#49 作戦
「地球三一五、強襲艦隊司令官、スクリャロフ少将です」
「地球一〇七、第二遠征艦隊司令官の、アルトマイヤー少将であります」
互いに敬礼し名乗るが、その後ろにいる人物といい、どこかで会ったことのあるような気がする。いや、そんなはずはない。相手は連盟の人間だぞ。すれ違うことすらかなわないところからやって来た人物だ。おそらく他人の空似だろう。
それにしても、思ったよりガタイのいい、堂々とした風格の指揮官だ。これまで強襲艦隊とは何度か戦っているが、隠密行動からの攻撃を得意としているから、もっと小難しそうな男が指揮を執っているという印象を抱いていた。その後ろにはすらりとした女性士官と、何やら神経質そうな顔の将官が同行している。襟元の階級章から察するに、准将と思われる。この准将の方が、むしろ僕の中の強襲艦隊の指揮官のイメージにぴったりだ。
が、あちらとて同じだろう。まさかこの艦隊が、こんな頼りない男に率いられていたとは夢にも思わなかったはずだ。
「お互いに話したいこと、聞きたいことがあるでしょうが、こんなところではなんですから、奥の部屋へ」
僕はこの三人を奥に招き入れる。控えていたヴァルター中尉が、部屋の扉の方に案内する。中ではヒンメル中佐が敬礼し、三人の敵方の客人を出迎える。
そして、三人の取り巻きを従えた貴族令嬢が、口元を扇子で覆い隠しながら、その客人に会釈しつつこう告げる。
「ようこそお越しくださいました。私はグラーツェン帝国貴族の一門、アンドラーシ伯爵家が娘で、アルトマイヤー将軍の妻のカタリーナと申します。本日はお日柄もよろしく、このような日に皆様にお会いできたこと、誠に喜ばしく存じ奉ります」
貴族令嬢らしい口上を述べると、三人の取り巻きともども、頭を下げる。圧倒的に貴族なふるまいのこの四人の出迎えに、やや戸惑う三人の客人たち。
そして僕とカタリーナは席に座る。その向かいの席に三人が座ると、ヒンメル中佐の奥さんでこの艦の主計科所属であるブレッヒ准尉が、ヴァルター中尉と共にお茶を並べる。
「あの、つかぬことを伺いますが、もしやあなた様とは一度、ヘテルニッツ宇宙港でお会いしませんでしたか?」
そんな最中にカタリーナは、相手の少将におかしなことを尋ねる。出会うはずのない相手に、会ったことがあるかと問うカタリーナだが、そんなカタリーナにあの指揮官が答える。
「ええ、あのときは地球二一五の交易業者としてお会いしましたね」
なんとその相手の指揮官から、予想外の回答が飛び出す。
「えっ、ちょっと待ってください。まさか我々と会ったことがある、と?」
「ええ、今だから申し上げますが、我々は一度、地球一〇四五に潜入しているのですよ。そこで赤いドレスを纏われたこちらの奥様に出会い、そしてアルトマイヤー少将にも出会ったのです」
「ええーっ!?」
なんてことだ。他人の空似ではなかった。本当に一度、顔を合わせた相手だったとは、僕としたことが全く気づけなかった。しかし、さすがはカタリーナだな。一度出会った人物のことを忘れない。その記憶力には、僕も舌を巻くしかない。
「ええと、なんで潜入など……いや、それについても知りたいことではあるが、それ以上に貴官にお聞きしたいことがあります」
すでに顔を合わせた相手だと知るが、まず僕は真っ先に聞き出したいことを尋ねることにする。
「なんでしょうか?」
「あなた方、強襲艦隊はなぜ先ほど、味方の駆逐艦隊に攻撃されていたのですか?」
そう、最大の疑問を僕は彼らにぶつける。同じ艦色同士の艦隊が戦い合うなど、通常では考えられないことだ。まずはどうしてもその理由が知りたい。
が、それに対する回答は、スクリャロフ少将ではなくその脇に座るあの准将が答える。
「私が答えさせていただきます、閣下。まず我々は、我が地球三一五を連盟から離脱させるための行動をしているところなのです」
「えっ! 連盟を離脱!?」
