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プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
二章 もう一つの黄金

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第30話 夏の終わり、秋への助走

 正座させられて千草の説教を受ける優姫。

 ただ馬主に馬を勧めること自体は、悪いことではない。

「まあまあ、そのぐらいで」

 そうオーナーにも止められたのだが、優姫にも言い分はある。

「大量の若駒たちの匂いにあてられて我慢できなかった……」

 お前、1歳馬を相手に発情するな。

 しかも牡馬も牝馬も無節操に、惚れてしまうのである。

 ともあれ一日、優姫は貸し出されてしまったのであった。


 素質はおそらく抜群なのだ、という2歳馬。

「2歳馬? この時期に?」

 一応は一度、美浦の厩舎に入厩はしたのだ。

 だがゲート試験に通らず、一度北海道に戻されている。

「体のバネとかはものすごいんだけどねえ」

 そして見せられた写真と血統表を見て、何とも言えない感じになる優姫であった。


 その日の夕方になって帰ってきた優姫は、疲労困憊していた。

「いったい何してたの」

「テキ、確か今年の2歳馬はまだ、受け入れる枠ある?」

「まあ……あるけど」

「この子をちょっと、気合を入れて調教するので」

 なんだか違う意味の調教のような気がしたが、とりあえず馬の写真と血統図を見る。

「???????!」

 こんなのを預かるのか、と言いたくなるのも仕方がないのは、血統表を見ただけでも何となくわかる。

 そもそも何を考えて、こんな配合をしたのであろうか。


 サンデーサイレンス系の中でも、ステイゴールド系であるのは間違いない。

 だが他のラインからも、サンデーが二本入っているのだ。

 さらにステイゴールド以外から、ナリタトップロードの血を介してディクタス産駒のサッカーボーイが入っている。

 とどめとばかりに入っているのが、モガミの血であった。

「どんだけ気性難なの……」

 男性に対するシュガーホワイトも、相当にひどい存在ではあった。

 ただこれだけの血統というのは、何をどう考えて作り出したものなのか。

「ロマン血統って、まだ残ってるんだね」

 千草の実家であっても、こんな配合はしないはずである。


 サンデーが増えすぎた、というのは間違いない。

 フジキセキやダンスインザダークという、初期の種牡馬は代替種牡馬としても優秀であった。

 サンデー系にあらずんばサラブレッドにあらず。

 実際のところは五代が、しっかりと新種牡馬は海外から導入している。

 また日高も輸入しているので、どうにか血を薄めて使っているのだが。

 しかし一時期は本当に、海外の競馬市場が縮小していた時代があったのだ。

 それを蘇らせたのが、日本の第三次競馬ブーム。

 だから今の日本は、世界の馬産からも一目置かれるようになっている。

 邪道だ、という声はヨーロッパから聞こえたりしているが。


 今はサンデーの血を、いかに薄めてクロスさせるか、が重要となっている。

 安定させるための配合、というのも存在する。

 だが気性難は上手く爆発させる方向に持っていければ、競走能力に直結するのだ。

 そういう意味ではディープインパクトとステイゴールドを、子孫で上手くクロスさせるのが、一番強力なものとなるのではないか。

「けどこれじゃ、ダート馬の血統に見えるね」

「ダートでも走れそうではあった」

 ダートで走るのは芝の二軍、という時代が長かった。

 実際に芝で通用しなかった馬がダートに行ったのであるし、またダートの本場のアメリカと、日本のダートは違ったからだ。

 しかし今は日本のダートの質が変わったわけでもないのに、海外のダートで勝つ馬が出てきている。


 結局強い馬は、どんなコースでもこなせる万能性を持っているのかもしれない。

 サンデーサイレンスは芝の馬を多く出したが、ゴールドアリュールなども出している。

 孫世代となると、完全なダートの王者も出ていたりする。 

 そして芝のディープインパクトの孫が、ダートの世界最強馬となった。

「血統だけ見てると、確かに色々と走れそうではあるけど……」

 むしろこういう馬は、どっちつかずになることも多い。


 実際に乗ってみて、その能力は確かめた。

 ならばあとは、その能力がレースで引き出せるかだ。

 能力は認められていても、果たしてレースに使えるかどうか。

 現在の馬産においても、10%以上は未出走のまま引退する。

 その中にまともに走れない、という馬がさらに10%ほどはいるのだ。

 そこまで気性難であるのなら、いっそ早めに去勢してもいいかもしれないが。

 少なくとも血統だけで、種牡馬入り出来るほどのものではない。




 調教技術は間違いなく、日々進歩している。

 だがそれは平均の話であって、突出した職人作業は、やはり属人的なものであったりする。

 あの暴走する悍馬を、どうやって制御していくか。

(上手く走るために制御できれば、大きいところも取れそうだけど)

