表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
三章 新たなる希望

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/54

第53話 時代を作る彼女

 競馬というのは本当に、年中無休の興行である。

 ついこの間、有馬記念が終わったところ。

 なのに次の週末にはもう、重賞がやってくる。

 東西で行われる金杯が、その重賞である。

 ただその前に厩舎では、ちょっとした行事があったりする。

 トレセン内の馬頭観音にお参りをしたり、厩舎で振る舞い酒や正月料理を用意したりする。

「昔はもっと賑やか(※1)に、スタッフの家族が集まってたりしたんだけどね」

「え、そうなの?」

「厩舎は家族、っていうイメージだったから」

「優姫ちゃん、なんか古いこと知ってるね」

 美奈は後に父に訊ねて、その知識が本当であることを確認した。

 しかし競馬村出身でもない優姫が、なぜそんなことを知っているのか。

 あるいは外から来た人間だからこそ、知識を持っているのか、とも思った。


 去年の優姫は二年目ながら、126勝して全国リーディング3位。

 総賞金も40億円をわずかに下回り、これまた3位。

 勝率も0.208と3位。

 もちろん女性騎手に限るなら、ぶっちぎりの1位である。

 そんなわけで優姫ではなく、そのエージェントである城崎に、ちょっとJRAから連絡があった。

「金杯の後のスケジュール?」

 なんのことだと思ったが、これは城崎が調べてくれていた。

「特別賞の受賞ですよ」

「シュガーに?」

「貴女にです」

「……なんで?」

 自覚のない優姫に、天を仰ぐ城崎である。

 ただ馬はともかく人間に特別賞が与えられることは少ないし、あってもごく限られたものなのである。


 二年目の126勝というのは、過去のレジェンドの記録を抜いている。

 リーディングは取れなかったなと思っても、それは二年目で、途中までエージェントをつけていなかったためである。

 一年目には女性騎手として、史上二番目の勝利数を挙げて、最多勝利新人騎手に選ばれていた。

 だが二年目にはそれは関係ないし、MVJ(Most Valuable Jockey)(※2)も3位なので関係はない。

 優秀騎手賞としては表彰される、ということは分かっていた。


 特別賞だけではなく表彰関連の投票などは、事前に知らされることはない。

 しかし現実的な話として、事前にスケジュールを抑えておかなければ、取材なども出来ないわけである。

「私に来てた取材予定を空けろというのもそれかな?」

 どうやら千草にも話はあったらしい。

 シュガーホワイトで皐月賞、ヴァリアントロアで朝日杯と、女性調教師が初めてクラシックを勝ち、さらに年間GⅠを2勝した、ということも関係しているのだろう。


 少し遠い目をする千草である。

「考えてみたら優姫は、二年目でクラシック2勝を含むGⅠ3勝を年間に達成しているんだな」

 特に皐月賞からダービーまでは、シュガーホワイトと共に大きな話題の中心となっていた。

 シュガーホワイトの故障の後は、悲劇のヒロインとしての面が大きかっただろう。

 そしてモーダショーにて、菊花賞での復活。

 そこからジャパンカップに有馬記念の好走と、まあ話題には事欠かない一年であったのは確かだ。


 勝率や勝利数は、どれも3位なのでMVJには選ばれない。

 だがこの女性初に、二年目で年間GⅠ3勝というのが、表彰しないわけにはいかないというものであろう。

 ならば特別賞があるではないか、ということになる。

「もちろん明言はされませんでしたが」

 まあこの年末年始には、色々とイベントが起こっているのは確かだ。




 12月下旬には、日本スポーツ賞の奨励賞の受賞が決まっていた。

 有馬記念の二日後、よくもまあこの年末に、というぐらいの通達であった。

 もっともこれはありうるな、とは言われていたが。

「女だから選ばれたのかな」

「二年目にGⅠを3勝したジョッキーは男でもいません」

 その城崎の言葉に、首を傾げる優姫である。

 そういえばそうなのだが、忘れてしまっていたのはなぜか。

(夢の中ではやってたからか)

