第72話 美人秘書
作品タイトルは適当です。懐かしい響きの題名にしてみました。
多分、内容とは関係ないと思います。
玉乗り訓練を始めて数日、午前の座学が終わった後に昼飯を食べにダイナー
もどきに行こうと三人が席を立つ直前に、サンダー教官から一言あった。
お前らに紹介したいモノがあるから、実技訓練の前に少しだけ時間をくれ、
と言われた。
いつものようにダイナーもどきで昼食を摂ったのち、雄二、陳、ジムの三人
は訓練場に趣き、暫くしてからサンダー教官が入ってきた。教官から少し離れ
た所、その訓練場の入口付近には見慣れない人影があった。だが、三人の居る
場所からは、はっきりとは姿が見えない。
「おい、こっちに来てくれ」|(英語)
サンダー教官がそう言うと、手でこっちに来いとジェスチャーをした。その
言葉を聞いた人影は、三人の方に向かってゆっくりと歩いてきた。
低めのヒールの靴で床を蹴る音がコツコツと訓練場に響く。そしてサンダー
教官の斜め後ろに、礼儀正しく静かに立った。
両手を前に伸ばし腰の前あたりで書類の様な物と、それを挟み支える板状の
物を持っている。最近地球で普及しているタブレット型のコンピューターでは
無い。紙(ではなく電子ペーパーであるが)を板の上のクリップ状の物で留め
ているのだ。その板に重ねて紙(の様に見える物体)で出来たファイル(今の
コンピューターのデータの事ではなく、昔ながらの書類挟み)も持っている。
その上、かなりの膨らみのある胸の部分の左側にはポケットがあり、そこに
ペンの様な物を二本挿している。一本は銀色のノック式のボールペンで、もう
一本は消しゴムの付いた黄色い鉛筆、に見える物体である。
その人影は、最近では殆ど見かけなくなった、前髪を眉毛の少し上できっち
りとまっすぐに揃えたポニーテールの髪型をした、美しい若い女性であった。
肌は白磁の様に透ける程に白い。髪と眉毛や睫毛は淀みがなく煌めくような
金色。鼻筋が真っ直ぐに整っていてほどよく高い。目元は堀が深くて目は大き
くてパッチリとして、中の瞳は見つめられるとその中に吸い込まれてしまいそ
うな宝石の鋼玉の様に輝く、蒼い色だ。
眉毛は描いていない自前の毛の金色で、少し太めで緩やかなアーチ型で端に
行くほど細くなっている。
頬は薄っすらと桜色になっているが、これは頬紅を付けているのではなく、
肌の色がそうなっているのであろう。横幅のある唇はぷっくりとして、真っ赤
な口紅をつけている。化粧らしいものはその口紅だけで、他は殆ど何も付け
ていないようだ。元が良いので、厚化粧をする必要がないのであろう。
煌めくように輝く金色の髪の毛は、首のすぐ上ではなく少し上の後頭部で、
地味な模様のない漆黒のリボンで纏められている。かなり長い黄金色の馬の
尻尾である。髪の毛は縮れてはおらず真っ直ぐで、頭皮辺りにも黒みが一切
なく、毛根から毛先まで全てが均一に金色に輝いている。
髪の金色、肌の白、瞳の蒼、唇の赤の色が、眩しく感じられる。
服装は、純白でボタン留めの長袖の襟の大きめのシャツ。首元のボタンまで
全部をきっちりと留めている。それに上着のジャケットは漆黒で腕の袖が短く、
下のシャツの地味な何の彫刻も施されていない黄金色の小さなカフスボタンが
覗いている。
上着の胸元は深くVの字型で襟があり、シャツの襟とボタンがみえている。
上着のボタンも全て漆黒で2個あり両方とも留めている。全体的に男性用の
背広に似た形状で、腰付近には左右のポケットがある。丈は手首よりも少し
だけ上までだ。
シャツも上着も誂えたかのように、身体の線が出るほどにピッタリである。
下半身には、膝が半分隠れるかどうかの長さの漆黒のタイトスカートを履い
ている。これも身体の線にピッタリである。脚にはタイツやストッキングなど
は履いておらず、生足であり純白な踝までの短めの薄い生地の靴下だけを履い
ている。靴は高いハイヒールではなく、なんの飾りもない低め(2センチメー
トル程)の踵のオペラパンプスであり、これも色は服と同じく漆黒だ。
だが、つま先はパンプスの様に尖ってはおらず、日本の小学生が履く上靴の
様な丸い形である。これなら外反母趾にはならないだろう。
それに靴は、観た者の顔が写る程に磨き上げられいて、艶がありピカピカと
黒く輝く鏡面仕上げである。黒塗りの高級自動車の塗装のような輝きだ。
白のシャツと靴下と金のカフスボタンが無ければ、ピアノの黒鍵みたいな
真っ黒で喪服のような、とても地味な服装だ。だが、それで着ている人物(?)
