第52話 隔絶された場所
作品タイトルは適当です。懐かしい響きの題名にしてみました。
多分、内容とは関係ないと思います。
朝、いつもの時間に起床させられた。自ら自然に起きるのでは
なく、身体の中の機械によって強制的にである。ただ、これは
今日に限ったことではなくて、この月の裏側の地下基地に連れて
こられてから、毎日である。
食事は、今寝ている宿舎の隣りにあるDinerもどきで食べる。
食べる物は、白いブロックのみ。味は自分の好みに自由には替え
られるが、毎日三食、全く同じである。食事の楽しみが無いに
等しい。
朝食が終われば、教室で座学。昼飯は教室の隣の食堂で、朝と
全く同じ白いブロックを食べる。
それが終われば体育館のような場所で、巨大な”回し車”に入り
ハムスターの様に1時間以上は走らされる。
その後の実技では、模擬操縦訓練機での操縦訓練が始まったが、
最初はゲロを吐きまくり、徐々に慣れてはきたがグルグルと回る
機械の中で数時間、気分は最悪だ。
訓練が終われば、Dinerもどきで夕食。食事は朝、昼と全く同じ
白いブロックだけ。おかわりは自由であるが、他のメニューは無い。
その後、宿舎に戻り風呂に入るが、睡眠モードを選ばないと、大変
な苦痛を味わうことになる。身体は完璧に綺麗にはなるのでが、
入浴で身体をほぐしてストレス発散する事も出来ない。日本人である
雄二には、これが堪えた。
ベッドに寝転べば、身体の中の機械によって有無を言わさず瞬時
に睡眠状態に陥らされる。強制的に成長ホルモンを大量に分泌されて
身体の疲労と損傷は癒やされ、且つ筋力の強化が完全に行われる。
ただ、それだけなのだ。
来る日も来る日も、全く同じ事の繰り返しである。しかも、休日は
設けられていない。全くの無休である。
この生活が数日続いた。人間は毎日変化のない同じ生活をすると
ストレスが貯まる。美味い食事で解消するなんて事は、ここでは無理
な相談だ。選択肢が無い。酒を飲んで酔っ払って騒ぐ事も叶わない。
ここにはそれも無い。
休息、息抜き、娯楽、それらが全く無いのである。これでは、刑務
所の独房に収監された囚人か、奴隷である。
三人の精神状態は、限界に近づいてきていた。
ジムは自らパイロットを目指し陸軍に入隊し、訓練生活にはある程度
の耐性は付いていたので、そこそこ余裕はある。入隊直後にやった
ブートキャンプと似ているし、そのあとの現在進行系の軍隊の訓練
生活と言っても過言ではない。その経験談を伝え、何とか雄二と陳を
宥めてやろうとしていた。
しかし、雄二と陳の二人は、閉塞感、息苦しさ、単調な訓練の繰り
返し、休み無し、娯楽無しの生活に、耐えられなくなってきていた。
地球にある基地であれば、上官や教官の目を盗んで、ちょっと外出
して羽目を外しに遊びに行こうぜ! が出来るかもしれないが、如何
せんここは地球から遥か38万kmも離れた月の裏側、しかも地下
深くである。こっそり抜け出す事など不可能だ。
そもそも、あの厳重に幾重にもある防御壁を破れないし、仮にそれ
が出来た所で、外は大気のない月面である。太陽の日の当たる場所は
摂氏100度を超え、夜には摂氏マイナス100度を下回る過酷な環境
なのだ。
それと月には地磁気が無いため、太陽からの強烈な太陽風、宇宙放射
線をまともに浴びてしまう。そんな所に宇宙服も着ないで生身で出れば、
あっという間に死んでしまうだろう。
それに地球に戻る移動手段が無いので、逃げ出すことも出来ない。
雄二は折り畳み式の携帯電話、陳はスマホを持ってきている。
何故か充電器もあるし、地球と同じ様に部屋の壁には色んな国の仕様の
コンセントも有る為、それらを使うことは出来る。しかしながら当たり
前であるが、この月にはそんな電波は届かない。圏外のままだ。
少し前からサービスが始まった、スペースX社のスターリンクでも
無理である。あれは地球上と人工衛星との間をつなぐ無線インターネット
通信技術であって、月それも裏側の地下深くに届く筈も無い。
暇潰しにYouTubeで動画を観る、SNSの書き込みで何が世間で流行り
なのかを確認する、サブスクリプションの動画配信サービスで映画や
ドラマを観る、誰かにメッセージを送る、等も不可能なのだ。
日本がH-2ロケットを打ち上げ月面探査機が月に向かっている事は、
雄二は拉致される前にニュースを観て知っていた。日本の玩具メーカー
(タカラトミー)が開発に携わった、月面走行の探査機が有る事もだ。
しかし、それもこの裏側から遥か遠い場所に着陸する予定だ。
裏側では地球と通信が不可能であるからだ。
地球からの探査機が無事に着陸して、それとの通信であれば可能で
あるが、そんなモノに携帯電話が繋がる筈も無い。
昔のアメリカのアポロ宇宙船が月に来た時でも、周回軌道上で裏側に
