#8 陰謀
カタリーナ嬢から、アンドラーシ伯爵家で起こった事件を聞かされる。
僕と会った後、ちょうどカタリーナ嬢が屋敷近くにまで来ると、一人の執事がカタリーナ嬢の乗る馬車に駆け寄ってくる。
あまりに慌てた様子のその執事を見て、御者は馬車を停める。その馬車に駆け寄ってきた執事は、カタリーナ嬢にこう告げる。
「お……お嬢様、すぐに、お逃げ下さい!」
息切れしつつも、カタリーナ嬢に必死にそう告げる執事。とはいえ、何が起きているのかまったく理解できない。とにかくその執事から事情を聞き出そうとした、その時だ。
銃声が轟く。一斉に放たれたその銃弾の一部が、その執事を貫く。流血の惨状を目の当たりにしたカタリーナ嬢は、事の重大さを理解する。とにかく、逃げなくては……慌てて御者が、馬車を引き返させる。
再び宇宙港を目指す馬車だが、馬に乗った追手が追いついてくる。追手が馬上より銃を放ち、御者を撃つ。主人を失った馬車はそのまま停まり、ぐるりと追手に囲まれてしまう。
「カタリーナ様、もはや逃げられませんよ」
追手の一人が、カタリーナ嬢にそう告げる。震えるカタリーナ嬢は、その追手に尋ねる。
「あ、あなた方は誰なのです! 私を、どうなさるおつもりですか!?」
すると追手は、こう答える。
「アンドラーシ家はもう終わりです。あなたは罪人の娘として、皇帝陛下の前で裁きを受けるのです。せめて名門の娘らしく、潔くなさいませ」
といってその追手はカタリーナ嬢に手を差し出す。絶体絶命の危機。ところがそこに、たまたま無人のタクシーが通り過ぎる。
それを見たカタリーナ嬢は、追手の一瞬隙を突いて駆け下り、持っていた電子マネーを掲げる。するとそのタクシーはすぐそばで停まり、ドアを開けた。
追手の手が伸びる寸前にそのドアの開口に飛び込み、カタリーナ嬢は叫ぶ。
「宇宙港へ!」
それを聞いたタクシーはドアを閉じて走り出す。飛びかかる追手を振り切り、そして宇宙港のこの街に入り込んで、そしてここに至ったという。
僕がオムライスを食べている間に、カタリーナ嬢はまさに生死の境目を渡り歩いていたのか。僕は、さっきまで抱いていた感情を恥じるばかりだ。
「お、お父様が罪人だなんて……な、何かの間違いですわ……」
震えながら語るカタリーナ嬢だが、どうにも状況が掴めない。とにかく、アンドラーシ家に何かが起こったことは明白だ。
「ともかく、まずは状況把握です。ここにいても、何も分かりません。まずは然るべきところに向かいましょう」
「し、然るべきところ、とは……?」
「軍司令部です」
情報収集なら、あそこに勝る場所はない。なによりも、この帝都ヘテルニッツのど真ん中に建っている。おそらく、この騒ぎを把握しているはずだ。
ここは治外法権の街ではあるが、追手が潜入しないとも限らない。軍司令部ならば、追手から逃れるという点でも手堅い場所だ。僕は即座にそう判断する。
だが、一つ問題がある。その軍司令部に、どうやって移動すればいい?
