#54 暁天
「ねえメレンチェ、どうかしら?」
とっておきの私服を取り出して、私に見せびらかすのはエカチェリーナだ。少し浮かれているな。
「そんなに着飾ることはないんじゃないのか?」
「何言ってんのよ、相手が相手なのよ、そうもいかないわ」
近頃は、何かと姿格好にこだわるようになった。あの貴族の影響か? 私はさほど、気にはならないが。
それにしても、あれからひと月か。このチェザレスクの街も見た目はさほど変わってはいないが、中では大きく変わりつつある。
連盟から連合に鞍替えしたことで、急に交易が盛んになる。近くに未開拓な地球一〇四五という星があり、そこに卸す品を運ぶ船がこの星を通過することが多く、その中継基地としての役目を担うようになった。一方で、新たに連合に加わった地球三一五に新たな取引先を求めて来る業者も多いと聞く。
我が強襲艦隊もつい先日に、灰白色に塗り替えられたばかりだ。まだ違和感はあるが、これで晴れて我々の連合側の艦隊だ。しかし、この色に変わってからはまだ、出撃していない。
それにしても、私は随分と大胆なことをしたものだ。よりにもよって、連盟から離脱しようなどと画策するなんて、まるで悪魔にでも取り憑かれたような所業だ。いや、実際に魔王がそそのかしてきたな。
少し、やり過ぎたように思う。身の丈を超えた行動をやり過ぎた気がするな。それもこれも、あの男のせいだ。魔王以上に、私はあの男に振り回され過ぎた。
これからは、もう少し控えめに生きよう。働き過ぎた。あまり戦闘に精を出しすぎると、命がいくらあっても足りない。幸いなことに、私より目立つやつが現れた。あれは実に都合のいい隠れ蓑だ。
「さ、行くわよ」
で、散々めかし込んだエカチェリーナが、私を誘う。渋々、私はその差し出された手を握り、外に出る。
◇◇◇
「フリッツ! 出かけますわよ!」
朝からカタリーナが元気だ。目を擦る僕の腕を引いて、すぐにでも外に行こうと急かす。
「行くって、どこへ?」
「百貨店ですわ!」
どうやらカタリーナのやつ、あの百貨店が気に入ったらしい。
「だけど、もうあそこのレストラン街の全ての店を制覇したばかりじゃないか」
「何を申しますか、フリッツ! ここからが本当の戦いなのですわ!」
何と戦っているのかは知らないが、少なくともそれは、この星の運命を左右するようなレベルのものでないことだけは確かだ。
あの防衛戦から、ひと月が経った。僕は宿舎よりも狭いこの一室で、カタリーナと共に暮らしている。
いや、ここは確かに宿舎よりも狭いが、その代わりに見晴らしがいい。地上二百メートルの高さにあるこの部屋からは、眼下の街を見渡せる。
といっても、すでに二週間以上はここにいるから、その見晴らしにも飽きてきたが。
僕が服を着替える。とりあえず、適当な私服を着るが、カタリーナはといえばいつものあの赤いドレスだ。この街では目立つからやめた方がいいと僕は言うのだが、
「何をおっしゃいます、フリッツ! 帝国貴族たるもの、いつどこでもその尊厳を失ってはなりませんわ!」
という謎理論のおかげで、この姿を止めようとしない。
僕が着替え終えたタイミングで、ドアのベルが鳴る。カタリーナはドアを開けると、そこには三人の令嬢が立っている。
「カタリーナ様、ルイーゼ、ガブリエーレ、テレーゼの三人が参りました」
「ちょうどいいところに来ましたわ。では、参りましょうか」
ここでもこの三人を引き連れているのか。しかし、その後ろにはもう二人ほどがついてくる。
「おう、フリッツ。今日もまた百貨店に行くのか?」
「なんだヨーナス、別にお前は来なくてもいいんだが」
「そうはいかねえ。なんでもあそこには洋裁の店があって、ルイーゼがどうしても……いてて」
「ちょっとヨーナス、余計なことは言わないの」
相変わらず仲がいいな、この二人。あのヨーナスがここまで尻にしかれた相手というのは、ルイーゼさんが初めてだな。
「ハインリヒ様、わざわざついてこなくてもよかったのですよ」
「そうはいかないさ、私だってガブリエーレと一緒に過ごす時間を増やしたいんだから」
「そ、そうなのですね。でしたら、ご一緒してもよろしいですのよ」
ガブリエーレさんも、カタリーナほどではないが少しツンデレなところはあるな。未だにハインリヒ上等兵とは婚約者のままではあるが、さっさと夫婦になればいいのにと思う二人だ。
そうそう、ハインリヒ上等兵ではなく、今は兵曹長だったな。ひと月前の戦いでは、なんと四隻の艦を行動不能に陥れた。その功績を受けての昇進だが、あの一瞬のすれ違いで、よくもまあそれだけの艦艇を沈められたものだ。感心する。
ドアを出ると、エレベーターホールへと向かう。四人のドレス姿が、妙に浮いているな。時折すれ違う人の視線が、カタリーナら四人の令嬢に向けられていることがありありと分かる。
で、エレベーターに乗り込み、一気に一階へと向かう。ドアが開き降りる、高い天井の大きなロビーに出る。
そう、ここはこの街で最も大きなホテル。我々は今、ホテル暮らしだ。そしてそのロビーの奥に、二人の人物を見る。
「アルトマイヤー少将!」
と、その人物は僕の姿を見るなり、声をかけてくる。その人物のところへゾロゾロと向かう。
「あの、スクリャロフ少将。あまり僕の名前を大声で呼ばないでほしいなぁ」
