表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
二章 もう一つの黄金

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/52

第33話 血脈の活性

 ヴァリアントロアは能力だけで、新馬戦を勝ってしまった。

 勝つためにどうすればいいのか、パターンがはっきりとしている。

 しかしそのパターンで、距離の融通が利くのかどうか。

「スプリンターじゃない?」

「やっぱりマイルから中距離ぐらい」

 1400mというのは中途半端な距離と言える。

 勝ち方自体は圧倒的であったのだが。

「あれで重賞を勝つのは難しい」

 それが優姫の感想である。


 前向きな性格ではあるのに、スタートがあまり上手くなかった。

 これは短いスプリント戦では、致命的な欠点である。

 それでも練習していけば、上手くはなるのかもしれないが。

「前に壁を作ってから、直線勝負がいいと思う」

「それはそうだね」

 ただ新馬戦で、少頭数だったのが幸いした、とも言えるのだ。

 多頭数であれば前の壁に、完全にふさがれていたかもしれない。

 また大外に持ち出すにしても、距離のロスがとんでもない。


 大外一気、というのは見ていてとても面白い。

 まくっていく競馬というのは、強さがはっきりと分かるのだ。

 80年代最強どころか、いまだに中長距離では最強では、と言われてレーティングも高いダンシングブレーヴ。

 その戦法もまくっていって直線で突き放すというものであった。

 ディープインパクトも末脚が圧倒的なものだったが、実のところはスタートが下手であったという事情がある。

 それでも問題なく勝てる、というのが本当に異常な話なのだが。


 優姫は馬に合わせて、勝てる戦法を取っていく。

 だが基本的に狙うのはクラシックだ。

 そのためには距離を延長させていく必要がある。

 スプリントやマイルといった、短い路線も整備されている現代。

 特に海外などは、マイル戦などが多くなっている。オーストラリアは2歳や1200mのスプリントがかなりの数だ。

 ……その数多いスプリントレースが、果たしてその格を持っているかは別として。

 それでも優姫は、クラシックの信奉者だ。


 中山ほど急ではないと言っても、阪神にも坂はある。

 そこをあっさりと上ったのだから、パワーは間違いなくあるだろう。

「スタミナの計算が立たない……」

 走りたいだけ走って、気が済んだところで止まってしまった。

 だから走破タイムから逆算しても、マイルまでは通用すると思うのだ。


 阪神の直線はそれなりに長い。

 そこを見事に上っていった、ラストの3ハロン。

 もっとも前に馬がいたため、完全に脚を溜めることは出来ていた。

(う~ん……)