軍司令部へ行くためには、一度この治外法権の街の外に出る必要がある。軍司令部のビルにたどり着くまでの間、帝都内を走ることになる。タクシーを使えば、もしかするとあの追手に再度出くわすことになるかも知れず、あまりにもリスクが高い。
どうしたものか……と、そこで僕はある策を思いつく。僕はスマホを取り出し、電話をかける。
「アルトマイヤー少将だ。ディーステル大将につないでくれ。緊急の要件だ……アンドラーシ家の一件と言えば、おそらく通じる」
すぐに総司令官閣下に取り継がれる。やはり軍もこの一件を把握しているようだな。僕は単刀直入に切り出す。
「総司令官閣下、僕は今、アンドラーシ家の次女、カタリーナ嬢を匿っております。が、ここでは危険なので、軍司令部で匿って欲しいのですが……はい、その点については策があります。その許可を頂きたくてですね……」
さて、すぐに許可は下りた。次はあれを呼び出そう。僕はスマホで、別の人物にかける。
「アルトマイヤー、いや、フリッツだ。お前に頼みがある。大至急だ……大丈夫だって、総司令官閣下の許可はもらってある。で、そこで……」
そのやりとりを済ませ、電話を切る。で、カタリーナ嬢を見ると、宇宙港ロビーで見せたあの自信満々な表情などどこへやら、血色を失った唇を震わせて、目の焦点も定らぬまま、ただテーブル表面を眺めている。
僕は立ち上がり、冷蔵庫に向かう。そこからあるものを取り出し、それをカタリーナ嬢に手渡す。
「こ、これは……」
「栄養ゼリーです。今のうちに、何か入れておいた方がいいですよ」
「わ、私がこのようなものを口にするなど……」
「栄養を摂らねば、戦はできませんよ。それにこいつは、僕に数々の勝利をもたらした、いわば勝利の女神的存在なんです」
「ということは、この戦いにも勝利なさいますか?」
「勝てますよ、多分」
「多分、では困るのです!」
「でも、僕が『多分』と口にすると、大抵の場合はその通りになるというジンクスがあるんですよ。先の戦いでの勝利のように」
それを聞いたカタリーナ嬢は、その栄養ゼリーの蓋を開けて、それを一気に飲み干す。空になったゼリーの容器をテーブルの上に置くと、僕に尋ねる。
「で、アルトマイヤー様、ここから先はどのようにして戦いをなさるおつもりで……」
カタリーナ嬢が言い終わるか終わらないかのタイミングで、外が騒がしくなる。ガタガタとガラスが振動し、ヒィーンという甲高い音が響き、そして光が差し込む。
「来たな」
僕がそう呟くと、カタリーナ嬢は僕にさらに尋ねてくる。
「来たとは、何が来たというのですか!?」
「お迎えですよ。さ、参りましょう」
僕はカタリーナ嬢を連れて、家の外に出る。そこに立つ機体を見て、彼女は叫ぶ。
「な、何ですの、これは!?」
そういえば、この貴族令嬢はこれを見るのは初めてなのか。そこに現れたのは、人型重機だ。全長九メートルの、無骨な二足歩行のロボット兵器だ。
「おい、フリッツ! じゃねえ、アルトマイヤー提督よ! 俺を呼び出して、何させるつもりだ!?」
ハッチを開きコックピットで叫んでいるのはエーベルス大尉、軍大学時代からの悪友だ。
「急ぎ頼みたいことがあって呼んだ。僕らを、軍司令部に連れて行ってくれ」
「はぁ!? そんなもん、タクシー使え! 人型重機なんて使うな!」
「そうもいかない事情があるから呼んだんだよ」
「どんな事情だよ、ったく」
こいつ、ほんとに言いたい放題だな。まあいい、階級的にはこっちが上だ。それにこいつは、この手の話が大好きだから、事情を知れば間違いなく乗ってくる。そう確信していたからこそ、僕はこいつを呼び出した。
「許可を取ったって聞いたから来ちまったけどよ、本当に許可なんて取れたのか?」
「当たり前だ。許可もなく宇宙港の街のど真ん中に人型重機を着陸させられるわけないだろう」
「まあいいや、とにかく乗れ。事情は飛びながら聞いてやる」
ということで、僕はカタリーナ嬢と共に、後部座席に乗り込む。
さすがに複座の人型重機に三人はきつい。僕は膝の上にカタリーナ嬢を乗せて席に座る。それを見たヨーナスはハッチを閉じ、機体を発進させる。
