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地球の裏側で蝶が羽ばたいたとして

作者: 物部がたり

 天国と地獄は、例えば地球の裏側で蝶が羽ばたくくらいのわずかな出来事で分かれるものらしい。もし、あと数秒違えば、もし、前方の車が車線変更していれば、もし、自分たちの乗った車が先頭を走っていれば、人を撥ねていたのは、れいたちだった。

 れいとはじめは夕方、ライトを点けている車もあれば、まだ点けていない車もある、いわゆる黄昏時に車を運転していた。れいが運転し、はじめが助手席に乗っていた。周囲は薄暗く、数十メートル先の視界もおぼつかなかった。

 そんな時間帯に、れいは車を走らせていた。

 前方には二台の車が走っていて、両車とも前方と十メートルほどの車間距離を開けて走行していた。 


 れいたちが走っている道は地方の市道であり、それほど車通りの多くない場所だった。そのため、歩行者は信号を使わずにそのまま道を横断することは少なくなかったのだ。

 数キロ間隔で現れるコンビニを除いて光源は少なく、ちょうど、コンビニを前方に見据え、コンビニの灯りがうすぼんやりと逆光を作ったとき、何かが二台先を走る車の頭上を舞った。

 それは、小学校のとき交通訓練のときに見た等身大の人形を連想させた。その人形は生徒たちに交通事故の危険性を教えるために、轢かれ役を買って出る勇敢なスタントマンであった。


 前方を走っていた車が止まり、真ん中を走っていた車が止まった。必然的に三番目を走っていたれいたちの乗る車も止まらざるをえなかった。何が起こったのかすぐ察した。

 人身事故である。

 先頭を走っていた車が人を撥ねた。

 れいは人が撥ねられる瞬間を初めて見た。

 真ん中を走っていた車は、何事もなかったように前方の車を追い越して走り去った。

「おい!」

 助手席のはじめが呆然としていたれいを叱咤し、「車を出せ」といった。れいも走り去った車を見習って、何事もなかった振りをして人を撥ねた車を追い越した。

 丁度、人身事故を起こした車の運転手が運転席から降りてきて、血だまりの中、仰向けに倒れている人に近寄るところであった。

 

 助手席側の窓から一瞬見えた光景が脳裏に焼き付けられた。撥ねられた人は頭から血を流して間違いなく、死んでいた。撥ねた車に乗っていた人は無表情で見つめていた。

 れいが撥ねたわけではないが、一秒でも早くその場を離れたかった。次の信号で止まるまで、れいは速度制限標識に書かれた時速を五キロほどオーバーして車を走らせていた。

「なあ……」

 はじめが口を開いた。興奮しているようで、声が浮いているように聞こえた。

「もし、俺たちが前を走っていたら……撥ねてたの俺たちだよな……」

 

 はじめの言う通り、先頭を走っていれば撥ねていたのはれいだった。

「ああ……」

 れいも興奮しているようで声が浮いていた。あまりに超現実的な事件に遭遇し、夢から覚めた気分であった。

「運が良かった。俺たちは運が良かったんだよ……」

 とはじめがいった。

 もし、地球の裏側で蝶が羽ばたくくらいの非常に小さな変化で、れいたちが先頭を走っていたら、今ごろ地獄を見ていたのはれいたちだった……。

「運が良かった」

 本当に――。

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