#47 交渉
「そのまま後退を続けろ。あと二十万キロ後退したら、星間物質層にたどり着ける」
「はっ!」
プラートフ中将を挑発して、二時間が経過した。我々の追撃を諦めようとしない。だから我々は敢えて引き寄せつつ無駄弾を撃たせて、その上でまいてやることにした。
そうしないと、あの艦隊はいつまでもこの宙域にとどまり、これから接触しようとする商船を見つけてしまうかもしれない。そうなったら、何もかもおしまいだ。
忍耐強くやつらの攻撃を受け流しつつ、逃走のタイミングを見極めようとしている。一つ困ったことに、強襲艦隊最大のメリットが、やつらには通用しないということだ。
強襲艦というのは、ステルス性の高い艦種だ。このためレーダーにはデブリ程度のサイズでしか映らず、接近して短距離レーダーを使うか、あるいは指向性レーダーを使うしか捉える方法がない。が、いずれもこちらの居場所を推定した上でないと捉えることができない。まさに隠密行動ができること、それが強襲艦隊としての強みの一つではあるが、味方にはその強みが通用しない。
味方にまで位置が把握できないというのは、作戦行動を取る上で支障をきたす場合がある。そこで味方が我々強襲艦隊の位置を掴むために、強襲艦それぞれの「固有振動数」を使う。
ステルス塗装と小型の船体の強襲艦でも、それぞれがある固有の周波数の電波にのみ反応しやすいという性質を持っている。それを固有振動数と言うが、すべての強襲艦のこの固有振動数は把握されており、その周波数を使うことで我が強襲艦隊の位置は把握されてしまう。
味方ならば何の問題もないのだが、その味方と敵対すると、我々の強みを打ち消してしまうことになり、不利な立場に追い込まれる。強力な武器を持たない強襲艦の弱みばかりが露呈し、防戦一方となる。
となると、ただ逃げるわけにもいかず、このように回りくどい策を労することになる。もちろん、重機隊を放って強襲するという手もあるが、それはこちらにも犠牲が出るし、何よりも味方を撃つことになるから、できる限り用いたくない手だ。
それで我々は忍耐強く、あちらが後退するのを待っている。もうしばらく撃たせて、その上で星間物質の中に飛び込む。そうすればやつらは我々を見失う。
しかしこの作戦、想像以上に忍耐力を必要とする。距離を保ったまま、シールドを展開しつつじわじわと後退するなど、我々本来の戦い方ではない。イライラが募る。
「スクリャロフ少将、これで本当に逃げ切れるのか?」
「そうだ。まぐれ当たりでも、犠牲が出かねない。そろそろ加速して、星間物質に飛び込むべきではないか」
先ほどから、アレクサシェンコ中将とチュラノフ少将がうるさい。だから今このタイミングで逃げ出したら、弾が豊富なままのやつらが執拗に追いかけてくる。一度、弾切れにさせて補給のためにこの宙域から出て行くよう仕向けなければ意味はないと、さっきから何度も言っている。
アレクサシェンコ中将は、パザロフ大将の元で参謀を務めていた。が、この方は駆逐艦での戦い方しか知らない。その道では優秀でも、畑違いの強襲艦隊においてはその優秀さがあまり意味をなさない。
とはいえ、こっちとしてもそろそろフラストレーションが溜まりすぎて限界だ。敵の砲撃だけでなく、同乗する役立たずの将官らからの突き上げにも耐えなくてはならないとか、想定外過ぎる忍耐を強いられている。せめて内部のこの突き上げは、どうにかならないものか。
せめて三百隻、いや百隻でも駆逐艦がいれば、砲撃でやつらを足止めできたというのに。分艦隊の指揮権を持てるほどの階級の人間はいても、肝心の駆逐艦がいなければただの足手まといだな。同じ志を持って飛び出したはずの相手に、私はただ憤りを感じる。
そんな私のところに、誰かが近づいてくる。といっても、本来ならこんなところに来ている場合ではない人物、それはレーダー士のエカチェリーナだ。
「おいエカチェリーナ、持ち場に戻れ、何をしている」
私の苛立ちを察して、何かを言いにきたのか。そう思ってたが、どうも様子が違う。何やらニヤついており、気味が悪い。この顔、以前にも感じたことのある違和感だ。突然、おかしな行動を取り始めた士官に、艦長や三人の他の将官まで顔をしかめる。
が、そんなエカチェリーナが口を開く。
「どうやらそなた、困っておるようじゃな」
その口調を聞いた瞬間、私は確信する。
「まさかお前、魔王か」
「いかにも、またこの娘の身体を借りて、来てやったわ」
「今は戦闘中だぞ。こんな時に何の用だ?」
ニヤつくその顔は、エカチェリーナではないと分かっていても腹立たしい。かといって、引っ叩くわけにもいかない。中身はともかく、身体はエカチェリーナだからな。
「すぐ近くに、そなたの宿敵がいる」
「宿敵? 何のことだ」
「レーダーとやらで探せば、すぐに見つかるじゃろう」
そう告げるエカチェリーナ、ではなく、魔王のこの言葉に、別のレーダー士が反応する。すぐに報告が入る。
「レーダーに感! 距離百二十万、艦影多数、数およそ一千隻!」
「光学観測、艦色識別、灰白色! 連合艦隊です!」
目の前の戦闘に夢中で、そんなものが接近していたことに気づかなかった。私はすぐに指示を出す。
「敵が現れたぞ。ただちに逃げる。ドルジエフ大佐、全艦に……」
「おい、待て、話を聞かれよ」
「なんだ魔王、ますます忙しくなった。お前に付き合ってる余裕なんてない、ささっと帰れ」
