10 絶望の刃
「あはは! やだ、もう、おかしい!」
トモミはお腹を抱えて笑う。
鈴華と入った喫茶店で馬鹿な事を話ながら笑った。鈴華は年下であったが、年上と思えるほど落ち着いているし、話は同年代の女の子と話しているように楽しかった。
こんなに笑うのは久しぶりではないだろうか。
指先で笑いすぎて出てきた涙を拭って笑いを落ち着かせる。
「もう……マサくんってばホント可愛い」
うんざりしたように鈴華が言う。
「一度美味しいって言ったら毎回買ってくるんですよ。正直もう飽きているんだけど、喜ばせようとして買ってきてくれるのが分かるし……」
「うんうん、分かる。明弥も昔そうだったよ。悪くて言えないのもあるし、わざわざ買ってくるのがまた、嬉しいんだよね」
「嬉しいんですよね」
最後の所は同時だった。
溜まらずトモミが吹き出す。
鈴華もまた笑った。
ひとしきり笑ったあと、鈴華がふと微笑みながら言う。
「でも、良かった」
「良かった?」
「トモミさん、なんか落ち込んでいるみたいだったから、こうして一緒に笑えて良かった、って思って」
「あ、うー、ゴメンネ、気を遣わせちゃって」
「あ、いえ、私が勝手に変な気を回して……あの、私で良かったら聞きますよ?」
言われてトモミは唸る。
笑って少し落ち着いた為か、今なら少し話せる気がした。
それに、彼女なら知っているだろうか。
「ねぇ、鈴ちゃんのお兄さんって超常能力の研究してるんだよね?」
「斎兄さんですか? そうです」
「じゃあ、少し詳しいかな? 例えばだよ、例えばすっごく嫌いな人がいて、ちょっと怪我すればいいとか思った時、それが現実になっちゃうような能力って……あるのか知ってる?」
彼女は少し首を傾げる。
「ええっと……そうですね、確かにあるのは聞きます。でも、それは本人の力というよりも、守護霊とか取り憑いた悪霊の力が強すぎて暴走するというのが一般的な解釈みたいです」
「え? 守護霊も悪いことするの?」
「あ、はい。詳しくは分からないんですが、その人を護ろうとした力が悪い方に働いてしまうという話のようです」
「あ、なるほど」
トモミは頷く。
悪意はなくても、結果的に悪いことになってしまうことは生きている人間にも良くある話だ。まして幽霊の類になるとどんな風になるかもわからない。
護ろうとして、結果他の人を傷つけるということはありそうだった。
「あの、ひょっとしてトモミさん自身の話ですか?」
「あ……うん、実はそう」
何故か素直に頷いてしまった。
うーん、と鈴華は考え込む。
「ひょっとして機械が故障して怪我したり、ものが壊れたりして怪我をしたりしませんでした?」
「え……」
「明弥さんがインパクトの能力者だから、ひょっとすると……」
言いかけて彼女ははっとしたように口元を押さえる。
トモミは身を乗り出す。
「何? 聞かせて?」
「あの、ごめんなさい、言いにくいです」
「悪いこと?」
「はい」
頷かれた。
一瞬聞きたくないと思った。
だが、覚悟しなければいけないだろう。
促すようにトモミは言う。
「お願い、知っているなら教えて」
少し彼女は迷った素振りを見せた。
よほど言いにくいことなのだろう。
やがて迷った挙げ句絞り出すように彼女は言った。
「トモミさんの能力は多分、インパクトと同じ種類の力です」
「え?」
「政志くんからトモミさんは運がいい人なんだって聞きました。くじ引きで欲しい等を当てたり、運の絡むゲームに強かったり」
「うん……そうだけど」
「なら、多分物体に作用するインパクトの力を持っているんです。明弥さんは人に対して影響を与えるけれど、トモミさんはものに対して働く力。もしも少し思っただけで現実になっているなら、強く意識すればおそらく何でも出来ます」
混乱した。
言っている意味がよく分からない。
鈴華は続ける。
「トモミさん、誰かが怪我をした時具体的に何か思いませんでした? 例えば……その人がはしごを登っていた時にはしごが壊れればいいと思ったり」
少し鈴華の口調が変わったのに気が付いたが、それ以上に心当たりがあったために彼女の変化に反応が出来なかった。
確かにトモミは具体的に思ったのだ。
無意識はあったが、攻撃的なことを思った。
事故でも起こせばいい。
それが、何を意味するかが分からない。
心臓がドクドクと脈打った。
鈴華が乾いた笑いを浮かべる。
目が回って誰と話しているのかが分からなくなった。
「もしも、あなたがそう思ったとしたら、貴女が怪我をさせたのと同じ事ね」
純真無垢な顔。
それが何かを囁く悪魔のようにも見えた。
「でも、私、本気で死んで欲しいって思ったわけじゃ……」
「本当にそう? 意識出来ないところで思っていないなんて誰が言えるの?」
「けど……だけど、私」
怖い。
この子が、怖い。
「人はみんな凶暴な面を持っているわ。それを気にすることはないわ」
笑う。
顔色一つ変えずに人を殺せそうな空虚な表情。
本気で笑っていない、造り笑顔。
「自覚すればいい。貴女はこちら側の人間よ、産まれながらにして選ばれた子。貴女の邪魔をするのなら全て壊してしまえばいいのよ。神様にもらった力だもの、使って現実になるならば何も間違ってはいないわ」
トモミは立ち上がる。
怖い。
逃げ出してしまいたい。
この子の言う言葉が怖い。
「貴女の能力はまだ誰も理解しない。でも、そのうち誰もが力をもつようになる。そうすれば貴女の素晴らしさ、誰もが理解するわ」
トモミは後退する。
聞いてはいけない。
これ以上聞いたら何かが壊れる。
「人殺しの、何がいけないの? ただ心臓が止まるだけのこと。また作り直せばいいの。貴女の能力が人を殺したからと言って何だというの? 貴女は、何も悪くないわ」
悪くない。
聞きたかった言葉だ。
誰かに言って欲しかった言葉。
でも、これは何か違う。
「好きにしてしまいなさい。貴方の思うままに。いいのよ、誰のことも気にしないで。おかしいのは貴方の力を理解しない世間なのだから」
「でも……私っ!」
「……トモちゃん?」
不意に声が聞こえトモミは振り返った。
明弥がいた。
勇気もいる。
息を飲む。
聞かれた。
どこから?
全て、知られた?
「……ひっ」
一番知られたくなかった人達に、自分の暗いところを知られた。
はっとしたように彼らが走ってくる。
駄目だ、こっちに来たら、駄目。
「止せ! 川上!」
「トモちゃん駄目!」
叫ぶ声が聞こえた。
自分の声は、悲鳴にすらならなかった。