#41 無秩序
あれからいろいろと、分かったことがある。
パザロフ大将の死亡推定時刻は、午後八時過ぎ。私がメッセージを受け取ってから、僅か十分ほど後のことだ。近くの防犯カメラにも、その時刻に銃声が記録されていた。
私以外にも、ヴィボルノフ中将をはじめ、数人の将官に宛ててメッセージを送っていたことが分かっている。その中で、私が一番最後に送られたことも、記録から明らかになった。
私が最後だった理由も、なんとなく分かる。
もし閣下が私宛てに最初にメッセージを送っていたなら、大将閣下が自決される前に私は乗り込んでいたかもしれない。現に、メッセージから閣下の異変を予感し、司令部に乗り込んできたのは私だけだった。メッセージを受け取った他の将官は、そのような事態をまったく予想すらしなかった。
「パザロフ元帥閣下に、敬礼!」
非業の死を遂げた総司令官閣下は特進されて「元帥」となられた。司令部のロータリーには、そのパザロフ元帥の棺を乗せた霊柩車が停まっている。ぐるりとロータリーを取り囲む士官らに見送られ、閣下の棺は司令部を離れていく。私はその車の姿が見えなくなるまで敬礼したまま見送る。
今思えば、あのメッセージは遺言だった。おそらくパザロフ元帥――いや、死後に贈られた階級など、認めたくないな――パザロフ大将は、あの戦いが始まる前からこうなることを覚悟しておられたのかもしれない。
十七万三千八百七人に、もう一人戦死者が増えた。この大き過ぎる犠牲を前にして、残された我々は途方に暮れるしかない。
ただでさえ、軍内部は分裂状態だ。加えて、この星の中でもこの敗戦を巡ってさまざまな議論が沸き起こっている。徹底抗戦か、連盟離脱か、この二つの相反する派閥が繰り広げる、決して歩み寄ることのない派閥同士の壮烈なる罵倒の嵐が続く。
「で、司令部はこれからどうなるの?」
エカチェリーナが、まるで他人事のように私に尋ねる。
「今は総司令官代理として、ヴィボルノフ参謀長が指揮を取っていらっしゃる」
「いや、今じゃなくて、これからどうなるのかってことよ」
「知らん。こっちが聞きたいくらいだ」
憮然とするエカチェリーナだが、今度ばかりは私も向かうべき方向を失ってしまった。パザロフ大将にさえついていけばいい、思えば私や他の将官らは、パザロフ大将にすべての苦悩を押しつけて、無責任に振る舞っていただけにすぎなかった。後悔などという言葉ではとても言い表せないほどの悔しさを、私は抱いていた。
もはや、戦闘どころではない。誰がこの先、この星の命運を背負い、人々を守るというのか? 強大な光を失った軍の中枢は、今や分裂状態。それは世間も同じで、この星が進むべき道を見失っている。
「で、どうするのよ」
エカチェリーナが私に尋ねる。
「どうするって、何をだ」
「何をって、軍は今、離脱派と徹底抗戦派で割れてるんでしょう。どっちにつくのよ」
「どっちとは?」
「だから、離脱派か、抗戦派のどっちかってことよ!」
「どちらでもない。私はただ、規律に従い軍務を遂行するだけだ」
「何を気取ってるのよ。そんな悠長なこと言ってる風潮じゃないでしょう」
エカチェリーナがそういうのも無理はない。もはや、軍内部もなりふり構わず、政治的な思想を公言する者であふれているからだ。
遠征艦隊は二割もの損失を出した。艦は作ればいいが、人は一度失われればそれっきりだ。あまりにも多くの人命を犠牲にしたことがきっかけで、この星は今、未曾有の混乱状態にある。
今、連合のやつらが攻めて来れば、我々はなすすべもなく敗れるだろう。総司令官が不在で、さらに世間も軍内部も真っ二つだ。勝てると思う方がおかしい。
だが私はこの時、ふとあることに気づく。
連合のやつらは、滅多なことでは連盟側の星に攻め入ったりしない。逆に我々、連盟側は向こうの領域に攻めることが常だ。
連合軍が攻め入ることがないのをいいことに、我々は防衛艦隊というものをまともに整備することはない。駆逐艦こそ三千隻あるが、重機隊や航空隊、兵站と補給基地の要となる戦艦を防衛艦隊には配備しない。連盟側の艦隊は常に攻め入る方に特化している。
