#7 殲滅
「ワームホール帯、捕捉! 距離五十万キロ!」
再びあの戦場に姿を現したのは、前回の作戦からちょうど一週間後だ。僕は前線旗艦に乗りつつ、艦隊を指揮する。
思惑通り、いけているか? 前回と変わりなければ、前回と同じ作戦を繰り返すことになるが、連盟の民間船航路まで脅かしたんだ、おそらく何らかの対策をしているはずだろう。そう願いたい。
「全艦、全速前進!」
そして僕は、前回と同じ命令を下す。すなわち、捕捉した連盟支配域につながるワームホール帯への突入だ。
前回はここから浮遊砲台が顔を出した。今回もおそらく同じだ。だが、配置までが前回と同じかどうか。
浮遊砲台が使えないこの一週間の間は、敵は艦隊を配備して戦闘態勢を敷いていたはずだ。実際、哨戒艦から敵の艦隊の存在を探知している。それが一週間でいなくなった。
多分、砲台の配置を変えたのだろう。変え終えたからこそ、艦隊が引き上げた。そして僕はその配置転換に期待する。
が、果たしてそれは思惑通りか? ここがこの作戦の、もっとも「運任せ」なところだ。
すでに全速運転を始めて五分。あのワームホール帯に接近するが、浮遊砲台は一向に現れない。
「ワームホール帯まで、距離三十一万キロ!」
射程ぎりぎりまで接近するが、まったく現れる気配がない。まさかとは思うが、浮遊砲台をすべて撤去した? そんなはずはないだろう。
むしろここまで現れないということは、こちらの思惑通りである可能性が高い。僕はそう確信し始める。
そんな僕の想いが届いたのか、オペレーターから緊迫した一言が届く。
「浮遊砲台、探知! 前方に多数、高エネルギー反応! 数およそ三千!」
浮遊砲台が、一斉に姿を現す。ワームホール帯の真正面に、そのすべてを集中させていた。
それを確認した僕は、号令を飛ばす。
「全艦、散開しつつ回避!」
一千隻の艦艇が一斉にバラバラに動き出す。と同時に、青白い光の筋がすぐ脇を通り過ぎる。浮遊砲台の砲撃が始まった。
生きた心地がしない。シールドは展開しているが、正面からの砲撃に対してしかこいつは役に立たない。当たれば、確実に死ぬ。
だが、これさえ避けてしまえば、こちらの作戦は成功したも同然だ。まったく思惑通りの配置をしてくれた、そしてすでにその作戦は次の段階に進んでいる。
浮遊砲台とは反対側、その砲台群から三十一万キロの地点に、四つの高エネルギー反応が確認される。
「戦艦ハンブルグ、ゼイラギン、主砲充填を開始しました!」
事前配布した命令書には、こう書かれている。僕が「散開」と叫んだ瞬間に、それを合図に二隻の戦艦の大口径砲の充填を開始せよ、と。
直径百メートルと、駆逐艦に取り付けられた十メートル口径の主砲よりもはるかに大きな巨砲が、まさにその砲火を轟かせようとしている。
……が、なかなか砲撃を開始しない。駆逐艦の主砲装填時間は九秒。これに対し、直径が十倍のこれらの砲の充填時間は、その口径の二乗に比例する。簡単に言えば百倍、すなわち九百秒だ。
つまり十五分間もじっと待たなくてはならない。もしあれが駆逐艦隊だったなら、攻撃を察知して逃げ出すか、あるいはこの二隻の戦艦に向けて砲撃を仕掛けてくるだろう。
しかし相手は回避運動ができない無人の浮遊砲台。しかも一万キロとはいえ、僅かに長い射程を利用したアウトレンジ攻撃。この十五分の間、やつらはただこの二隻の大型艦からの砲撃をじっと待つしかない。
そして、待ちに待った十五分後。
百メートルの大口径砲四門が、一斉に火を噴いた。ひときわ大きな青白いビーム光の筋が、真っ暗なこの中性子星域を照らす。
直後、その光の筋の先に並んでいた浮遊砲台群のある宙域から、爆発によると思われる真っ白な光の点がいくつも輝くのが見える。やがてその青白い光の筋と白い光の玉は消滅し、再び真っ暗な宇宙に戻る。
「観測員!」
「はっ! しばし待機を!」