の美しさを、隠せるものではない。逆に、その美貌を引き立てているのだ。
シャツと上着はきちんと仕事をしようとしてはいるが、ボタンがいつ弾け飛
んでもおかしくない程の豊満な胸。その下は砂時計のような見事な括れた曲線
を描くウエスト。
歩く度に左右にユサユサと揺れる程で、且つ後ろにも存在感を示しているが、
月の引力には負けずキュッと上を向いている臀部。しなやかな曲線を描く細め
の脹脛と、ほど良く括れている足首。
顔だけではなく、身体も手脚は長く、とても色っぽく太くもなく細すぎず、
丁度よい塩梅の体型・容姿である。背丈は、雄二よりは少し高く、陳とほぼ同
じくらいの170センチメートル程だ。
「前にお前らに言ったかもしれんが、漸く完成した俺の新しい秘書で、名前は
”リズ”だ。よろしくな。
先に言っておくが、見た目はこんなんだが、”これ”は人間では無いからな。
”これ”は自動機械人形だからな、良く覚えておけよ。
手を出そう、ちょっかいを出す等、妙な考えは起こすなよ。それなりの
受け答えや会話はしてくれるだろうが、恐らく俺以外の言う事は聞かないぞ。
良い仲になるなんて事は、天と地がひっくり返っても、地球と月が入れ替
わっても、無いからな。期待するな。理解したか?」|(英語)
サンダー教官がそう言って、手の平をそちらに向けて、自分の斜め後ろに
慎ましく立っている絶世の美人秘書役の自動機械人形を紹介した。その教官の
言葉を聞いた”リズ”と呼ばれた自動機械人形は、更に教官の方に静かに歩いて
近づいて来て真横に並び、前に呆然としてぼけっと突っ立っている三人に向か
って一礼をしたのち、真っ赤な口紅が塗られた吸い付きたくなるような膨よか
な唇から、挨拶の言葉を発した。
「私の名前はリズと申します。宜しくお願い致します。この度、サンダー教官
の専属の秘書の任に就くことになりました。これからは皆さんとお会いする
機会が増えると存じます。以後お見知りおき下さい」
|(完璧な発音の英語)
美人秘書役の自動機械人形の”リズ”が自己紹介をした。その肉感的な唇から
発せられたのは、訛の一切ない完璧な英語である。昔のラジオのアナウンサー
のような喋り方でもある。しかし、喋り方は事務的なのだが、その音は、高す
ぎず、低すぎず、艶のある、そして色気までもある、一度聞けば忘れられない
程なとても魅惑的な声色で、美しい楽曲の調べのようでもあった。
恐らく、地球の街中ですれ違ったら振り返って二度見するし銀幕のスターか
ファッションモデルと言われたとしても納得し信じるだろう、声だけでも声優
として大成功する、それ程までの美貌と容姿それに美声の持ち主の、二十代の
前半に見える大人の女性型の自動機械人形だ。
何だこれ? これが機械で動いてる? 嘘でしょ? と陳は吃驚仰天した。
雄二も同じく驚愕し見惚れた。ただ一人、ジムだけは不貞腐れた顔だった。
雄二がいち早く、この美人の機械に声を掛ける。
「こちらこそ宜しくお願いします。リズさんですか、可愛いお名前ですね」
|(日本語)
雄二は、凄く可愛らしい、いや物凄いグラマーで美人さんだなぁ、これは、
サンダー教官の趣味なのかな? 古の映画全盛期の女優、若い頃のエリザベス
・テイラーを金髪にしたみたい? こんな女性が好みのタイプなのかな?
