表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
一章 三冠の幻影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/35

第22話 見果てぬ夢

 ダービーの最後の直線に先頭で入ってくるということ。

 それはゴールに一番近いように見えて、実は勝算が一番少ないことも意味している。

 最後の直線で、完全に力の差が出て、後ろから抜かれる。

 そうでなくとも先行の中から、脚を溜めていた馬が出てくる。

 展開的にそうなると、分かっているのだ。


 それでも最後の直線に、先頭で入ってきた。

 関係者席から、それを見つめる多数の視線。

「シロ! シロー!」

 歓声を上げる娘の横で、生産者である父は、これで充分だ、と思っていた。

(オーナーに、これを見せてあげたかった)

 もちろん白雪のことではない。


 シュガーホワイトの母であるスタークラフトは、外国産馬であった。

 アメリカのステークスレースクラス、それを持ってきたのである。

 牧場単体の購買力では、ちょっと手が出なかったであろう。

「これを預けたいんだがね」

 古くからの馴染であるオーナーにそう言われたのは、もう10年も前になる。

「サンデーが入ってないし、キングカメハメハも入っていないんだ」

 四代父を見れば、現在の日本の血統から見れば、完全な非主流。

 配合がとてもしやすく、競走馬実績も秀でている。

 喜んで受け入れて、初年度から勝ち上がる馬を産んでくれたものだ。


 ホワイトウイングを付けたのは、実は完全に偶然である。

 本来ならば付けたかったのはディープインパクト系。

 それ以外でもネバークライやストレンジ、またソングオブアースなどといったトップクラスの種牡馬でも、自由に付けられるほど血統の幅が広かった。

 それこそ当時人気が急上昇していた、スプラッシュヒットを付ける構想もあった。

 しかし不受胎が続き、最後のチャンスとして選ばれたのが、受胎率が極めて高いホワイトウイングであったのだ。

 一年空胎で済ませるよりは、よほどいいという経営戦略。


 ホワイトウイングは母父ジャングルポケットだが、自身も産駒もあまり府中では強くない。

 だが血統というのは、どう隔世遺伝するかも分からないのだ。

 少なくとも勝ち上がる馬は出せるのでは。

 そして生まれてきたのが、栗毛に見えたシュガーホワイト。

「こいつは芦毛だな」

 生まれつきの白い芦毛はまずいないが、目の周りや耳の中。

 何よりまつ毛の色を見れば、はっきりそうだと分かる。


 サラブレッドの素質を見るには、生まれてすぐを見た方がいい。

 まだ筋肉の付かない骨格を見て、これはいい馬だなと分かった。

 生まれてすぐは体が弱く、母親の傍を離れないところがあった。

 娘が必死になって、その世話を焼いたものだ。

 学校を休んでまでというのは、さすがに叱ったが。


 だがそれだけのことをした甲斐はあった。

 仔別れしてからははっきり、その素質が見えてきていた。

 次第に運動量が多くなっていき、すらりと胴も長く、おそらくはステイヤー。

 ぜひ見てもらいたいな、とスタークラフトを預けてくれたオーナーを待っていた。




 いい馬が出た、という感触はあった。

 だがオーナーの顔色は、あまりいいものではなかった。

「芦毛かね」

 別に芦毛を嫌う、という話は聞いていなかった。

 だが問題はそこにはなかったのだ。

「どうも私はね、ちょっと内臓の具合が悪くてね」

 この仔が果たしてデビューするまで、もつのかどうか。

 オーナーにはショッキングなことを言われたが、自分の後の馬主を、しっかりと見つけてきてくれる。

「日高の育成に、まずは預けてみなさい」

 そしてシュガーホワイトは、優姫と出会うことになる。


 日高の生産牧場は、およそお得意さんが存在する。

 代々馬を買ってもらう、という関係が続くのも珍しくない。

 1歳になってから、千草が目を付けて白雪に買ってもらうことになった。

 その白雪を紹介したのも、オーナーの伝手であるのだ。

 普通ならば白雪の住む東京に近い、美浦の厩舎に入ってもおかしくなかった。

 ただ白雪の場合、芦毛縛りという条件があったが。

 そしてシュガーホワイトは、無類の女好きであった。


 翌年は他の種牡馬を付けたものを、セリに出して売った。

 そのさらに次の年は白雪に向けて、またホワイトウイングを付けてみたが、母親の鹿毛に出てしまった。

 もっともシュガーホワイトの活躍で、全弟ということもあり、これまたセリで高く売れたのだが。

(ダービーを見せてあげたかった)