弾着観測員が、レーダーと光学観測器を用いて戦果を確認する。二十秒ほどして、その結果がもたらされた。
「浮遊砲台群、全基消滅!」
これを聞いた艦橋内の乗員らが、一斉に歓声を上げる。
「やったぜ!」「連盟のやつらめ、ざまぁみろだ!」
歓声が上がるなか、たった一人だけ冷静な表情で立つ人物がいる。ヒンメル中佐だ。
中佐は僕に、小声でこう告げる。
「被害報告。データリンクにより、味方の三隻の撃沈を確認、とのことです」
やはりというか、無傷では済まなかったな。その報告を聞いた僕はただ一言、こう告げる。
「そうか、了解した」
まだ艦橋内には、歓声が上がり続けている。しかしこの戦いはまさに紙一重だったことを、ヒンメル中佐の報告が物語る。
しばらくして僕は、こう告げる。
「作戦終了、全艦集結しつつ、帰投する!」
◇◇◇
「やられた!? あの、三千基の浮遊砲台群がですか!」
「そうだ」
私は軍司令部にて、浮遊砲台殲滅の報を受ける。総参謀長のヴィボルノフ中将から聞かされるが、茫然とするほかない。
「で、パザロフ大将はどこに?」
「一時間ほど前から始まった会議に行ったきりだ。今後の策について検討しているところだろうが、おそらくは何も決まらんだろうな。正直言って、艦隊派遣以外に打つ手はない」
つい一週間前に、あの宙域でのおかしな軍事行動について大将閣下から聞いたばかりだ。あれから一週間で、今度は浮遊砲台が殲滅された。
その間に何が、起こったというのだ?
「総参謀長、どうして分散配置された浮遊砲台が、いともあっさりと壊滅させられるのですか。何が行われたのか、教えてください」
「うむ、それは構わんが……この件は他言無用ゆえ、決して話さぬと誓えるか?」
「元より、副参謀長という軍機を扱う立場ですから、大丈夫です」
「そうであったな。では、何が起きたのか、順を追って話そう」
私はヴィボルノフ総参謀長より、事の次第を聞いた。そこで明かされたのは、味方の明らかなる失策だ。
「実は例の軍事行動を受けて、あの浮遊砲台をすべてワームホール帯の前に集めてしまった。突入しようにも、その隙を与えぬようにと考えた結果だ」
「まさか、それが仇となって……」
「その通りだ。やつら、今どき珍しい超大口径砲を持ち出したらしい。その攻撃によって、集中していた浮遊砲台は一気に破壊された」
「つまり、あの不可解な軍事行動、つまり、浮遊砲台をくぐり抜けてこちら側の陣営に侵入してきた、強行偵察任務と思われたあの行動は、これを誘発するための作戦だったと言うのですか?」
「結果的には、そういうことになるな。まんまと乗せられてしまった。まったく、どうして砲台を集中などさせてしまったのか……」
「今さら悔やんでも仕方ありません。それよりも、どうされるのです。また浮遊砲台を設置するのですか?」
「不可能だ。先の三千基も、設置には二年かかった。それも数度の艦隊戦と、数百隻の犠牲、そして浮遊砲台の効果がまだ知られていなかったために存在した敵の油断があってこそ、設置できたのだ。同じ手はもう通用しまい。そんなことよりも、近々に備えてどうするべきか……」
いつになく声に力のない総参謀長が私に告げるのは、つまりこの先に起こるであろう敵の大攻勢の予感であった。あれを破壊しておいて、敵が何もしないなどとはとても考えられない。確実にやつらは攻めてくる。それも、相当な規模で。
民間船の往来は、停止せざるを得ないだろうな。これから戦場となる宙域に民間船など通すわけにはいかない。ここを通る交易業は遠回りを強いられ、大打撃となるだろう。
「私の強襲艦隊も、出撃に備えます」
「うむ、頼んだ。近々、貴官の戦力が必要となるだろうことは間違いない。戦闘に備えよ」
「はっ!」
私は敬礼すると、作戦検討室を出る。
身震いがする。我々が圧倒的に不利なのは間違いない。だが、不謹慎ながら私は、高揚感を覚えていた。
