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蜜を知った蜂  作者: 愛菜
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初めての蜜の味

 連載小説。

  初めての自慰行為は小学三年生だった。

まだ右も左も覚えたての私がその行為をしたのは九九を全部言えるよりも早かった。

記憶は定かでは無いが、机の角を使った記憶がある。その快感は私に衝撃を与えた。そして同時に「罪悪感」というものの初めての経験にもなった。


 私には十個歳の離れた兄と六個上の姉がいた。私はその一番下の末っ子に当たる。

私が物心ついた時から両親は喧嘩が絶えず、仲が良いところは一度も見たことがなかった。

母と父それぞれからには貰うべき愛情はもらっていたように思うが、両親二人で愛されることはなかった。

兄と姉は口を揃えて「昔は仲が良かったんだよ」という。それは私が生まれる前の話だ。

兄と姉は二人で愛された経験が少なからずあった。私はその事が幼いながらにも妬ましかったのだ。

そんな私達五人家族は小さなアパートにぎゅうぎゅうになって住んでいた。まだ小さいからという理由で私達兄弟は一つの部屋に三人で過ごしていた。母と父には二人の寝室があったけれど、仲が悪くなってからは母が、「臭いから一緒に寝たくないの。」と言って唯一広いリビングの一角に自分だけのスペースを作ってそこで大半の時間を過ごしていた。

昔から離婚話が絶えなかった。最初は止めていたけれど、二人が頻繁に言い合っている姿を見て「なんで離婚しないの?というかまず、何で結婚したの?」と思うようになっていった。


両親は共働きだった。姉は部活生活が始まり、兄はバイトやらデートで忙しそうにしていた。

放課後はほとんどの時間を一人で過ごした。よく近所に住んでいるまみちゃんが遊びに来てくれていたけど、チャイムが鳴るとすぐに帰った。まだ一緒にいてよ、なんて事も言いたかったけれど、「今日はカレーなんだっ」とにこやかな笑顔で家族のいる温かい家に帰っていくまみちゃんを見てからは、引き止めようとも思わなくなった。

私は母が朝よく作り置いてくれた鍋いっぱいのカレーを皿によそり一人で食べた。「私の家、昨日カレーだったんだよ!」と、明日まみちゃんに言おう、そんな事を考えながらただひたすら咀嚼した。

まみちゃんは決まっていつもにこやかな笑顔で「いいなあ!」と言ってくれるのだ。


父と母の二人の寝室は、もう完全に父だけの部屋になっていた。

母だって働いているのに可哀想だな、なんて思っていたけど母が決めた事だし、母も母で今のスペースで満足していたように見えたから何も咎めなかった。


母が作り置いてくれている夜ご飯を食べた後は、特にやる事もなく退屈だった。

そもそもこの狭い家自体が退屈だと感じていた。

唯一少し興味があるものといえば、父の部屋の中身だった。

ただ、堅物の父からは「無断で俺の部屋の中には絶対入るなよ」とくどく言われていた。

仕事の大事な資料や大事なパソコンの中のデータにいたずらされたら堪らない。というような内容だった気がする。

父はあまり怒鳴ったりせず、無言で怒るタイプだった。私にとってはそれがやけに不気味に思えて、父の言いつけは極力守ろうと固く誓っていた。


 そんなある日の朝、いつものように赤いランドセルを背負い玄関へ向かおうとすると、母に呼び止められた。「百合、今日はお母さん、仕事で帰りが遅くなるの。お父さんは飲み会だって。京子は部活の大会があるらしくてその後そのまま打ち上げだそうよ。拓人に子守頼んでみたんだけど、バイトがあるって断られちゃってね。百合がもし一人が嫌なら、お父さん飲み会に行かないで早く帰ってきてくれるって言ってるけど、どう?...でももうそんなに子供じゃないもんね、百合ちゃん」と、最初からお父さんに頼むつもりなんてなかったかのような口ぶりで言った。それに、母が百合ちゃんと、私の事をちゃん付けする時は決まって何かをお願いする時だ。

