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プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
三章 新たなる希望

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第43話 最も古く新しい栄冠

 10番人気を3着に持ってきた。

 それはたいしたものであったのだが、結局2着には長谷川が粘り込み、3連単も3連複も凄いことになってしまったマイルCS。

 馬券親父たちの悲鳴も、優姫には聞こえない。

「よくインを突いてきたなあ」

「……それでも届かなかった」

 長谷川の笑みは、まさに「してやった」という感情が見えている。

 おっさんのくせに可愛い。

 そしてこれだから、穴を空けるおっさんは、油断ならないのだ。


 優姫を中心とした天海ライン。

 長谷川としては完全に、優姫を認めたわけではないようだ。

 二年目の若手だからか、あるいは小娘だからか、少し軽く見ているところがある長谷川だが、同じレースでラビット(※1)などにはならなかった。

(まあ頼りにはなる)

 来週の優姫は、東京競馬場のメインレースに乗る。

 そのためこちらでは、乗ってもらわないといけない乗鞍があるのだ。




 ジャパンカップ。

 有馬記念と並んで、国内最高の賞金額を誇るレース。

 特定の条件(※2)を満たせば、さらにボーナスの報奨金が出るという、事実上は日本で一番の高額賞金のレースである。

 ダービーと同じ条件で開催されることから、ドリームレースである有馬記念と対比して、最強馬決定戦とも言われる。


 八大競争の格と、ほぼ同等と言っていいか、あるいは上回る。

 それは単純に賞金だけの問題ではない。

 歴史の古さが、他のレースとは違うのだ。

 1981年の開始だから、八大競争のどれよりも新しい。

 しかし同時に国際GⅠとしては、日本で最も古いものである。

 あの凱旋門賞やブリーダーズカップが、歴史においてはエプソムダービーよりもよほど、新しいのに似ている。

 最強馬を集めることに、日本は力を入れた。

 当時は香港国際競走もなかったため、ヨーロッパやアメリカのシーズンの終了後にあったのだ。


 今年はイギリス、フランス、ドイツから各一頭ずつの参戦が予定されている。

 キングジョージの勝ち馬、仏ダービー勝ち馬、バーデン大賞の勝ち馬。

 一番強いと思われるのは、キングジョージで日本のブラッドブレイカーを破った、オックスフォードブルー。

 ここまでGⅠを4勝している4歳馬である。

 また仏ダービーのエクラドリュンヌ、バーデン大賞のシュタールリッターは、やはり他にも複数のGⅠを勝っている。


 これらの馬の中で、日本のブラッドブレイカーを打ち破ったのは、オックスフォードブルーのみ。

 あとはまだ対戦していない相手である。

「3頭か……。もっと来てもいいのに」

「ジャパンカップで外国馬が勝つの、本当に難しくなったからね。馬柱(※3)にペケつけるぐらいなら、凱旋門賞とかで引退させちゃうでしょ」

 競馬新聞を広げて、美奈と語り合う優姫である。


 外国からは3頭、そして残りの15頭は日本馬。

 地方馬の出走はなく、3歳馬の出走は4頭。

 残りの11頭は古馬であり、その内の7頭がGⅠ馬である。

「フォーリアナイトも頑張るね」

「GⅠ2着三連続……」

 なんとか3歳のうちに、一つはGⅠを勝ちたいのか。

「メテオはまだ出ないんだね」

「調整不足かな」

 一応はもう骨折は治ってはいるらしい。

 ただそこからの調教が、まだ上手く行っていないのであろう。




 クラシック後の3歳世代。

 素質としては優れていたボーンクラッシャーだが、菊を勝てなかったことで、年内はあと一つ重賞で使うだけらしい。

 来年の春には、厄介な相手になっているであろう。

 モーダショーにフォーリアナイト、そしてメイコウマツカゼが3歳牡馬クラシック路線からの参戦。