「もちろんこれは、重大なる軍規違反となります。このため我々は秘密裏に行動していたのですが、ついに軍司令部から追われることとなりました。そのため、我々は攻撃を受けていたというわけです」
「なるほど、確かに今の話は状況に合致する。ですがなぜ、連盟を離脱すると?」
「それは……」
◇◇◇
私とカナーエフ准将は、これまでの経緯を語る。連盟本部からのパザロフ大将への無慈悲な命令、それに伴う十七万人もの将兵の死、連盟側のお粗末な支援態勢に、パザロフ大将の自決、星内の混乱……連盟を離脱するに十分すぎるほどの理由を、アルトマイヤー少将に語った。
「……そういうことですか。確かにそれは、当然の判断でしょうね」
この指揮官も納得する。なおもカナーエフ准将は続ける。
「そこで我々は世論を動かし、連盟離脱に向けて有力者に支持の輪を広げようと画策しているところなのです。この宙域内にいる大型交易船にて、その活動を再開することになってました」
「はぁ、なるほど。しかし、星の外での工作では、時間がかかるのではないですか?」
「それはその通りです。ですが我々は地球三一五上での活動が不可能になったので、そうせざるを得ないわけです」
まさか連合の指揮官に、連盟離脱の構想を話す羽目になるとは考えてもいなかった。しかも相手は、あのアルトマイヤー少将だ。妙な巡り合わせもあったものだ。
「だが、なかなか世論は動かない。軍が大損害を被ったというだけでは、人々を振り向かせることができない。いや、連盟本部が我々を見捨てるが如く所業に出たことにも、危機感を感じないのです。何か決定的な、人々を目覚めさせてくれる強烈な一手がないかと画策しているところなのですよ!」
准将の口調が、だんだんとヒートアップしてきたな。それを半ば嫌そうに聞くアルトマイヤー少将。露骨に表情に表れるその気持ち、私にもよく分かる。この准将は熱くなるとかなり煩わしくなる。話がくどすぎるのが多分いけない。同じことを二度三度繰り返し話してしまう時が、この准将にはある。
「ええと、つまりあなた方は信頼できる総司令官を亡くすことになり、結果、連盟離脱を決意した。が、それを阻止されそうになり、艦隊ごと宇宙に飛び出したと、そういうことなんですね」
「まとめると、そういうことになります」
「ただ、星から離れた今、どう世論を味方につけるか、ただでさえ難しいというのにそれがさらに困難になった、ということでもあると」
「その通りですね」
たったそれだけの内容を話すのに、この准将はどれほどの時間話し続けただろうか。まったくもって無駄な時間を過ごしたものだ。
「おう、楽しそうな話をしておるようじゃの」
と、その時、上から妙な声が聞こえる。見上げると、この会議場の天井付近に何か妙なものが浮かんでいる。
全身が黒く、まるで炭のような肌と服のそれは、水牛のようなツノを持ち、妙な尻尾をゆらゆらと動かしている。見た目は少年のような少女のような、そんな不可思議な人物が不気味な笑みを浮かべつつ、まるで風船のように浮かんでいる。
「なんだ魔王、今、忙しいんだ。ちょっと引っ込んでてくれないか?」
「その通りですわ、猊下には関係のない話をしております。しばし、食堂などでお待ちいただけないでしょうか?」
その人物を彼らは今「魔王」と呼んだ。それを聞いたエカチェリーナは思わず叫ぶ。
「えっ! これが私に入ってきた魔王なの!?」
それを聞いたその悪魔のようなやつは答える。
「おお、そなたがエカチェリーナとかいうやつか。いかにも、妾こそが魔王アザトースじゃ」
話し振りからすると、こいつは女のようだ。そして、我々をここに導いた張本人でもある。
「……やはり、憑依されてたんですか」
そのやりとりを見たアルトマイヤー少将は、察したようだ。
「その通りじゃ。ゆえに妾は部外者とはいえまい。むしろそなたらを引き合わせた功労者であるぞ」
などとその黒い悪魔は自信満々に答える。それをさも嫌そうに聞くアルトマイヤー少将。
「で、アルトマイヤーよ、そなたはこやつらの話を聞いて、ただ傍観するつもりではなかろうな?」