 そんなことまでも自分の記憶と、同化してしまっているのだろう。


 新年の京都の開催では、金杯に乗る馬はない。

 だが新馬やダートなど、二日で18レースに乗る予定は立っている。

 そして日曜の開催では、メインとなる万葉ステークスに、松川騎乗のボーンクラッシャーが登録していたりする。

(天皇賞で当たりそうだなあ)

 モーダショーが年明け初戦に何を使うのか。

 それも三ツ木と話さなければいけないことだ。


「お、流行語の女がおる」

 年始の調整ルームにて、箱崎颯太と接触した。

 あちらも栗東所属なので、何も不思議はないのだが。

「別に選んでと言ったわけでもない」

 女性初のGⅠジョッキーというわけではない。

 海外から参戦した女性ジョッキーが、既にその栄誉は手に入れているからだ。

 だが女性初のクラシック勝利、というのはまさに優姫に与えられたものである。

 リーディング上位に初めて来た、というのも優姫が最初ではある。

「競馬界のプリンセスとか言われて恥ずかしくなかったか?」

「特には。お金が稼げて良かったとは思う」

 割り切り方が違うのである。


 優姫はあまり人前に出るのが好きではない。

 ならジョッキーなどやるな、という話になってくるが。

 そういう性格からすると、アスリートの中でもジョッキーというのは、かなり向いているものなのだ。

 レースの前には完全に外部からシャットアウトされる。

 また厩舎の中にいれば、記者がやってくるのも手間がかかる。

 レースの公正性を保つためと言って、とにかく無口になればいいのだ。


 だが色々と表彰をされれば、スピーチはしなければいけない。

 これまでにも色々と、重賞に勝った時には、インタビューもされている。

 だから出来ない、の一言で済ませてはいけないのである。

 ただジョッキーは人気商売だが、それは馬主からの人気さえあれば、一般の人気は気にしなくてもいい。

 極端な話だが、勝たせるジョッキーがいいジョッキーなのだ。


 特別賞に選ばれるのは、基本的に長年、競馬界の発展に尽くしてきた人間である。

 それが優姫が選ばれるというのは、かなり異質なことではあるのだ。

 クラシック2勝には、それだけの価値があったということだろう。

 だがシュガーホワイトの故障がなければ、三冠も達成できていたはずだ。

「最優秀3歳牡馬も、モーダショーかシュガーだろ」

「多分、モーダショー」

 そのあたりも注目されているのだ。




 有馬記念などのこともあり、優姫にはいい新馬が回ってくるようになった。

 斤量の特典がある平場は、やはり勝てる騎手に任せたい、というところだろう。

 あとは重賞で、どれだけ勝てるかだ。

 重賞に出て勝ち負け出来るような馬に、やはり乗らなければいけない。


 その重賞でも勝ち負け出来ると言えるのが、万葉Sに出てくるボーンクラッシャー。

 クラシックでは結局無冠に終わったが、素質自体は間違いなく一級品であった。

 しかし競馬の世界では、足元さえ弱くなかったら、と言われる馬は少なくない。

 そういう意味ではモーダショーは、本当に頑丈な馬である。

 それでもさすがに去年の秋から冬を考えて、二ヶ月ほどは休ませるのだが。


 二日間の開催で、まずは3勝した優姫。

 だが馬の質を考えれば、あと二つほどは勝ってもおかしくなかった。

 展開が悪かったとも言えるが、そこはもっと考えていかなければいけない。

 ともあれ悪い結果ではなかった。

 今年は去年よりも重賞に乗りたい。

 しかし重賞となると、ここまでの結果を出していても、なかなか優姫に乗せるという馬主は多くない。

 また調教師にしても、そこまで強く馬主には勧められないのだ。


 栗東は現在、比較的昔からの、個人馬主が多い。

 そことのパイプが増えたのなら、もっと乗鞍が回ってくるだろう。

「万葉Sのボーンクラッシャーは強かったなあ」

