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プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
二章 もう一つの黄金

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第29話 サラブレッドは二度生まれる

 サラブレッドは二つの競争に立ち向かう。

 一度目は当然ながら、競馬場でのレース。

 二度目は繁殖入りしてからの、産駒が走るかどうかという戦いだ。

 同じようにサラブレッドは、二度生まれるとも言える。

 実際に誕生した時と、馬主に買われた時の二度である。


 八月の日高のセリ市は、頭数の規模としては日本最大のものである。

 金額ベースであれば、七月のセレクトセールに負けるが。

 あちらは完全に、エリートばかりが出品される、0歳の馬もいる取引。

 現在の日高のものは、完全に1歳に移行している。

 時代が変わって事情も変わった、ということなのだろう。

 だが今でも本当に、牧場が一番馬とするような幼駒は、庭先で代々のお得意様に買われていったりする。


 五日間に渡って行われる大規模のセリ。

 当然ながらそのために、先に目ぼしいところは抑えておく。

 千草は優姫も連れて、そのセリの会場に赴く。

 馬主を案内して、厩舎に入れたい馬を紹介するのだ。

 ただ時代は変遷して、馬主が自前で相馬の出来る人間を雇ったりする。

 また千草の場合であると、実家から馬を見る目がある人間を、一時的に借りたりする。

 自分の実家の牧場以外でも、ある程度は評判を聞いていたりするのだ。

 そういった生来のコネクションが、彼女にはあった。


 白雪は今年、二頭の馬を買った。

 一頭はシュガーホワイトの全妹で、これで来年はオークスを狙うのだ。

 そんなに甘くはないだろうな、と千草も優姫も分かっている。

 だからもう一頭、芦毛の牡馬も紹介した。

 白雪は好みがはっきりしているだけに、案内する方も条件が絞られていて楽だ。

 だが本当にたまにいる、白毛などは難しくなるが。

 生まれたと知って見に行っても、勧めることはないのがほとんど。

 走らないと思った馬は、勧められるものではない。


 芦毛というのは年を重ねれば、より白くなっていく。

 そのため引退後には乗馬以外にも、それなりの需要がある。

 そういったことまで含めて、芦毛を買っているのか。

 直接は聞いたことはないが、確かに誘導馬などの白馬は、かなりのエリートではある。

「生産に手を出すのって、どうなの?」

 SSRCの社長夫人に、そんなことを問われた千草である。

「どうと言われましても……」

「マーケットブリーダーは当然、食べられないと廃業なんだから、利益は出てるわけでしょ? でもオーナーブリーダーはどうなのかなって」

「生産にまで手を出すんですか?」

「全然決まってないけど、考えるだけはね」

 それは千草としても、なんとも言えないものである。




 オーナーブリーダーの興亡と言うのであれば、メジロ牧場が有名であろう。

 もっともあれは倒産したのではなく、体力があるうちに解散したものであるし、新生したと言った方が正しいのである。

 マーケットブリーダーになってしまったのは残念だが、それは内国産馬に対する手当が減ったことや、日本の馬産全体の変化が影響している。

 今でもオーナーブリーダーとしてやっているところはあるので、上手くマーケットブリーダーとの棲み分けが必要なのだろう。


 実際サラブレッドの生産というのは、相当にロマン頼みのところがある。

 昭和の頃は明らかに、馬主であるという時点でブランド的な価値があった。

 その傾向は現在でも変わらないが、購入層となる馬主は、事業の種類が今ではかなり違っているのも確かだ。

 馬主というのはステータス。

 公正性に徹底的に、JRAが目を光らせている。

 つまり国が認めた存在なのである。


 SSRCは基本的に、セレクトセールには手を出さない。

 血統も成績もいい馬が、まさにセレクトされて出される日本で最も高額なセリ。

 日高の中でも特に大きな牧場は、そちらに出すこともある。

 だがセレクトと名前がついているだけあって、なかなか条件が厳しいものであるのだ。


 SSRCはそもそも、SBCファームを機能させるために、ある程度の馬を揃えるのも目的であった。

 実際に千葉のこの牧場は、育成環境や療養環境としては、世界でもトップクラスである。

 馬の病院とまで言われるのに、そのオーナーが馬を持たないのは不自然だろう、という論調で持っている。

「それなのになぜ、栗東の方でも少し預けてるんです?」

「昔、阪神競馬場の近くに住んでたから」

「……それだけで?」

「あとはバランス?」

「……なるほど」

 無理に納得する千草である。


 今年は六日間で、1500頭ほどの扱いがあるサマーセール。

 馬を見る優姫の目は、何気に輝いていた。

 千草としてはさすがに、商売としての目で馬を見る。

 だが優姫の目は、ジョッキーとしての目をしていない。

(意外だな……)