 あとはオークスと秋華賞を勝った、サガベアトリスが牝馬ながら参戦してくる。

 3歳馬に加えて、牝馬ということでさらに斤量は軽くなる。

 ジャパンカップに穴を開ける、という点では狙い目かもしれない。


 優姫はジョッキーであるので、馬券の予想などはしない。

 だがもしするとしたら、かなり難しい前提になるのでは、と考えている。

 実力と実績ならやはり、ブラッドブレイカーが本命であろう。

 だが今年はドバイから、ヨーロッパを回っているローテーション。

 凱旋門賞からは少し間があるが、それでも馬体は回復しているだろうか。


 牝馬ながら秋天を制した、アンドロメダもジャパンカップに出てくる。

 3歳時にはオークスを勝っているので、距離的には問題はないだろう。 

 彼女もこれでGⅠ4勝なので、今年で繁殖入りであろうか。

 有馬記念には記念出走するだろうが、ジャパンカップを勝てなくても好走すれば、繁殖としての価値がとても高くなる。

 これ以上高くしてどうするのだ、という話にもなってくるが。


 適性だけを見るならば、フォーリアナイトが怖い。

 秋天2着と好走しているし、ダービーも惜しい2着であった。

 シュガーホワイトが失速したことにより、彼もソラを使ってしまったのだ。

 それがなければ少なくとも、メテオスカーレットに抜かれることはなかっただろう。

 あとは歴戦の古馬勢が、どれだけ整えてくるか。


 色々と考えている優姫に、千草は意外そうであった。

「あんた、勝てるのかい? あまり府中は向いてないって言ってたろ」

「それは展開次第でもある」

 一番向いていないのは中山で、特に有馬記念だ。

 もっともこちらも枠次第では、面白いことが出来るだろう。

 ジャパンカップの枠も既に出ているのだ。


 基本的にモーダショーの長所は、スタミナと最高速度を維持する心肺能力である。

 府中の2400を勝つのならば、キレの勝負をしてはいけない。

 そこはシュガーホワイトと同じ、ステイゴールド系と言おうか。

 もっともスプラッシュヒット産駒は、もっとあからさまにテンから、ハナを奪っていくことが多い。

 アメリカダート競馬型の、スタミナの削り合いをするのだ。

 つまりモーダショーは、むしろ例外的な存在である。




 スタミナは母系から伝わる、というのは血統論の一つ。

 モーダショーの母ワンダーキュートは、サンデーサイレンスの4×3を持っていた。

 だがそれとは別に母系には、マンハッタンカフェやシンザンといった、3200を走れる種牡馬が並んでいる。

 エネルギー代謝は母系から代々受け継がれてくる。

 しかしそれを活かす骨格のフレームなどは、やはり母父も関係するのだ。


 菊花賞を勝ったことで、スタミナの証明は出来た。

 あとはコース適性の問題となる。

 基本的にはロングスパートで、問題はないのがモーダショー。

 府中の緩やかなカーブであれば、それほど大きく膨れることもない。

 もっともモーダショーは、かなり不器用な馬でもあるのだ。


 そもそも3歳の菊花賞馬が、ジャパンカップに出ることが稀である。

 三冠で最もタフな菊花賞を勝ったのだから、少し休ませて有馬記念、というパターンが多い。

 あるいはその年はもう休み、ということさえおかしくはない。

 その点でモーダショーは、間違いなくスタミナや頑健さは、日本の在来牝系に基づくものであろう。

 馬格はそれほど大きくないが、ずっしりと身の詰まった感じ。

 実際に馬体重は、体高に比べると重いのだ。


 足元の頑丈さは、シュガーホワイトに分けてやってほしいぐらい。

 そのシュガーホワイトも、改めて正式に引退ということになった。

 ダービーから三カ月以上経過し、さすがにもう命の心配はない。

 そして確認したところ、やはり競争能力は喪失していたのだ。

 これからは種牡馬としての戦いになる。


 一から育てたシュガーホワイト。

 見捨てられるところから勝ち上がったモーダショー。

 どちらも大切な存在であるが、最近はモーダショーのことを色々と言われる。

