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#9 虚言

「おい、本当にいいのか!?」

「許可はもらっている」

「許可って、それは大将閣下のだろうが! 宮廷の許可もいるんじゃないのか!?」

 あー、うるさいなぁ。指揮官の僕がいいと言ってるんだから、それでいいじゃないか。昔は散々やってたくせに、何を今さらビビッているんだ、ヨーナスよ。

「ったく、どうなっても知らねえぞ。責任は取ってもらうからな」

「いいからさっさと降りろ、時間がない」

「そんじゃ、いくぜ!」

 僕はヨーナス、いやエーベルス大尉をけしかけて、金剛宮の中庭に人型重機を強行着陸させようとしている。すでに日が暮れた帝都、眼下には何本かのたいまつの灯が見える。

 暗視カメラで、その宮殿の真ん前にある階段に向かって降下する人型重機。ええと、確かこいつのコールサインは「レモンサワー」だったか。そのレモンサワーが、宮殿の真ん前の芝生の上に勢いよく着地する。敷き詰めた芝生が飛び散る。

 ハッチを開く。この事態を受けて当然、衛兵が集まってくる。一斉に抜刀し、人型重機をぐるりと囲んでしまう。が、僕はコックピットを出て、その真ん中に降り立つ。僕の姿を見た衛兵の一人が叫ぶ。

「星の国の将軍とお見受けする! 何ゆえにこの神聖不可侵な金剛宮の前に、かように下劣なる仕掛けで乗り込まれるのか!?」

 ざっと二十人ほどの衛兵が、剣先を僕に向けてけん制する。が、僕は答える。

「小官はアルトマイヤー少将です。火急の用件があり、陛下に直にお会いしたい」

「火急の用件とは、何事であるか!」

「内容は極秘にて、陛下に直接お伝えしたい。が、帝国と我が艦隊のいずれにとっても一大事であるとだけお伝え願いたい」

 それを聞いた衛兵の一人が、あわてて宮殿の中に走っていく。抜刀した衛兵に囲まれたまま、しばらく僕は待たされる。うーん、これってよく考えてみれば、かなりヤバイ状況ではないか? が、僕は涼しい顔で衛兵の帰りを待つ。

「陛下より、入宮のご許可を頂いた! 参られよ!」

 あっさりと僕は、宮殿内に通された。陛下や皇族が住まう宮殿群の中でも最大の宮殿である金剛宮。その中に僕は、衛兵の案内で中に通される。

 赤い絨毯が敷かれた広間にたどり着く。その奥には、数段高いところに玉座があり、その玉座には陛下が、そしてその右隣には今の宰相であるヘッツェンドルフ伯爵様が立っている。

 そしてその正面には、緑基調の刺しゅう入りの豪華な服をまとった、小太りの貴族が立っている。あれがおそらく、例のフランケネック公爵様だろう。

「アルトマイヤー少将殿、そなたが火急の用件で参られたと聞いた。帝国と艦隊の一大事と聞いたが、それはいかなるものか?」

 まず口を開いたのは、宰相様だ。陛下の代弁人として、この場に立つそのお方が、僕がここに来た用件を尋ねてきた。僕は敬礼しつつ答える。

「はっ! アンドラーシ伯爵様が無実の罪により処刑されると聞いて、その中止要請に参りました」

 それを聞いて、まず反応したのは僕のすぐ前にいるフランケネック公爵様だ。

「待たれよ! それのどこが帝国と艦隊の一大事というのか!?」

「アンドラーシ伯爵様は、帝国第一砲兵隊を指揮する有能な指揮官であります。そして同時に、我が遠征艦隊の参謀顧問をもお務めです。そんなお方が無実の罪で処刑されるとあっては、まさに帝国と艦隊の危機であります」

 正直言うと、この参謀顧問という肩書には大した地位も権限もない。イベントなどで使われる「一日艦長」のような、その程度の名誉職だ。しかしこの際は、その肩書をもって我が艦隊の一員であると強弁できる。

 だが、そう言い切った僕を、この小太りの公爵様はさらに追及する。

「何を言うか! 私の命が狙われたのだぞ!? しかもそなたらが探し出した証拠に、まさにアンドラーシ伯爵の奥方の名が書かれていたではないか!」

「常識的に考えて、真犯人がわざわざ自身の名を記すとは思えません。明らかに、何かの陰謀です」

「では聞くが、誰が真犯人であるというのか!?」

「はっ、順を追ってお話し致します。まずその手紙の筆跡が、フランケネック公爵様のものであったとの分析結果が出ております」

 この僕の発言にこの場は一瞬、凍り付いたように静まり返る。例の小太り公爵様の顔を見ると、明らかに動揺している。

「な……何を申すか! そんなもの、偽物に決まっているだろう! どうして暗殺の被害者が、自ら暗殺を指示する手紙など書くというのか!」

「その通りです。どう考えてもおかしな話であります。なので現時点では、真の犯人は分かっておりません。ですが、確実に言えることが一つ。これはアンドラーシ伯爵様とフランケネック公爵様の両者を貶めようとする者の仕業である、ということであります」

