#42 急転
宿舎の玄関のベルが鳴る。こんな夜分に、誰だ? 私はモニターを覗き込む。
そこにいたのは、カナーエフ准将だ。軍服姿で、司令部からの帰り際に立ち寄ったという風貌でそこに立つ。
実はこの准将と私は軍大学の同期らしいのだが、それほど面識はない。しかもあちらは駆逐艦乗りを目指したのに対し、私は人型重機パイロット。それが同じ将官でありながら、立場を分けた。准将は三百隻の小隊司令官で、私は特殊任務主体の強襲艦隊の指揮官だ。
水と油とまでは言わないが、まるで任務の性質の違う私のところにわざわざやってくるとは、一体どういう風の吹き回しか。しかもこんな夜に、非常識極まりない。
「カナーエフ准将か?」
『はっ! スクリャロフ少将閣下に、急ぎお話があって参りました!』
何か私に、話があるらしい。そこで私は玄関のドアを開けて、准将を通す。
「で、話とは何か?」
応接間に入ったこの男は、私のこの問いにストレートに答える。
「単刀直入に申し上げます。少将閣下にはぜひ、連盟離脱派に加わっていただきたい」
実直な指揮官だとは聞いていたが、あまりに真っ直ぐすぎる。先のあの部会での振る舞い通りで、まるで迷いがない。
「……なぜ、私に?」
「はっ、実はこのようなメッセージを、生前のパザロフ元帥閣下より頂いていたのです」
と、カナーエフ准将は私にスマホ画面を見せる。それを見て私は一瞬、目を疑う。
確かにそこにはパザロフ大将がカナーエフ准将に、私を頼るようにと書かれている。受信時刻は、私よりもわずかに早い。
が、捏造の可能性もある。しかし、この男がそんな紛らわしいことをするだろうか? なお送信者IDなども確認させてもらったが、それを見る限りではやはり本物だ。ということは、パザロフ大将がカナーエフ准将に宛ててそういうメッセージを送付したことは、もはや疑いようがない。
しかしこいつはパザロフ大将に対して批判的な立場をとっていたやつだ。どうしてパザロフ大将はこんなやつに、メッセージなど残したというのか?
「あの日の部会にて、私は連盟離脱をあの場で進言しました。それを受けての、パザロフ元帥閣下からのこのメッセージです。パザロフ元帥に対し非礼を働いた身でありながら、これが送られてきた。これは元帥閣下の私への、そして少将閣下への遺言でもあるのです、ならばそれを無碍にするなどできない。だから私は意を決して、あなたのところへ参上したのであります」
この男なりにいろいろと考えた末に、私のところへ来たようだ。が、どうにも私はこの男が気に入らない。そのパザロフ大将を最終的に追い込んだ原因はこの男にもある。あの場での発言が、大将閣下のとどめを刺した。そう思えてならないからだ。
「申し訳ないが、私は貴官に協力するわけにはいかない」
「なぜですか、スクリャロフ少将閣下!」
「私は軍人だ。しかも、五百隻もの艦隊を預かる身だ。軍属が政治的意図を持つことの危険性は、貴官とて重々承知しているだろう」
「ですが少将閣下、今はこの星の命運がかかっているんですよ! 我々を見捨てた銀河開放連盟を見限るよう、決断すべき時なのです!」
あの部会の時と同じだ。この狭い宿舎の中で熱っぽく語るカナーエフ准将。無論、私とて連盟に対し思うところはあるが、それでもこの准将の要求を突っぱねる。たとえ大将閣下の遺言だろうが関係ない。こんな男に従う義務はないし、従いたくもない。
が、ここで横やりが入る。
「いいじゃない、そんな固いこと言ってないで、素直になれば」
現れたのは、風呂から上がり、寝間着姿のエカチェリーナだ。
「あなたは?」
「はっ! 小官は強襲艦隊旗艦〇〇一番艦所属のレーダー士、エカチェリーナ・スクリャロフ少尉であります!」
こいつ、少将である私にはタメ口のくせに、准将に対しては敬礼し、敬語で答える。それを見たカナーエフ准将は返礼で応える。
「てことでメレンチェ、どうするのよ。わざわざ准将閣下が勇気を出してここにやってきて、しかも頭を下げてんのよ」
「おい、私は強襲艦隊の指揮官だぞ。簡単に言うな」
「じゃあ、どう難しく言えば納得するってわけ? パザロフ大将、じゃなかった、元帥閣下は連盟本部からの命令を実行した結果、亡くなったのよ。それを一番悔しがってたのは、あなた自身じゃないの。指揮官だなんだという前に、もうちょっと人間らしく振舞いなさいよ!」