「レモンサワーより管制! これより軍司令部に向かう! 離陸許可を!」
『管制よりレモンサワー! 離陸を許可する。高度百五十にて飛行せよ!』
「レモンサワー、了解!」
レモンサワーって……なんてコールサインを付けてるんだ、こいつは。どうせ飲んだ勢いで考えたのだろう。まあいいや、ともかく無事に司令部まで運んでくれればそれでいい。
宙に浮き始める重機、僕の膝上に座る御令嬢は、自身が浮き上がる様を見て思わず叫ぶ。
「あ、アルトマイヤー様! 空を飛ぶのですか!?」
「そうですよ、そのほうが安全だ」
おそらくこの貴族令嬢は、空を飛ぶこと自体初めてのようだ。それにしてもこの御令嬢、小柄なわりに案外重いな。貴族というだけあって、いいものを食べ続けた結果か? にしても、膝の上からは彼女の柔らかい部分の温もりを感じるな。って、今はそれどころではない。
「で、そいつが噂の婚約者ってわけか」
高度百五十メートルに達し、前進を開始した重機を操りつつ、ヨーナスが切り出す。
「そうだ」
「で、なぜ婚約者を連れて、軍司令部に?」
「いや、僕にもよく事情が分かってないんだ」
「なんだって? 事情も分からねえのに、婚約者を連れ出したやつを俺は司令部まで運ばされてんのか!」
「確実に言えることは、彼女が何者かに狙われている、ということだ」
「はぁ? この御令嬢がか? でも、どうして」
「それが分かってないんだって。だから軍司令部に行くんだ」
「へぇ、ただごとじゃなさそうだな。面白くなってきた」
目論見通り、やつは興味を示し始めた。この先も、この機体を使う場面がありそうだからな。やつが乗り気になってくれることは、何かと都合がいい。
だが、そんな事情など考慮もせずに、このお嬢様はヨーナス相手に平常運転をかましてしまう。
「ところでアルトマイヤー様、この下品な平民風情の男は誰なのです?」
それを聞いたヨーナスは、思わず笑い出す。
「あははは! こいつほんとに毒舌なんだなぁ、おい!」
「はぁ!? 毒舌などではありませんわ! それになんですか、私に向かって『こいつ』とは!」
「ヨーナスよ、お前が下品なのは事実だろう。お前のどこに品の良さなどあるというのか?」
「なんだよ、やっとこの星にたどり着いて、さあこれからという俺を呼び出してこき使った挙句に、ひでえ言いようだなぁ、おい」
「アルトマイヤー様、まさかこのような荒くれ者などとと関わりを持っていたのではありませんよね!?」
「荒くれ者って、俺がか?」
「こいつは品はないけど、腕は確かなんです。多分」
「おい、多分とはなんだ、多分とは」
「仕方がないだろう。僕はお前が人型重機を操縦するところを見るのは、これが初めてなんだ」
「まったく、ひでえ指揮官だなぁ。こんなやつに俺は、命預けてんのかよ……」
などと会話するうちに、軍司令部に到着する。入口前に着地すると、ハッチが開く。数人の士官らが、僕とカタリーナ嬢を出迎える。
「提督! お待ちしておりました!」
ディーステル大将が、あらかじめ手配しておいてくれたのだろう。このビルの玄関周辺には、銃を構えた警備兵がぐるりと囲んでいる。いつも以上の厳戒態勢だ。
「さ、中へ」
「は、はい!」
いつになく素直過ぎるカタリーナ嬢を連れて、僕はビルの中へと入る。士官らが敬礼し、僕は返礼で応える。
「来たな。待っていたぞ」
さらにディーステル大将までが出迎える。僕は敬礼する。
「大将閣下、どうも帝都内で不穏なことが起きているようです」
「こちらでも把握している。まずはこっちだ」
僕とカタリーナ嬢はディーステル大将に直接案内されて、最上階に向かう。そこは総司令官室のある階で、総参謀長および艦隊司令官のみが入ることが許される最高機密会議を行う特別な会議室がある。
その会議室に、僕とカタリーナ嬢が入る。
見たことのない機械が並ぶこの部屋の様子に、このお嬢様はやや不安げだ。その機械の一つ、正面の大型モニターが光り出す。
「これは……」
「これは帝都の貴族街、および宮殿にかけての地域の地図だ。こちらが把握していることを、順を追って話す」
