#29 近接
「雑電波弾、緊急停止!」
レーダー手のエカチェリーナが叫ぶ。それを聞いた私は、モニターに目を移す。それまで真っ白なノイズで覆われていたはずのレーダーサイトが、くっきりと辺りの艦列を映し出している。
「な、なんだと、どういうことだ!?」
「分かりません! ですが、先ほどの砲撃による火器放射エネルギーの影響による異常共振が発生、セーフティーが作動し緊急停止したものと思われます!」
ドルジエフ大佐が現状報告をするが、原因追求などしている暇はない。霧を隠れ蓑にして暴れていたというのに、その霧が一瞬で晴れてしまった。となれば、不利になるのはこちら側だ。
「別働隊はどうなっている!?」
「はっ! 重機隊発進準備中、まもなく発進させる模様!」
モニターを見れば、ここから五十キロほど離れた地点で停船し、まさにハッチを開けて重機隊を発進させるところだった。私は叫ぶ。
「だめだ、発進中止! 回避運動、急げ!」
敵はおそらく近距離レーダーに切り替えて、この辺りを索敵し始めている。となれば、あの四百五十隻が捉えられるのは時間の問題だ。今、重機隊を発進させてしまったら、その発進中の隙に沈められてしまう。
思った通り、やつらは我々を発見した。急に砲撃精度が増してきた。展開したシールドに、敵の砲火が直撃する。
「直撃弾! シールド作動!」
「ダメージコントロール! 被害状況を知らせ!」
何てことだ。予定外の事態に、こちらが危機的状況に追い込まれてしまった。あと少しで敵を追い込めたというのに、何という不運だ。
「雑電波弾の再起動はできないか!?」
「はっ! 再起動を指示します!」
「現在、敵艦隊を襲撃中の重機隊一千機に連絡! 直ちに退却せよ、と!」
こうなってしまうと、我々の方が危ない。人型重機で敵を襲わせてその多くを撃沈しても、それを回収すべき強襲艦隊が全滅してしまっては敗北確定だ。ともかく今は味方を回収して、この宙域を離れるべきだ。私はそう判断した。
今さら雑電波弾を再起動しても、一度位置を捉えられてしまったらロックオン追捕されてしまう。レーダーを封じたところで、多少の命中精度を下げることはできても、逃れるのは至難の業だ。
やはりあのハリネズミのような対空機銃の化け物を目の前にした時、一目散に逃げ出すべきだったか。これを機会とばかりにあの機動艦隊へ戦闘を仕掛けたのが災いしてしまった。指揮官として、なんという判断ミスか。
が、今はそんなことを言ってられない。一機でも多くの味方を回収して、この宙域を離脱する。もうそれしかない。
「現在撤退中の重機隊に連絡。すれ違いつつ、例の手段で回収、全速離脱する」
「はっ!」
「全速前進、急げ!」
砲撃が続くこの宙域にて、私は強襲艦隊を前進、すなわち敵の艦隊に向けて進める。撃ってくる相手の懐に飛び込もうというのだから、どう考えてもイカれている。だが、背を向ける方がこの際は危ない。
「敵艦隊より発砲! 直撃弾、来ます!」
観測員が言い終わるか否かで、その直撃弾が来た。ギギギギッという不快なシールド駆動音が鳴り響く。
「ジグザクに回避しつつ、高速接近する。右三度に転舵!」
私は回避運動を指示しつつ、重機隊に接近を試みる。正面のシールド最厚部を向けたままならば、いくら砲撃が当たろうとも弾き返してくれる。シールド残量がある限りだが。
「それほど時間はない、チャンスは一度きりだ。重機隊までは?」
「距離三十、十、今! 接触します!」
一千機の重機隊が、一斉にすれ違う。あちらもこっちを見つけ、進路を九十度変える。こちらもその重機隊に並走すべく向きを変える。
「雑電波弾、再起動できるか!?」
「はっ! いつでも可能です!」
「では雑電波弾発動、急げ!」
すれ違いながらの回収だ。停船しないままでも、減速はする。だから少しでも命中率は下げるために、レーダーだけでも封じ込めておきたい。
「雑電波弾、作動!」
レーダーサイトが真っ白に変わる。つまり雑電波弾が発動した証拠だ。敵も同じだ。我々をレーダーから見失ったところだろう。
◇◇◇
「敵艦隊は!?」
「レーダーからロスト! ノイズ発生!」
くそっ、せっかく捉えたというのに、またあれを使ったのか。しかしどうして急にノイズが消失し、再び現れたのか?