 もうちょっとGⅠ馬に相応しい名前はないのか、というようなものだ。

 もっともそんな声は、優姫にまでは届いていない。

 過去を見れば色々と、おかしな名前の名馬はいる。

 モーダショーは野球用語つながりで、祖父から三代続いているものだ。

 むしろ由緒正しい命名と言ってもいいだろう。


 そのモーダショーは追い切りを終えて、いよいよ関東へと送られる。

 相変わらず調教では、あまり走らない馬であった。

「けれど調子はいい」

「まあ悪ければ出さないしね」

 三ツ木としては調教師生活の最後に、いい馬を預かったものである。

 もっとも優姫が未勝利を勝たなければ、ダートに転向する予定であったのだが。


 さすがに勝つところまでは難しいだろうな、と優姫は思っている。

「次に大きいところを勝ったら、やっと酒が飲めるな」

 東京に向かう前に、優姫はそう言われた。

 つい先日、20歳になった優姫。

 もう美少女天才騎手という肩書は、さすがに使えないだろう。

 本人は使うつもりなどないのだが、いまだに中学生に間違えられることはある。

「あんたそりゃ、もっと高い服を着ないと」

 そう言う千草は案外、衣装には凝っているのだ。

 もっとも調教師として、そんなにラフすぎる格好では、馬主などとの話も出来ない、という理由であるが。

 服ぐらいは決めておかないと舐められるのだ。

 たとえ足元は長靴であっても。




 その辺に出かけるぞ、というような服装で新幹線に乗る優姫。

 金曜日の夕方には、もう関東に到着している。

 もっとも府中には、新横浜で降りた方がいい。

(あれ以来か……)

 ダービー以降には、初めて訪れる府中である。


 なんだかんだ言いながら、一番多くのGⅠを行うのが東京競馬場だ。

 どうやったらここで勝てるのかは、色々と考えてきた。

 モーダショーの力では、この一番レベルが高くなる傾向のレースを、勝つことはまだ難しいだろう。

 だが菊花賞は思ったより、ずっと強い競馬をしてくれたのだ。

 ジョッキーが馬を信じなければ、そこで終わりである。


 ダービーとは空気が違う。

 外国馬の参戦が、一番多いレースではあるのだ。

 他には安田記念なども、外国馬にかなり人気がある。

 そもそも日本のレースは、賞金が高い。

 トップクラスのレースであれば、確かにサウジカップなどがある。

 しかし海外のレースではGⅠでありながらも、賞金が日本の特別競走並であったりもするのだ。


 秋天からジャパンカップ、有馬記念。

 年末の大レースは三つとも、関東で行われる。

 優姫の意思としては、やはりジャパンカップは勝ちたい。

 好みのレースとしては有馬記念だが、勝たなければいけないと思うのがジャパンカップ。

 シュガーホワイトが故障しなくても、この年は出走しなかった可能性は高いが。


 それでいてモーダショーは問題なく出走。

 タフネスであり、体の構造の頑健さを考えると、モーダショーは母父となったら成功するタイプかもしれない。

 レースでの使われ方は、ひどいローテであるのだ。

 夏場に札幌で2レースも使うべきではない。

 だがその後、あの惜しい京都大賞典の敗戦から、馬が変わった気もする。

(それでも届かないかな)

 古馬の最強格が距離適性外以外は全て参戦。

 ここを勝ちきるのはまだ早い、と優姫は思っている。

 モーダショーは、4歳になったら本格化するだろう。


 土曜日から既に、関西の上位ジョッキーも集まっている。

 有馬記念は別として、やはり古馬では現在、天皇賞をも上回るレース。

 これに二年目から乗れる、という優姫の立場は異例である。

 ただ今年の優姫のリーディングは、4位にまで上がっていた。

 ここからの上位三人は、特に一位と二位を抜かすのが難しい。


 お手馬がたくさんある松川は、ここではブラッドブレイカーに乗る。

 五十嵐はそのまま、フォーリアナイトで挑戦する。

 シルバーコレクターのフォーリアナイト。

 だがここまでは負けた相手が、相当に強かったとも言えるのだ。

(回ってくるだけになるかな)