僕とカタリーナ嬢は息を飲む。まず正面モニターには、アンドラーシ家のお屋敷の写真が映し出される。
「今から三時間ほど前だ、この屋敷付近より不審な動きがあった。我々がそれを把握したのは、今から三十分前のこと。ちょうどアルトマイヤー少将、貴官からの救出要請が入った時だ」
「あの、どうして三十分前に知って、それが三時間前に起きたと断定できるんですか?」
「貴族街の道路には、万が一に備えていたるところに監視カメラを設置してある。報告を受けてそれらのカメラをチェックした。すると三時間前に、数台の馬車がアンドラーシ家に向かっていることを突き止めたのだ」
「えっ、馬車ですか!?」
「そこで先ほど、アンドラーシ家の屋敷に部隊を派遣したが、すでにもぬけの殻。侍従や執事、門番、メイドの多くが殺されており、大変な惨状だ」
「まさか、アンドラーシ伯爵様も殺されたので!?」
不用意だった。そういえばこの場には、娘のカタリーナ嬢がいる。僕は思わず口を閉じるが、時すでに遅しだ。
が、大将閣下からは意外な返答が来た。
「いや、アンドラーシ伯爵家当主ゲーアハルト様、およびご子息のトピアス様、長女のヴァレンティーナ様の無事は確認されている」
「確認って、今その三人は、どこにいらっしゃるのです?」
「ルオーベン監獄、この帝都のすぐ外れにある、貴族や皇族用の収監が可能な場所、そこに囚われていることははっきりしている」
「あの、どうして監獄に!?」
「罪状があるからだ」
「えっ! 罪状!?」
「フランケネック公爵様の、暗殺未遂事件の首謀者、とされているのだ」
話はどんどんと不可解な方向に広がっていく。が、そこで決定的な証拠が出てくる。
「……実はその事件、我々軍司令部も関わっているのだよ」
「大将閣下、関わっているって、まさか公爵様を亡き者にしようと……」
「そっちじゃない! その事件解明に関して関わっている。宮廷より極秘に調査を依頼されたのだ。で、出てきたのはこの手紙だ」
「手紙?」
大将閣下が、二枚の手紙を僕の前に差し出す。蝋封印が切られた封筒に納められていたその手紙は、こちらの筆記文字で書かれたもので、僕には判読不可能だった。
「これが、暗殺現場にほど近い場所から発見された。その手紙には公爵様殺害を指示した手順が書かれており、実際、その手順通りことが起きた。だから、有力な証拠であると断定された」
「なるほど。ですが、この手紙のどこにアンドラーシ伯爵様とどうつながりが?」
「手紙の最後に、『マクタリーナ・アンドラーシ』という署名があった」
それを聞いたカタリーナ嬢の表情が険しくなる。そして彼女は呟く。
「お、お母様?」
「そうだ。すでに亡くなられた伯爵夫人の名前がそこに書かれていた」
「まさかとは思いますけど、アンドラーシ伯爵家との関りは、この名前だけですか?」
「蝋封印も、アンドラーシ家のものだ。といっても、出来の悪い封印で、贋作と言われても仕方のない代物だが」
「それはそうですが、この証拠を軍はどう判断されたのです?」
「当然、これでは誰が犯人かは断定できない、証拠不十分、とだけ宮廷に報告した」
「ですが今回の一件、明らかにこの手紙を証拠として動いてますね」
「その通り、だから困っている」
なんてことだ。犯人がいちいち自身と分かる名前を書くわけがないじゃないか。どう考えてもこれは、犯人をでっちあげるための偽の証拠。しかもこっちの手元にそれがあるというのに、いきなり証拠不十分のままアンドラーシ伯爵家が襲われたというのか。
だが、考えてみればこの手紙は、まさに真犯人に迫る糸口でもある。これを分析すれば、その真犯人につながる何かが見つかるかもしれない。
が、まさにその真犯人に迫る事実が、すでに分析済みであった。
「実は、この手紙を書いた犯人というのは、すでに推測されている」
「えっ? そうなのですか」
「そうだ。我々だって馬鹿じゃない。筆跡鑑定、指紋照合、紙の成分分析……実はその中の筆跡鑑定から、この手紙を書いた主が判明している」