回った時には、ヒューストンとの通信は途絶されたのである。
それに探査機が月面に来ても、見に行くことも出来ない。
宇宙飛行士に成る者は、自らの強い意志で未知なる場所へと冒険に
出る決意はあるだろう。十分な訓練も受けてから行く。地球との交信も
あるしサポートも万全だ。ミッションが終了すれば地上に帰還できる。
しかし、彼らは違う。地球で普通に暮らし家族や妻やパートナーが
居た普通の一般人だった。自分の意思で宇宙に行きたい、新しい世界を
観たいと希望に胸を膨らませ、やって来た訳ではない。
突如無理やり連れてこられ、教官も知らないと云う外宇宙に連れて
行かれて[歩兵]をやる為と言われ、訓練を受けさせられている。
更に、無事に返してもらえる保証も何も無い。
この月面の基地は、地球から完全に隔絶された世界なのだ。
毎晩、寝る前に景色を替えられる窓になる壁の風景を見ながら三人は
雑談をする、それと教室の隣の食堂、宿舎の隣のブロックにあるDiner
もどきでの食事の時のお喋り、それだけが唯一の娯楽なのである。
それも無茶な事をやらせる教官に対する愚痴や悪口、悪態も言えない。
そんな事は、頭の中に入れられた機械で筒抜けである筈で、もし言えば
次の訓練で何をさせられるか判ったもんではない、と考えているからだ。
他の楽しみは、雄二や陳が昔ケータイやスマホで撮影した写真を
見せて、ここがどうだった、この店に陽子さんと行ったんです、
秋燕ちゃんと行って食べた時の写真なんです、凄く
美味しかったなぁ、それはどんな食べ物なんだ? みたいな会話だ。
しかし、それも次第とやらなくなった、虚しくなるである。
ホームシックに陥ってしまい、最後は三人とも黙ってしまうのだ。
それ以外となると、勉強用に支給された電子ペーパーで基地のデータ
ベースに保存された本を読む事だけである。地球上の様々なジャンル
の本がある。いつの間に電子データになったんだと思われる内容の物
まである。古すぎて文字が読めないのだ。下手すると数百年いやもっと
昔の書物なのである。考古学者であれば涎を垂らして欲しがるであろう。
しかし、そんな物を読んでも何も楽しくはない。
その他には、三人が読んでも概念すら理解できない高度過ぎる内容の
書籍も沢山あった。地球の理論物理学者が観たら、腰を抜かすかもしれ
ないだろうが、今の彼らには何の意味もない訳の解らない、只の数式の
羅列が並んでいるだけの本だ。面白い訳が無い。
最近の物も有るが一体どうやって所得したのかは不明だ。もしかすると
自動捕獲機が地球上の膨大なデータを無断で傍受・収集して、ここに保存
しているのか。
人間を捕獲するだけが任務では無いのかもしれない。人類の文明・科学
の進歩を観察・確認・把握する事も、含まれている可能性もある。
読むことが出来る本は、それこそ山のようにあるのは有る。ただ彼ら
にはそれを楽しむ時間が無い。寝る前の暇つぶしにと本を持ち込んで寝転
んだ刹那、深い眠りに落とされる。それに就寝前に座学で学んだことを
復習していないと、次の日に教官にしごかれるので、仕方がなくそれを
やっている。
拉致されて訓練が始まって4週間以上程経った頃、三人は相談し意を
決してサンダー教官に直訴することにしたのだ。
休日(自由時間)が欲しい、出来ればアルコールも欲しい、もう少し
娯楽の様なモノも欲しい、と懇願しようと決意した。
例え駄目出しされても良い、少しでも今の自分達の追い詰められた精神
状態を鑑みて欲しいと頼もう。このままでは、俺らは駄目に成ってしまう
と訴えよう、と意見が一致したのだ。
とある日、午前の座学が終わった後の昼食の前に、三人は意を決して
それらの事を教官に直談判した。
「ん? 何だ、そんな事か。まぁ、そのうち言ってくると予想はしていた。
あれだな、お前らは意外と持った方だ。まぁ気持ちは分かる。
俺が拉致されて連れてこられた時も、最初はそんな感じだったからな。
そうだな、少し気分展開でもするか」|(英語)
腕を組み、いつものニヤけた顔をしたサンダー教官は、意外とすんなりと
三人の要求を受け入れてくれた。恐らく毎回似た様な事を、拉致被害者たち
に言われて慣れているのであろう。
三人は狂喜乱舞した。何だ、何をやらせてくれるんだ? もしかして酒か、
吐くまで朝まで飲み明かすか? と期待に胸を膨らませていた。
「お前らの乗る機械を見せてやるよ。気に入るぞ」|(英語)
あ、あれ? 何だか予想と違うんですけど…
それって気分転換じゃなくて、違う訓練の予行演習なだけでは?
物凄く嫌な予感しかしないんだけど…
もしかして、俺たちって「藪をつついて蛇を出す」をやっちまったのか…
と三人は顔を見合わせて後悔した。
この物語は創作です。
作者の空想・妄想の塊です。