 鳴神厩舎の馬であり、さらにはオーナーの肝いり。

 そんな自分のお手馬なので、なんとか勝たせることは決めている。

「次はどこを使うべきか」

「それを決めるのは私なんだけどね」

 千草の言葉に、初めて気づいた、という顔をする優姫であった。




 調教師である千草の仕事は、馬の管理である。

 調教自体は今はもう、ほとんどが育成牧場でやっている。

 もちろん最後には、トレセンで調整を行う。

 だがその追い切りすらも、トレセンでは行わないということもあるのだ。

 昔は日本の追い切りなどが、欧米から見れば不思議に思えたらしい。 

 実際のところは欧米でもやるところはやるが、日本式というわけではない。

 結局は馬の調教は、その馬の特性によって違う。


 モーダショーもヴァリアントロアも、厩舎で預かっている期間が長い。

 これは二頭とも性質は違うが、気性難で優姫でなければ扱えない、という理由である。

 育成牧場の乗り役などは、なんなら海外の一流攻め専担当であり、下手をしなくても並のジョッキ―より上手く、給料も高かったりする。

 それがお手上げなのだから、この二頭の手綱を握る優姫が、どれだけ大変であるのか。


 ヴァリアントロアは今のところ、瞬発力もトップスピードも、そしてパワーも凄い。

 そしてマイルまでならば、おそらくは問題なく通用する。

「というわけで萩ステークスはどうだ!」

 京都で行う2歳のリステッド競走であり、これに勝てば賞金も一気に稼げる。

 まず間違いなく、春のクラシックは問題なく乗れるであろう。

「テキ、今年の開催は……」

「……菊花賞と同日か……」

 問題はそこであった。


 ヴァリアントロアの気性からして、ジョッキーにかかる負担も大きい。

 1800mのレースなので、かなり条件は満たしているのだが。

 しかしちょっとしたミスで、優姫自身のコンディションを整えることが出来なければ、その時は同日の菊花賞でモーダショーを、追っていくことが難しくなる。

 さすがにクラシックのために、ヴァリアントロアと同じ日に乗るのは厳しい。

 普通に他のレースには、乗る予定であるのだが。


 京都大賞典で賞金を加算しなくても、モーダショーの菊花賞出走は確実である。

 逆に言えば菊花賞は絶対に動かせない。

「デイリー杯がマイルで丁度いいか」

 千草の考えは、真っ当なものである。

 菊花賞の後、11月に京都の1600mコースであるが、外回りである。

 ただこのコースをしっかりと、ゆっくり回ることが出来るかどうか。


 GⅡレースなので、2着でも賞金が加算される。

 これで年末のGⅠにも出られるし、なんなら皐月賞まで問題ないだろう。

 もちろん本当に2着までに入れるか、そこに問題はある。

 ダメならダメで、2歳GⅠは諦めて、年明けの1勝クラスから、他の重賞に挑戦していくという路線でいいだろう。

「メインだし、振り落とされて怪我しても、次のレースの予定は入れなきゃいいしな」

「縁起でもない」

 だが確かに、モーダショーが菊花賞でどういう結果になっても、それならば大丈夫であろう。




 優姫はヴァリアントロアにばかり、手をかけてはいられない。

 もちろん自厩舎の馬なので、大切なのは間違いないが。

 先に京都大賞典である。

 2400mのこのレースの後、中二週で菊花賞へ。

 世間的にはどうやら、秋天に進むと思われているらしい。

 この時期に古馬と対戦するなら、そちらが当然だと思うだろう。

 昨今の競馬において、中二週というのはかなり珍しい。

 特に短い距離ではなく、2400mも走るレースならば。


 それにしても、とモーダショーの背中に乗って、優姫は考える。

(エージェントをどうにかしないと)

 島田が言うにはどうも、エージェント間で取り合いが行われているらしい。

 優姫の場合は100勝に到達しても、実質まだ見習いのようなものだ。

 女性騎手の斤量減2kgが、強烈なインパクトを持っている。

 そのくせ重賞でも勝って、負けても好走するのだから、馬主などの目から見ても、乗ってほしい騎手になっているのだ。


 シュガーホワイトの競争中止は、間違いなく悲劇であった。

 だが幻のダービー馬になったがゆえに、逆にその伝説は完成したとも言える。

 引退の発表はまだされていない。

 しかしその状態が知られるにつれ、もう復帰は不可能だと理解されていく。

 夢や希望や、そして奇跡までをも与えた優駿。

 せめてその産駒が見られるなら、と思ってもらうしかない。


 クラシックホースを失った優姫は、強力なお手馬を失ったはずであった。

 青葉賞3着のモーダショーは、ダービーの時点ではノーマークであった。

 それが夏を越えて、有力な馬の一頭となっている。

 オープン馬であり、間違いのないステイヤー。

 体型などを見たらマイルまでか、あるいはダート馬かと思われるのだが。


 京都大賞典、京都の芝外回り2400mのレース。

 図太いモーダショーであるが、戸惑いを見せている様子もあった。

 確かにこれまでも、古馬混合のレースを戦っている。

 しかしGⅡに比べれば、やはりレースのレベルは違うのだ。

 六歳や七歳といった、貫禄のある馬もいる。

 そんな中で重賞未勝利(※)のモーダショーは、3歳馬ということもあって斤量が3kg減。

 青葉賞の後の連勝で、それなりの人気にはなっていた。




 今年は15頭が出走する、それなりの多頭数。

 3歳馬は他に一頭が出ていて、これも夏の上がり馬である。

 重賞の勝ち馬も半分ほどはいて、かなり競走馬としての完成度が高い。

 同じ3歳馬や、オープンに入るかどうかというレベルなら、モーダショーは落ち着いているのは間違いなかった。

(これがいい方に働くか、悪い方に働くか)

 ゲートインする前の輪乗りから、モーダショーの様子が極端に落ち着いてきた。

 肚が座った、という状態になったのだろうか。

(さて、2400でどうなるか)

 追い通す覚悟はしている優姫である。


 ゲートが開いてスタート。

 モーダショーはズブい馬ではあるが、気性が落ち着いてるため、スタートで変にタイミングが合わないということもない。

 ただ古馬重賞となると、他の馬は平気で当たっても、そこから立て直す。

 モーダショーは体重450kg前後と、それほど大きくはない。

 しかし重心は安定しているので、上手く衝突しても、バランスを保つことが出来た。

(うん?)

 そしてこの古馬たちの流れの中で、優姫は感じている。


 モーダショーはステイゴールド系に分類される。

 だがそこからスプラッシュヒットを通したことで、気性の荒さは改善されて、脚質も変わっていた。

 これはスプラッシュヒット産駒ではなく、モーダショーという個体の特徴なのだろうが、面倒くさがりで走りたがらない。

 おかげで鍛えるためには、長い距離を走らせるほかに、曳き運動もたっぷりしなければいけない。 

 今ではウォーキングマシンで、代用しているところもあるのだが。


 今までのモーダショーになかった感触だ。

 勝っても負けても、あまり反応がなかったのが、これまでのレース。

 若駒相手や夏場の混合戦相手では明らかに手を抜いていたのだが。

「モーちゃん、やる気になってる?」

 それはそれでどう影響するか、分からない優姫である。

 しかし序盤から、しっかりとハミを噛んでいるのは間違いなかった。




 このレースにはGⅠ馬は出ていない。

 だが重賞馬は何頭も出ている。

 しかし重賞馬の中でも、GⅠで勝ち負けする馬というのは、やはりあまり多くないのだ。

 ローテーションを考えれば秋天に向かうなら、毎日王冠の方が府中を使う。

 また距離的にここからジャパンカップを狙うにしても、コースの適性が違う。

 ただ同じ2400mということで、距離の適性を考えたりはする。


 ヨーロッパほどではないが、日本もそれなりに、コースによって色々と特色があるのだ。

 京都にしても内回りと外回りで、攻略法は変わってくる。

 単純に距離延長ではなく、皐月賞と菊花賞を勝ってるのに、ダービーを負けている馬もいる。

 もちろんスタミナや折り合いの問題で、菊花賞を回避する馬もいるが。

 