元々、連盟の設立が地球〇〇一という星を攻略することを目的としているために、攻めに偏るのも無理はない。一方で連合はといえば防戦一方。あの中性子星域では珍しく攻め入ってきたが、あれは地球一〇四五という新たに見つかった星の防衛を確実にするためであり、それが十分に果たされるだけの宙域を支配下に置くと、要塞という巨大な蓋を作って再び守りに徹する。
我々が攻め入らなければ、十七万の将兵もパザロフ大将も死ぬことはなかった。それを強いてきたのは、連盟側の方だ。
連盟の司令本部が我々に要塞攻略を命令などしなければ、今ごろ私はエカチェリーナと共にビーフストロガノフでも食べながら、呑気に過ごしていたに違いない。パザロフ大将も、参謀長と若手将官との間の意見の衝突に接しつつも、のらりくらりとそれをかわしていたことだろう。連合の連中とて、あの要塞に引きこもって我々の進出に戦々恐々としながら、ただただ戦費を浪費し続けていたはずだ。
連盟司令本部が、無謀な命令をパザロフ大将に与えなければ、敵も味方も上手くやれていた。
やはり、「連盟」という組織にいることこそが、すべての元凶ではないか?
「ほほう、なにやら葛藤しておるようじゃな」
と、そこに紅茶を入れた二つのカップを持って、エカチェリーナが現れた。一方を私に渡しつつ、ソファーに座る私の横に腰掛けた。
が、こいつ、どこか喋り口調がおかしいな。ふざけているのか?
「おいエカチェリーナ、なにふざけているんだ」
私がそう言うと、こいつはますます笑みを浮かべる。しかしこの笑い方は、いつものエカチェリーナではない。まるで別人だ。
背筋がぞくぞくするほどの、何か強烈なオーラのようなものをエカチェリーナから感じる。上手くいえないが、悪魔的雰囲気というか、そういうものを今のエカチェリーナは醸し出している。
そしてエカチェリーナが別人になったと確信したのは、こいつの次の一言だ。
「ほほう、こやつの名はエカチェリーナというのか」
自分の名前を確認するなど、普通はしない。私は、このエカチェリーナに宿るそいつに尋ねる。
「お前、エカチェリーナではないな。誰だ?」
するとますます不敵な笑みを浮かべつつ、こいつは答える。
「妾の名は魔王アザトース、悪いがそなたの相方に、憑依しておる」
などと言いながら、持っている茶を飲み始める。一口それを口にすると、その魔王と名乗るそいつはこう言い放つ。
「うむ、やはり憑依した身体では、茶の味は分からぬな」
エカチェリーナの身体に入り込んでいながら、それを雑に扱うような言動を前に、私は憤慨する。が、下手な態度に出れば、この悪魔はエカチェリーナの魂までも奪いかねない。私はさらに尋ねる。
「その悪魔の王が、なぜエカチェリーナの身体を乗っ取る必要がある。そもそも、お前の目的はなんだ?」
私のこの問いに、魔王はこう答える。
「安心せい。妾の用事が済めば、この身体を立ち去る」
「なら、その用事とはなんだ? さっさと言え」
「せっかちなやつじゃな、アルトマイヤーという男でも、もう少し冷静じゃったぞ」
この魔王は、とんでもない名前を口にする。
「なんだ貴様、まさかあの司令官の差し金でエカチェリーナに乗り移り、ここに現れたというのか!?」
「そんなはずなかろう。だいたいやつは、そんなことを妾に命じるなど不可能じゃ」
「言っている意味が、分からんな。ではどうしてここにお前は現れた? なぜ、エカチェリーナに乗り移ることができる?」
「簡単なこと。妾はアルトマイヤーという男の名を得て、そやつと眷属になった。すると妾はその男と関わった者に、自由に憑依できるようになるのじゃ。だがあの男は、敵であるそなたとこの女と出会ったことを、まるで知らぬ様子じゃったぞ。そんな男が、妾にそのように命じることなど出来ぬであろう」