 折り合いが取れずに暴走させた、というのは優姫としても屈辱である。


 そんな優姫はしっかりと、セリだけではなくレースにも乗っている。

 現在のリーディング争いでは、さらに一つ順位を上げた。

 未勝利戦や条件戦で、確実に勝っている。

 ただ全体的に、乗っているレースが多くなっているのも確かだ。

 そろそろ地方に転出させようか、という最後の諦めをするために、優姫に由来する。

 これでそれなりに勝ってしまうのだから、恐ろしい話である。


 またセリにも付き合ったが、平日は週に一度は育成牧場に向かう。

 そしてボロボロになって帰ってくるのだから、一頭の馬にどれだけかかりっきりなのか、といったところである。

(まあ優姫のおかげで、クラシックも勝てたしなあ)

 千草は遠い目をする。

 チーム・シュガーホワイトは、このメンバーでなければ成立しなかった。

 預かる馬の数も増えて、仕事はさらに作業量が増えたが。


 札幌の開催もそろそろ、終わりに近づいてくる。

 リーディングの順位が上がっても、まだ優姫に外から来る騎乗依頼は、条件戦がほどんと。

 その中でハンデ戦として丹頂ステークスというものが存在する。

 OP戦であって、距離は阿寒湖特別と同じ2600m。

 これにモーダショーは出走する。


 3歳の牡馬で、3勝馬のモーダショー。

 阿寒湖特別もそこまで、圧倒的な強さではなかった。

 そのため斤量は53kgで乗れる。

 ハンデ戦にはさらに、見習いや女性騎手の斤量特典が加算されることはない。

(さて、本当に走ってくれるかな)

 これが今年の、札幌の夏の最後のレースである。




「先生、本当にまた使うんですか」

「大丈夫、ちゃんと様子を見て使ってるから」

 生産者代表として、牧場の人間がやってきている。

 このペースで使っていくのは、現代競馬では珍しい。

「調教じゃ本気を出さないから、レースで仕上げていくしかないんだよ」

 そう言っていたのは優姫だが、ちゃんと確認して納得したのは三ツ木だ。


 今日のレースに勝ったなら、賞金的に菊に出すことは出来る。

 だが優姫はさらに、トライアルを使おうと言っていた。

 そこはもちろん、調教師である三ツ木の判断となる。

(しかし本当に、調教では走らんからなあ)

 優姫が乗るまでは、レースでも走っていなかった。


 銭にならない走りはしない、と調教師が嘯いたのが、伝説の五冠馬シンザンである。

 レースで走らせながら調教する、というのは昭和の時代にはあったことなのだ。

 だが今の時代は調教の技術の発達で、しっかり育成牧場で乗り込めるはずではないのか。

 ただサラブレッドには個性というものがある。

 レースで使いながら仕上げていく、というのも確かにいるのだ。


 レースは最初から追っていく展開になった。

 前めに付けておいて、ロングスパートをどうやって使うか。

(弱点はあるからなあ)

 ロングスパートで徐々にスピードを上げていくため、包まれたらおしまいである。

 状況に応じて、逃げるか大外に持っていくか、極端な話になるだろう。

「あ~、あ~、あ~」

「落ち着きなさいな」

 今日は馬主も来ていないので、応援代表は生産者なのだ。


 そんな乗り方じゃダメだろう、などとぶつくさ言っていた。

 だがいつの間にか札幌の丸いコースで、順位を上げていっている。

「それじゃあ、脚が止まるだろ」

 そこまで言っているのだが、三ツ木は勝利を確信した。

(あの子にはいったい何が見えてるんだ?)

 最後の直線に入って、先頭に立つ。

 そこからむしろ着差を広げて、盤石のゴール。

「珍しく着差がついたな」

 三ツ木は首を傾げながらも、これでトライアルまで使えば盤石か、と思ったのであった。


 現在の賞金であっても、既に菊花賞に出られるほどではある。

 だがさらにトライアルで、体を絞っていく。

(神戸新聞杯か)

 久しぶりにクラシックに馬を送り込める。

 調教師としてこれ以上の喜びはない。

 いくら菊花賞の価値が下がっていると言っても、牡馬クラシックであるのだ。

 元となったイギリスのセントレジャーは、実はダービーよりも歴史は長い。

(阪神2400なら、充分だろう)

