#36 未決
「要塞本体が、回転します!」
逃げる我が艦隊、その間も観測員が要塞を監視し続ける。が、爆発から十数秒ほどで、異変が起こる。
爆発の衝撃で起きた回転かと思いきや、それが意図的に行われているものであることを知ることになる。モニターに映し出された要塞のその姿が、それを我々に教えてくれた。
「よ、要塞砲出現!」
私は一瞬、目を疑った。まさに回転によって現れた裏側から、要塞砲が姿を見せる。徐々に角度を変えて見せるその姿からは、すでに装填済みの状態であることも分かる。
その瞬間、私は悟った。
しまった、さっきのあれは「偽物」か。
またしてもやられた。さっきまでの勝利の喜びはどこへやら、一転して味方の主力艦隊に危機が訪れたことを示している。
が、主力艦隊の心配をしている余裕はない。我々も今、まさに敵に襲われているところだ。しかも、核融合弾は全て打ち尽くしており、すでに武器はない。あるのは射程も威力もない対空機銃のみだ。
「とにかく、全速前進だ。我々の攻撃で少なからずあの要塞にダメージは与えられたはずだから、今は生還することのみ……」
唖然とする周りの乗員に向けて、私が檄を飛ばしている、その時だ。
目の前のモニターに、強力な青い光が見えた。あの要塞砲が発射される。真っ暗な宇宙空間を、真っ青に照らすほどの強烈なビームの柱が、この艦橋内を照らす。
まさに踏んだり蹴ったりだ。肝心の要塞砲を撃ち漏らし、発射された。要塞が健在であることの証だ。それがますます我が艦隊の士気を下げる。
が、まだ戦いは終わってはいない。ここを離脱し生き延びねば、本当の敗北が待っている。私は檄を飛ばして、士気の低下をなんとか食い止めようとする。
「まだだ、我々はまだ負けたわけではない! ここを無事離脱することが勝利だ!」
正直言えば、私自身も動揺している。だから、あまり気の利いたことは言えない。さらにいえば、我々はもはや攻撃手段を持たない。ただジグザグに逃げるのが精一杯な、小柄な船といったところだ。
このまま、砲撃の射程外に逃げ切ればいい、いつもそれでやってきた。だいたい二分もあればその射程の外にたどり着く。そこからさらに数万キロほど進んで再び無線封鎖をしつつ慣性航行に移行、そうすれば敵も我々をロストする。いつものパターンだ。
が、今度ばかりは少し事情が違った。あの機動艦隊が、ある意味であの艦隊らしい行動を取り始める。
「敵艦隊、前進してきます!」
もうすぐで射程外というところで、なんと敵は前進し始める。移動しながらの砲撃、移動砲撃で我々を追いかけ始めたのだ。
なぜ、今回に限って執着する。いつもならば追いかけてこないだろう。などと思いながらも、我々は逃げるしか方法がない。
「増速しつつ、大きく方向転換をしつつ味方の艦隊と合流する。そうなれば、敵も我々を追尾できなくなるだろう。なんとか持ち堪えろ」
今の私としては、こう指示するしかない。他に良い手が思いつかない。せめて要塞砲を破壊できていれば、もう少しは頭が回っただろうに。
考えてみれば、前回やったようにあの要塞の裏側に回り込んで煙に撒けばよかったのではないか。今頃になって思いつくも、もう手遅れだ。要塞からはすでに、かなり離れている。
依然として、敵の砲撃は続く。あちらからすれば、まさに千載一遇のチャンス。今回ばかりは我々も接近して重機隊を発進、という手が取れないため、狙い撃ちされるばかりだ。
この強襲艦運用方法が廃れた理由が、今にしてよく分かる。近くに身を隠す小惑星や惑星でもあるなら逃げ切ることも可能だろうが、この星域のように身を隠す場所がまったくないところでは、攻撃後の対処が大変だ。軍大学時代の強襲艦隊の運用法が書かれた教科書にも、どうして強襲艦が実体弾攻撃に使われなくなったのかと、ちゃんと理由を書いておいてほしかった。私はつい、愚痴りたくなる。
