#53 共闘
「前方、四十万キロ先のワームホール帯に、ワープアウト反応。艦影多数出現、およそ一万」
「光学観測、艦色視認、赤褐色! 連盟艦隊です!」
ついにこの星系に、敵が現れた。次々とワープアウトする赤褐色の艦艇。ただし、いきなり二万隻ではないようだ。
「敵艦隊、そのまま停船の模様」
が、現れた艦隊はそのまま停止する。レーダー上には、その場にて徐々に陣形を単横陣形に転換しつつあるのが分かる。
「なんだ、こっちに来ないのか?」
「おそらく、味方が集結するのを待っているのでしょう。先に戦闘準備をした方が有利ですから、そのための陣形転換かもしれません」
「つまりやつらは、ここを戦場と設定しているのか」
報復のために侵攻しておきながら、随分と消極的な行動だな。だが、今こちらはまだ迎え撃つ準備ができていないから、こちらにとっては幸いではある。
「提督、いかがいたしましょう?」
ヒンメル中佐が、僕にこの先の行動を尋ねる。僕は逆に、ヒンメル中佐に問う。
「中佐は、どうすれば良いと考える?」
「はっ、彼我の戦力差が大き過ぎます。ここは後退し味方の合流を優先する、というのが常道ではありますが……」
「うん、確かに常道ならばそうだ。でも、それは今回はできないんだよねぇ」
中佐の言ってることは、よく分かっているつもりだ。一万対一千、十倍もの敵を前に後退することは、通常であれば何ら間違いではない。
が、先日の戦いでそれをやったこの星の防衛艦隊はその後、地球三一五の人々から何と思われたか? そして、それと同じことを我々がすれば、何と思われるか? この戦いは、連盟側と連合側のどちらに誠意があるかを示す戦いでもある。だから、通常の戦い方ができない場面でもある。
しかしだ、幸いにも敵は停止し、防御態勢に入りつつある。妙な言い方だが、この消極的な姿勢に、かえってつけ込む隙があるというものだ。
「味方の艦隊は、あと何時間で到着する予定か?」
「はっ、およそ三時間後です」
「三時間か……まあいい、その間、手をこまねいているのも癪だな。集結前の敵を翻弄し、少しでもダメージを与えるとしようか」
「はっ!」
「強襲艦隊に連絡だ。事前の打ち合わせ通り、艦隊に奇襲を仕掛ける」
すでに敵艦隊も我々の姿を捉えているはずだ。それで奇襲というのも変な言い方だが、あちらが想定しない戦いを仕掛ければ、それはすなわち奇襲と言えるだろう。だから僕は敢えて「奇襲」と呼称する。
「全艦、全速前進! 敵艦隊に対し、砲撃を仕掛ける!」
まさか敵は、十分の一の我々がいきなり攻勢に出るとは思ってもいないだろう。その油断を、我々は突く。
「距離三十万キロ、射程圏内に入ります!」
「よし、全艦、砲撃開始!」
僕は砲撃戦の開始を指示する。並んだ駆逐艦からは一斉に青白いビームが発せられる。
敵はまだ、陣形転換を終えていない。そこにいきなり一千隻の駆逐艦が襲ってきた。大慌てで戦闘態勢に移行する様子が、モニターに映る陣形図越しに伝わってくる。その過渡状態の敵を、我々は容赦なく、そして嫌らしく突つく。
とはいえ、十倍の敵だ。すぐに態勢を整えて、反撃に出る。そうなると当然、少数の我々は圧倒的に不利だ。が、そのための切り札が、この漆黒の宇宙に忍ばせてある。
その切り札が、そろそろ動く頃だな。
◇◇◇
「敵、地球五七六艦隊まで、距離百二十キロ!」
すでにアルトマイヤー艦隊は、砲撃を開始している。一時は混乱した地球五七六艦隊だが、徐々に立て直しつつある。
「いよいよ出番だな。よし、予定通り敵艦隊の左翼側を強襲する。重機隊、全機発艦せよ」
「はっ! 重機隊、全機発艦!」
一斉にハッチが開く。中から、赤褐色のままの重機が次々と発進する。連盟色の我々が、連盟艦隊を攻撃というのも紛らわしいが、駆逐艦同士の戦いではないから、まだマシだろう。
地球五七六側には幸い、我々の固有振動数は伝わってなかったとみえる。ゆえに我々は捕捉されず、あの艦隊に接近できた。
「重機隊、距離四十キロまで接近!」
「頃合いだな。全機に連絡、核融合弾、発射!」
「はっ、全機、核融合弾発射!」
慌ただしく我が重機隊に攻撃命令を出す。やがて、正面の窓に実体弾の爆発による白い光の玉が無数に光る。