 そう三ツ木は考えていたのだ。




「神戸新聞杯を使わない?」

 言い出した優姫も、珍しく困った顔をしていた。

「じゃあ中山でセントライト記念を使うってのかい? 短い距離を、わざわざ輸送して? まあそれはもう無理やけど」

 さすがにそれはないな、とは三ツ木も分かっている。

 連闘になってしまう上に、関東のレースで、既に登録期間が終わっている。

「それも違って……」

 優姫の言葉に温厚な三ツ木も、思わず怒ってしまった。

「あかんあかん! ただでさえ丹頂ステークスから神戸新聞杯まで中一週なんやで! それをどうしてオールカマーなんかに出すんや!」

 オールカマーもまた、中山のレースである。神戸新聞杯と同じ週のレースで、しかもこちらは古馬混合だ。

「それはなし! これ以上無茶言うなら、さすがに降りてもらうで」

 それを言われるとどうにもならないのである。


 調教師とジョッキーの関係は、制度的には本来調教師が、圧倒的に強い。

 だが現実においては超一流になると、ジョッキーの方が強くなる。

 優姫は確かに乗れるジョッキーなのであろう。

 ただ超一流が提案してきても、あんな話には乗らない三ツ木である。

(でも理由ぐらいは聞いておいた方がよかったかな……)

 そのあたり弱気になる三ツ木は、やはり最近は重賞をあまり勝てない、という状況は理解しているのだ。


 しょんぼりとして帰ってきても、調教はしっかりと行うのが優姫である。 

 ただ毎日顔を合わせている千草には、雰囲気が変わったのも分かる。

「何かあったのかい?」

「う~ん……」

 悩みながらも相談するのは、弟子と師匠の関係であるからだ。

 他厩舎の話であるので、千草には関係がないと言えばないのだが。


 ただ聞いた千草も、やはり呆れた。

「中一週で、中山の古馬混合に使うって、そんな無茶な……」

 札幌から栗東に戻って、中一週で神戸新聞杯に臨むというのも、相当に無茶な話であるのだ。

 それを優姫はあくまで、調教代わりとして必要だと話を通したのだ。

「でもまあ、理由はあるんだろ?」

 そこは聞いてあげる、優しい師匠であった。




 今日のレースは、想像以上に強い勝ち方をしたモーダショー。

 これは菊花賞の有力候補が出てきた、と競馬マスコミも喜んでいたのだ。

 しかも鞍上が天海優姫。

 皐月賞を取った19歳が、菊花賞も取ってしまったら。

 これまでGⅠを10代で2勝したジョッキーはいなかった。

 だがホープフルステークスは歴史も浅く、これでGⅠ2勝と言うのは古い人間なら認めないだろう。

 だが菊花賞なら別である。


 同一年のクラシック二冠を、違う馬で果たす。

 同じ馬で二冠、というものならかなり存在するのだが。

(狙ってるのかな?) 

 千草はそうも思うのだが、それは違う気がしている。

「今日はちょっと勝ち方が強すぎた」

 優姫は終始追っていたが、確かに今までにない着差であった。

「一回本当に強い馬と当たって、鼻っ柱を折ってやる必要がある」

「負けるために古馬にぶつけるの?」

「勝敗は度外視して、私が乗らないと負ける、と思わせる程度でいい」

 つまりモーダショーは、四連勝して調子に乗っている、ということなのだろうか。


 馬と話せるのでは、と言われるようなジョッキーや厩務員はいる。

 話すは大げさであっても、コミュニケーションはそれなりに取れるのだ。

 優姫としてはモーダショーに、そういう気配を感じたということだろう。

 三ツ木厩舎には他にもオープン馬はいるが、この四連勝で間違いなく、モーダショーが一番の注目株となっただろう。

「神戸新聞杯は勝てると思ってるんだ?」

「出てくる馬も、それほど強くはないだろうし」

 なるほど、と千草は納得した。


 優姫はやはり、説明の仕方が拙い部分がある。

 特に今回は、神戸新聞杯に出すという無茶を、一度は三ツ木に通しているのだ。

(手のひら返されたら、それは怒るだろうね)

 だが優姫の言っていること自体は、彼女の中で整合性が取れていると分かった。

 それでも中山まで輸送というのは、スケジュール的に無茶であるが。


 他の路線がちゃんとあるではないか。

「菊花賞までに、しっかり回復するかが問題だろうけど……」

 番組表を見て、10月のレースを千草は叩いた。

「京都大賞典……」

「同じ京都のコースを使うことにもなるし、中二週で菊花賞に使うことにはなるけど……」

 それでも優姫の提案よりは、まだマシな方であろう。

「だけど使いたいレースの前に、どうしてそう思ったのかをちゃんと順番に話しな」

 答えだけを出されても、人は納得しにくいのである。


 栗東に帰れば、代理人も紹介してもらえると聞く。

 だが代理人の手腕よりも、優姫と感性が合うのかどうか、それが問題ではなかろうか。

(これから忙しくなりそうだし……)

 ある程度は他の調教師に、優姫のことを頼んでいた千草である。

 しかしもう千草では、どうにもならない段階になっている。

 優姫の世界は、これからも広がっていくのだ。



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