それとも昔の恋人か、もしかして地球に残してきた奥さんに似せて造らせて
いるのかな? などと、どうでも良いことを色々と考えていた。
それに雄二がリズの服装を見た時の感想は、これ日本の女子大生が就職活動
する時に着るリクルートスーツですよね、でも金髪碧眼のグラマー美女が着る
とこんなにも印象が違うのかぁ? そうか、これは既製品ではなくて採寸して
誂えたフルテーラーメイドだろうなぁ、こんなにピッタリと身体の線が出る服
なんて普通は無いですもん、いや地球の物とは生地の素材がまったく違うのか
もしれないな? この服、地球の物には必ず存在する縫い目や繋ぎ目が、全然
どこにもないよね? 一体全体どうやって裁縫したんだろう? だった。
もしもこんな美人が純白でひらひらのワンピースを着ていたらキングコング
だって放っておかないだろうなぁ、なんてくだらない事も考えていた。
「宜しくお願いします、本田さん。お褒め頂き誠にありがとうございます」
|(完璧な発音の日本語)
リズと呼ばれた自動機械人形は、完璧な微笑を美しい顔に纏いながら、艶や
かで色気のある澄んだ声で、訛の一切ない日本語を使って雄二に答えて、軽く
一礼した。
「よよ、宜しくお、お願い、も、申しゅ上げまして候ふ。
わ、たしぃは、陳です、名前でしゅ。ほぉ、ほ香港から来ましゅた。
リズさんでぃすか・・・ そ、そのとてぃも、お、き、綺麗な・・・
お、顔と、お、お身体を、お召し、あ、あそばしておられましゅね。
えーっと、そ、そうだ、お、お好きなお花は、ごじゃりましぇんか?」
|(広東語)
陳は、絶世の美女を観て、かなり緊張・動揺したのか喋り方が少しおかしい。
拉致される前に戻ったみたいである。いや、昔の喋り方とも少し違う。恋する
女の子と会話する機会を、初めて得た中学生みたいな心境というべきだろうか。
恐らく、自分でも一体何を喋っているのか、判っていないのかもしれない。
「宜しくお願いします、陳さん。お褒め頂き誠にありがとうございます。
そうですね、私はつい最近ここの施設で製造されたばかりですので、
まだ地球に行ったことがありません。それに、植物や花に関する知識が
乏しいため、好みの物を問われましてもお答えが出来かねます。
申し訳ありません」|(完璧な発音の広東語)
”リズ”と呼ばれた自動機械人形は、完璧な微笑を美しい顔に纏いながら、艶や
かで色気のある澄んだ声で、訛の一切ない広東語を使って陳の頓珍漢な質問に
答えて、軽く一礼した。
こんなの惚れてしまうだろう、好きになってしまうじゃないですか!
ごめんなさい、秋燕ちゃん・・・
ちょっと他の女性(なのかな?)に目移りしてしまった、と陳は顔を真っ赤
にして目が泳いだ状態で、リズに答えてから俯いた。
「そ、そうれしゅか、そ、そりは、し、仕方がないでしゅ... よね。
ね? ホンダさん」|(広東語)
陳は隣に居る雄二に、同意を求めようと話を振ったのだが、あんまり食指が
動かないみたいだ。
そんな事を聞いてどうするの? 花束の贈り物でもするつもりなのかな?
でも、ここには花なんてないのに、どうやってするの? それに何のために?