 三ツ木はのんびりとそう言っているが、春の天皇賞の、最大のライバルになると言えるだろう。

 モーダショーは上手く、一叩きしてから天皇賞に出したい。

 単に賞金の高いレースなら、大阪杯があるが。


 俗に春の古馬三冠と呼ばれるレースがある。

 大阪杯、春の天皇賞、宝塚記念の三つである。

 しかし大阪杯はまだ新しいレースで格が低い。

 春の天皇賞は春天とも言うが、今はかなり微妙とも言われる長距離のレースだ。

 宝塚記念は有馬記念と同じく、もう一つのグランプリ。

 だがどれも格としては、秋の古馬三冠に劣る。


 かつて大阪杯がGⅡであった頃は、阪神大賞典を使ってから、春の天皇賞に向かうというのが王道路線であった。

 だが今は大阪杯の3着賞金が、阪神大賞典の1着賞金よりも高い。

 JRAが大阪杯をGⅠに繰り上げた理由。

 それはもちろん、レースのレーティングが足りていたから、という背景はある。

 しかし興行的に、ここにGⅠが必要であったのだ。

 なぜならこの時期にGⅠがないと、有力馬がドバイに行ってしまう。

 そしてドバイから戻ってきた馬が、そのまま春の天皇賞に出るのは、疲労や移動の検疫のために難しい。

 だから国内GⅠを作り、春天につながる有力馬を集めたかった。


 この時期のGⅠは他に、高松宮記念。しかしこちらはスプリント戦だ。

 そして桜花賞から始まる3歳クラシックしかなかったので、中距離のGⅠが欲しかったのも確かなのだろうが。

「そろそろモーダショーに勝ちグセを付けたい」

 優姫の言わんとするところを、三ツ木も理解している。

 なんだかんだ言いながらモーダショーは、まだGⅠを菊花賞で勝っただけで、他に重賞を一つも勝っていないのだ。

 そのレーススタイルからしても、引退して種牡馬になるためには、中距離のGⅠを一つは勝つか、あるいはGⅡをいくつも勝っておく必要があるだろう。


 大阪杯を使うのは、ちょっと反対の優姫である。

 おそらくここに、フォーリアナイトも出てくる。

 阪神の2000mならば、おそらくフォーリアナイトに負ける。

 またフォーリアナイトを負かすような馬がいれば、モーダショーが勝つのも難しいだろう。

「けれど阪神大賞典を使うのは」

 三ツ木が懸念するのは、優姫も分かっている。

「斤量」

「せやね」

 去年の菊花賞でGⅠを勝っているモーダショーは、阪神大賞典では増量で走らないといけないのだ。




 負担重量が4歳牡馬は56kg、5歳以上牡馬は57kg。

 だが去年一年間にGⅠに勝った馬は、2kg重く乗らなければいけない。

 ボーンクラッシャーはまだGⅠ勝利がない。

 そのため阪神大賞典では、モーダショーと対戦するなら2kgも軽く3000mを回ることになる。

 あの馬を相手に、2kgの重さを加えて勝てるのか。

「難しいんじゃないか?」

「そう思った」

 三ツ木厩舎から鳴神厩舎に戻って、千草と話し合う。

 モーダショーは鳴神厩舎の馬ではないが、話題の中心とはなるのだ。


 現在の中長距離王道路線で、4歳の三強は決まっている。

 モーダショー、フォーリアナイト、そしてメテオスカーレットである。

 そう、メテオスカーレットはようやく、復帰戦が決まったのだ。

 モーダショーとフォーリアナイトはともかく、ダービーの一発屋であるメテオスカーレットは、果たして三強と言えるのであろうか。

 そして素質的には、ボーンクラッシャー。


 ブラッドブレイカーは今年も、主に海外で走ることとなる。

 あとは牝馬がどれぐらい、牡馬に混じってくるか。

 マイル以下の短距離路線は、また別の馬がいる。

「そろそろか」

 金杯が終わった翌週、JRAの各賞が発表される。

 SNSの他にJRAの公式ホームページでも、全ての部門が一気に発表されるのだ。


 さて、鳴神厩舎に関係しているのは何か。

 もちろん朝日杯を勝った、ヴァリアントロアである。