が、今さらそんなことを言ったところで事態が変化するわけでもなし。後方からは、ビームの雨が降り注がれる。
くそっ、これが正面ならシールドで防ぐことができるが、噴出口を曝け出す後方にはシールドが展開できない。だから、まぐれ当たりでもすれば、一撃で撃沈されてしまう。
と、考えたところで、急に私の脳裏に思わぬアイデアが浮かび上がる。
「全艦に伝達! 転舵反転、シールド展開! 敵艦隊に向けて突入する!」
◇◇◇
「なんだと、敵が向きを変えた!?」
「はっ! 百八十度回頭し、こちらに向かってきます!」
逃げる強襲艦隊を追いかけるうちに、その追いかけていたはずの敵が突然向きを変えてこっちに向かってきた。まるで想定外の動きに、僕は驚く。
が、驚いている場合ではない。こっちに向かってくるということは、狙い撃つチャンスじゃないか。
「全艦停止、横陣形に展開しつつ、敵艦隊正面に砲火を集中せよ!」
陣形を整えつつ、迫る敵艦隊を狙撃する。こっちとしても、止まった方が狙い撃ちしやすい。
が、しかしだ。考えてみればこちらに向いた敵は、狙い撃ったところで撃沈できない。シールドを展開しているため、当たったとしてもその砲火が弾き返されてしまう。
徐々に迫る敵の艦隊、しかし、突然その相対速度が縮まる。あと二百キロというところで、急に敵が減速した。
「敵艦隊、減速しました」
「減速? どういうことだ」
減速と言っても、相対速度をゼロにしたわけではない。単にゆっくりとこっちに向かってきているというだけだ。まさかとは思うが、やつら、人型重機を発進させるつもりか? 実体弾による攻撃をしてきたから、てっきりやつらは重機隊を備えていないと思い込んでいたが、一定数の重機隊を保有しているのかもしれない。
「全艦に伝達! 砲撃停止、対空戦闘用意!」
「はっ! 対空戦闘用意!」
僕は即座に下令する。ヒンメル中佐が復唱し、それを全艦に伝達する。砲撃は一斉に鳴り止み、艦隊戦モードから重機隊の襲撃に備える。
が、敵艦隊からは一向に重機隊が発進される気配がない。ただゆっくりと、こちらに向かって接近するばかりだ。実体弾を撃ち込むつもりなのか? と思いきや、それすらもない。
そして、窓の外に敵の艦隊が見え始める。
「て、敵艦隊視認! 距離三千メートル、速力およそ二百キロ!」
低速で迫る敵の艦隊の姿を、間近に捉える。モニター越しには何度か見てきたが、直接この目でその姿を見るのは初めてだ。
赤褐色で塗られた、全長百五十メートルほどの強襲艦が多数、密集陣形のままこちらに迫る。いまだにハッチすら開く様子もなく、不気味なまでに静かだ。
このまま、ただすれ違うだけなのか? と思った矢先、なんと敵の艦隊が攻撃を始める。
「敵艦隊より、対空砲火!」
「えっ、対空砲火?」
無数のビームがその赤褐色の艦隊から飛んでくる。艦橋を保護する部分シールドに、その弾が何発か当たってビシビシと音を立てる。
こちらも応戦しようとするも、シールドを解除できない。今解除したら、船体に少なからずダメージを与えられてしまう。対空機銃といえども、そこそこの威力がある。当たりどころによっては砲身をやられて砲撃不能になる。
なんてことだ。やつらめ、中央突破で逃げるつもりか。目前に迫る赤褐色の強襲艦。艦橋の中にいる乗員すらも見えるほど接近してくる。ますますビームの攻撃密度が上がる。シールドの外は、猛烈な豪雨のようにビームの雨が降り注ぎ、青い火花を散らしている。
と、ちょうど我が艦の真上を通り過ぎたあたりで、敵の強襲艦が一斉に増速を始めた。
「て、敵艦隊増速! 再び逃走を開始しました!」
しまった。人型重機を放ってくると思って対空戦闘に切り替えてしまったが、最初からやつらは対空機銃のみで切り抜けるつもりだったようだ。こちらも転進する。