根拠はないが、その一千隻の艦隊、おそらくはあの時、私の強襲艦隊に大打撃を与えたあの指揮官が関与している気がする。その非常識な艦隊運用が、それを物語る。
その指揮官に、先日の仇を打つチャンスが近づきつつあるということだ。たかが一千隻ごとき、我が五百隻の強襲艦隊の餌食にしてくれる。私はそう考えていた。
しかしその指揮官は今ごろ、何をしているのだろうか。戦勝パーティーで豪華な料理と、美人に囲まれて酒でも注がれて有頂天になっている頃ではなかろうか。エカチェリーナではないが、想像しただけで腹が立ってくるな。ますます、次は負けられないとの思いが強くなる。
◇◇◇
「提督、軍司令部より入電です」
「そうか、読み上げよ」
「はっ。今回の勝利、ご苦労であった。直ちに帰投せよ。以上です」
苦労したわりには、素っ気ない電文しか貰えていない。一個艦隊ですらなし得なかった浮遊砲台群の殲滅という戦果をもたらしたというのに、司令部の扱いの何という軽さか。なんともやりがいが無い。
「何ですか、この中身のない電文は!」
憤慨しているのは、僕だけではない。ヒンメル中佐も同様だ。ただでさえ非常識な僕の立案した作戦に付き合わされて寿命を縮めたというのに、その末に成し遂げた勝利に対しての司令部のこの反応。怒らない方がどうかしている。
「ん~っ、このサンドイッチ美味しいですぅ」
ただ一人、能天気を通り越して無神経なこの士官を除けば、ではあるが。
「まあ、怒ったところで仕方がない。それよりもだ。この次に備えなくてはならないだろうな」
「えっ、まだ何か変な作戦をやらされるんですか!?」
叫ぶヒンメル中佐だが、僕は答える。
「いや常識的に考えてだ、浮遊砲台群を殲滅した以上、あの宙域に対して大攻勢をかけることになるだろう。でなきゃ、浮遊砲台群を破壊した意味がない」
「あ、ああ、そっちの備えですか。そうですね、おっしゃる通りです」
意外とヒンメル中佐という人物は、先が見えているようで見えてないところがある。一応はこの艦隊の参謀長だろう、それくらい想像がつくと思うが。
『艦長のバルリングだ。当艦はまもなく、ヘテルニッツ港に到着する。各員、入港準備となせ。以上だ』
この会議室にも、艦内放送が鳴り響く。すでに大気圏に突入し終え、我々の拠点に向かいつつあるところだ。十日ぶりの地上へ近づき、僕は少し気分が高揚する。
……と同時に、心にうっすらと影が差す。そういえばこの地上には、あのお嬢様がいたんだった。なるべくなら、顔を合わせたくないものだ。また食欲が失われる。
で、今後のことをヒンメル中佐と話していると、接舷時の大きな金属音が響いてくる。それはこの艦が、港のドックに接舷し、繋留ロックがされたことを意味していた。
「おかえりなさいませ。今度はどうやら、勝ったようですわね」
さて、荷物を持って宇宙港ロビーに入るや否や、その食欲不振の原因が現れて、胃の痛くなるような歓迎を受ける。
「あ……はい、今回は勝ちました」
「当然ですわ。アンドラーシ伯爵家は代々、砲兵隊の指揮官を務めた家柄。そのアンドラーシ伯爵家に関わるものとして、大砲同士での戦いに負けるなど、あり得ぬことですわ」
取り巻きの貴族令嬢の前で、自信満々に宣言するカタリーナ嬢だが、別にあんたが戦ったわけじゃないだろうに。どうしてこんなに自信満々なのだろうな。このお方の神経のずぶとさを前に、僕は気が滅入ってくる。
「あれぇ、もしかして、提督の噂の婚約者様って、このお方ですかぁ?」
と、僕と同行するヴァルター中尉が、カタリーナ嬢を見てこう言い出す。それを聞いたカタリーナ嬢、一瞬、眉を震わせながらこう切り出す。
「だ、誰ですの、このメス豚めは?」
いきなり、ヴァルター中尉をメス豚呼ばわりとは。さすがの中尉も怒り出すのではないか。こんなところで、女同士の戦いが勃発するのか? 僕は慌てて答える。
