#37 無情
「うーん」
この広い会議場で唸り声を上げているのは、パザロフ大将だ。
部会が始まってから数分が経つが、我々は大将閣下の唸り声しか聞いていない。たまらず、私は総司令官閣下に尋ねる。
「何を悩まれていらっしゃるのでしょう、閣下」
するとパザロフ大将は、短く答える。
「連盟軍司令本部から、命令が来た」
どこが唸る必要のある内容なのだろうかと思ったが、私は察する。おそらくその命令には、無理難題が含まれているのだろう。
そして、このタイミングの無理難題が何かは、私にも大方想像がつく。
「もしやそれは、あの要塞を攻略せよ、と?」
並居る諸将らの顔に、動揺が走る。だがむしろその事実に動揺する将官に、私は違和感しか覚えない。これは当然、考えられる事態だ。まさか、ここにいる誰もそのことを想像できなかったというのか?
だが、大将閣下の次の一言の持つ深刻さは、私の想像すらも超えていた。
「そうだ。しかもそれを、我が地球三一五艦隊のみで行え、というものだ」
これにはさすがの私も驚愕する。それはすなわち我が地球三一五の艦隊にとって、受け入れがたい事実を突きつけられたからにほかならない。
「それはつまり、我が艦隊に全滅せよと言っているようなものではありませんか!」
ある将官がそう発する。だがそれは、この場にいる誰もが理解していることだから、あえて口にするまでもなかった。
「パザロフ大将閣下、さすがにそれは拒絶すべきでしょう。せめて、周辺星の支援を求めるべきでは?」
プラートフ中将がそう述べる。が、それくらいのこと、大将閣下とて承知の上だろう。
「当たり前だ。支援もなしに要塞攻略など自殺行為だ。しかしやつらは、要塞建設を阻止できなかったこちら側の責任であると、そう通告してきおった」
「そんな無茶な。連盟側は要塞攻略に際して、何ら支援してくれなかったではありませんか」
「ともかくこれは連盟軍本部司令部の決定である、それに従わざれば、我が地球三一五に対してそれ相応の対処をするつもりだ、と通告されてしもうた」
いつになく力無い大将閣下のこの言葉に、この場にいる皆が黙り込んでしまう。
で結局、この部会では一週間後に要塞攻略に向けて出撃することが決まった。
「何よそれ、死にに行けと言われてるようなものじゃない!」
怒りを露わにするのは、エカチェリーナだ。彼女がテーブルを叩いたおかげで、目の前の食事が飛沫を上げる。
「その通りだな。言われるまでもない」
「その通りって、それで何も言い返せなかったっていうの!?」
「できるわけがないだろう。総司令官ですら断れない話、我々が拒否できるはずがない」
「そんなこと言っても、その矢面に立たされるのは私たち、一介の兵士なのよ!」
さも兵士の代表であるかのような言い草だが、それは当然だろう。私も尉官や佐官クラスだったら、同じことを思う。だが私は、五百隻の艦艇を率いる指揮官だ。そうはいかない。
夫婦でありながら、この決定によってエカチェリーナと私とは対立的な立場となる。決して望んだことではないが、こんな時勢だ、やむを得ない。
それから私とエカチェリーナの間には、会話が消えた。まるで離婚寸前の夫婦のようだ。このままでは早晩、破局を迎えるのではないか。軍の決定は、思わぬところに影を落とすことになる。
◇◇◇
「ねえ、フリッツ」
「なんだい、カタリーナ」
「しばらく、戦はないのですか?」
僕の顔をじっと見つめつつ、カタリーナはそう尋ねる。
「なんだ、もしかして戦いを望んでいるのか?」
「そうではありませんわ。当分の間、ご一緒に過ごすことができるかとお聞きしたいのです」
「ああ、そういうことか」
なんだ、てっきり僕が戦闘に赴くことを期待しているのかと思っていたが、逆だった。それはそうだ、僕もしばらくの間、戦いは御免だ。
「ここしばらくは、戦いはないと思うよ」
僕がそう答えると、カタリーナの表情が和らぐ。
要塞建設作戦のおかげで、ひと月以上もカタリーナとのんびりと過ごせていない。ようやく手に入れた、平穏の時。あと十年くらいは水を差されたくないな。
射程距離も破壊力も群を抜くあの要塞を前に、連盟軍が攻めてくることはほぼない。実際、このクラスの要塞はすでにこの宇宙に数基が稼働しているが、多大な犠牲が出ると分かっている要塞攻略が行われたことはほとんどないという。
あれは抑止力としての施設。そして、使われることのない要塞砲。いや、あれが使われるような事態はそうそう起こるべきではない。
そんなことくらい、敵だって承知しているはずだ。
などと考えていたのだが、ふと気づくと横にいるカタリーナの表情が暗い。変だな、今さっき、しばらく一緒に過ごせると答えたばかりだというのに、どうして機嫌が悪くなるのか。