「何を言う、どうせこの集団を見れば、だれだって貴官がアルトマイヤー少将だと分かるだろう」
と、この将官はそう言う。後ろでエカチェリーナ少尉が笑いを堪えているのが見える。
まあ、確かにこの街でこんな格好の人物を引き連れた人は、僕ぐらいしかいないからな。バレバレなのはその通りだ。
何せこの街は、帝都へテルニッツではない。
ここは地球三一五の、チェザレスクという街だ。
つまり僕は今、元連盟の星の都市で、ホテル暮らしをしている。いや、させられている。
先の戦いでは、僕の第二遠征艦隊とスクリャロフ少将率いる強襲艦隊との共同作戦により、一万隻の敵艦隊に打ち勝った。いや、単に混乱させただけなのだが、その英雄伝が誇張されて伝わった結果、僕はしばらくこの星に留まることになってしまったのだ。
「はぁ、いつまでここに居ればいいのやら」
「何を嘆いている。あとふた月もすれば、貴官は帰れるんだろう?」
「予定通り行けば、だけどな」
で、スクリャロフ少将はといえば、妙に馴れ馴れしくなった。階級が同じということもあるだろうが、今じゃすっかりタメ口の仲だ。
その通りで、計画ではあとふた月もすれば、防衛体制が強化されるために僕はここを離れられる。
もっとも、そのために僕にはやらなきゃならないことが増えたのだが。
簡単に言うと、先日のあの戦いで戦場となったあのワームホール帯の向こう側に、要塞を設置することになった。
新たに作ると言うわけではなく、例の中性子星域に設置したあの要塞、あれをバラしてここで組み直すそうだ。バーナー中将が考え出したこの案、どうせあの宙域に要塞があっても、近傍の地球三一五が連合側に入ってしまった以上、もう使い道がない。ならばそれを移転してしまえ、と言うわけだ。
皮肉なことだが、この星の艦隊に大打撃を与えたあの要塞を、今度はこの星の防衛のために使うことになった。確かに合理的ではあるのだが、あまりに節操のない使い回しぶり、まるで悪魔が考え出したような案だな。
「なんじゃ、そなたまた、何か良からぬことでも考えておったじゃろう」
と、頭上から声をかけられる。振り向くとそこには、魔王アザトースがいる。
「なんだ、いたのか」
「なんだ、ではない。妾とてここにきてしまったのじゃから、仕方なかろう」
「別についてこなくてもよかったのに」
「何を言うか、ここもなかなかおもしろきところじゃぞ。それじゃ、妾は行くぞ」
と言いつつ、ふわふわと宙に浮きながら、ホテルの出入り口に向かう。そこには数人の男どもがいる。なんだあの魔王、ここでもファンクラブを結成してしまったのか?
そんな人の欲につけ込む邪悪な存在とは別れて、我々は街へと繰り出す。
「にしても、不思議なところですわね」
と、カタリーナが言う。その目線の先には、月が見える。
といってもこの星の月は二つある。一つは今、目の前で半月になって見える。そしてもう一つはやや東の空に、三日月として見えている。
「あの三日月の方がペルーンで、半月の方がヴォーロスというのよ」
「それはもう聞きましたわ、エカチェリーナ。ですが私にはどうしても月が二つあることに違和感を覚えずにはいられないのです」
「そんなこと言われてもねぇ。ここには昔から月が二つあるんだから、しょうがないじゃない」
いや、僕も違和感だらけだ。僕のいた地球一〇七も、そしてカテリーナの星である地球一〇四五も、どちらも月は一つだ。二つの月を持つ地球というのはむしろ珍しい方だ。ここでは常識でも、我々にとっては非常識極まりない。
が、カタリーナの非常識ぶりは、その上を行く。
「あれを見ていたらなんだか、パンケーキタワーが食べたくなってきましたわ」
それを聞いたエカチェリーナ少尉が叫ぶ。
「えっ! だって今日はビーフストロガノフの店に行くって……」
「何を言うのです、エカチェリーナ。パンケーキタワーなど、前菜にもなりませんわよ。それを食べた後に、本来のそのお店へと向かうのです」
唖然とするエカチェリーナ少尉だが、そろそろ慣れた方がいい。このお嬢様の胃袋力を、そこら辺の娘と同じに考えてはいけない。
「ということでエカチェリーナ、この近くにパンケーキのあるお店はございませんの?」
「いやあ、ええと……あ、この交差点の向こうに、ちょうどいいカフェがあるわ」
「では、そこにいたしましょう。旦那様、そしてルイーゼ、ガブリエーレ、テレーゼ、皆の者、いざ参りますわよ」
「はい、カタリーナ様の仰せのままに」
ということで、ただでさえ目立つ集団は、さらに目立つ行動に出ようとしている。
そんな我々を、まるでせせら笑うように見るスクリャロフ少将。こいつ、だんだんとあの魔王に染まってきたんじゃないのか? それとも、この街で僕が晒されるのを見るのがそんなにうれしいのか? ムッとした顔で、僕はこのかつて敵だった星の街中を、二人の軍人に、四人の令嬢とその連れと共に歩く。
この街のビル群を見上げながら、僕はふと考える。
もしも僕があの浮遊砲台を壊滅しなければ、あるいは要塞戦でもう少し手を抜いていれば、今ごろ僕はこんなところにはいなかったんじゃないのか?
しかもその戦いによって、一つの星の運命すらも変える結果となってしまった。
僕はもしかして少々、戦闘きすぎたんじゃないだろうか?
【完】