「転舵、反転! あの艦隊を追いかけるぞ!」
で、大急ぎで転舵し、態勢を整え逃げる強襲艦隊を追尾しようとする。が、追いかけ始めた頃にはすでに敵の艦隊は遠くにあり、姿をくらましてしまった。
やられた、実に幼稚な技で追尾をかわされてしまった。「フライパン返し」作戦でどうにか要塞砲を守り抜くことには成功したが、またしても強襲艦隊を撃ち漏らしてしまった。
悔しそうにしている僕の横に、あの魔王が舞い降りてきた。そして僕の顔を、ニヤニヤと見つめてくる。こいつめ、そんなに僕の悔しそうな顔を見るのが楽しいのか。
◇◇◇
艦隊に合流し、それからしばらくは敵艦隊主力から追撃を受けるも、それをかわすことができた。で、今は我が地球三一五へ帰還の途についたところだ。
そこで、我が艦隊の被害状況を聞く。要塞砲による砲撃で、二十隻以上が沈められた。要塞砲を警戒して、すぐに射程外へ退避したものの、やはり一部は退避しきれずに巻き添えを食ったとのことだ。
それ以降は後退したため、特に被害を受けることも、戦闘することもなく終わった。幸いなことに、我が強襲艦隊も一隻の損害もない。しかし戦果といえば、あの偽物の要塞砲を破壊したのみだ。
「どうしたの? なんだか落ち込んじゃってるけど」
展望室で黄昏ていると、エカチェリーナがやってきて声をかけてきた。私は答える。
「そりゃあ落ち込むだろう。敵にまんまと騙された。戦果とはいえない戦果だけが残った。悔しいと思わない方が、どうかしてる」
「そうかしら。上手くやった方じゃないの。だって、あれだけ要塞に肉薄して、一隻も沈められなかったんでしょう? もっと胸を張ってもいいんじゃない」
相変わらず楽観的なやつだ。味方が沈まなくてよしというのであれば、最初から出撃などしないことが一番ということになる。軍人は味方の生き残りではなくて、相手をどれだけやっつけたかが重要なんだ。
「やれやれ、その赤い宝石はたいして役に立たなかったな」
私はエカチェリーナの胸元を見て、やや皮肉を込めて言い放つ。
「うーん、そうねぇ。でも、もしかしたらあっちも同じ赤い宝石を持っていたのかもしれないわ」
その皮肉を、下手な言い訳で返すエカチェリーナ。
「おい、なんだ、まさか効果が相殺されてしまったと、そう言いたいのか?」
「その可能性はあるわよ。だってルビーなんて当然、あっちでも売ってるでしょうし。でもよかったわね、私にこのネックレスを買ってくれなかったら、あちらが一方的に勝ってたところだったわよ」
なんだそれ、単にその石には元々、ご利益がなかっただけの話じゃないのか。それにその理屈では、こっちしか手に入らない石を買わない限り勝てないことになる。そんな都合のいい宝石なんてあるわけない。
「てことでさ、帰ったらパライバトルマリンの指輪を買ってよ。これも勝利を導く石なんだって」
で、こいつは別の石をおねだりし始めた。図々しいというか、このまま次々と私に宝石を貢がせ続けるつもりじゃないだろうな? こいつの話を間に受けていたら、キリがない。
やれやれ、今度もやられてしまった。今度こそ上手くいくと思っていたのに、まさかあんな手で来るとは思いもしなかったな。もう少し、慎重に作戦を練らないと勝てそうにないだろう。私はそう思った。
◇◇◇
「さすがはアルトマイヤー様ですわ!」
急に僕は、モテ始める。相手は例のカタリーナの取り巻きの三人。そのうちの一人で、カタリーナが実はおしゃべりだと言っていたテレーゼさんが僕を持ち上げ始めた。他の二人も、僕を憧憬の眼差しでこちらを見つめている。
で、カタリーナはといえば、僕の真横に立ち、扇子で口を覆いながらこう言い放つ。