 どれだけ世話になったか分からない、先代のオーナーは、シュガーホワイトのデビュー戦のすぐあと、鬼籍に入っていた。

 2着であったが、あれはまだ強くなると言ってくれた。


 サラブレッドはジョッキーを背中に乗せる。

 しかし背負っているのはジョッキーだけではないのだ。

 生産者の、オーナーの、あるいは育成してきたスタッフたち、多くの夢や希望を背負っている。

 生まれてすぐは体質が弱く、ホワイトウイングの種ということもあり、半兄や半姉ほどの期待はかけられていなかった。

 しかし娘がしっかりと世話をした結果、女性にしか心を許さない変な馬になってしまったものである。


 女調教師の厩舎で、女性騎手を乗せて、重賞どころかクラシックを勝ってしまった。

 これでもうしばらくは、何も心配せずに生産していける。

 中小の生産牧場にとっては、夢のような話。

 だが夢はまだ終わらず、最後の直線に入ってもなお、シュガーホワイトは粘りを見せる。

 その先にあるものが、新たなる夢につながっていく。

 中小牧場から三冠馬が出る。

 そんなとんでもない夢が、現実に近づくのか。

 無理だろうと理性で思っても、声援を上げないわけはなかった。




 最後の直線、坂に入っている。

 シュガーホワイトはまだ先頭だが、フォーリアナイトの末脚は爆発している。

 大外のメテオスカーレットも気になるが、やはりフォーリアナイト。

 わずかに息を入れたシュガーホワイトは、また再加速している。

 東京の緩いコーナーでは、しっかりと加速できていた。

 中山にくらべればずっと、楽なカーブであったのだ。


 フォーリアナイトの長所は、その瞬発力と勝負根性。

 血統だけを見ればむしろ、先行の脚質であってもおかしくない。

 だが血統の中には、名馬がいくらでも潜んでいる。

 最後に脚を使うタイプだとは、間違いなく分かっているのだ。


 坂の途中で、フォーリアナイトの気配が迫る。 

 東京競馬場の大観衆が、必死の声を上げていた。

 一番人気が先頭で、二番人気がそれを追う。

 三度目の正直とばかりに、フォーリアナイトが迫っている。


 ロングスパートはシュガーホワイトの特徴である。

 スパートをカーブの途中からも使えるのが、主な特徴であると言えた。

 このダービーにおいても、4コーナーに入る前からスパートをかけている。

 一瞬でトップスピードになるのは、フォーリアナイトの方が上。

 だが接近されてからも、さらに加速していくことが出来る。


 すぐに差を縮められたかのように見えた。

 だがその縮めていく差が、あとわずかに足りない。

 わずかに足りず、1馬身が縮まらない。

(何が足りない!?)

 鞍上五十嵐はムチを入れる。

 フォーリアナイトは、間違いなく加速している。

 それとシュガーホワイトのロングスパートが徐々に加速していき、そしてここで最高速が釣り合ったのか。


 まだ追いかけている。

 フォーリアナイトはむしろ、ゴールぎりぎり前で差す方がいい。

 ここからシュガーホワイトは、少しずつ落ちてくるはず。

 坂が終わればそこからが、最後の踏ん張りどころ。

 平坦なターフなら、フォーリアナイトはさらに加速する。




 坂が終わる。

 およそ1馬身差で、フォーリアナイトが追ってくる。

 あとはここから、どれだけの脚が使えるか。

 優姫はムチを一叩き、全力で追い始める。

 そこからシュガーホワイトは、さらに前のめりになっていく。


 この最後の直線には、パワーはいらない。

 あとはどれだけ速く、脚を回転させていくか。

 わずかにフォーリアナイトとの差が開いた。 

 汗、鼻息、そして体温。

 もうここからは何も注文はしない。

 好きなように駆けていけ。


 徐々に差を開けていく。

 フォーリアナイトは諦めない。

 外のメテオスカーレットは届かない。

 優姫の背中に付いた目は、他の馬の脚を計った。


 飛ぶように駆けていく。

 ゴールまではあとわずか。

 残り1ハロンを過ぎて、2馬身以上の差を開けた。


 そして、とても、嫌な音が聞こえた。

「ーーーーーーーーーーー!!!」




『坂が終わった最後の直線! 差が開くか! フォーリアナイト! 追いつけない! シュガーホワイトさらに加速! 栄光のゴールはもうそこだ! 

 フォーリアナイトは諦めない! 外からはメテオスカーレット!

 だがシュガーホワイト! ラスト1ハロン! 追いつけない!

 二冠達成は目の前だ!

 シュガー―― ああ!!!

 失速! シュガーホワイト失速! フォーリアナイトが抜いて!

 シュガーホワイト馬群に沈む! 先頭はフォーリアナイトか! 

 いや外! メテオスカーレット! 外からメテオ! ナイトも失速!

 メテオ! メテオスカーレットだ! メテオスカーレット1着! フォーリアナイトは2着!

 今年のダービー馬は4番人気メテオスカーレット!

 しかし場内ざわめき! 大きなざわめき……。

 ……歓声がありません、場内大きなざわめき……。

 シュガーホワイト、立ち止まって、天海優姫が下馬しています。

 ……競走中止です、シュガーホワイト。

 ……天海が下馬して、寄り添うようにしてシュガーホワイトを、これは、支えているのでしょうか』

『……止まっています、右の前脚ですか』

『カメラは拡大して……立っています。シュガーホワイト。ですが石塚さん……』

『これは……一応立ってはいますが』

『ああ、シュガーホワイト、ああ、担当厩務員が、鳴神調教師も入ってきました。これは……』

『レースがモニターに映ります』

『これは……』

『……がくりと沈んでいます。ただ、ここからははっきり分かりません』

『馬運車が入ってきました……』

『……』

『シュガーホワイト、ゆっくりと、歩様は乱れていますが、支えられるようにして、馬運車に移動していきます……。……なんということだ。……なんということでしょうか。言葉もありません……』

『……』

『天海騎手が寄り添い、シュガーホワイトはターフを後にします……』

『……』

『ウイニングランはありません。メテオスカーレット……空白の玉座に……』


「シローーーーーーーーーーー!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