表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
二章 もう一つの黄金

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/58

第35話 風か光か、あるいは砂塵か

 5歳の古馬を乗り替わりさせる。

 これには微妙な意味がある。

 美浦から栗東に持って来て、マイルCSを目指す。

 正直なところ厳しいだろうな、と優姫は思っているのだ。


 優姫は重賞で凡走したことがない。

 それは確かに事実であるが、運が良かっただけだと自覚している。

 また凡走すれば一気に評価が落ちる、ということも分かっていた。

(難しいな……)

 マイルで結果を残した馬が、種牡馬入りしやすい時代ではある。

 だがグンジョウホマレはキャリア初期こそマイルで走ったものの、クラシックシーズンはそちらをメインに走っている。


「生産者とオーナーと調教師の意図が見えない」

「そんなこと考えず、あんたはただ勝つことを考えていけばいいんだよ」

 優姫の呟きに対して、千草は当然の言葉で応じる。

 ジョッキーとしては一流であっても、大きな欠点と言おうか。

 優姫はレース以外のことに、思考が囚われている。

「レースの映像は見たのかい?」

「マイラーではあると思うけど」

 一応はGⅡレースに出たこともあるのだ。

 だが今の日本の、二大マイルレースには、やはり出走することが出来ない。

 あるいはなんらかの理由で、出走をやめる陣営が続出すれば、その時は繰り上がって出走できるが、その可能性は低い。


 まずは乗ってみないと分からない。

 惜しいレースがあるというのは、確かに分かるのだが。

 だが外厩から直接こちらに来て、追い切りに乗れるのは一度ぐらい。 

 もちろん追い切りが一度とは決まっていない。

 ゆっくりと流す程度であれば、二度三度と行うこともある。

 強い追い切り一度で済ます、というのは特にオープン馬などであれば、あまりにも画一的な調教である。


 色々と考えているうちに、馬運車で運ばれてきた馬。

 美浦の厩舎の厩務員も、一人担当として付いてきている。

 何度か関東の競馬には行ったが、やはり優姫のホームグラウンドは関西である。

 考えてみれば大きなレースは、関東の方に多いのだ。

 単純に牡馬クラシックでさえ、中山と府中で行われて、最後の菊だけが京都となっている。


 西高東低の言葉がもうないと言われるのも、そのあたりが理由ではなかろうか。

 特に長距離が比較的、疎まれる時代になってしまった。

 春の天皇賞や菊花賞は、京都の名物長距離レースとも言える。

 しかし海外に持っていくのが、挑戦とも言えなくなってきた現在。

 特に中東と香港に関しては、上手くヨーロッパやアメリカの馬とも、遠征という同条件で戦うことが出来る。

 大阪杯はGⅠの格付けになったものの、やはり海外のGⅠを勝つというのは、種牡馬入りにしても実績となる。

 特にドバイの2400mは、日本馬の実績も多いのだ。

 これが季節が重なってしまっている。




 馬運車から出てきた馬は、確かに風格があった。

 5歳というのはサラブレッドが、最も成熟する時期とも言えるだろう。

 もちろんある程度の早熟性がないと、クラシックに間に合わない。

 特にダービーに間に合わないのだ。

 それでなくても昨今は、騙馬以外はすぐに、3歳で引退させてしまうのが欧米の風潮だ。

 特に強い馬ほど、その傾向がある。


 優姫は基本的に、全ての馬を愛している。

 だが馬の幸せというものは、どういうものであろうか。

 シュガーホワイトのように、まさに欠陥は一つだけで、あとは完璧とさえ言える馬もいる。