「当然ですわ。我が夫にして百戦錬磨の猛将、希代の英雄として皇帝陛下より讃えられた将軍なのですわよ! あの程度の敵を前に、怯むはずなのありません!」
砲撃戦の真っ最中に震えながら僕にしがみついていたこのお嬢様は、取り巻きを相手にすっかり舞い上がっている。
「その通りです、カタリーナ様。かつて帝国にもアンドラーシ伯爵家の三代目当主、アルブレヒト様が蛮族討伐に赴いた際、三倍もの兵力を前に怯まず、それを打ち破ったという逸話がございます。まさしくカタリーナ様の御威光がアルブレヒト様の魂を呼び戻し、勝利に導いたのでございますわ。そういえば、二百年前にも……」
で、子爵令嬢のテレーゼさんがすかさずカタリーナを持ち上げ始めるのだが、それにしてもよく喋る。おとなしい御令嬢だとばかり思っていたが、口を開くとこんなによく喋るのか。カタリーナが言っていたことは本当だったな。
「そなた、あの男と会ったことがあるじゃろ」
で、その後、食堂で会った魔王には、こんなことを言われてしまう。
「あの男とは?」
「そなたと戦いすれ違った、あの敵方の男じゃ」
もしかすると、すれ違った強襲艦に乗っているやつらのことを言っているのか?
「あの、もしかして敵の指揮官のことを言ってますか?」
「おお、そうじゃ」
「そりゃあもう、何度か近接戦を経験してますから、そういう意味では会ったことはあると言えばありますが」
「ふうん、そうかそうか。そう思っておるのか……」
嫌なやつだな。たかが敵将とすれ違ったことくらいで、どうして僕はこいつから嫌味ったらしい笑みを見せつけられなきゃならないんだ?
「そんなことより、怖くはなかったのですか? あれが我々の戦闘ですよ。一発でも当たれば一瞬にしてこの艦ごと消滅する。そういう戦いなのです」
「妾は不死身じゃ。だからあの程度のこと、恐れはせぬ。そなたの妻と違ってな」
この一言に、カタリーナが反論する。
「な、何を申されます! 私は初めての戦場ゆえに緊張していたのと、旦那様を守ろうとその身で庇っていただけにございます!」
この下手な言い訳を、あのいやらしい笑顔で応える魔王アザトース。一方で、食堂の端の席から僕を見つめる六つの視線を感じる。いや、ヨーナスのも加えて、八つだな。まさか自身の奥さんが僕をそんな目で見るようになるなど、思いもよらなかっただろうからな。今ごろはいろいろと、やつも思うところがあるのだろう。後で何か言われそうだ。
敵もこれで二度と、あの要塞を攻撃しようなどとは思わないだろう。我々も今回の教訓で、強襲艦を捉えることができる指向性レーダーの配備を急ぐことにした。さすがに次はもうあの偽装作戦は効かないだろうから、今度は正攻法で対処するしかない。
それにしても、今度の戦いでは結局、一隻も沈められなかった。要塞砲の破壊を阻止するための作戦を立案したことと、敵を追っ払ったことぐらいだった。しかし、おかげで要塞自体にも少なからず損害が出た。偽の要塞砲があったあの場所の外壁がすっかり剥がれてしまい、その修復作業が進められている。あれだけの攻撃を受けても、人的被害がなかったのは幸いだ。
こうして要塞ができたのだから、しばらくは戦闘は起きないんじゃないだろうか。連合側もあれ以上進出するつもりはないし、敵も要塞を前にこっちに攻め入るのを諦めるだろうし。そうなる前に、あの強襲艦隊とも決着をつけておきたかったが、もしかするともうその機会はないかもしれない。
それはそれで、喜ばしいことだ。いくら軍人、指揮官といえども、別に戦闘を望んでいるわけではない。このままずっと膠着状態が続いてくれれば、僕としてもありがたい。
でも、やっぱり少し、心残りだな。あの強襲艦隊をやっつけられなかったことは悔やまれる。この矛盾した気持ちを抱えながら、僕は地球一〇四五へと帰還する。