 千草は優姫のことを、あの年齢にしてプロに徹している、と思ったものだ。

 牧場の仔馬に対しても、節度を持って接しているように思ったのだが。




 優姫の目の輝きを、千草は少し勘違いしている。

 馬を見て輝いている、と純粋な受け取り方だ。

 だが優姫は完全に、走る馬を物色しているのだ。

 事前にデジタル情報で、馬主には情報が渡されている。

 これは今ではもう、その歩様の状態なども、セリの事前に見られるようになっている。

 あとは直接に、細かいところを確認する限りである。


「オーナー、良さげな馬がいます」

「ほうほう?」

「こちらストレンジの全弟が父で、兄と姉が一頭ずつ勝ち上がっています。しっかり育てたらオープンまで行けるかと」

「ちょ、待ちなさい」

 優姫が珍しく得意げに説明しているので、慌ててその口を塞ぐ千草。

「あんたがそんな大声で宣伝したら、高くなっちゃうでしょうが!」

「……それはそうだった」

 どうやら目だけではなく、内心まで高揚しているらしい。

 やっと若者らしいところを見て、安心もする千草である。


 去年はこの時期、北海道までは連れてきていない。

 だからセリでここまで優姫のテンションが上がるとは、思ってもいなかったのだ。

「ダービー勝てそう?」

「……マイルから中距離で、たぶん府中の2400は向いてない」

 小声で囁いているが、果たして本当に分かっているのか。


 確かに優姫は相馬眼があるらしい。

 少なくともモーダショーを、勝たせることが出来なかったジョッキ―よりは。

 もっともモーダショーには、一流ジョッキーは乗っていない。

 ズブい馬だと思われるか、ダート専用だと思われても不思議ではない反応と戦歴であった。

 だから優姫に回ってきたわけで。


 天海優姫がそう言っている。

 これが果たして、どれぐらいの価値があるのか。

(いくらなんでも、まだそんなに影響力は少ないと思うけど)