自動機械人形の気を引いても仕方がないのに? 教官以外の命令は聞かない
と言ってたのに? などと疑問を抱いていたのであろう。
それよりも全身機械で造られた”からくり人形”としての性能の方に興味津々
の様子だ。なので陳の同意には答えないで、自分の感想を喜々として述べる。
「それにしても、凄いですね。喋ってもまったく違和感を覚えないですし、
見た目もぜんぜん機械には見えないですよ。もんのすんごい技術ですね。
ダイナーもどきの店主のオヤジさんみたいに、背中に線が出ていませんし」
|(日本語)
何気なく雄二はそう言う。その言葉を聞いても、リズは顔色一つ変えない。
澄ました表情のままである。気に障る様な事ではなく、本当の事なんだから、
怒る理由が無い。いや怒る機能が無いのか?
だが、陳は違った。
「た、確かにそう言われれば、そうですよね。肌や髪の毛の質感に、全く
不自然さが無くて人間と区別が付かないですよ。それにAIの自動翻訳や
機械による自動読み上げ機能とは比べられない程、完璧な喋り方です。
言葉の発音やイントネーション、アクセントにも、全く違和感を覚えない。
それでいて機械的ではなくて、アナウンサーが用意された書面を読む様な
事務的ではあるんですが、きちんと感情がこもったような喋り方です。
口の開き方、唇や舌の動きも、喋る言葉と完全に同調している。
それに喋ると同時に自然な動作もやるんですよ。眼は潤んでいて瞬きを
するし、会話の途中で息継ぎしてるし、喋らずに立っているだけの時にも
呼吸して胸が膨らんで縮んでや、足が疲れて体重の移動で左右の脚を動かす、
などを完璧に再現しているので、不気味の谷を飛び越えてしまってますよ。
こんなの今の地球に居たら、どえらい騒ぎになりますよ。凄いです。
いやぁ、全くもって凄い技術です!」|(広東語)
雄二の何気ない言葉にふと我に返り、絶世の美女に声をかけられた事に対
する照れが何処かに吹っ飛び、エンジニアとしての性分を思い出したようだ。
その技術の高さや再現度に感嘆し絶賛していた。瞬時に、美女を羨望の眼
差しで見る態度から、偉く完成度の高い工業製品か、職人に依る手工業品の
陶芸作品を見る目つきに変わっていた。
ついでに早口で饒舌にもなっている。恐らく、陳の中のロボットアニメに
向けられたオタク心に火が付き、めらめらと燃え上がっているのだろう。
淡い恋心は、あっという間に鎮火してしまったようだ。
「お二人共ありがとうございます。私に対する最高の褒め言葉として受け
取ります。私は、最新式の完全自立稼働型自動有機機械人形エリザベス
=5F型でございます。身体の一部に有機化合生体部品を採用している
ので、見た目は人間の女性を完全に再現してる筈です。ですが残念なが
ら私は、まだ人間の女性の実物を観た事はありませんけれども」
|(完璧な発音の日本語、広東語の同時発音)
リズと呼ばれた自動機械人形は、完璧な微笑を美しい顔に纏いながら、艶や
かで色気のある澄んだ声で、訛の一切ない日本語と広東語を同時に使って雄二
と陳に答えて、軽く一礼した。
その魅惑的な艷やかな、更に、色気までもある心地よいリズの声の答えを聞
いた二人は・・・
「そうなんですか、それは凄いですねぇ。5F型は第五世代という事なの
かなぁ? 見た目は完全に人間の女性です、いや、もし地球に行けば
映画やテレビに出ませんか? モデルになりませんか? とスカウト
されるくらいだと思いますよ」|(日本語)
「いや、本当に凄い技術です、宇宙人恐るべし! 身体の一部に生体部品を
使っているアンドロイドなんて、正にSFの世界の存在じゃないですか!」
|(広東語)
と狂喜乱舞である。
実は、リズは相手の言葉を聞いて、その人物の母国語で喋っているのである。
目の前で対応もしくは会話している相手の完全な発音の母国語で返答すると、
喜ばれるだろう、と秘書としての配慮の為の機能なのだが、この二人は間抜け