「フリッツ!」
「な、なに?」
やっぱり機嫌が悪いな。こういう時のカタリーナは、いわゆる貴族の悪い部分をさらけだす。そんなカタリーナは、未だに苦手だ。
ところが、カタリーナはこんなことを言い出す。
「今、私以外の誰か別の人のことを考えていたでしょう」
「は?」
「私というものがありながら、何をそのように他人への思いを巡らせているのですか!」
どうやらなにか勘違いしているようだ。そんな誤解のために、嫉妬深くぶすっとした顔で僕を睨みつけるカタリーナは、むしろ妙に可愛らしく感じられる。
「いや、敵のことを考えていただけだよ」
「えっ、敵方に想い人がいると言われるのですか!?」
「そんなわけないだろう。だいたい敵なんて、会ったことがないんだから」
「そうなのかしら……そうおっしゃるわりには、うわの空でございましたわよ」
やきもちを焼かれるのも、たまにはいいものだな。そんなカタリーナを見ていると、思わず抱きしめたくなる。が、僕はこう答える。
「それはそうだよ。だって、カタリーナが参戦したあの戦いのおかげで、堅固な要塞が構築できたんだ。あれを目の前にして、手も足も出ない敵の悔しがる顔が目に浮かぶようだなと、そう思ってたからね」
僕がそう告げると、カタリーナの顔がみるみる紅潮していく。
「そ、そうでございますわ! 私の初陣を飾った勝利が、まさしく今日の帝国の平穏をもたらしたのでございましたわね!」
時々、こうやってカタリーナを持ち上げておかないと、どこでへそを曲げるのか分からないからな。しかしその初陣で砲撃音に怯えて僕にしがみついていた記憶は、今は頭の片隅にも残ってはいないだろう。その戦いで勝利した。その勝利の旨みだけが、カタリーナの自尊心をくすぐっている。
「というわけで、行きますわよ」
「えっ? どこへ」
「どこって、決まってますわ。エンペラータワーですわよ」
エンペラータワーとは、帝都のど真ん中に建てられた高さ三百メートルのタワーのことだ。皇帝陛下直々のご命令により建設が決まった、帝都のど真ん中に建つ恒星間通信用のアンテナ塔。だからエンペラータワーという。
そのタワーの真下にある商業区画内のレストラン街を巡ることが、カタリーナの今のトレンドだ。もっとも、このレストラン街を三日で制したカタリーナにとって未見の店はすでにないのだが、その店の店員らと仲良くなり、裏メニューを引き出すというミッションが残されている。にしても裏メニューなんて言葉、どこで知った?
「いざ、参りますわよ! 次の戦いでの勝利のために!」
勇ましい掛け声とともに出陣するカタリーナと僕。といっても、向かう先は例のエンペラータワー、そのミッションはレストラン街の攻略だ。無論、あの中性子星域ではない。ただカタリーナの食欲を満たすだけのお出かけの、どこらへんが勝利のためなのか?
ともかく、言い出したら聞かないこの伯爵令嬢に引っ張られて、僕は帝都へと向かう。
◇◇◇
「スクリャロフ提督! 全艦、出発準備整いました!」
「了解、ではこれより中性子星域へ向けて進発する。全艦、前進せよ」
「はっ! 全艦に伝達、前進せよ!」
ドルジエフ大佐の復唱と共に、この〇〇一番艦も前進を開始する。そして我が艦隊は集結地点である第二の月「ヴォーロス」の軌道上から離脱し、向かう先は中性子星域にあるあの要塞だ。
我が艦隊が先行し、要塞に肉薄し攻撃を行う。要塞砲を狙うが、それが敵わなければ周辺に展開する防衛艦隊を叩く。その隙に、パザロフ大将率いる艦隊主力一万が接近、要塞本体を攻撃する。
上手くいけば、要塞砲だけでも破壊できるかもしれない。が、本体まで無効化できるかどうか。
「進路上、三百万キロ以内に障害物なし!」
レーダー士であるエカチェリーナが報告する声が響く。彼女とはあれから、ほとんど会話をしていない。別に仲が悪いわけではないし、喧嘩をしたというわけでもない。ただ、あちらは現場の兵士であり、私は指揮官という立場だ。この立場の違いが、互いの間に大きな溝を作っている。こと、今回の作戦に関してはそうならざるを得ない。
なお、今回は人型重機隊を搭載する。前回のような実弾兵器のみでは、やはり攻撃後が無防備になりすぎる。その反省を生かして、今回は人型重機を搭載した。
もちろん、核融合弾も装備する。ただ、人型重機から発射する場合は弾速が遅く、かなり接近しなければ作戦時間内に攻撃を完遂できない。しかし当然、接近すれば機銃掃射の雨が襲いかかるだろう。
全機能が稼働し始めた要塞相手に接近するだけでも困難を極めるというのに、前回でも成功し得なかった要塞表面への攻撃を成功させなければならない。だが、どうやってやれと?