なんだこいつ、そんな能力があるのか。確かに私とエカチェリーナは一度、アルトマイヤー少将と会ったことがある。やつが知らないのも当然だ。私はその時、交易商人と偽っていた。敵方の指揮官などとは、知るはずもない。
「では、お前がここにきた目的は何だ。まさかその敵に、挨拶するためではないだろう」
「当然じゃ。妾は魔王、人の心に宿る欲につけ入るのが目的に決まっておろう」
「ろくでもないやつだな。私がお前如きに、つけ入れられるとでも?」
「今、そなたはまさに葛藤しておったところではないか。そこにつけ入るべき何かを感じたから、わざわざ来てやったというに」
やはりこいつは悪魔だな。欲につけ入るためにやってきたとか、最低なことを言い出した。その最低な悪魔は、私にこんなことを言い出す。
「ところで、アルトマイヤーという男じゃが、そなたの仲間が大勢死んでいくのを見て、妙に後悔しておったぞ」
「は? 後悔だって? 何を言っている。そんなはずはないだろう。やつらから見れば大戦果だ、それのどこに後悔すべきことがあると言うんだ」
「そうなんじゃよ、妾にも理解できぬのじゃ。死は人がその欲望から解放される至福の時じゃと言うたのに、人は幸福を感じるために生き抜くべきだと言うて譲らぬ。たとえ敵であっても、その死というものを望んではおらぬようじゃ」
「おかしなことを言う。やつは軍人だ。そもそもその敵の命を奪うことを仕事にしているやつじゃないか。そんなやつが、敵の死に際して悔やむはずがないだろう」
「そうでもないぞ。やつはその敵の命を出来るだけ奪わぬよう、妙策を編み出しておるというようなことを言っておった。言われてみれば、やつの行動は確かにその原理に従ってはおるようじゃの」
エカチェリーナを乗っ取る悪魔が語るあの男の話を、私は俄には信じられなかった。が、言われてみればあの男の作戦には、そういうものを感じる。
やつは我が強襲艦隊を執拗に狙ってくるが、それは我々の切り札とも言える強襲艦隊を失わせることで、我々の攻勢の意欲を削ぐ狙いがあるとも言える。例の偽装要塞の戦いでも、その気になれば人型重機隊を全滅することだって可能だったはずだ。私だったらあの時、対空機銃の針山ではなく核融合弾を仕掛けておいて、重機隊が取りついたタイミングで着火。これなら労せずして我が重機隊は全滅に追いやれた。
「そなたが多数の同胞の死を悼み、それで葛藤しているのならば、同じ思いを持ったやつが敵にもいるということを知っておくことじゃな」
「それが、何だというのだ?」
「なあに、ただそなたの揺れる心に、さらなる揺さぶりをかけてやっただけじゃ。自ずとそなたは、その意味を知ることになるじゃろうて。まあ、今日はこれくらいにしておいてやるか」
と、この魔王はエカチェリーナを通してそう告げる。
「おい、ちょっと待て。それはどういう意味だ?」
なんだか先ほどから私の心を見透かしたようなことを言うこの魔王とやらに、その真意を確かめるべく問う。
「あれ?」
が、その直後、エカチェリーナがこんな間の抜けた声を出す。
「あれ、じゃない。私の問いが、聞こえなかったのか?」
「ええとメレンチェ、その前に私、どうしてソファーに座ってるの?」
急にあの不穏で図々しい態度が消えて、いつものエカチェリーナに戻った。私は尋ねる。
「おい、お前、何も覚えていないのか?」
「えっ、なんのこと?」
どうやら今のやり取りの記憶が、まったくないらしい。そこで私はエカチェリーナに、今起きた出来事を話す。
「……てことは私、その魔王ってやつに憑りつかれてたってわけなの?」
「そうだ。どこか、異常はないか?」
「うーん、そうねぇ……」
と言いながら、エカチェリーナは自身の身体を確かめる。
「あ!」
お腹の辺りをまさぐっていたエカチェリーナが、何やら叫んだ。
「おい、どうした! 何か具合が悪いところがあったのか!?」
「いえ、お腹が空いちゃってるみたい。きっとその魔王のせいね。そんな邪悪に取り憑かれたのなら、いいものを食べないとダメだわ。すぐにお食事へ行きましょう」