 モーダショーの目に見えない疲れが、あるのかどうか。

 優姫としてはそのあたり、問題ないと思っているのだが。




 土曜日は6レースに乗って1着1回の2着1回。

 掲示板を外したのは1レースだけであった。

 関西ならともかく、関東の開催でしっかりと乗鞍が集まる。

 やはりこれはエージェントのおかげである。

 ただメインとなったリステッド競走は、さすがに乗れなかった。

 本番は明日であるのだから、ここで無理をする必要もない。


 果たしてどういう展開になってくるか。

 欧州から参戦した三頭は、脚質的には似たような感じだ。

 中団あたりから、最後に差し脚を伸ばす。

 ただラビットのいないこのレースでは、そう上手くはいかないだろう。


 見てみると逃げ馬は一頭ぐらいしかいない。

 先行集団を作る馬はいるが、実力馬は差し馬が多いのだ。

 内枠が有利とは言われるが、外枠もそこまでひどい結果ではない。

 天気も特に悪くはなく、また仮柵(※4)の移動により、内側の芝も踏まれていない状態になる。


 考えれば考えるほど、考えることが増えていく。

 モーダショーは大前提として、ロングスパートをかけなければいけない。

 そのスパートをかけるタイミングがどこで、位置取りがどうなっているか。

 差し馬が中段で、位置取りを争うだろう。

 モーダショーはやや先団で、比較的楽にポジションを取れるか。

 ラチ沿いをぴったりと走る、というのはモーダショーには不要。

 それほど跳びの大きな馬でもないのだが、かといって歩幅が小さな馬というわけでもない。


 差し馬同士の牽制が起こること。

 まずはそれが勝利のための第一条件。

(あとは外国馬の日本馬場適性かな)

 オックスフォードブルーは、凱旋門賞を熱発で回避している。

 それがなければ勝利して、今年の欧州年度代表馬になったかもしれない。

 エクラドリュンヌは2000mまでに勝ち鞍が集中し、2400では勝ちきれていない。

 シュタールリッターの戦績は、ほぼドイツ国内だけのものだ。


 3歳時には体調が安定せず、GⅡまでしか勝てなかったオックスフォードブルー。

 それが4歳になって、GⅠ4勝を含む5連勝なのだ。

 今のヨーロッパではクラシックで勝って、古馬の混合戦も一つ勝っていれば、そのまま種牡馬になってしまう3歳が多い。

 格を見るならばおそらく、これが最強であろう。

 しかし競馬はそう単純なものでもない。


 最強馬ブラッドブレイカーでも、長く日本のコースを離れていた。

 ヨーロッパで半年ほども活動し、果たして日本の馬場で走れるのか。

 そうやって考えていくと、秋天を制した女傑が、ここでも暴れそうな気もする。

 それぞれが微妙に、不安要素を抱えていたりして、これという決め手がない。

(う~ん……)

 考えながらも眠ってしまうあたり、やはり優姫は図太い人間であるのだった。

 ※1 ラビット

 有力馬を勝たせるために、ハイペースで逃げて他馬のスタミナを削る役割を担う馬のこと。

 日本では禁止されているが、同じラインの二人が同じレースに出ている場合、阿吽の呼吸でその役割を果たしたりする。

 また同じラインでさえなくても、差し馬が逃げ馬をラビット代わりにすることは普通にあり、さらにラビットが勝ってしまう例も、ヨーロッパでさえある。


 ※2 特定の条件

 褒賞金制度があり、天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念の3競走を同一年にすべて優勝したJRA所属馬には内国産馬2億円、外国産馬1億円の褒賞金が交付される。

 他に海外の指定競走の当年優勝馬がジャパンカップに出走した場合に褒賞金を交付している。今回の場合、参戦している3頭は全てそうである。


 ※3 馬柱

 一頭の馬の過去数走の成績を縦一列に並べた情報列のこと。また他の情報を示す場合もある。

 これが全て1着(クリフジ、トキノミノル、マルゼンスキー)2着以内(シンザン、ダイワスカーレット、イクイノックス)3着以内コントレイルなど掲示板内テイエムオペラオーなどであると、大きく崩れない強い馬と分かる。

 特に欧州の超一流馬は、種牡馬としての価値を高く保つため、自分の適性に合わないレースや、負ける可能性が高いレースに出走して「馬柱を汚す(大敗の記録を残す)」ことを極端に嫌う。つまんねーよな。


 ※4 仮柵(の移動)

 芝コースの保護のため、柵をずらして綺麗な芝を露出させること。内枠有利に働くことが多い。特にジャパンカップではいい芝で行われる。

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