あ、私は今、留守番をお願いされたんだ。と気づき、ただ頷いた。

母は安堵した顔で微笑み「鍋にシチュー入ってるから、それ食べてね、誰かからピンポンきても出ちゃだめよ」とだけ言って私を見送った。



そして私は、初めての留守番をすることになった。

家で退屈にならないように、学校でまみちゃんに写し絵ができるという薄い紙を数枚もらった。

まだ少し明るいうちにお風呂に入り、シチューを食べた後で家にある何冊かの絵本の表紙を転写し色鉛筆で色を塗って遊んだ。

案外その作業は楽しくて、これならあっという間に誰かしら帰ってくるだろうと思った。

だが、夜二十時を過ぎても一向に誰も帰って来なかった。お風呂にも入り終わり、ご飯も食べ終わっているのでいつでも眠りにつく事ができたが、一人でいるより何よりも、誰もいない家の中で一人で布団に入ることが一番怖かったのだ。

私は誰かの帰りを待とうと思って、ただひたすらに絵本の表紙をなぞった。

だが、やがて家にある数少ない絵本の表紙を全てなぞり終わってしまう。

仕方なくテレビをつけてみるも、どれも大人向きの内容の番組ばかりでつまらなかった。

写し絵の紙はあと一枚。何か特別なものを写そう、と思った。

自分の好きなアニメのキャラクターの写せそうなものを必死になって探してみたが、どれもキーホルダーや小さいシールといった小物しか見当たらなかった。これだと写せない、と考え込んでいた時マミちゃんが、「お父さんにパソコンで画像を調べてもらってるよ。それを写すの。画面越しに写すとよく透けてなぞりやすいし、好きなキャラクターを写せるからからいつもそうしてもらっているよ」と話していたのを思い出した。

そうだ、父もちょうどいない。パソコンはきっと部屋にある。どうせ父がいる時にそのようなことを頼み込んでも、すかした顔をされて終わるだけだ。

画像を調べさせてもらうぐらい、良いよね。



そっと、父の部屋のドアを開けた。立ち込めていたタバコの煙の残り香がやんわり私を包む。

机の上には、コンパクトに畳まれた灰色のパソコンが見える。

絶対するなと言われると逆にしたくなるというタチではないけれど、その時の私はただひたすらに写したいキャラクターを写せるという事で頭がいっぱいだった。

父が言っていた「仕事の大事な資料」らしきものはどこにも見当たらなかった。それを確認した私は、父の禁じられた部屋に足を踏み入れパソコンを開いた。

どうやら電源はついたまま閉じられていたようだが、使用するには四桁のパスワードが必要らしかった。

試しに父の誕生日を打ってみる。ハズレ。続いて母の誕生日。開くわけがなかった。それから自分も含め兄弟たちの誕生日を入力してみる。どれも違かった。

まだ未熟な脳みそをフル回転させてみたが、思い浮かんだ四桁の数字はあと、父と母の結婚記念日だけだった。

ダメ元で打ち込み、ゆっくりとエンターキーを押す。



....開いた。ビンゴだった。

単純に覚えやすい数字だったのか、したくてこの数字にしたのかは分からないが、意外だった。

だがそんな事を考えるのはほんの一瞬の事で、パソコンが開いた事実に私はひたすら胸を膨らませた。


ロックを解除する時の待ち受け画面が奥の方に吸い込まれていく。と、同時にそれとはまた別の待ち受け画面にするりと遷移した。私の目に飛び込んできた移り変わったその画面に映るその人、それは、誰もが知っている国民的アイドルの水着姿の写真だった。

よく見る薄いピンクがかった色の水玉模様の水着姿でぎこちない敬礼ポーズとあどけない笑顔をちらつかせていた。

当時の私にとっては、明らかに見慣れない肌の露出加減で、手に変な汗をびっしゃりかいたのを今でも覚えている。

あんなに真面目で頑固な父の意外な一面を見てしまった私は、もう写し絵の事など頭にもなくなっていた。


画面の左側にたくさんのファイルと呼ばれるものが連なってる中、一際目を引くピンクのアイコン。あえてなのか、ファイル名は何も書かれていない。恐る恐る、半ば好奇心も込めてマウスを動かし、ピンクアイコンのファイルを二回クリックした。


待ち受け画面に映る人物と同じ人物の写真が何枚も出てきた。下にいってもいっても底が見えないほどの量だった。

私はすぐにそのファイルを閉じた。

なんだかすごく、嫌な気持ちになった。

その日はその後すぐにパソコンを閉じて、痕跡がついていないかを確認してから部屋を後にした。


三十分後には、姉が帰ってきた。

姉にもこの事は口外しなかった。













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