と、このレーダー士は私にさばさばとそう答える。で、立ち上がると私の腕を引いて、玄関へと向かう。
こいつにも、さっきの魔王とは違う図々しさがあるな。さっきのが魔王なら、こいつは小悪魔か? だから眷属とみなされて取り憑かれたんじゃないのか。そう思いながら私は、エカチェリーナと共に街へと飛び出す。
だが、先ほどのアルトマイヤー少将の話を聞いて、私の心は揺れていた。むしろ敵の方がまともな神経をしているじゃないか。一方で、連盟の方はどうか? 対立する軍内部において中立を守ろうと誓っていたが、果たしてそれは正しい判断なのだろうか? パザロフ大将を失い、そしてパザロフ大将を死に追いやった傲慢なるあの組織への怒りや憤りというものが、ますます強くなるばかりだ。
もしかすると私自身も、覚悟を決めるときにいるのかもしれない。
◇◇◇
「おい、会ってきたぞ」
僕とカタリーナが久しぶりにショッピングモールのフードコートで食事をしていると、あの黒い悪魔がやってきてこんなことを言い出す。
「会ってきたとは、誰にだ?」
「そなたの敵方の者じゃ」
敵って、まさかバーナー中将のことじゃないだろうな。あまり好きな相手ではないのは確かだが、共に連盟軍と戦う同胞であり、かつ上官でもある。敵と呼ぶのは失礼極まりない。
「アザトースよ、頼むからあまり僕の周りで失礼な態度をとらないでくれ。お前の住居と生活費は、軍が出してやってるんだからな。下手をすれば、そのスポンサーを失うことになるぞ」
「なんじゃ、そなたは何か勘違いしておるようじゃな。まあよい。そのうち、何か起こるじゃろうて」
とだけ言い残すと、あの黒い悪魔はふわふわとフードコートの端に飛んでいった。その先には、何やら男どもが群がっているのが見える。
「なんですか、あの男どもは。猊下をいやらしい目で見ていらっしゃいますわ」
と憤慨しつつも目の前にある厚切りステーキを食べる手を緩めないカタリーナ。相変わらず、よく食べる。こっちの食欲も、あちらの集団の欲望とやらに負けずとも劣らないのではないか?
で、その集団はアザトースを出迎えると、ファーストフードの店の方へと移動を始めた。どうやらまた何かおごってもらっているらしい。黒い魔王にたぶらかされた哀れな男どもは、その悪魔の微笑みに惑わされてほいほいと言われるがままに貢いでいる。といってもそれは、安いハンバーガーセットなのだが。
魔王と名乗るわりには、随分と安上がりな悪魔だな。コーラ片手に、ファンクラブと思われる男どもと乾杯して盛り上がっている。元々は人里離れた山麓の草原にてボウフラのように漂う生活で満足していたくらいだから、こんな暮らしでも贅沢と感じられるのだろう。
「そういえば、気になる話を聞きましたわ」
と、カタリーナが魔王を見ながら、こんなことを言い出す。
「気になるとは?」
「ガブリエーレのことですわ」
「ああ、先日やってきた、あの男爵家のお嬢さんか」
「ええ、あの娘は最近、このショッピングモールやエンペラータワーの辺りをうろついているらしいのです」
そうなのか? 我々にとってはなんてことのない話だが、貴族令嬢と考えると随分大胆な行動だ。帝国貴族の多くはまだ我々のもたらした文化に抵抗感を覚えるものが多く、ましてやこちら側に足を踏み入れるなど言語道断と考える家が多いと聞く。
「まあ、治安が悪いところではないから大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配だな」
「ええ、そうですわ。妙な習慣に染まらなければよいのですが」
と言いつつ、今度はフライドチキンを頬張るカタリーナ。うん、確かに、妙な食習慣に染まったやつが言うと説得力あるなぁ。
しかしなんだ、変な言い方にはなるが、一人の貴族令嬢の奇行に憂うくらいの余裕があるということは、まだ幸せなのかもしれない。要塞攻防戦の真っ最中には、そんなことに構っているゆとりはなかった。
しばらくは、戦乱もないこの平穏な日々が続いてほしいものだ。




