07 鬼さんこちら、手のなるほうへ
赤鬼はあれから目を覚ましていない。仕方ないので、お雪さんに頼んで頭を冷やしてもらった。その間に俺と天邪鬼は、壊されたドアを直していた。
「なんで俺たちがこんなことを……」
天邪鬼はブツブツ文句を言っていたが、赤鬼がうーんと唸りだした。
「うーん……タライはもう勘弁じゃ……」
よほど先ほどのタライがきいたのか、うなされているようだった。かわいそうに。すると、赤鬼がはっと目を覚ました。
「はっ! ここはどこじゃ? ワシはどうなった。なぜ天女様がおられるのだ!」
お雪さんに膝枕されていたので、天女と勘違いしたみたいだ。
「ここは天国か?」
「おーい、赤鬼。ここは現世で、そこにいるのは雪女のお雪さんだよ」
「たくや……もう起きたから私は本を読んでもいいかしら……」
「あぁ、ありがとうお雪さん。もう大丈夫だよ」
俺がそう言うと、お雪さんは膝を抜いてさっさと隅の方に行ってしまった。赤鬼の頭は支えを失い、また頭をぶつけていた。
「あいたっ! なんだ、天女様ではないのか」
「やい、赤鬼! お前のせいでドアを直さなきゃいけないじゃないか!」
「おぉ、それはすまんな。だがワシはそこにいる人間に用があるんだ」
赤鬼はそう言うと、近くにあった金棒を俺に向けた。おいおい、金棒は没収しておいてくれよ。危ないじゃないか。
「俺に用ってなんだよ」
「ワシと戦え!」
「戦うって、まさかタイマンはるとかじゃないだろうな」
「その通りだが?」
赤鬼はきょとんとしており、首を傾げた。いやいや、その金棒でやられたら終わりでしょ。
「それはお断りするよ。俺はケンカは得意じゃないし、その金棒はアウトだろ?」
「うーむ……なら何なら戦うのだ?」
「ここはあやかしクラブって言うんだ。妖怪と人間が楽しく遊んで過ごす場所だよ。だから、遊びで戦おうじゃないか」
「遊びだと?」
遊びという言葉に赤鬼は顔をしかめた。しかし、この提案に賛成の者がいた。それは座敷童である。
「面白いじゃないか。それで、戦う遊びは何にする?」
「待て待て。ワシは賛成してないぞ?」
「おや? まさか戦うのが怖いとでも言うのかい?」
「なんだと!」
座敷童が挑発すると、赤鬼が怒って睨みつけた。意外とわかりやすい奴だな。
「なら、赤鬼ってことで、鬼ごっことかはどうだ?」
天邪鬼が修理を終えて合流した。しかし、その提案には少し問題がある。
「その金棒は使うのか?」
「これはワシの愛用だ。肌身離さず持っていくぞ」
「それだと、ただ追いかけ回されるだけになるんだが……」
「いいじゃねぇか、命がけで」
「鬼ごっこはそんな遊びじゃないんだよ」
俺たちがわいわい言っていると、座敷童が口を開いた。
「なら、赤鬼の金棒を許可する。そして、下校時間になるまでにたくやを捕まえることができたらお主の勝ちだ」
え? 武器の使用可ですか? 俺、生きてられるかな。
「たく坊、頑張るのだぞ!」
猫又が笑顔で応援してくれるけど、この命がけの鬼ごっこを頑張らないと、俺の命が危ない。
俺は苦笑いを浮かべながら、校庭へと向かった。
校庭に皆が集まったところで、再度ルールを確認した。
「では、先にたくやが逃げて5秒後に赤鬼がスタートするでよかったかな?」
「問題ないぞ」
「俺も大丈夫だ」
「なら、鬼ごっこ始め!」
座敷童の合図に、俺はすぐに走り出した。足には自信があったけど、相手は鬼だ。しかも金棒を持っている。普通にやりあったら敵わないだろう。
俺が考えながら走っていると、赤鬼が追いかけてきた。やばい、もう5秒たったのか!
「まずい、このままだと追いつかれるかも……」
赤鬼は体が大きくガタイもいいのに、足が予想以上に速かった。
「金棒振り回しながら来るなよ! 危ないだろ!」
「はっはっは! 逃げろ逃げろ! やはり人間を追い回すのは面白いのぅ!」
なんだかやばいことを言っているが、捕まる訳にはいかない俺は、気づいたら皆の所に向かっていた。
「まずい! このままじゃお雪さんにぶつかる……!」
お雪さんは本を読んでいるせいか、こちらに気づいていないようだった。他の皆も焦っていた。
「お雪さん、避けて!」
俺はそう言うと、近くにあった石につまずいて派手に転んだ。すごい痛い。
「もう終わりだ人間!」
やばい、もう終わりだ! 俺が構えていると、お雪さんの静かな声が聞こえてきた。
「先ほどから近くでうるさいですよ。静かになさい……」
すると、お雪さんは吹雪を出した。丁度転んでいた俺の上を通り過ぎ、赤鬼に命中した。
「なんでワシがこんな目にーっ!」
「あらら……まさかこんな終わり方するなんて」
俺がほっとしていると、下校のチャイムが鳴った。これで命がけの鬼ごっこは終わりである。
それからお雪さんに謝って、固まっていた赤鬼の術を解いてもらった。
「大丈夫か、赤鬼」
「ふぅー、全く酷い目にあったわい。しかし、勝負はワシの負けだ。後は大人しくしているわい」
「それなら、このあやかしクラブに入ってくれないか?」
「なんだと?」
「赤鬼が入ってくれれば、正式に部として認められるんだ」
「ほぅ、ならまたお主と戦えるということか?」
「まぁ、遊びなら相手してもいいけど」
「はっはっは、面白い! ならワシもこのあやかしクラブというものに入ろうではないか!」
「本当か! ありがとう!」
そう言って2人はハッとした。そしてお雪さんを見る。彼女は静かに本を読んでいた。
「ま、まぁ、入ってくれて助かるよ」
「うむ。これからよろしく頼む」
俺と赤鬼は小声で話したのだった。また、お雪さんに凍らされたら嫌だもんね。