「いや、彼女は我が艦隊司令部の兵站担当士官の……」
「はい、メス豚ではありません! ヴァルター中尉といいまーす!」
能天気に答えるヴァルター中尉だが、それがかえってカタリーナ嬢の何かに火をつけてしまったようだ。
「まさかあなた、この十日間ずっと、アルトマイヤー様と一緒にいたとか……」
「ええ、いましたよぉ」
ちょっと待て、ヴァルター中尉よ。おそらくあのお嬢様は、まったく違う意味で今の言葉をとらえたぞ。その火に油を注ぐような回答をされたカタリーナ嬢は、ますます顔を真っ赤にしてこう返す。
「ままままさかベッドまで一緒だったと言うのですか!」
「ベッド? いえいえ、ハンバーガー店でハンバーガーを食べたり、だらだらとした作戦会議に付き合わされたり、サンドイッチを一緒に食べたりしただけですよぉ」
おい、それはほとんどお前のやったことだろう。そこに僕が傍らにいたというだけじゃないか。
「な、なあんだ、てっきり欲に溺れたアルトマイヤー様が、ついにメス豚にでも手を出したのかと思いましたわ」
ヴァルター中尉の返答により、とりあえず誤解は解けたようではあるのだが、それはそれで毒舌の洗礼を受ける羽目になる。取り巻きどもが、くすくすと笑うのが聞こえる。
「そういえば提督は、別のものに手を出してましたよぉ」
しかし、このヴァルター中尉の無神経極まりない一言で再び緊張が走る。それを聞いたカタリーナ嬢が、口を覆い隠していた扇子をぽろっと落とす。
「な、なんですってぇ!? だ、誰なのですか、その相手は!」
僕を一瞥した後に、再び鋭い目でヴァルター中尉を見るカタリーナ嬢。おい、ヴァルター中尉よ、なんてことを言い出すんだ。僕は何も手などだしていないぞ。
「あれですよ、栄養ゼリーです。提督って油断してると、すぐにあの身体に悪そうな飲料食に手を出すんですよぉ」
ところがヴァルター中尉のこの返答を受けて、カタリーナ嬢は愕然とする。まったく予想外の返答をするこの女性士官に振り回されたことが、よほどか堪えたようだ。落とした扇子を拾い上げるや、顔を真っ赤にしてこう言い放つ。
「ちょ、ちょっと、アルトマイヤー様! この娘のしつけを、しっかりしておいて下さい!」
で、そのまま取り巻きを引き連れて、ロビーの向こうへと消えていく。その様子を見たヴァルター中尉が、こう呟く。
「あれぇ、私、何かやっちゃいました?」
すさまじい無神経さだな。あの貴族令嬢の毒舌の直撃を受けて、なんとも動じないとは大した士官だ。だが、いつもやられっぱなしの僕はそれを見て、少し快感を覚えていた。結果的に、あの令嬢を撃退したんだ、うーん、なんと心地いいことか。
で、その日は栄養ゼリーではなく、珍しくまともな食事をする。宇宙港の街にできたばかりのショッピングモールに立ち寄り、そこでオムライスとコンソメスープを食す。
宿舎である一軒家に戻ったのは、日が暮れた後のことだ。タクシーに送られて、僕は家の前にたどり着く。走り去るタクシーを見送った後に、玄関へと足を向けた。
が、そこで僕は、異変に気付く。玄関の前に、誰かが立っている。
それが誰かは、すぐに分かった。赤いワンピース姿、つい先ほど、ヴァルター中尉に撃退されたあのお方、カタリーナ嬢だ。
えっ、まさかさっきの仕返しで、家にまで押しかけて来たの? せっかく上手くやり過ごせたと思ったのに、またこのお嬢様の相手をしなきゃならないの? せっかく高揚した気分が、台無しになりつつあった。
が、様子がおかしい。あの赤いドレスが乱れている。それに、いつものあの高飛車なカタリーナ嬢とは思えないほどおびえた表情だ。この時点で僕は、カタリーナ嬢に何かがあったと察した。
そのカタリーナ嬢が僕を見るなり、口を開く。
「あ、アルトマイヤー様! どうか私を、助けて下さい!」