付けば自分を打ち抜く。
そういう脅しだ。
斎が坂上を大切に想っているのなら近づけないだろう。
実際彼は一歩も動けなかった。
「……どうして」
「斎様、私と初めてあった時のことを覚えておいでですか? 貴方はまだ小学校にも上がらぬほど稚い方でした。私の家は代々南条家にお仕えすることが務め。私はあの頃、南条に仕えるのは苦痛でしかありませんでした」
荒い息遣いが聞こえる。
それは自分のものか、それとも斎のものか。
「ですが、貴方様に出会いました。私は一目見た時から貴方様にお仕えする為にこの世に産まれたのだと確信をしました」
「父を……慕っていた訳ではないんですか?」
「あの方をお慕いしていた訳ではありません。あなたの、お父上だったからです。……おかしいですよね、自分でも不思議です。私には貴方しか必要が無かった。どんなに貴方が荒れてしまっても、私は斎様を見守ることが幸せでした」
意識が揺らぎ始めた。
おそらく失血が激しい。
「私は貴方の瞳が人を狂わせるものであると知っていました。先代が今のように廃人となることも確信していました。それでも貴方をお諫めすることはしなかった。あなたが先代を必要ないと感じているのなら、それでいいと思ったのです」
盲目なほどの想い。
異常な程の執着。
宗は、その彼を嗤うことが出来なかった。
理由はどうであれ、誰かに執着する気持ちを知っている。撃たれた事は腹立たしいが、彼の思いを責めることは出来ない。
その思いは眩しいほどに純粋だったら。
「斎様、これは貴方のためではありませんよ。全て正太郎が自分の満足のために起こした事です。あなたが私の行動で自分を責めることはありません。……ですが、一つだけお願いがあります」
「坂上」
「願いを、お果たし下さい。それが狂気であっても罪科の半分は正太郎が背負いますから。……私の望みはそれだけです」
淡い望み。
坂上は微笑みを絶やさないままゆっくりと銃口を宗に向けた。
「私もすぐに向かいます。それで……お許し下さい、古武さん」
死を、覚悟した。
真っ直ぐ向けられた銃口がもう一度自分を貫けばさすがに生きてはいない。
彼がゆっくりと引き金に力をこめたのが分かった。
刹那、拳銃が炎を上げた。
「!」
それは銃口が火を噴いた訳ではない。
拳銃自体が燃え上がったのだ。
反射的に坂上は拳銃を床に落とす。
次の瞬間、何かが坂上の上に飛び乗った。
それは言葉を失うほど意外な人物だった。
「……久住………さん?」
斎が呆然と呟く。
一瞬だけ有信はそちらに顔を向けたが、何も言わずに拳銃を窓ガラスに向かって投げつける。
炎を帯びた拳銃は燃え上がり激しい暴発と供に窓ガラスを砕き飛ばした。
粉々に砕ける窓ガラスの破片を浴び、怯む坂上と斎の好きを付いて有信は宗の身体を抱えるように持ち上げる。
「……お前」
彼は尚も無言のまま部屋を飛び出す。
何故ここにいるのだろうか。
何故、自分を助けたのだろうか。