叫ぶエカチェリーナの言葉に、私は思わずハッとする。指揮官としてはともかく、今の私は人間としてどうか? 大将閣下から受けた恩を私は返すと誓いながら、大将閣下の死を無駄にしようとしているではないか。
つい先日の世論調査では、連盟離脱を指示する民衆が過半数を超えているらしいとの報道があった。むしろ人々は離脱を指示している。ならばここで離脱派に加担したところで、それは民意に従ったと言えるのではないだろうか。
加えてあの魔王の言葉だ。連合の軍人でも、あの戦闘の結果に納得していないと感じている者がいると言っていた。しかもそれは、あのアルトマイヤー少将だ。
私が進むべき道は、すでに定まっているのではないか。何を躊躇しているのか。
「カナーエフ准将、貴官に尋ねたいことがある」
「なんなりと」
「連盟離脱派の将官とは、すでにコンタクトをとっているのか?」
「もちろんです、閣下。小官を始め、部会にて離脱派を表明していた参謀本部のアレクサシェンコ中将、兵站部門のグザロフ准将、チュラノフ少将が小官と行動を共にしております」
「そうか」
聞くところでは、私とカナーエフ准将だけが艦隊指揮官で、他は参謀、兵站担当だ。別に軍事力を使うわけではないから問題はないだろうが、この数は二十人いる全将官の内の、四分の一に過ぎない。
決して主導権を掌握しているというわけではない。もちろん、連盟離脱などと軍人が唱えること自体、本来ならば処罰対象だ。民意があるとはいえ、かなり危ない橋を渡ることになる。が……
「分かった。私も加わろう」
「はっ! ありがとうございます!」
「差し当って、何をすればいいか?」
「追って知らせますが、艦隊出撃準備だけは整えられた方がよろしいかと存じます」
「なぜだ、内戦でもおっぱじめるつもりか?」
「いえ、そこまでのことは考えておりません。むしろ連盟離脱が確定すれば、周辺星から確実に侵攻されることになります。その時の備えとお考えいただければ」
「そうか、それはそうだな」
「そうでなくとも我々は今、無防備な状態です。連合が攻めてこないとも限りません」
なんとなくだが、これは口実のような気がするな。何かの時には、私の艦隊に頼ろうと考えているのだろう。その時の相手とは決して、連合などではない。
「承知した。では明日より、艦隊の出撃準備をしておこう」
そこまで察した上で、私はそれを承諾する。カナーエフ准将は私に敬礼し、私も返礼で応える。准将はエカチェリーナにも礼を向け、それに応える形でエカチェリーナも返礼する。多分それは、私の背中を押してくれたことに対する敬意を示したのだろう。その後すぐに准将は、夜道を帰っていった。
「はぁ、勢いでああいってしまったものの、本当に良かったのだろうか」
「今さら何言ってんのよ。それにさっきの決断したあなたは、結婚して以来一番カッコよかったわよ」
「そんなはずがあるか」
エカチェリーナが調子よく私を持ち上げ、そして背中に抱きついてきた。薄着の向こうにある胸の柔らかい部分が、背中に押し付けられるのを感じる。が、それ以上に私の背中には、あの決断の重みがのしかかっている。
いよいよ、私自身も動き出してしまった。いずれはこうなる運命だったのか、なによりもパザロフ大将は私に、こうなることを望んでいたのか。今となってはよく分からないが、歴史の歯車が動き出してしまったのを感じる。その歯車の上に、私もいる。
ことによっては、味方同士の撃ち合いもあるかもしれないな。ふと私は、そう予感する。
◇◇◇
ちょうど僕とカタリーナが、エンペラータワーへと向かっている時だ。アンドラーシ伯爵に呼び出されて、その帰り道にカタリーナと共にエンペラータワーへ寄ろうという話になって、近道である市場を抜けて目的地へと向かっていた。
その商人街から広場に出る手前、タワーの麓に差し掛かった辺りで僕は、三人の人物に囲まれたある貴族らしき人を見かける。
「あれはもしかして、ガブリエーレさんじゃないのか?」
遠くて分かりにくいが、あの青いドレスはガブリエーレさんがいつも着ているものだから、おそらく間違いはない。それを囲む三人はどう見ても軍人、それも下士官クラスだ。タワーの目の前とはいえ、ここは人通りも少なく死角ともいえる場所。そんなところで令嬢一人に三人の軍人が回り込んでいるなど、ただごとではない。
「……ですから私はそのようなところへは行かぬと申しておるのです!」
「おいおい、何を言っている。ついさっきまで乗り気だったじゃないか」