「そなた、あれを味方につける気はないか?」
新たなる脅威の出現に、この魔王とやらはとんでもないことを言い出す。
「何を言っているのか分からんな。どうやったら敵艦隊を味方になんぞできるというのか?」
「妾が仲介役になろうぞ。現に妾は今、あそこにおるのじゃからな」
「仲介役といってもだな、どこの誰とも分からぬ相手と手を組むなど、できるわけがない」
「そんなことはないぞ。そなたもよく知る人物だ」
「私が知る人物だと?」
「フリッツ・アルトマイヤーといえば、分かるじゃろう」
その名を聞いた途端、私の脳内に何かが走る。三人の将官らもその名を知っているから、彼らの表情も変わる。
「……その男が我々の味方になるなどと、どうやって証明するつもりか?」
「これより妾がやつを説得し、そなたらが裏切っておる目の前の船どもをやつに襲わせる。それならば、味方である証になろう」
「だが、あの艦隊を攻撃した後に、今度は我々を攻撃するかもしれない。何せ我々は、その艦隊の宿敵ともいえる存在だ。ここぞとばかりに攻撃してくるだけではないのか」
「ではその後に、やつからある文を送らせる。それにそなたはある符丁を返せばよい。そのやり取りをもって互いに攻撃の意思はないという証とする。それでどうじゃ?」
この魔王の提案は、文字通り悪魔のささやきだ。通常ならば、絶対にのらないところだが、状況が状況だ。私は、決断する。
「分かった、その提案に乗ろう」
それを聞いたカナーエフ准将が反論する。
「いや、スクリャロフ提督、それはあまりに危険ではないですか!? しかもなんなのですか、彼女は! 先ほどから、何が起きているのです!」
准将もこれが異常事態であることは、さすがに察しているようだな。だが私にはなぜか、この魔王の提案に乗るべきだと感じる。それはおそらく、あの男に直接出会ったことがあり、その人となりを知っているからだろう。
「カナーエフ准将、その辺りの話は後ほど話す。今は私の判断で、この提案を受けることとする」
「しかし提督!」
「この期に及んで、往生際の悪いやつがいるものじゃな。まあよい、そろそろ戻らねばならぬ。で、その符丁とはな……」
魔王は私にその符丁とやらを言い残すと、エカチェリーナの身体から抜けていった。
「……えっ、なんで私、こんなところに立っているの!? いやだわ、戦闘中だっていうのにぃ」
で、急に引き戻されたエカチェリーナは、持ち場を離れて私や他の将官に囲まれていることに驚き、オタオタと持ち場に戻っていく。
「スクリャロフ少将よ、今のは一体……」
「全艦に伝達! 連合の機動艦隊が、正面のプラートフ艦隊に攻撃を仕掛ける! それまでの間、防御に徹する!」
「はっ!」
予想だにしなかった展開を迎えつつある。まさか、宿敵と手を組むことになろうとは。いや、まだそうと決まったわけではない。
場合によっては、我々に砲火を向けてくることだってありうる。そうなった場合にも、我々は備えなくてはならない。
◇◇◇
「おい、話をつけてきたぞ」
急に目覚める魔王。
「話をって、ただ寝てただけじゃないか」
「何を言うか。あっちの、その……確かスクリャロフとか言うておったな、その男が、そなたと手を結んでもよいと言っておったぞ」
「えっ、ちょっと待て、どういうことだ?」
「そのスクリャロフというやつは、つまりは味方を裏切って逃げておるところらしいぞ。敵の敵なら、味方なんじゃろ? ならば助け出してやっても問題無かろう」
急に言われても困ることを、しゃあしゃあと告げる魔王。何を言ってるんだ、こいつは。にしても、スクリャロフって……どこか聞き覚えのある響きだな。
「だが魔王、助けるっていったって、どうすればいいんだ?」
「簡単じゃ。あれを追いかけておるあの船どもを、追っ払えばよい」
「追っ払えばって、一千隻の駆逐艦隊をか?」
「そうじゃ」
「それのどこが簡単なんだ。大変なことだぞ」
「そなたならば、なんとかできるじゃろう。で、追っ払った後に、あの追われとる方の船に向かってだな……」
こいつ、勝手に仕切り始めやがった。ここの指揮官は僕だぞ。なんの権限があって、僕に指図するか。
と思ってはみたが、確かにあの状況は気になる。本当にあの強襲艦隊が追われているというなら、その理由を確かめたい。
悪魔にまんまと利用されている気もするが、まあいい、ここは乗せられてやるか。僕はそう思い、決断する。
「全艦に伝達、敵駆逐艦隊を、急襲する!」
◇◇◇
「連合艦隊、動き出しました!」
あの魔王が立ち去ってしばらくすると、例の艦隊が動き出す。猛烈な速力で、プラートフ艦隊に迫る。
さすがにプラートフ艦隊も接近するあの艦隊に気付いたようだ。攻撃をやめて、我々から距離を取り始める。陣形をあの艦隊に向ける。
だが、プラートフ艦隊はすでに二時間近く砲撃を続けており、そろそろ弾切れ寸前だ。一方のあの艦隊はこれから攻撃をするところだ、およそ勝負にならないのではないか。
だから、これまでは攻勢一方だったプラートフ艦隊は、今度は防戦に回る羽目になる。
しかし、いくら防戦といっても、相手は同数の艦隊。撃ち合いとなれば、あの機動艦隊とて損害は出る。それにあの艦隊が素直に砲撃戦に応じるとは思えない。
あれが本当にアルトマイヤー少将麾下の艦隊ならば、何かやらかすはずだ。しかし今回は珍しく、我々が相手ではない。せっかくだから、高みの見物と行こうか。