 周囲から押し出されるようにして、第一コーナーまでに二番手まで上がっていてしまった。

 モーダショーとしては珍しい展開である。

(う~ん、これは……)

 さすがにペースが早いな、と優姫は判断する。

 なので追うこともなく、展開に流れて動かない。

 基本的に人間というのは、馬にとってお荷物であるのだ。


 内ラチ沿いを走る、ということを重視していた。

 今日の馬場を考えれば、おそらくそれなりに差しが届く。

 ならばこの時点では、脚を溜めた方がいい。

 わずかに手綱を引くと、モーダショーは少しペースを落とす。

 向こう正面の直線に入った頃には、先行集団の5番手ほどにまでに、順位を落としていた。


 ここからは京都の坂。

 ゆっくりと上がってゆっくりと下りる。 

 実際は下り坂を使って、加速していくものである。

 優姫はその中でモーダショーを、上手く他馬の間に入れた。

 先行集団から先に出た一頭が、脚色もいいしリードも多い。

(あれには追いつけないかな?)

 もっとも重要なのは、無理をしない程度に、レースで体を作ることなのだ。


 最後の直線となって、優姫は追い出す。

 他馬もこの直線、鈍らずに脚を使ってくる。

 また前にいた馬も、ある程度は脚が残って前残りにもなりつつある。

 だが先に出た一頭以外は、モーダショーは抜いていくことが出来た。

(やっぱり古馬は強いな)

 ほとんどが重賞を勝っている馬なので、それも当たり前ではあるが。


 レースを使って調教をするのが、モーダショーの課題であった。

 しかし呑気なモーダショーが、最前線で仕上げられてきた、古馬の気合にあてられている。

 これは意外なことに、いい結果になるのではないか。

 優姫がいくら考えても、馬の本質は分からないものだ。

 最後まで1馬身届かず。

 それでも後ろから抜かされることはなく、モーダショーはゴールを切った。




 普段よりも呼吸が、整うまでが長い。

 同じ2400mで府中を走った時より、消耗しているのは明らかであった。

 自分を負かしたブルファンファーレを、じっと見つめている。

(そういえば2着になったのは初めてか)

 前に他の馬が、一頭だけしかいなかったという決着である。

「お疲れさん」

「はい」

 検量を終えて、優姫は三ツ木と話し合う。

「まあええ結果やろ。賞金も加算されたし」

「馬にやる気がありました」

「ほう」

 これまでにはなかった、モーダショーのレースである。

 実際のところ斤量に差があったと言っても、重賞馬だらけの混合戦でこの結果は、想像以上である。


 馬も成長しているのか。

 あるいはレースというものを、ようやく理解してきたのかもしれない。

 ここから中二週で菊花賞。

 優姫は最後、あえて全力では追わなかった。

 どのみちあれは届かなかったな、とは思っている。

「俺が見に来ると、なかなか勝てないなあ」

 オーナーの社長がそう言っているが、そういうものではない。

「菊では一番人気になりますよ」

 三ツ木の言葉に、相好を崩すオーナーである。


 ヴァリアントロアとは、一応オーナーとしては同じ。

 だが実質的にその家族の中で、誰が持っているのか、というのは違うらしい。

 モーダショーの他にはライガースラッシュも、社長である彼の持ち馬。

 対してヴァリアントロアは、夫人のものであるのだ。

「クラシックはなかなか勝ててないからなあ」

 毎年10頭以上もの馬を買っている。

 だがセレクトセールで買うことがあまりないので、重賞に勝つだけでもすごいことだ。


 ただ古馬との混合戦で、菊花賞と同じコースで、2着に入ったこと。

 これは相当に珍しいことで、同じ3歳同士ならば、世代トップクラスのはず。

 もっとも今日の場合は、相手が強くてその気になった、というものだろう。

 本当に馬というのは、気まぐれな生き物である。

(先行で強い馬がいれば、それに併せていけば勝てるかな)

 3歳クラシックの最終戦菊花賞。

 それは最も強い馬が勝つ、と言われるレースであるのだ。

 ※ 重賞未勝利

 モーダショーのこれまでの勝ち鞍は丹頂ステークスが最高のもので、リステッドという分類になる。

 オープン馬になっただけではなく、ステークスと付く名前のレースを勝っているのは相当に強い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