「核融合弾、艦隊左翼に弾着!」
「そうか。で、どうだ?」
「はっ、敵艦隊左翼、陣形が大きく乱れ始めてます」
狙い通りだ。最近はあまりこういう戦い方をしていないが、思えば我が強襲艦隊本来の戦い方とはこういうものだ。接近して奇襲を仕掛けて艦列を乱し、味方の攻勢を誘う。そのセオリー通り、総崩れになった左翼側に、アルトマイヤー艦隊の砲火が集中する。
次々に撃破されていく敵の艦隊。同じ赤褐色の艦が沈む光景を、まさか反対側の立場で目の当たりにすることになろうとは、ほんのひと月前までは考えたこともなかったな。
「よし、そろそろ撤収する。アルトマイヤー艦隊に連絡、次の作戦に移行する、と」
「はっ! 了解しました!」
ドルジエフ大佐がすぐに通信士に伝える。敵の数が多過ぎるため、あまり深追いはできない。一撃離脱、それが今回の作戦の基本方針だ。ゆえに、すぐに人型重機隊を引き揚げさせる。
が、ここは敵前だ。同数の艦隊の撃ち合い中ならば、砲撃のどさくさに紛れて回収することが可能だが、味方は一千、敵は一万。彼我の戦力差があり過ぎる。これではとても誤魔化せない。
重機隊回収の際は、強襲艦を停船させ、重機がハッチに取りつくのを待たなくてはならない。移動しながらのフックワイヤーで艦に引っ掛けるという例の強引な回収手段もあるが、まだ戦いが始まったばかりで強襲艦を傷だらけにするのはリスクが大き過ぎる。この手は、まだ温存しておきたい。
しかしだ、アルトマイヤー少将からはそんな手段を使わずとも回収できる作戦があるといわれた。それを今から、実行に移す。
が、なんと言ったかな、その作戦名。妙な名前がつけられていた、確か「傘ジゾウ作戦」と呼称してなかったか?
◇◇◇
「スクリャロフ艦隊から入電! 撤収作業に入るとのことです!」
「そうか、了解した。では全艦に伝達、『傘ジゾウ作戦』開始!」
「はっ!」
この作戦名のセンスからも分かるが、もちろん命名したのはヴァルター中尉だ。なんでも、昔聞いた民話か何かで、降りかかる雪から身動きのできないジゾウを守るために、傘をかぶせたという優しいおじいさんの話だという。この作戦の概要を聞いてその民話を思い出し名付けたというのだが、ジゾウってなんだ?
まあいい、要するに我々はこれから、その「優しいおじいさん」とやらを演じればいいわけだ。僕は下令する。
「全艦、全速前進!」
「はっ! 全艦、全速前進!」
機関音が唸りをあげ、前進を開始する。前方に敵がいるから、一万の艦が放つビームの雨の中に飛び込む形になる。
「だ、旦那様! 前進って、この砲火の只中に飛び込むと仰るのですか!?」
さすがのカタリーナもビビッているな。だが、この程度で驚いていたら、僕の妻なんて務まらない。構わず僕は、続ける。
「よし、砲火を集中させる。目標、強襲艦隊!」
「はっ!」
それを聞いた魔王が、僕に尋ねる。
「なんじゃそなた、味方となったあやつらを裏切るつもりか?」
と、せせら笑いながら尋ねるその魔王に、僕は答える。
「大丈夫だ。当てるわけではない。ただその近傍にビームを集中させるんだ」
「ほう。じゃが、そんなことをして何の役に立つのじゃ?」
「そのビームの壁が『傘』となり、強襲艦隊と重機隊を覆い隠す。そうすれば、その隙に重機隊は無事に回収されるというわけだ」
「ほう、なるほど、この武器にはそのような使い道もあるのじゃな」
感心する魔王だが、もちろんそんな使い道はこの兵器にはない。ただ、僕がもし強襲艦隊と共闘することがあれば、この手が使えるんじゃないかと前々から考えていた手に過ぎない。
互いに争う関係から、共に戦う関係へと変化し、その結果この案が実行に移される時がついにやってきた。
「砲撃再開、撃てーっ!」
移動砲撃にて、強襲艦の近傍に砲火を集中させる。これによって、我々は身を隠す「傘」を作り出す。その隙にあの艦隊は守備よく重機隊を回収するだろう。
が、我々は決して「優しいおじいさん」などではない。
おそらく今ごろは、彼らも焦っていることだろう。
◇◇◇
「ほ、砲火が、アルトマイヤー艦隊からの砲火がかすめていきます!」
観測員が、半ば悲鳴のような報告をもたらす。窓の外には、まさにそのビームの雨が見える。