「敵艦艇はトレースできているか!?」
「はっ! 敵は五十隻と四百五十隻の二隊に分かれ、うち一隊が離脱した一千機と合流している模様!」
つまり我々はあの五十隻の方に急襲され、残りの四百五十隻が本体である九千機の重機隊を回収、輸送していたのだろう。もうちょっと遅かったら、その九千機に襲い掛かられるところだったということか?
しかし、だ。何だか理屈は分からないが、砲撃の直後にあのノイズを発生する機械が一時的に停止した。と、いうことはだ。もう一度あのノイズ発生源周辺に砲撃を仕掛ければ、ノイズを消すことができるんじゃないか?
「ヒンメル中佐、全艦に伝達!」
「はっ!」
「全艦、ノイズ発生源中心に向けて、砲撃を開始!」
「は? いや提督、今はトレースしている敵の艦隊を撃つべきでは……」
「光学トレースだけでは再びロストしかねない。なぜかは不明だが、先ほどは砲撃によってノイズが消えた。それを再び再現する」
僕の命令の意図が理解できていないようだったが、ともかくは僕の指示に従い、敵の艦隊ではなく、ノイズ発生源に向けて砲撃が開始される。
あのノイズ発生源は、てっきりあの強襲艦隊の艦艇そのものから出されているのかと思っていたが、僅かにずれたところから出されている。もしかするとあれはワイヤーか何かで曳航しているのかもしれないな。そう推測するしかない。
で、ノイズ源への砲撃の直後、再びノイズが消えた。
「ノイズ消失! 敵艦隊、捉えました!」
やはりな、思った通りだ。こうなれば、何度あれを出されても砲撃によって打ち消すことができる。雲隠れはできなくなったぞ、強襲艦隊よ。
「よし、このまま敵の艦隊へ砲撃を集中させる!」
強襲艦隊よ、さあどうする?
◇◇◇
「砲撃、来ます!」
「全艦、全速前進!」
前回と同じあのアンカー式の回収手段で一千機を回収し、それを引きずったまま砲撃を避けつつ逃走している。が、なかなかしつこいな。いつ当たってもおかしくないほど、近くをビームがかすめてくる。
このままただ逃げ続けるしかないが、まぐれ当たりされても困るな。こういう時は何かの物陰に隠れて一度トレースを解除させて、しかるのちに逃げる。それが一番だが、この何もない宙域には、我が艦隊を覆い隠せるほどの物陰というものが存在しない。
いや、そんなことはないな。よく見たらちょうどいいサイズのものがあるぞ。
「ドルジエフ大佐! 全艦に伝達!」
「はっ!」
「あの敵偽装要塞に、スイングバイをかける」
「は?」
いきなり妙なことを口走った私に、全く腹落ちしていない返事が返ってくる。
「いや、提督、まがいなりにも対空機銃が集中するあの偽装要塞に向かうなどとは……」
「だからこそだ。まさか我々があれを身隠しとして使うなどとは、敵も思ってもいないだろう」
「ですが、対空機銃からの攻撃に対し、どう備えるのですか?」
「シールドを展開したまま、あの脇を全速で通り抜ける。その後、敵の死角に入ったら大きく方向転換しつつ、慣性航行で離脱する。その方が、今の状態より遥かにマシだ」
「はっ、了解しました! では敵偽装要塞に向けて転進します!」
ドルジエフ大佐は私の命を全艦に伝達する。この旗艦を始め、五百隻の艦艇が大きく方向転換する。
「進路変更、二百七十度!」
まだ艦の外側にアンカーで引っ掛かっているだけの人型重機がいるが、それに構ってばかりもいられない。大きく迂回しつつ、我が強襲艦隊は全長が五十キロほどの敵の偽装要塞へと向かう。
さすがにそっちへ向かうとは思わなかったのだろう。下手に撃てば、自身の施設に当たる。やや密度の下がった敵の砲撃が飛び交う中、我が強襲艦隊はあの偽装要塞に向かう。
その脇を通り過ぎる我が艦隊。よく見ればこの偽装要塞は、大型の船を使っているらしい。これの表面にびっしりと機銃を並べたというわけか。その無数に並ぶ機銃がビシビシと攻撃を仕掛けてくるが、これをどうにかシールドにてかわし続け、その裏側へと至る。
そこから慣性航行に切り替え、我が強襲艦隊は敵の目を眩ませつつ宇宙の闇に紛れていった……
◇◇◇
「まさか、あの玉手箱の中身に向かって飛んでいくなんてぇ、思ってもみませんでしたぁ」
などと能天気に紅茶片手に話すのは、ヴァルター中尉だ。でも、今度ばかりはこの士官に同調できない。悔しい、まったくもって惜しかった。あのまま砲撃を続けていられれば、強襲艦隊を全滅に追い込むこともできただろうに。