なので、それに気が付いていない。
しかも、日本語と広東語の両方の言語を同時に違和感を覚えること無く二人
に向け喋り掛ける、と云った、とんでもない事をしているにも関わらずである。
ただ、雄二には日本語だけが聞こえる様に、陳には広東語だけが聞こえる様に、
発生させている声そのものに指向性を持たせる、と云う途轍もない技をやって
いるので、仕方がないのではあるが・・・
その上、二人は身体の中の機械による同時翻訳にあまりにも慣れすぎていて、
母国語で話しかけられているのかどうかすら、解らなくなっているのである。
「本田さんの仰る通り、5F型は第五世代を示しております。それにFには女性
のFemaleの意味があります。
皆さんがいつもご利用なされている、あちらの食堂のご主人”アル”さんは、
自動機械人形アルベルト=1M型です。第一世代の男性型になります。
古い型ですので、背中に動力伝達用及び制御用の線が接続されております。
SFとは空想科学作品でしょうか。恐らく、それらはここ月の基地の技術
の模倣をしたものである、と推測致します」
|(完璧な発音の日本語、SF以降は完璧な発音の広東語との同時発音)
口調は事務的だが、声が色っぽいリズが答えた。息遣い(呼吸しているのだ
ろうか?)なのか、言葉の間のとり方が絶妙で魅惑的なんだろう。何気なく
普通に喋っているだけなのに、その声は心地よく耳に残り、聞いた男をすぐに
魅了してしまう。
間抜けな二人は、同時発音にはまったく気が付かずに、ふんふん、そうなん
ですか、と熱心に聞き入っている。
一方残りの一人、ジムは・・・
「宜しくな。リズ」|(英語)
右手をちょっと挙げて、あの二人がやったんだから俺も仕方無しにやるか、
といった思いを持ちつつ、ぶっきらぼうに短めの挨拶をしただけだ。
顔は無表情、いやむしろ膨れっ面をしている。
「宜しくお願いします、ジャクソンさん」
|(英語 ジムの生まれた地域の訛を入れてる)
リズと呼ばれた自動機械人形は、完璧な微笑を美しい顔に纏いながら、艶や
かで色気のある澄んだ声で、ジムの生まれ故郷の訛を完璧に使って答えて、軽く
一礼した。
喋っている相手の視線や表情や口調、体温、心拍数を瞬時に読み取りその状況
により、どんな表情をしてどの言語や訛で返答をするべきなのかを計算した後、
即時に実行しているのであろう。
だが、計算通りには行かず、ジムは機嫌が悪そうで不貞腐れた顔のままである。
「何だ、ジャクソン? 機嫌が悪そうだな。俺の秘書がお前のご自慢のカミ
さんよりも美人なのが不満か? まぁ、今度は黒人のムチムチの美人秘書も
良いな。次のはそうしてみるとするか。いや、東洋系の細めの美人も良いな。
日本人みたいにして振り袖を着せる、それか漢服やアオザイも悪くないか。
まぁ、そんな事はどうでも良い。これからは何か細かい事は俺ではなくて
秘書のこのリズに言え。欲しい物があれば要望を伝えろ。何かしらの不具
合や問題があれば報告しろ。理解したか?」|(英語)
サンダー教官は、不貞腐れている表情のジムに声をかけたが、彼はまともに
返事すらしない。そうかわかった、と言って頷いた後、プイとそっぽを向いた。
またこれをやるのか・・・ 無理だ、こんな物に乗れる訳がない! あの
白い玉は、ほんの少しの刺激や平衡の崩れで絶対に転がるんだ、どうやって
この上に乗れってんだ、クソッ!
また今日も、この訓練をやらされるのか・・・ もう数えられない(最初
は数えていたが途中で馬鹿らしくなって辞めた)程に何度も転倒したので、
身体の彼方此方が痛む。尻が、もう8個くらいに割れてる筈だ、ガタガタだ。
頭も痛い、地球だったら、脳味噌を床のそこら中にぶちまけているぞ?
陳が探してきた、被り物の意味がまったくない。
まぁ、それは訓練中の話で、寝て起きたら全く痛みはすっかり消えて無く
なっているんだが・・・ そこが腹が立つ。クソッ!