今回は間違いなく、辛い戦いになる。味方も相当、失われるだろう。指揮官としては胃が痛い。艦橋の中程に座り、レーダーサイトを睨むエカチェリーナの方を見て、私もあちら側であればどれほど気が楽だったであろうかと、そう思いを巡らせずにはいられない。
◇◇◇
まさか、敵がやってくるとは思わなかった。エンペラータワー巡りの穏やかな日常が、一気に消し飛んだ。
「アルトマイヤー提督! 全艦、発進準備整いました!」
「了解だ。直ちに発進する。全艦、上昇開始だ」
僕の号令と同時に、この旗艦〇〇〇一号艦も動き出す。
「機関始動、両舷微速上昇!」
「はっ! 両舷微速上昇!」
艦長と航海長の号令が響く。いよいよ艦が動き出す。
「いよいよですわね。私の次の戦が、ついに始まるのですわ」
で、この緊張感たっぷりな艦橋に、近世の貴族様式をそのまま持ち込んだような御仁が四人並ぶ。中央にカタリーナ、そして両脇には例の取り巻き三人組。
連れて行く気はなかったが、前回で味を占めた結果、ついてきてしまった。なお、他の三人はかなり嫌そうだ。
もちろん、それだけではない。
「おう、なんとも賑やかじゃのう。じゃが戦が始まれば、またピーピー騒ぎ始めるのではないか?」
名前だけは勇ましいが、実態はショッピングモールのフードコートにふわふわと出没しては食い物をねだるだけの、食欲の権化と成り果てた魔王のアザトースだ。おかげでこいつは今、「ジャンクフードの悪魔」とすら呼ばれている。
しかしこの魔王、意外と人気があるらしくて、フードコートに現れるとすぐに数人の男らが現れては奢ってくれるのだという。おかげで、食べることには困らないらしい。風の噂では、非公式なファンクラブが結成されているとかどうとか。
まあ、見た目的にはある一定層に支持を集めそうな顔をしているからな。だからわざわざついてこなくてもいいのに、と僕は思う。
「魔王もカタリーナも、帝都で待っていてくれればいいのに。今回は確実に戦闘になるだろうから、また怖い思いをすることになるよ」
と、僕はこの二人に言って聞かせるが、カタリーナはいきり立ち、こう答える。
「何をおっしゃいます、フリッツ! 私は帝国の砲兵を従えるアンドラーシ伯爵家の息女であり、千の砲船を従える将軍の妻であります! 戦を恐れるあまり逃げ出すなど、ありえませんわ!」
これだ、この調子でついてきてしまった。別に指揮官の奥さんだからと言って、戦場にまでついてくる必要はないんだけどなぁ。
「そ、その通りですわ、カタリーナ様! 私も歩兵隊長の妻として、覚悟を決めます! どこまでもお供いたしますわ!」
が、これに同調したのはルイーゼさんだ。見た目はおっとりとした雰囲気な彼女だが、ヨーナスから聞くところによると、かなり気が強いところがあるという。
「そ、その通りです、カタリーナ様。私、なんの取り柄もございませんが、ついて参ります」
「かつてこの帝国には、三人の従者を連れた百戦百勝の将軍がおりました。まさしくカタリーナ様はその将軍の再来。私、ノッヘンハウアー家の娘として恥じない働きをしてご覧に入れますわ」
「ルイーゼ……ガブリエーゼ……テレーゼ……私のために、覚悟を決めていただけたのですわね……」
さらに残りの二人、ガブリエーゼさんとテレーゼさんも続く。感涙極まるカタリーナがこの三人の取り巻きの手を握り、そしてその三人もまた涙を浮かべる。涙ぐましい四人の貴族令嬢の団結するその瞬間に立ち会ったわけだが、残念なことに彼女らが次の戦いでやるべきことは何もない。ただ悲鳴をあげるのがせいぜいだろう。
で、もう一人、魔王に至ってはこんな答えが返ってきた。
「うむ、やはりそなたについて行くと、面白いものが見られるな」
たかが一時の快楽のために、こいつはついてきたというのか? しかしまあ、魔王というのは悪魔の一種だ。悪魔なんだから、その程度の理由でホイホイとついてくるものなんだな。
が、目の前にいる彼女らよりももっと気掛かりなことに、僕は心奪われていた。
今回、敵は一個艦隊を動かしてきた。
ということは、だ。確実にあの強襲艦隊も出てくる。
その艦隊の特異性ゆえに、今回も要塞砲を狙ってくることは間違いないだろうな。僕の関心は今、その一点に集中していた。




