第8話 戦いの趨勢
戦場に馳せ参じたリサ所属のナイト部隊、のそりと巨体を揺らして現れたジャイアント部隊、エルディアで新たに召集された2兵種の活躍により、中央盆地での戦況は、アトラシア軍の優勢が確保されつつある。情勢の好転に伴い、全部隊を投入した国土奪還作戦も徐々に実を結び始め、構築した防衛線は、ルシファーを追い詰めるようにジリジリと南側に押し下げられつつあった。
「みんな! 助けに来たぞ! これからこの町は、アトラシア軍の庇護下に入る! もう大丈夫だ!」
全軍の南下が進めば、進んだ分だけ、ルシファーに簒奪されていた領土が回復することになる。勢いに乗る軍と共に、南へ進行しているサイラス所属のファイター部隊は、民心を安んじる呼びかけを行いながら、今までルシファーの苛烈な支配に苦しんでいた周辺の町を、次々と開放していった。
こうして、最前線に更なる拠点を確保できたアトラシア軍は、士気上々となっていたが、好事魔多しという言葉は、戦場にこそ当てはまる。
「敵襲! ダークグリフォン部隊だ!」
「ダークグリフォン!? 嘘でしょ!? そんな強力な部隊が!?」
アトラシア軍に押されてきているルシファーは、どうやら奥の手を出してきたようだ。ダークグリフォンの来襲を知らせる仲間からの呼びかけは、もちろん嘘でも誇張でもない。上半身が鷹、下半身がライオンの獰猛な大型動物は、シェリー所属のハーピー部隊に、獲物を狙う獣の眼光をギョロリと向けると、鋼鉄の如き強固な鈎爪で容赦なく襲いかかって来た!
「キィーッ!!」
「うわーっ!!!」
小型妖精族の飛兵であるハーピーは、ダークグリフォンにとって格好の獲物だ。ほとんど奇襲とも言える先制攻撃をかけられたハーピー部隊は、空中で必死に応戦するものの、大型猛禽の鋭爪に成す術なく、壊滅一歩手前の大損害を被った! シェリーも仲間と共に、命がけの抵抗を試みるが、ダークグリフォンの攻撃の前ではそれも虚しく、防戦の過程で浅くはない傷を負ってしまう!
「ハーピー部隊を救え! 一斉発射!」
翼を持ち空を飛ぶ敵に対しては、エルフの弓矢が有効であり、その不文律は魔軍の奥の手、ダークグリフォン部隊にとっても例外ではない。クロード率いるエルフ部隊は、ここまで積んだ実戦経験を発揮し、大損害を受けているハーピー部隊を救わんがため、正確無比な矢をダークグリフォンたちの大翼へ向け、無数に射ち放った!
「キィーッ!?」
弱点を突いた思わぬ反撃により、ダークグリフォン部隊は大きな損害を受けた! 数匹の個体は、断末魔のけたたましい鳴き声を上げると同時に力尽き、轟音を響かせ地に落ちている。さしもの大型猛禽たちも完全に怯んでしまい、エルフの矢をかろうじて逃れ、生き残った個体は、這々の体で南に飛び逃げて行った。
クロード率いるエルフ部隊の弓矢により、ダークグリフォン部隊は追い返され、甚大な脅威は一旦過ぎ去った。しかしながら、天敵とも言える大型猛禽たちの奇襲を受けたハーピー部隊は、壊滅的な大損害を受けており、もはや戦える状態ではない。部隊を回復させるためには、拠点の町に戻り、生き残った負傷兵の治療と、新たな兵員の補充を並行して行うことが必要となる。
ほとんど重傷と言える浅くない傷を負い、地面に倒れ込んだシェリーは今、他の生き残ったハーピー部隊と同様、応急処置を受けている。シェリーの応急治療はサイラスが担当しており、力ない少女の体を頼もしい腕で支えながら、包帯や傷薬でテキパキと処置を進めていた。サイラスの腕に背中を支えられているシェリーは、傷の痛みをこらえながらも、なぜか幸せそうな笑顔を浮かべ、
「ヘマをやっちゃったね。あとは頼むよ」
ほのかな好意を寄せる戦士に、戦いの今後を託した。
サイラスはその純真なエールに答える形で、無言のまま、シェリーの手をしっかりと握る。
応急処置を受け、少しの間休息を取ったシェリーは、純白の翼を羽ばたかせられるほどまで回復し、拠点の町で療養するため、ゆっくりとした飛行速度で戦場から退いて行った。
「さて、ここからが正念場だな」
「そうね。シェリーの奮戦に報いるためにも、頑張りましょう」
戦いの趨勢を託されたサイラスとリサには、センチメンタルになっている暇などない。シェリーを見送った2人は短く言葉を交わすと、部隊の仲間と共に、戦場の最前線へと再び躍り出た。
ハーピー部隊は壊滅的な損害を受けたものの、戦況は大きく変わっておらず、総合的に見ればアトラシア軍の優勢が、依然として保たれている。全軍が持つその勢いのままに、ファイターとナイト部隊は他部隊と連携を取りつつ、最前線で奮闘を続けていたのだが、
「またダークグリフォン部隊だ! 気をつけろ!」
「何だと!?」
先刻、猛威を振るった甚大な脅威が、再び防衛線を打ち破らんと飛来してきた! しかしながら、先ほど大きなダメージを負ったダークグリフォンたちは、回復時間を十分に取れておらず、部隊の戦力を下げたまま、襲撃を敢行しようとしている。
(上手く戦えば殲滅できるが、あいつらの狙いは騎乗のナイト部隊だ!)
サイラスは、大型猛禽部隊が飛ぶ方向を見てそう気づき、上空から襲いかかる敵の狙いを伝えるため、クロード率いるエルフ部隊に、あらん限りの大声で呼びかけた! サイラスの呼びかけを受けたエルフ部隊は、ナイト部隊の側に駆けつけ、
「そうはさせん!」
クロードの号令と共に、ダークグリフォンの大翼目掛け、一斉に矢を射ち放つ! 苦手とする矢を再び身に受けたダークグリフォンたちは、大損害を被ったが、それでも尚、一匹の個体が攻撃をかいくぐっている。
残った一匹の大型猛禽は、矢の嵐が尽きたのを見計らうと、騎乗のリサを道連れにするため、
「キィーッ!!!」
耳をつんざくけたたましい叫びを上げ、襲いかかって来た!
(ここまでか!)
万事休す。そう覚悟を決め、リサが上空の脅威を見据えていたその時! 横から颯爽と飛来した大きな影が、その鋭爪と強靭なくちばしをもって、ダークグリフォンを呆気なく打ち倒した!
「おい、そこの娘。危ないところだったな」
「ありがとう。お陰で命を拾えたわ。あなたは?」
リサから何者なのかを聞かれた大きな影は、地上に降り立ち、プライド高く鼻で笑うと、
「見て分かるだろう。この姿通りだ。俺はグリフォン部隊の長、カイという名だ」
そう威厳高い声で、キングの召集に応じた新部隊の長であることを伝えた。
「それにしても、リサと言ったか、お前の乗っている馬は美味そうだな。ダークグリフォンが狙いをつけていたのも分かるぞ。フッ! だが、お前は味方だ。その馬は、食わないでおいてやろう」
半分本気なのかもしれないが、一応、グリフォンとしてのジョークなのだろう。カイは周りに畏怖心を感じさせるそんな言葉で、参戦の挨拶を締めくくった。