でも、この被り物は何度転倒しても全く割れないし壊れないし、傷すら付か
ない、頭部に完全に密着してズレない。そこがまた腹の立つ所だ。痛みの緩和
には何の関与もしない癖に、その被り物は全くの無傷。ついでに、通気性が抜
群に良いのか汗をかいても蒸れることが無く、被っていても全く不快感が無い。
汗臭くも成らない。それが却って余計に腹が立つ。クソッ!
この素材を地球で売れば大金持ちに成れるだろうな、と想像してみたが、生憎
こいつを持って帰る術が無い。仮にそれができても、今の人類の科学技術で、
これと同じ物を再現し大量生産が出来るとは思えない。
触り心地は硬い合成樹脂なのに力を入れるとバネのように伸びる、しかも
通気性が頗る良好だ、下着のシャツかパンツにでもすれば、馬鹿売れするんだ
ろうな。クソッ!
どうやって裁断や形成したのか、縫製(接着か?)したのか、そんな跡すら
見つからない。今の人間が決して造れる代物では無い。まぁ、そんな摩訶不思
議な物体は、この月基地ではそこら辺に無造作に転がっているが...
この忌々しい白い玉だってそうだ。32インチ程(約80センチメートル)の
直径のなんでもない球体に見えるが、違う。この俺が乗っても0.1インチも
凹まない、盛大に転んでも傷一つ付かん。削り出したのか、射出成形したのか、
それすら見た目で判らん。
前に、何かのからくりでもあるのかと試しにエックス線で透視して内部を観
たが、完全に均一で何もない。いや、不純物が0.1オンスすら含まれてない
純度が100%だ、こんな物を一体全体どうやって造ったんだ、クソッ!
サンダー教官の新しい秘書(名前は”リズ”か?)だと云う自動機械人形を
紹介された。玉乗りをやっている訓練場に、わざわざ連れてきやがった。
紹介なんて座学の時間の後、教室の中でも良いじゃねーかよ、クソッ!
金髪碧眼で目を見張る美女だった・・・ 何だよこれ? 俺らは玉乗りで
転けまくって痛い思いをするってのに、教官は横に絶世の美人を侍らかせる、
こんちくしょう! 腹が立つ。クソッ!
理不尽だ、俺は愛する妻のジェミーと別れて、一体全体どれくらいの日数が
経った? しかも、その間は性欲が殆ど無いんだ。普通はこれだけ長い期間、
男だけの生活をすれば女旱りになる筈だ。
だが、それが全く起きない。クソッ! クソッ!
あんなはち切れんばかりのでかいオッパイと、きゅっと引き締まった腰に、
プリンプリンな尻の女を目の前に観てるんだぞ、ムラムラとするのが男だろ?
なのにそれが全く無いのが腹が立つ、クソッタレ!
赤外線視やエックス線透視を駆使して美人秘書の服を透視したら、驚くこと
にブラジャーやパンティまできっちり着けてやがる。しかもその下着の向こう
には、豊満な乳房に見合った絶妙な大きさと形の乳首もあるし、下の毛は剃り
上げていないモジャモジャだが下着から出ないようにきちんと整えられて、何
よりもご丁寧な事に”割れ目”までも、忠実に完全再現してやがる。
金髪の絶世の美女の普通なら見ることが叶わない、卑猥な陰部をじっくりと
観れても、全然ムラムラしなかったんだ。俺の自慢の股間の息子が、ぴくりと
も反応しなかった、そこが腹が立つ。クソッタレ!