 ズブくて勝てそうにない、と思われていたモーダショーも、今は菊花賞の有力候補だ。

 ヴァリアントロアなどは、あの激しい気性は遠い、サンデーサイレンスへの先祖返りかと思われることもある。

 だがそんな馬にばかり、優姫は乗っているわけではない。


 種牡馬にしてやりたい、というのは分かる話だ。

 ただ単純に種牡馬になっても、未来があるわけではない。

 そもそも今の日本のみならず、世界の馬産においては、種牡馬を酷使しすぎる傾向があるのでは、と思う。

 もちろん管理の技術が向上したため、より受胎しやすくなり、多くの種付けが出来るようになったのも確かだ。

 しかしその分、血統の多様性は失われていっている。


 重賞を勝っても種牡馬になれない、ということが珍しくはない。

 日本の場合は特に、馬産が北海道に集中していることも問題だろう。

 アメリカでミスタープロスペクターが成功したのは、当初は馬産地の中心から外れたところで、細々とした産駒の中から、GⅠ馬が出たからである。

 ただ初期産駒からは、早熟な短距離馬が多かった。

 今ではクラシックを狙える血統となっているが、逆に2歳の早い時期は、ストームキャット系が多くなっている。


 現代の競馬において、基本的に種牡馬として成功するには、絶対的なスピードが必要とされる。

 それこそミスタープロスペクターが、重賞で勝たなくても短距離で、レコードを出したように。

 その中で晩成の馬が、それなりに種牡馬としても成功する土壌がある日本。

 実は騙馬メインの香港などを除けば、世界の馬産の未来を担っていると言っても言い過ぎではない。




 グンジョウホマレにはとりあえず乗ってみた。

 強い調教が出来るのは、おそらく一度きりであろう。

 一緒にやってきた厩務員は、複雑そうな顔で、優姫を見ている。

 馬ばかり見ていて、その人間の視線に気づかないのが、優姫らしいところだ。


 馬なりで軽く回ってみる。

 ダートを使うほど足元は、弱くないのは分かっている。

(17戦か~)

 良くも悪くも、既に落ち着いてしまっているのだ。


 ここで勝てなければ、ダートで使うのか。

 地方に移籍というのは、充分に考えられる話だ。

 しかし安定して、年に5走は走っている。

 上手く着を狙っていけば、もうしばらくは現役で走れるか。

 そうやって長く走るというのも、悪いことではないはずだ。


 下手に種牡馬を目指すよりも、乗馬に用途変更という道もある。

 昔に比べれば競走馬が、最終的に食肉になるのは、かなり減ったものだ。

 それに地方でも長く走れば、より落ち着いてくる。

 乗馬にするにはそれからでも遅くはない。


 以前に比べれば競走馬が寿命を全うできる割合は、かなり増えている。

 だがそれと血統を残すというのは、また別の難しさがある。

「ダートを走らせても大丈夫?」

「ダートは使ったことがないが、レースの前にかい?」

「軽く回るぐらい」

「まあ、強く追わないのなら」

 血統的にはダートを走ってもおかしくないのか。

(種牡馬は需要と供給)

 血統が良ければ安くても、それなりに付けられることはあるのだ。


 芝路線とダート路線。

 日本ではいまだに、芝が王道という意識は強い。

 実際に芝で結果を残してこそ、という形でシンジケートも組まれる。

 ただ世界的に見れば、最高額のレースはダートが多くなっている。

 中東の二大レースは、ダートがメイン。 

 またアメリカでは基本的に、ダートの格付けが上。

 日本でもそれに対応するために、地方のダート三冠などが設立されている。

 

 グンジョウホマレは芝のクラシックを走ってきた。

 だが本来の適性はマイラーだと、クラシックが終わってから気づいていく。

 そして今、ダートを走らせている。

(脚が上手く抜けている)