この作戦、我々をビームの束で覆い隠し、その隙に重機隊を回収するというものだ。
が、しかしだ。いくらなんでもちょっと近過ぎではないか? 艦橋内の乗員らは、気が気ではない様子で窓の方をちらちらと確認している。
くそっ、まさかとは思うが、これは我々に対するささやかな「報復」ではないか? この間の戦いでも、私は彼らへ予告もなく核融合弾をやつの艦隊に叩きつけた。その時の仕返しを、まさに今しているのではないだろうな。やつのほくそ笑む顔が一瞬、目に浮かぶ。
「回収急げ! 全機回収後、直ちに離脱する!」
ともかく、やるべきことはやろう。文句はそれからだ。当たらなければどうということはないし、近過ぎるがゆえにその分、敵からの目を誤魔化せているのも事実だ。次々にハッチの中へと収まる人型重機。ようやく、全てのハッチが閉まる。
「重機隊、回収完了しました!」
「よーし、全速離脱するぞ」
「はっ! 全艦、全速離脱!」
ビームの傘に守られながら、我々はその宙域を離脱する。唸りを上げる機関音を聞きながら、私は次の行動に移る。
まだ、戦いは終わってはいない。一万隻の内、ほんの数十から百隻程度を行動不能にしたに過ぎない。合わせて一千五百隻の艦隊が成し遂げた成果としてはかなり大きいが、こいつらがここから撤退しなければ意味がない。
「さて、第二弾の用意だ。アルトマイヤー艦隊も同時に仕掛ける。重機隊、発進準備」
「はっ! 重機隊、発進準備!」
回収したばかりの重機隊を、再び発進準備させる。アルトマイヤー艦隊を相手に二度以上発進させたことはあるが、普通の艦隊相手に立て続けに発進など、あまりやったことはないな。
「次の目標は、敵艦隊中央! 大きく迂回しつつ、後方から攻める!」
あらかじめアルトマイヤー少将と示し合わせた通り、我々はこの一万隻のど真ん中に向かう。まだ左翼側は混乱しているが、中央、右翼は健在だ。正直、艦隊のど真ん中というのは両側からの援護があるから攻撃しづらいのだが、そこを敢えて狙うとやつは言った。逆に言えば、中央を狙うなんて普通はあり得ない。だから、最も油断しているはずだ、と。
その吹っ飛んだ発想に、私は驚愕するばかりだ。が、もちろんそのまま中央に突っ込めば、左右からの十字砲火を浴びる羽目になる。それを多少なりとも防ぐ術が必要だ。
そしてそれは、たった今放たれた。
「光源、多数! おそらく、眩光弾の模様!」
そう、やつはあの光の壁というやつを作り出す仕掛けを使い、右翼と中央とを分断する策に出た。左翼側はまだ、混乱から立ち直れてはいない。健在な中央の四千隻あまりの艦隊に向かって、私は突撃を命じる。
「よし、艦隊中央に突撃する。ハッチ開け、重機隊、発進用意!」
すでに我々は、艦隊中央後方、およそ二百キロの地点にいた。
◇◇◇
また二千発の眩光弾を放ってしまった。一発当たり二十万ドル、それが二千発分も……まあいいか、今回は星一つの運命がかかっている。この程度は安いものだろう。
「強襲艦隊、まもなく重機隊発進位置!」
「了解。ではこちらも呼応して、重機隊を発進させる」
さて、そんな眩光弾に守られつつ、移動砲撃を加えたまま、我々は正面にいる四千隻余りの艦隊中央に向けて突撃していた。ますます敵の砲火の密度が増し、それを眺める四人の令嬢の顔が真っ青に染まる。
「ひいぃっ!」
たまらず、カタリーナが僕にしがみつく。砲撃音に慣れたとはいえ、あの帝都広場よりも広いビーム光の無数の束を目の前にしては、恐怖心を隠しきれないようだ。時折、シールド表面にそのビーム光がかすめ、金属を削るグラインダーのような不快な音を立てている。
そんな中、僕は重機隊の発進を命じた。同じく恐怖に震えるガブリエーレさんが、僕に訴えかける。
「あ、あの、このようなところに我が婚約者を、放り投げると申されるのですか!?」
だが僕は彼女の進言を無視し、下令する。
「全機発進、『犬の散歩』作戦だ」
「はっ! 全機発進、ハッチ開け!」
同じく重機隊隊長の夫を持つルイーゼさんも何か言いたげだが、この場において指揮官へ意見することなど、かなわないと知っているのだろう。厳しい表情で黙ってこちらを見ている。