 最優秀2歳牡馬の部門である。

 この数年はホープフルSの勝ち馬が、選ばれることがやや多い。

 だが全体的な勝ち星と、勝ち方でそれは変わるのだ。

「よし」

 千草が思わずガッツポーズをしたのは、ヴァリアントロアが選ばれたからである。

 やはり重賞二つを含む、三戦全勝というキャリアが、強いと評価されたのだろう。


 年度代表馬は無難に、ブラッドブレイカーである。

 そして最優秀3歳牡馬には、モーダショーが選ばれた。

 菊花賞馬が選ばれるというのは、過去にもなかったわけではない。

 だがそういう場合はおおよそ、クラシックの前の2走でも、好走していた場合が多いのだ。

 モーダショーはそれの代わりに、ジャパンカップと有馬記念が評価されたということであろう。


 そして特別賞である。

 ここに優姫の名前と、シュガーホワイトの名前があった。

「なるほど」

 優姫も納得したのは、この選考の結果が妥当と思えたからだ。

 かつてハイセイコーが、優駿賞大衆賞を送られたのと、同じような感じだ。

 シュガーホワイトは皐月賞を勝ったあたりで、ものすごい注目を集めていた。

 ダービーもあの故障がなければ、という意味合いの強い表彰である。


 そしてモーダショーとシュガーホワイトの主戦騎手であった優姫。

 この三つの組み合わせで、優姫もまた特別賞となったわけか。

 あとはヴァリアントロアの主戦であることも、選考の基準になったかもしれない。

 女性騎手として初めてのクラシック二冠、また二年目の若手として初めてのクラシック二冠。

 違う馬で達成したことで、むしろ実力の証明となっている。


 8戦6勝のシュガーホワイトに、11戦5勝のモーダショー。

 シュガーホワイトもモーダショーも、現在の競馬からすると、かなり多めに使われている。

 それがシュガーホワイトの故障の原因になった、と言えなくもない。

 ただモーダショーの方は、疲れはしても故障の兆候は、全く見えていないが。


 表彰された二頭の主戦として、優姫も表彰されると言うか、クラシック2勝が大きいと言うか。

 二年目の女性騎手という点が、とんでもなくポイントアップとなっているのか。

 スマホが鳴って、城崎からの連絡がある。

 今月下旬の表彰式に、出るようにとのスケジュール調整であった。

「面倒だなあ」

「将来のためにも、知名度を上げておくべきでしょ」

 千草の言うことは、まさにその通りなのだが。


 プロスポーツのアスリートは、人気商売という部分を捨てきれない。

 城崎の電話が切れると、今度は芸能事務所からの連絡がある。

 またCM撮影などに売り込んでいかないか、という提案だ。

(馬に乗るだけでいいなら、もっと楽なのに)

 だが3月の末であれば、上手く日経賞に乗る用事が作れるかもしれない。

「あとはロアだけど」

「中3週だけど、京成杯でどう?」

 中山2000mという条件。

 コースと距離を経験するという点でも、これが一番重要であろうか。

 あとは弥生賞などもあるが。


 有名になればなるほど、忙しくなる。

 だがそういったターフの外のことまでをこなして、馬を集めることが出来るのであろう。

(今年は牝馬路線も、どうにか乗りたいからなあ)

 モーダショーについては、やはり三ツ木との話し合いが必要になるだろう。


 ※1 もっと賑やか

 かつてはジョッキーも厩舎に泊まり込み、厩務員の家族なども集まって、餅つきなどをするのが定番の行事となっていた。

 これがなくなっていったのは防疫が目的であり、鳥インフルエンザに加え、2010年の口蹄疫が決定的な理由となった。


 ※2 MVJ

 勝利数、勝率、賞金、騎乗回数の4項目をポイント化した総合評価で選ばれる。

 騎手大賞とはまた別である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