「は? ちょっと待て、僕に何をしろと?」
「決まっておるではないか。こやつらのため、何か上手い手を考えるのじゃよ」
「おい、上手い手をって、どんな手を考えろと!?」
その悪魔は、アルトマイヤー少将を巻き込むべく、妙な提案をする。いや、側から見れば随分と雑な言いようだが、思えば私もその悪魔の雑な提案に従ってしまった。こいつは魔王というだけあって、心の隙間に入り込むのが上手い。そうでなければ、私はこんな場所を訪れるなどあり得ないことだ。
今のやりとりで、アルトマイヤー少将は急に考え込む。上手く彼の心の隙間に、何かが入り込んだようだ。しばらく考えた後に、口を開く。
「つまりだ、地球三一五の人々が連盟離脱を決意するほどの決定的なことが起これば、あなた方の本懐は果たされると、そういうことですよね?」
「それはその通りです。が、それがないから困っているんです」
カナーエフ准将が答える。が、それを聞いたアルトマイヤー少将は、浮かぶ魔王に負けないほどの不気味な笑みを浮かべる。
「いや、ちょっと考えたんですよ。もしその星の近傍に、連合側である我々が現れたら、人々はどう思うか、と」
それを聞いた私は答える。
「それはもちろん、蜂の巣を突いたような大騒ぎになるでしょう。かつて我が星域まで敵が侵入したことなど、この星ではないですから」
「しかも、侵入した我々がその星を守る防衛艦隊を奔走させた上で、かろうじて貴官が率いる強襲艦隊の活躍によって守り切ることができた、というシナリオならば、世論はどちらに動くと思います?」
その言葉を聞いた瞬間、私はぞっとする。むしろ今は、頭上に浮かぶ魔王よりも、こっちの方が悪魔のように見えた。悪魔のような取引を持ちかけられた、そんな思いだ。
「世間は思うでしょうね。我が防衛艦隊は不甲斐なく、強襲艦隊こそが英雄だ、と」
「それだけではないですよ。連盟側は結局、助けてはくれなかった。ならば自身の取るべき選択はどちらか、と考えざるを得なくなる。少なくとも、准将の言われる『決定打』になりうるんじゃないでしょうかね」
それを聞いた准将は頷く。が、私は反論する。
「いや、それはその通りですが、防衛艦隊だけでもおよそ三千隻は展開中です。この艦隊の三倍はいる。しかも今は、遠征艦隊だっているかもしれない。それらを奔走させるなど、たった一千隻で可能なのですか!?」
私はそう言うが、この指揮官はさらに笑みを浮かべてこう答える。
「別に撃破する必要はないですから、たいしたことではないですよ。要は振り回してやればいいんですよ」
そう言い切れるこの男の、その自信はどこから来るのだろうかと私は考える。なおもこの男は続ける。
「それに、その我々をあなた方、強襲艦隊が追い払ったとなれば、世間の人々はあなた方を支持するようになるでしょうから、一石二鳥ですよ。それをもって、一気に世論を連盟離脱側に傾ける。どうです、この作戦。乗ってみますか?」
まさに悪魔の囁きともいえる作戦提案が、敵方の提督からなされる。しばし沈黙ののちに、私は答える。
「乗るしかないでしょう、その提案に」
これにはカナーエフ准将も同意する。すると、黙って横で聞いていたあの貴族令嬢が突然、こう叫ぶ。
「我が夫は、皇帝陛下すらも認める策士にございます。まさに大船に乗った気持ちで、乗られるがよろしいですわ!」
どうしてこの貴族が自信満々なのかは置いておき、ともかく、間違いなくこれは重大なる軍規違反となるだろう。敵の作戦に乗るなど、違反どころではない。が、今さらである。もう散々、軍規を破っている以上、この上もう一つくらいやらかしたところでなんということはない。
「それじゃあ、作戦の中身を詰めましょうか。まず我々が……」
そんな悪魔のような作戦を、嬉々として語り出すアルトマイヤー少将。それに聞き入り、意見する我々。その様子を微笑みながら見守る魔王アザトース。
こうして我々は、まさに悪魔に魂を売り渡すが如く作戦に同意してしまった。