「そうなんですか! じゃあそれを宮廷に知らせれば、アンドラーシ伯爵様一族の釈放に……」
「それが、そうはならないから困っている」
「どういうことですか! だって、書いた本人が誰かわかってるんでしょう!?」
「これを書いたのは、フランケネック公爵様だからだ。独特の筆跡で、我々の機械分析からも九十九パーセント以上、ほぼ間違いなく公爵様の筆跡であると断定された」
えっ、なんだって? 暗殺未遂をされた本人が、その真犯人につながってると? どういうことだ。
「ならば、その事実を宮廷に知らせれば済む話ではありませんか?」
「いいえ、アルトマイヤー様。それはダメですわ」
そこでカタリーナ嬢が口を開いた。
「あの、カタリーナ様、それはどういうことです?」
「フランケネック公爵様は、七大家のご当主の一人。すなわち、帝国開闢以来の譜代の貴族であらせられます。そんなお方を裁くなど、この帝国では不可能なことなのです」
「えっ!? だって筆跡分析では、これはそのフランケネック公爵様が書いたものだと確定しているんですよ」
「ご本人様が、それが偽物と断定してしまえばそれまでです。となると、アンドラーシ家の罪は覆りません。残念ながらこの帝国では、そういうことなのですわ……」
涙を浮かべながら、そう訴えるカタリーナ嬢。だが、彼女とてそんな理不尽な仕打ちに甘んじるほど、強い精神は持ち合わせてはいない。貴族のご令嬢と言えど、まだ二十歳過ぎの娘に過ぎない。そんな娘にこの不条理な事態は、あまりにも酷だ。
「そういうわけだ。だから我々も、その証拠を宮廷に報告できずにいる。言ったところで、否定されるのがオチだ。しかも暗殺未遂の被害者本人が犯行を指示する手紙を書いたなど、奇怪過ぎて通らないだろうな」
ため息をつきながらそう話す大将閣下。なんてことだ、相手が公爵というだけで、理屈が通用しないなんておかしいじゃないか。
推測だが、おそらくアンドラーシ伯爵家との権益を争う別の貴族家が、フランケネック公爵様を上手く取り込んで実行した策略ではないか? その公爵様にとっても、なんらかの利益があるのかもしれない。そう考えれば、なんとなくつじつまが合う。しかし、それを打ち崩そうにも今は証拠がない。いずれにせよその証拠も、公爵様が否定すれば却下されてしまいかねない。
そして、事態の解決にはそれほど時間がかけられないことも判明する。この部屋に、ある士官から通信が入る。
『大将閣下、申し上げます! フランケネック公爵様に、動きがあります!』
「動き?」
『はっ、たった今、宮殿に到着された模様。陛下がいらっしゃる金剛宮に向かわれた模様です!』
それを聞いたカタリーナ嬢が、こう呟く。
「ま、まさか、今夜中に……」
「あの、カタリーナ様? 今夜が、なんですって?」
「アルトマイヤー少将。おそらくだが、今夜中にアンドラーシ伯爵家一族の処刑を、執行させるつもりだろう」
「ディーステル大将閣下、それはどういうことですか?」
「陛下の裁定を頂きに来たということだ。陛下の決裁があれば、裁判なしに処刑も可能だ。この国では、よくあることらしい」
それを聞いたカタリーナ嬢の顔色が、ますます失われていく。それは当然、彼女自身にもふりかかる罪状でもある。いずれ、宮廷側はカタリーナ嬢の引き渡しを要求してくるだろう。
まったく時間がないぞ。まずいな、このままではアンドラーシ伯爵様とその一族は、無実の罪で処刑されてしまう。カタリーナ嬢も同様だ。どうしたものか……
「大将閣下。確かアンドラーシ伯爵様は、我が艦隊の肩書を何か持ってましたよね?」
と、突然僕は思い立ち、大将閣下に尋ねる。
「アンドラーシ伯爵様は、帝国の第一砲兵隊隊長という役職を担っていらっしゃる。このため、我が遠征艦隊の参謀顧問という肩書を持ってはいるが」
「了解です。それを切り札に、小官が交渉してまいります」
「交渉?」
「はい、アンドラーシ伯爵様と一族の処刑を中止させるための交渉です」
「しかし、どうやって? まさか公爵様が犯人だと訴えるのか?」
「いえ、僕に策があります。多分、上手くいくと思うんですが、ご許可をいただけませんか?」