「しかし肝心の本隊であるユルゲルス中将、バーナー中将は我々が戦っている間、どうして救援に向かって下さらなかったのか!」
悔しがるヒンメル中佐だが、こればかりは仕方がない。何せ我々の戦闘中、六千隻もの敵が現れて対峙していたのだから、こっちに来いというのはいささか酷な話だ。
「ともかく、今回は建設中の要塞自体になんら損傷はなかった。それだけでも、この作戦が成功に終わったことになる。だから、何も悔やむことはないだろう」
と、僕はヒンメル中佐を諭す。とはいえ、そう言っている本人が一番悔やんでいるのだが。
今回の戦いで、僕は疲れた。これまで以上に疲労を感じる。あの時、咄嗟に砲撃を指示しなかったら、ヴァルター中尉も今頃こんなところで呑気に紅茶など飲んでいる余裕などなかっただろう。いや、そもそも生きてこの場で紅茶を飲むことすら叶わなかったかもしれない。
これに懲りて敵も、ちょっかいを出さないようにしてほしいところだ。あと三週間もすれば、要塞として最低限の機能を有するものがこの宙域に現れる。そうなれば敵も、おいそれとちょっかいを出せなくなる。
しかし三週間かぁ……長い単身赴任だな。その間、カタリーナとは離ればなれのまま。ほんと、早く帰投していっしょにショッピングモール巡りをしたい。そんな些細な日常が、僕にとっては幸せだったんだなぁと感じさせる。
ところで、まんまと逃げ失せた強襲艦隊の指揮官は今頃、どうしているのだろうか? 破壊作戦は失敗したのだから、きっと上官から怒られている頃だろうな。で、そのまま謹慎処分でも食らって、しばらく出撃できないようになってくれればいいんだけど。
◇◇◇
「申し訳ございません」
私は軍司令部会議にて、開口一発、謝罪する。今回も強行偵察任務という形で、あの要塞建設を阻止するという役割を担っていながら、それに失敗した。その作戦を認可して下さったパザロフ大将には申し訳ない気持ちだ。
「何を謝る必要があるか、スクリャロフ少将」
ところが、パザロフ大将はこう答える。この意外な答えに一瞬、周りはしんと静まり返る。が、大将閣下は続ける。
「強行偵察任務としての成果は出ているだろう。あの宙域での要塞の建設状況、その防御兵器の配置状況の把握、偵察任務としては上々な結果じゃないか」
てっきり作戦の失敗を指摘されるのかと思っていたから、この返答は予想外だった。が、考えてみれば私の主任務は確かに「強行偵察」だ。敵要塞の破壊ではない。
「前回はたまたま偵察任務中に、建設中の敵要塞を破壊できたからといって、毎回偵察任務で破壊を期待するのも酷な話であろう。要塞の破壊任務は本来、艦隊主力によって行うべきものであって、偵察部隊に頼るものではない。この偵察によって得られた情報を基に、要塞建設阻止作戦を立案すべきだ」
こうしてパザロフ大将のこの一言で、敵要塞への攻撃作戦の話し合いが行われた。結果的にはこの部会で、私への責任追求は行われなかった。
「……なのに、しばらく出撃中止命令を受けちゃったのね」
その部会の後、司令部近くのカフェで待ち合わせたエカチェリーナにはこう言われてしまった。
「そうだ。三週間ほど出撃中止、その間に自艦隊の整備に努めよ、と」
「そりゃそうなるわよね。艦も重機も消耗して、しかもあのアンカー式の回収手段とやらで、旗艦の〇〇一番艦すらも傷だらねになっちゃったのよね。これで出撃しろなんていう総司令官はいないでしょう」
ずけずけと痛いところを突いてくる士官だな。たかが一介のレーダー手の分際で、よくまあそこまで自艦隊のダメ出しができるものだ。
「仕方ないだろう。今度の作戦でも、少なからず損害が出てしまった。前回作戦での損害の補充もほとんど行わないうちに出撃したからな。これ以上、立て続けの作戦参加は無理と判断されてしまったのだ」
「頑張りすぎなのよ。たかが五百隻の艦隊で敵の思惑を潰そうだなんて、いくらなんでも虫が良すぎるわ」
エカチェリーナは不満げにこう返すが、私自身は逆で、むしろこの五百隻でどこまでのことが可能なのか、その限界を極めてみたいと思っている。
が、私があまり頑張りすぎると、その負担が配下の五百隻の強襲艦乗員、および人型重機パイロットらにのしかかる。そのことは少し、考慮しないといけないな。