「そうだそうだ。貴族の令嬢ともあろうお方が、ここまできてしり込みなさるので?」
一人は、ガブリエーレさんの腕をつかんでいる。近づくにつれて、ただならぬ状況であることが分かる。僕とカタリーナは急ぎ、ガブリエーレさんの元へと向かう。
が、その前に一人、三人の軍人の前に割り込んできた者がいる。
「ま、待たれよ! 何をしているのですか、その手を放しなさい!」
服装から察するに、あれは貴族だ。ガブリエーレさんの腕をつかむ下士官に向かって放せと言っている。
「なんだお前、貴族か?」
「そ、そうだ。帝国貴族であるロートシルト男爵家の嫡男、ハインリヒと申す」
「そのハインリヒさんが、何の用だ?」
「彼女は私の婚約者だ。だから、その手を放してもらおうか」
なんだ、あれがガブリエーレさんの婚約者か。軟弱な男だと彼女は言っていたが、どうしてなかなか勇気はあるようだ。しかしあの三人と比較すると、腕力ではとても勝てそうにないな。
「婚約者なら、力づくで引きはがしてみな」
案の定、あの三人は要求を聞き入れる気などない。貴族とはいえ、ひ弱そうな男一人相手にひるむような連中ではない。
「おい、貴官らは何をしている! 所属と姓名を名乗れ!」
ということで、僕の出番だ。一応、腰の拳銃に手を添えつつ彼らの前に出る。が、僕の服装を見たあの三人は、血相を変える。
「し、失礼いたしました!」
「あ、おい!」
その三人は僕の姿を見るなり、ガブリエーレさんの手を離すと一目散に逃げて行った。
「なんですか、あの男どもは。品位のかけらもありませんわ」
まるで岩場のフナムシのように、散り散りに商人街の建物の陰へと逃げる三人の下士官らを見て嘆くカタリーナだが、あとにはハインリヒさんとガブリエーレさんが残る。
「大丈夫ですの、ガブリエーレ」
「は、はい、おかげで助かりました、カタリーナ様」
まだ恐怖の感覚が完全に癒えたわけではないようだが、震えながらもカタリーナに礼を言うガブリエーレさん。その横で、僕に頭を下げるハインリヒさん。
「アルトマイヤー男爵、助けていただきありがとうございます。どうなることかと……」
まあなんだ、軍人相手には貴族の称号よりも、階級の方が物を言うことがよく理解できた。あの勢いに任せてあの三人がこっちに向かってきたらどうしようかと思っていたが、それは最悪避けられた。
「ま、まったくですわ! あの三人に立ち向かうなど、無謀すぎるのではありませんか! だいたいあなたは……」
そんなハインリヒさんに向かって叫ぶガブリエーレさん。自分のことを棚に上げ過ぎじゃないかと思いながら聞いていたが、その時振り返ったハインリヒさんが、思わぬ行動に出た。
パーンという、乾いた音が響く。ハインリヒさんの右手が、ガブリエーレさんの頬をひっぱたいた音だ。突然起きたこの出来事に、僕とカタリーナは一瞬、息をするのを忘れるほどだ。
しばし静寂が続いた後、ハインリヒさんの声が響く。
「だから言ったじゃないか! あれほどあのような連中に関わるなと何度も言っているのに、どうして君はそう意地っ張りなんだ!」
突然のこの仕打ちに、ガブリエーレさんの目には涙がたまっている。僕とカタリーナの前で、無様にひっぱたかれてしまったその恥辱に耐えられなくなって、あふれ出した涙なのだろうと察する。
そして彼女は、逆切れともいえる態度に出る。
「し、知りませんわよ! あなたの顔など、二度と見たくはありませんわ!」
「あ、おい、ガブリエーレ!」
と叫ぶと、ガブリエーレさんは一目散に広場の方角へと走っていく。ハインリヒさんは僕に会釈をすると、すぐさまその後を追う。
なんだか、とんでもない修羅場を見せられてしまったな。そう思いながらカタリーナの方を見ると、彼女は口元を扇子で覆い隠しながらこう言ってのける。
「あれが、良い薬になったことでしょう」
そう一言だけ告げると、再び僕らはエンペラータワーへと向かう。
が、僕は気が気ではない。ガブリエーレさんとハインリヒさんは、仲直りできるのか? いや、元々ガブリエーレさんが愛想をつかしていた相手だ、その上でハインリヒさんは手を出してしまった。状況が状況とはいえ、やり過ぎではないのか。しかしもうあの二人は視界にはなく、どうすることもできない。
ともかくあの二人にとって、最悪の事態は避けられたとは思うのだが、ベターな方向とは言い難い結末を迎えてしまったように感じる。