 しかしダートとなると、スタミナがもつのかどうか。




 優姫は小娘である。

 だが同時に天才とも呼ばれている。

 馬との折り合いをつけるという点で、特に優れているとも言われる。

 帯同してきた厩務員は、ベテランではあるがなかなか、オープン馬ばかりを担当するというわけでもない。

 本当ならこの最後のチャンスには、東西のトップジョッキーを乗せてほしかった。

 優姫のリーディングはまさに、そのトップジョッキーではある。

 しかし当たり前だが、大舞台の経験はまだまだ少ない。


 ダートを回ってきて、馬から降りる。

 どうしても彼女に尋ねたいことが出来た。

「ダートで走れそうなのか?」

「脚質は」

 短く答えた優姫は、馬の首などを撫でている。

 そして一人で考え込んでいってしまう。


 確かに天才っぽい、何か危うさがある。

「どうして今まで、ダートは試してない?」

「そりゃあオーナーが芝を期待したし、実際にそれなりに走ってるからな」

 血統的にもどちらかというと、芝で走っている産駒が多い。

 ダートの方は、通用しなくもない、という程度のものだ。


 ダートGⅠは地方競馬の方が多い。

 国際的に見れば、日本独自のGⅠで、世界で認められているものは少ない。

 しかし国内であれば間違いなく、GⅠとしての格もあれば賞金も高い。

 日本のダート馬が、世界でも通用するようになった。

 だからこそ整備されたダート路線である。

「スワンSは勝ち負け出来るけど、マイルCSではまず勝てない」

「……そうか」

 確かに今のマイル路線は、古馬の二強と呼ばれる存在がいるのだ。

「多分本当の適したレースは、今の日本ならダートのマイル前後まで。坂のない地方のダート重賞を勝ってから、GⅠクラスに挑戦するのが一番いいと思う」

「最近はダートの種牡馬の需要もある、か……」

 それは間違いないのだ。


 グンジョウホマレは芝の重賞で好走するスピードを持っている。

 しかしそれは5歳になって、マイルに絞ってからのものだ。

「むしろ最近は、生産者側からすれば、芝も走ったダート馬の需要が多いんですよ」

 少し調教を見ていたが、こういう話ならば自分だろう。

 そう思った千草が口を出した。

「鳴神先生、ですね」

「ええ。うちは実家が生産牧場なんですが、今は最強馬はむしろダートにいますからね」

 最強かどうかはともかく、日本史上最高高額賞金獲得馬にして、ブリーダーズカップ・クラシックとサウジカップを勝ったフォーエバーヤングは、とんでもない種牡馬価値があった。

 さらに純粋なダート馬として、史上初のJRA年度代表馬にまでなったのだ。


 グンジョウホマレは最初からダート、という目的で生産された馬ではない。

 だがステイゴールド系の中でもオルフェーヴル系は、ダートの強力な馬を輩出している。

 ウシュバテソーロなどは、ダートを走るようになってから、世界最強クラスに登り詰めた。

「この馬はクラシックに出走するぐらいには早熟性があったし、古馬になってから重賞好走してるし、本当にダートで実績が作れれば、下手な芝のGⅠ1勝馬よりも需要はありますから、オーナーにも話してみればどうです?」

 JRA所属のままでも、地方の競争に出走する枠はある。

 特にダートで重賞を1勝でもすれば、それはほぼ確実だ。


 芝で走る王道がいいのか。

 それともとにかく、血を残してやりたいのか。

(芝で好走して、ダートで重賞を勝てるなら、むしろ安くて付けやすい馬になるんじゃないかな)