 しゃあしゃあとこう言ってのけた僕を、フランケネック公爵様はまるで狐に幻でも見せられているような、そんな不可思議な表情でこちらを見ている。

「だ、だが、それはつまり、そなたの言う真犯人とやらが見つかっておらぬと言うことではないか」

「はい、その通りです」

「ならば、アンドラーシ伯爵の無実は証明されまい。このままでは、帝国として示しがつかぬではないか。やはりここはアンドラーシ伯爵一族を処刑するということで……」

「ですがもし、そのようなご決断をなされたならば、それは我々、宇宙艦隊に対する宣戦布告と同じことになります。我々は持てるすべての技術と兵力を駆使してその真犯人を探し出し、殲滅することになります。小官が先日、殲滅したあの敵の浮遊砲台群三千基のように」

 この僕の発言に、この場のさすがの公爵様も肝を冷やしたと見える。もちろん、犯人探しに艦隊など使うわけがないが、これはこの場にいるであろう「真犯人」への警告である。

「ですが、我々もわざわざ帝都を騒がせるような事態を望んでいるわけではありません。皇帝陛下および宮廷におかれましては、アンドラーシ伯爵様の無実をお認め頂き、加えて真の犯人の探索をお願いいたしたく存じます」

 それを聞いた陛下は、脇に立つ宰相様に耳打ちをする。そしてそれを受けた宰相様が、こう告げられる。

「そなたの進言、委細承知した。そなたの言う通り、アンドラーシ伯爵の無実は認めよう。我ら帝国はアンドラーシ伯爵とフランケネック公爵を貶めようとしたその愚劣なる輩を必ずや探し出し、この帝国に安穏をもたらすことを約束する」

「はっ、ありがたきお言葉、感謝いたします。お騒がせして申し訳ありません。では、これにて失礼いたします」

 僕はすかさず敬礼する。そして赤絨毯の上を颯爽と帰っていった。心なしか、苦々しい表情を浮かべるフランケネック公爵様の視線を感じながら。

「えっ、それほんとか!? ほんとに皇帝陛下を納得させちまったのか!?」

「そうだ。まさか覆すことはないだろうな。そんなことをすれば、本当に我が軍が動かざるを得なくなる」

「なんか、脅しくせえなぁ、おい。ほんとに大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。多分」

 心配するエーベルス大尉の言葉を振り払いつつ、人型重機を発進させる。芝生が散らかってしまったが、伯爵家一つを引き換えと思えば安いものだろう。僕はそう開き直る。

 しかし、何てお粗末な策だ。あんなあざとい手紙の記名を証拠に、貴族の名門を一つ滅ぼそうとするなんて、頭が悪すぎる。しかしこの国が長年培ってきたその建前のために、こんな稚拙な策が成立してしまうのだ。

 だから僕は、その建前と真実の狭間を上手く突いた虚言でそれをかわした。本当に真の犯人が捕まるかどうかなど、知る由もない。いや多分、捕まらないだろうな。

 さて、その翌日までにはアンドラーシ伯爵家一族は解放される。多くの家来を失ってしまったものの、一家消滅の危機はどうにか避けられた。カタリーナ嬢も当然、屋敷へと戻っていった。

「いやあ、助かった! それにしても、実に見事な策であるな! 感心したぞ!」

 その屋敷の一室に呼ばれた僕は、アンドラーシ伯爵様に呼ばれる。

「い、いえ、とっさに思いついたことなので……」

「とっさであれだけの策を仕掛けられるとは、さすがは婿殿、あの無敵の浮遊砲台とやらを殲滅したという稀代の英雄ゆえの戦いぶりであった。感謝するぞ」

 まだ凄惨な現場があちこちに残るこの屋敷の中で、僕は伯爵様から多大なる感謝の言葉を聞かされる。それにしても、紙一重の策だったな。もし僕の言い分が虚言だと知れたら、どうなっていたことか。

 いや、あながち虚言とも言い難いんだよな。フランケネック公爵様はおそらく仲介役であり、その黒幕となる貴族はどこかにいるはずだ。つまり、真の犯人は確かにいる。しかし、今となってはそれが誰なのかは分からない。別に、知ろうとも思わない。

 さて、後日談となるが、それから一週間ほどは特に音沙汰はなく、事件もうやむやにされようとしていた。が、不思議な出来事が帝都内で起こる。

 それは、アンドラーシ伯爵家と並んで次期宰相の座を狙っていたグーテンホフ伯爵様が突如、病死されたというのだ。そして、グーテンホフ家はまだ幼い長男にその当主の座が継がれることとなる。

 つい前日まで元気に公務をこなされていたこの方の突然の死によって、次期宰相の座はアンドラーシ伯爵様に事実上、確定したとのことだ。

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[良い点] グーテンホフ伯爵様、突然お亡くなりなさるとは、病気とはマッタクコワイモノダナ〜(白目) フランケネック公爵もいずれ病死とか事故死なさるのかな…(;一_一) [気になる点] 敵を打ち破った…
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