 だがオーナーに薦めていたのは、父がストレンジの全弟という代替種牡馬。

 あまり高くなりそうにもないので、突っ込んできそうな競合は出てきそうだ。


 千草の目から見ても確かに、少なくとも欠点のない馬体ではある。

 だが同時にやはり、マイルぐらいの体型でもあるな、と思うのだ。

 そんなスプリントからマイルの体型のモーダショーが、2600mの芝を勝っていたわけだが。

「NHKマイルカップ取って、秋には秋天かマイルチャンピオンシップ」

 夢のある話だなあ、と千草は遠い目をしていた。




 JRAにとって一番大事なことは何か。

 馬券の売り上げ、という人間は多いだろうし、確かに間違ってはいない。

 だがその前提として、ちゃんとレース番組が組めること、と言える。

 つまり多頭数の馬を持っている馬主には、便宜が図られるのである。

 もちろんスターホースを持っている人間も、それは同じこと。

 たとえその馬が引退してしまっても、JRAからの扱いは他の馬主とはちょっと違う。


 SSRCはそれほど歴史のある馬主ではない。

 またオープン馬は持っていても、法人となってからはGⅠ勝利に届いていない。

 8000頭以上が生産される中、毎年10~20頭を買っている。

 セレクトセールで買わないのならば、なかなか重賞にも届かないものだ。

 もっともセレクトセールでも、GⅠ馬は2%ほどしか出てこない。

 全てのGⅠを違う馬が制するとしても、とてつもなく低い確率でしか、GⅠ馬のオーナーにはなれないのだ。

 個人馬主として初めて買った馬が、GⅠ3勝したという、SSRCの現社長の引きはすさまじい。

 GⅠ2勝馬のオーナーとなった白雪も、庭先で1200万で買ったことを考えると、とんでもない強運なのだ。


 SSRCが多くの馬を買うのは、影響力を維持するため。

 セレクトセールではなく、他のセールや庭先で買った馬を、育成して勝たせる。

 それが牧場の評判につながり、今では重賞クラスの馬を預けられることもある。

 そのため安くて、勝ち上がれそうな馬がほしい。


 下見が終わり、いよいよセリが始まる。

 昔ながらに指やペンを上げる人間もいるが、今ではこっそりと手元のボタンで操作していくようにもなっている。

 誰が手を上げているのか分からないようになっているのに、わざわざ自分の存在を示すオーナー。

 それは何がなんでも手に入れるぞ、というセリの白熱したシーンにもなる。

 だがそれに巻き込まれたくはない、と普通にボタンを使う人間も多い。

「よさそうなのがいたらお願い」

 千草はそう言われているが、良さそうなのは既にチェックしてある。 

 セリで遠くから見るだけでは、分からないものであるのだ。


 最安値は100万スタート、最高値は1000万スタートというのが、今のサマーセールの価格帯だ。

 どのタイミングで手を上げていくのか、というのも難しいのである。

 なんなら他に競合がいなければ、後から牧場に戻る生産者を追いかけて、希望価格で買ってしまえばいい。

 さすがに希望価格を割る価格で買うのは、業界の仁義に反する……のだがそれをやろうとする馬喰は今でも普通にいる。


 カタログを作った後に、すぐ上の兄や姉が勝ち上がり、価値が高くなっている場合もある。

 とりあえず今日任されているのは、三頭。

 しっかし絞っているが、基本的には牡馬ばかりである。

 今日の出品される分だけでも、200頭はいるので、全てをチェックできているというわけではない。


 最初に400万円からスタートして、1200万円まで上がった馬が出てきた。

 このあたり財布の紐を緩めるために、一番にいい馬を持ってくる、という習慣があたりする。

 だいたい2000万ぐらいまでに落札されるが、たまにそれよりも金額は上がることもある。

 ネットでも配信されていて、そこから手を上げてくるオーナーもいる。

 母馬の名前を読み上げて、種牡馬の名前を読み上げる。

 そして血統などに何かあったり、近親の活躍があれば追加されるのだ。


 どうでもいいと見られがちな馬の毛色も、少しは関係がある。

 基本的に父が栗毛でなく、母が栗毛で実績がない場合、栗毛はやや安く見られることがある。

 また芦毛にしても、白っぽい芦毛は人気があるが、黒鹿毛に近い芦毛などは特に付加価値がない。

 プラスにもマイナスにも振れるのが、芦毛といったところか。

 また黒鹿毛や青鹿毛の馬体は、絞った色に見えるのでわずかだが、値が付きやすかったりもする。




 一頭は560万で買えたが、もう一頭は値段が上がりすぎたため断念。

 そして400万スタートの馬を、値が付かなかったため(※1)セリでは見逃し、場外で確保するために千草は走る。

「あと二頭かあ」

 途中で休憩も入れながらの、長丁場であった。

 千草は交渉が難航しているのか、まだ戻ってこない。

 この最後にも目玉として、評判が高くなりそうな馬を並べたりもする。


 だが優姫は、最後から二番めの馬に目を付けた。

(牝馬……)

 父はアメリカダート血統ガンランナー産駒の輸入種牡馬であり、ファーストクロップ(※2)がまさにこの1歳馬である。

 一応は半兄が一頭勝ち上がっている馬ではあるが。

(見逃してた……)

 母の母の父にスペシャルウィーク。

 そして母父はビッグアーサーと、悪くないと優姫は思う。

 当の繁殖となった母は未勝利なので、そこに売りがなかったのだろうが。

 日本の主流血統が、それほど濃く入っていない。


 繁殖としても価値が上がりそうであった。

「オーナー……」

 小さく囁いて、優姫は頷く。

「牝馬……」

 視線を合わせられたが、もう一度強く頷いた。

 千草がいないところで、後で怒られるかもしれないが。


 牡馬と牝馬を比べれば、血統が完全に同じであった場合、牡馬の方が五割ほど高い金額になる。

 牡馬が産まれるか牝馬が産まれるかだけでも、牧場の経営には直撃してくるのだ。

 テスコボーイやトウショウボーイの牡馬が産まれれば、倒産しかけた牧場が復活する、と言われたのが昭和の昔。


 350万円のスタートである。

 新種牡馬の産駒がまだ走っていないので、これは評価が難しい。

 ただ兄に勝ち上がった馬がいるというのは、それだけでかなりのポイント。

(ジョッキーも馬を買えたらなあ……)

 350万にコールがかかって、360万をオークショニアが呼びかける。

 優姫の焦りを抑えるように、オーナーは手で制してから、間をおいてスイッチを押した。


 微妙な駆け引きである。

 すぐに値を上げていってしまえば、こちらの欲しがりが向こうにばれる。

 なら引いてしまおうか、と思うオーナーもいるだろう。

 だがタイミングが早すぎると、あちらもムキになって降りなくなる場合があるのだ。

 たっぷりと時間をかけて、ハンマーを振り上げないように微妙に上げていく。

 520万まで上がったところで、対抗しているオーナーは降りた。

 無言のままガッツポーズをする、優姫とオーナー。

「何をやってるんだ?」

 知らない間に預かる馬が増えていた千草は、ここから優姫に説教をすることとなる。

 ともあれ今日は三頭、という当初の予定通りには馬を買えたのであった。


 マーケットブリーダー / オーナーブリーダー

セリで売ることを目的とする生産者か、自分の持ち馬として走らせることを目的とする生産者かの違い。実際はマーケットブリーダーであると同時にオーナーブリーダーである生産者もいる。


 ※1 値段がつかなかった

 主取りと言って、馬を持って帰ることになる。 

 生産者さんにとっては、とてつもなく辛い場面の一つであるらしい。

 なら普通に希望価格にコールしろよという話であるが、他の馬主が欲しがっていると知っただけで、上乗せしてくる人間もいるので難しい。


 ※2 ファーストクロップ

 その馬が種牡馬入りしてから一年目の産駒を指す。

 つまりこの場合、夏の新馬戦が始まっているので、まさにこのサマーセールに出ている1歳馬がファーストクロップである。

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