 全ての生産者が、クラシックばかりを目指すわけではない。

 今はちゃんと最初から、ダートの強者を目指している。

 そうやって誕生したのが、ホッコータルマエやフォーエバーヤングであるのだ。

 タルマエの方は父がキングカメハメハなので、本当に最初からダートを狙っていたわけではないだろうが、適性は最初からダートとして出た。




 厩務員というのは、自分の担当馬を我が子のように可愛がる。

 そうでなければ務まらないが、同時に割り切りも必要なのだ。

 ただやはり、引退した馬のその後が、幸福であってほしいとは思う。

 ベテラン厩務員の言うことであれば、調教師も無碍には出来ない。

 その傾向も外厩の発達によって、変わってきているのだが。


 馬はまず、強くなければ話にならない。

 それは確かなことである。

 一時期は日高の馬産が、本当に壊滅するのでは、と思われる時代もあった。

 なんとか持ち直したと言えるのは、潰れるようなところは潰れて、残るところが残っただけ、とも言える。

 経営努力や統合など、色々な時代があった。

 だが日本に限って言うなら、五代の絶対的な台頭と、そこからの協力関係を上手く構築した、ということが言える。


 ルージュ・バレーなども五代をライバルとは思っている。

 だが明確な敵対関係ではない。 

 対戦する相手がいなければ、競馬は存在しなくなるのだ。

 だからセレクトセールで高額馬を売る五代であっても、庭先取引が存在する。

 またシュガーホワイトや、その父に祖父というような、血統の継続のロマンもあるのである。


 とりあえず優姫は、スワンSに乗った。

 結果は2着という、惜しいが価値はある2着である。

「マイルチャンピオンシップは無理か……」

 オーナーはがっくりとしていた。

 賞金的に見ても、出走取り消しがない限り、まだ苦しいところだろう。

 1着であれば問題なく、優先出走権が取れたのだが。


 優姫としては全力を尽くした。

 だが全力を超える騎乗をした、とは言えない。

 シュガーホワイトで戦ったクラシック。

 あれは自分を削るものであったし、同時にシュガーホワイトの競走寿命も削った。

 馬は勝たなければ生き残れないが、もう少しやりようがあったのではないか。

 今ならば弥生賞にはやはり、出さない方が良かったか、という判断も出来るのである。


 ここから果たして、どうやっていくのか。

 ダートのレースを使うにしても、優姫が乗ることはない。

 千草も説明した、ダートへの適性。

 おそらく年内にあと一度ぐらい、どこかで試すのではなかろうか。

 そこで結果が出るならば、6歳になってからダートというのは、決しておかしくはない選択だ。


 馬主からしてみれば、南関に移籍、という選択肢がある。

 預託料がそもそも、中央と地方では大きく違う。

 中央のダートレースはおおよそ、地方馬も出走枠がある。

 5歳の間にダートで勝つか、あるいは6歳になってからでも勝つか。

 それが成功したら、地方に転厩させればいい。

 南関東のダートレースは、どれもレベルが高いと共に、賞金も高いものであるのだから。




 惜しい馬だったな、とは思う。

 だが勝てなかったのだから、次がなくても仕方がない。

 まずは目の前の、菊花賞に集中する。

 モーダショーに残された、最後のクラシックの挑戦。

 そこから先はヴァリアントロアの重賞挑戦も控えている。


 ただ敗北した翌週に、優姫には連絡があった。

 それはグンジョウホマレで、地方の重賞に乗らないか、というもの。

「予定を確認して、明日中には返事します」

「なんだって?」

「園田の兵庫ゴールドトロフィーに乗らないかって」

「……それはまた」

 千草が絶句するのも無理はなかった。


 グンジョウホマレで優姫は好走した。

 しかしまだ確定ではないが、マイルCSには賞金が足らず、出られないのは仕方がないであろう。

 そして厩務員にダート路線の話もしていた。

「マイル前後の重賞ならまだあるし、ダートでも関東の重賞はあるだろうに」

 それこそ南関のダート重賞に、あの賞金なら間違いなく出られるであろう。


 つまり園田を選択したというのは、優姫を指名したということだ。

 乗り替わった一走目で、2着に持ってきたというのを評価したのか。

 だがこれまでも重賞2着なら、何度か果たしている。

 またこれが一番大事なことだが、優姫には地方での騎乗経験がない。

「園田……」

「そういった条件を全て考えた上で、あんたを指名したってことだね」

 それはジョッキーとしては、ありがたい限りである。

 何より地方競馬は、平日に開催されるので、JRAとの乗鞍がバッティングしない。

「テキ」

「行っといで」

 ここは阿吽の呼吸の師弟であるのだった。

 ※重賞の格付けについて

 日本は競馬のパート1国であり、つまり日本のグレード格付けは、基本的にそのまま海外の格付けである。

 しかし地方競馬の場合、海外馬をわざわざ呼ぶことなど考えていないケースもあるため、独自のJpnというグレードで格付けされている。

 ただ地方開催でも東京大賞典はGⅠ格付けを持っている。

 大井のJBCクラシックなどはJpnⅠの格付けである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