次々と発進する人型重機隊。ギリギリとワイヤーが伸びる音が響いてくる。一方で、ビームの密度は下がる。
タイミング的に、強襲艦隊の重機隊も敵艦隊中央取り付いたのだろうな。いくつか光が見える。おそらくあれは、核融合弾を使ったのだろう。艦隊の後ろから、あの強力な兵器を使ったのか。えげつないな。そりゃあ敵もこちらを攻撃している場合ではないな。
一方で我が艦隊も、二千キロ手前まで接近する。
「減速する、全機、攻撃態勢に移れ」
「はっ! 重機隊全機、攻撃用意!」
横一線に並んだ駆逐艦が、重機隊を伴い敵の艦隊へ正面から突っ込む。前代未聞な攻撃だ。しかもその後方からは、五百隻の強襲艦隊だ。
たった千五百隻の艦艇に、一万隻が翻弄させられている。我々は痛快だが、敵にすれば歯痒く、艦橋に立つ四人の令嬢には恐ろしく、そして頭上に浮かぶ魔王には可笑しいらしい。
「重機隊、攻撃開始します!」
無数のビームが、正面に現れた赤褐色の艦隊に向かって放たれる。同時に、艦砲も火を噴く。が、一、二発撃ったところで敵の艦列を追い越し、再び真っ暗な空間に出る。
「よし、重機隊を回収しつつ迂回。この宙域を全力で離脱する。強襲艦隊にも伝達だ」
「はっ!」
敵艦隊左翼と中央とを奇襲し、かなりの混乱を与えた。そろそろ味方の艦隊も到着するし、ここらは一度、離れた方がいいだろう。僕はそう判断し、離脱を命じる。
「ワームホール帯に、ワープアウト反応! 艦影多数出現!」
一方の敵艦隊にも動きがある。一万隻以上の艦隊が、ワームホール帯から現れる。つまり向こうは残りの艦隊が到着して、全軍が揃ったようだ。
が、おそらく今現れた敵は、愕然としただろう。先に到着した艦隊はすでに攻撃を受け、混乱状態にある。そしてその正面、百万キロ彼方には無傷の二万の連合側の艦隊が迫る。
もう一回くらい、揺さぶりをかけてやろうかと思ったが、さすがに二万隻相手に戦うのは不利すぎる。それにもう、勝敗は決したようなものだ。あとは主力艦隊に任せよう。
それから一時間後には戦闘が始まるが、およそ戦いにならない。敵艦隊はすぐに後退し、この宙域から去った。
実質的に、この戦いは「傘ジゾウ作戦」と「犬の散歩作戦」によって勝利した。
◇◇◇
まったく、なんて非常識な戦いだ。こんな冷や汗ばかりが続く戦いを、私は未だかつて経験したことがない。
やつに魔王が取り憑いた理由がよく分かる気がするな。どういう経緯があったのかは知らんが、まさに悪魔好みな危ない作戦ばかりを思いつくやつだから、よほど気に入られたのだろう。
「まもなく、チェザレスク港に到着します」
「宇宙港管制より通信、高度三千にて進入し、第三十七番ドックへ入港されたし、以上です」
最後の攻撃では、例のフックワイヤーで重機隊を回収したから、艦の表面が傷だらけだ。これを修復するついでに、今の赤褐色から灰白色への塗り替えも行われることになるだろうな。
「ドルジエフ大佐」
「はっ!」
「……これで、よかったかと思うか?」
「は?」
私は急に、大佐に変な質問を投げかける。しかしだ、自分から言っておいてなんだが、そんなことを急に言われても、どう返答すれば良いのか困るだろうな。しかし大佐はこの質問に回答する。
「よかったかどうかは、おいおい分かることでしょう。ですが私が今、申し上げられることは、我が強襲艦隊は今回の戦いにおいて、一隻も沈んでいないということです」
重機隊は七機が未帰還機となったようだが、五百隻は健在だった。あの戦力差の艦隊に戦いを仕掛けておいて、この損害で済んだことは奇跡に近い。一方で我々が沈めた艦艇は、二百隻以上にものぼる。
多くがあの重機隊の放った核融合弾によるものだが、無論、アルトマイヤー艦隊の支援無くしては成り立たなかっただろう。少し腹立たしいことだが、やつの作戦による勝利だ。
そんな私に、同じ艦橋のレーダーサイトの前に座るエカチェリーナが、笑顔で私に手を振ってくる。まだ宇宙港に着いたわけではないが、もう気を抜いている。気の早いやつだな。
ともかくだ、我々は報復の艦隊に勝利し、この星を守ることができた。陣営を変えての初めての勝利。パザロフ大将が生きていらっしゃったら、なんと思われただろうか?