ホンダとマイケルも同じなんだろう。ホンダはあの美人秘書の機械人形を観
ても何とも思っていない様子だった。へぇ、人間と全く区別がつきませんねぇ
凄い技術ですよね、とか言ってやがった。
マイケルもだ、最初は十代の少年みたいに照れていたみたいが途中からは、
こんな技術があれば、地球はどえらい騒ぎになりますよ。肌や髪の毛の質感が
全く人工物や機械には見えない、とか早口で言っていた。
あいつらは同性愛者なのか? と疑うほどだ。
いや、前に話を聞いてあの二人も地球に異性の婚約者や恋人(最初に
マイケルの彼女は自動捕獲機の窓からホンダと観た、結構可愛いかった)が、
居るのは知っている。
あいつらも俺と同じで、ストレートな筈なんだ。
だったら、こんな男三人だけの生活をしたら、猥談の1つでもするのが普通
なのに、全然一切まったくこれっぽっちも、そんな気分には成らない。まぁ、
性欲なんて訓練には不要だし、あっても碌な事にはならんだろうから、脳味噌
の中か金玉の中の機械で何かのホルモン操作でもして、完全に無くしているん
だろ。俺達は竿付き・玉付きの去勢馬かよ、クソッタレ!
そう言えばあの秘書は、何やら右手にはペンらしき物と左手には書類みたい
な物を抱えて持ってる。あれは何に使うんだ? ロボットなんだから覚え書き
する必要なんて無い筈だ。教官から聞いた言葉・映像・動画とかを、漏れなく
記憶・記録するんだろう? 秘書に見えるようにする為の演出で、敢えて態と
持たせているのか?
そもそも、秘書なんて中年のババア型か眼鏡を掛けたやり手のオッサン型で
も良いはずだ。なのに絶世の美女だぞ、ハリウッド女優並かそれ以上、もしも
ポルノ女優なら大人気になる。それを性欲の無い男三人の前にこれみよがしに
連れてきて見せびらかしやがって、そこが腹が立つ。クソッタレ!
見た目は古臭い昔ながらの秘書という佇まいだ。これが最近(俺達が月に来
た後に)製造された新品の秘書なんだそうだ。どうやら、教官が前の秘書役の
自動機械人形に飽きたらしく、新しい物(者?)を製造してもらった、だと?
これ、もしかすると教官の”愛人”も兼ねているんじゃねーか? 俺達の性欲
は抑制して、自分だけこんなイカしたグラマラス美女と、よろしくやるのか?
飽きたら秘書の女を交換するなんて、遊び人の女たらしのすけこましの、
大金持ちのぼんぼんの、二代目の社長かよ? クソッタレ!
ひょっとすると、俺達の知らないこの月基地のどこかの場所に”後宮”
が有って、その中には色んな人種で色んな肌の色の絶世の若い美女がわんさか
と居るんじゃねーのか? クソッタレ!!
と、ジムは憤って不貞腐れていたのである。
実は、三人の中で誰よりも”リズ”を”人間”として見ていたのは、ジムだったの
である。ジムは、”リズ”との挨拶の時に、そんなどうでも良いくだらない事を
長々と延々と止め処なく考えながら、誰にも聞こえない程の小さな声で一人で
何かをブツブツと呟いて、玉乗りの特訓に挑もうとしていたのだ。
そのジムを含む三人を見守るサンダー教官の斜め後ろには、金髪碧眼で絶世
の美女である”リズ”という名前で呼ばれる秘書役の完全自立稼働型自動有機
機械人形が、畏まって立っていた。三人への顔合わせの挨拶が終わったあとに、
教官の斜め後ろに、いつの間にか静かに下がっていたのである。
秘書と云うモノは、ペンと書類を持ち、主の斜め後ろに常に控えて居て
何かを言われたらその場で覚え書きをする、それを後でタイプライターで打鍵
して正式な書面にする。それがサンダー教官の考え方なのであろう。
当然の事ながら”リズ”は、ジムの眼から照射されたエックス線を即座に感知
をしたし遠赤外線でも自分の全身を、頭の天辺から足の爪先の隅から隅まで、
透視されていた事は、重々承知である。
ご覧になりたければ、ご自由にいくらでもどうぞ。私には誰かに観られて恥
ずかしい部分は何処にもございません。最新型の新品ですので、あしからず。
と思考しているのであろう。
気位が高く自尊心を持っているのか、最新型の新品としての矜持があるのか。
この物語は創作です。
作者の空想・妄想の塊です。




