#27 露骨
「なんですの、結局はフリッツに頼るのではありませんか。ならば最初からおまかせになればよろしかったのに」
帰宅早々、司令部での決定を伝え聞いたカタリーナが、僕にそうぼやく。
「いや、むしろ直前の失敗があるからこそできる作戦であって、最初から任されていたら上手くいかなかっただろうよ」
「そんなことはございませんわ。現に、チェズレ山の一件は見事に解決なさったではありませんか」
「いやあ、あれと今回の任務とでは、その難易度は比べ物にならないよ」
やや憤慨するカタリーナを落ち着けるために僕はそう返したが、実際、その通りだと思う。チェズレ山にはいなくて、今度の宙域にはいるもの、それはあの強襲艦隊だ。あれがいる限り、また要塞建設を阻止されかねない。
「で、フリッツはどのように攻めるのでありますか?」
「ああ、バーナー中将と同じで、あそこに偽物の要塞を作るんだ」
「ですが、それではまたバレてしまい、敵の攻撃を誘うのではありませんか?」
「大丈夫だよ、今度はいかにも偽物と分かるようにしているから」
それを聞いたカタリーナは、ますます怪訝そうな顔でこちらを見つめる。そんな困った顔を見せるカタリーナを、僕はぎゅっと抱き寄せる。
出撃すれば、しばらくはこの星に帰ってくることはできないだろうな。カタリーナを抱きしめられるのも今のうちだ。突然、僕に抱き寄せられたカタリーナは少し不機嫌な表情をするも、僕のこの行動を受け止めてくれる。
◇◇◇
「で、凝りもせず敵は、またあの宙域に『要塞』を作ってきおったよ」
帰還してから二週間。休暇を取る間も無く艦隊の再編成に動いていた私は、再びパザロフ大将に呼び出される。
「要塞って……もしやまた、短時間のうちにですか?」
「そうだ」
「つまりそれはまた、偽装要塞ということですか」
「そうなんだがな、こんなものが偽装と言えるのかどうか、そんな代物だよ」
妙な言い回しのパザロフ大将だが、哨戒艦がもたらした最新の映像がモニターに映し出されると、大将閣下の言いたいことが私にも伝わってくる。
「こ、これは……」
「これが、今度現れた『要塞』だよ」
直径は百キロ。大きさは、前回と同じ。だが、決定的に違うところがある。
明らかにそれは「ハリボテ」と分かる代物だった。表面は茶色で、どう見てもそこらへんの宙域から拾ってきた小惑星を砕いて貼り合わせたものだと分かる。これはまるでスズメバチの巣だな。
「やつらとうとう、とち狂ってしまったのでしょうか?」
「かもしれん。よりにもよって同じ手で、しかも前回より露骨なまでに偽装と分かるそれを作ってきおった。何を考えているのやら……で、さらに付け加えると、こんなことも判明している」
と、大将閣下はモニターの画面を切り替える。そこにはずらりと数値が並んでいる。
「これは……」
「そうだ。前回はまがいなりにも要塞並の質量があった。が、今度のは軽すぎる。なにせ一兆トン未満と推定されるらしい」
「一兆トンとは……それでは戦艦二、三隻分ではありませんか」
「その通りだ。ますます偽装する気がないと見える」
随分と呆れた偽装要塞ぶりだ。もはや偽装と呼べる代物かどうか。まさしくパザロフ大将がそう前置きした理由がわかる。
しかし、だ。本来ならば部会を開き、そこで披露するべき案件ではあるが、これをわざわざ先行して私に見せてきたのには、何か理由があるのだろう。
「で、スクリャロフ少将、今回もまた貴官にあれの破壊、ではなく、偵察を命じようと思う。だから貴官を呼び、これを見せた」
と、いきなりその理由が大将閣下から告げられる。私は答える。
「はっ。それは構いませんが、ここまで露骨な要塞もどきならば、我が強襲艦隊が出向くまでもなく、艦隊により直接攻撃すればよいのではありませんか?」
「いや、やめた方がいいだろうな」
「なぜですか? 前回のものと違って、要塞砲もどきすら見当たりませんよ」
「それがだな、その要塞近傍に一千隻の艦隊が認められたのだよ」
その数を聞いて私は、思わず目を見開く。その艦艇数が意味するところは、おそらく一つだからだ。
「まさか……ついに出てきたのでしょうか、あの機動艦隊が」
「そうとしか思えないな。おそらくあの露骨なまでの偽装要塞も、何か意図があってのことだろう。だからこそ、他の将官らには任せられない。そういうことだ」
度重なる失敗に業を煮やした敵の司令官が、ついにあのアルトマイヤー少将を出してきたということか。となれば、あのあざとい偽装要塞もあの指揮官による作戦だろう。必ず何か、罠が仕掛けてあるに違いない。
「考えられるのは、あの中に戦艦が隠してあり、強襲艦隊が襲撃した際にはその戦艦によって反撃に転じるつもりではないかと」
「だろうな。だが、そんな誰でも思いつくような策だけとは限らない。おそらくさらに何か、仕掛けがあると思われる」
「でしょうね。ですが、ともかくまずはその戦艦に対抗すべく手段を講じた上で、その先は臨機応変に対応するしかないかと考えますが」
「うむ、ともかく明日開かれる部会にて、正式に貴官の艦隊に出動を命じることになる。スクリャロフ少将!」
「はっ!」
「早速だが、直ちに強襲艦隊の発進準備に入れ。出動は明後日、それ以外のことは、貴官に任せる」
「承知いたしました!」
私は大将閣下に敬礼する。そして、司令官室を出た。
あの大会戦以来、私は再びあの艦隊と対決することとなった。私の拳には、自然と力が入る。
◇◇◇
『これはどういうことかね!』
戦場に到着し、例の仕掛けを施すや否や、ある人物からの直接通信が入る。
「ええと、これに関しては軍司令部会議にて説明したかと思いますが」
『説明は聞いた。が、納得していない。だいたい、あんなものを守る役目は我々なのだぞ?』
部会では何ら意見を述べなかったバーナー中将が、今頃になって文句を言ってきた。よほど僕のことが気に入らないんだろうな。それは分かるが、すでに大将閣下も了承された作戦だ。私情を戦場に持ち込むの、やめてもらえないかなぁ。
「では再度、説明させていただきますが、基本的には中将閣下が提案されたあの一夜城作戦を踏襲し、その上で少し改良を加えたものです」
『ならばどうして、これほど露骨なまでに偽装と分かるものを配置するのか』
「どうせちゃんと作っても、偽装だとバレてしまいます。ならば偽装っぽくしておいた方が安上がりで済みますし……」
この話は既に部会で散々話したというのに、どうしてこの最前線で再度また同じ説明をしなきゃならないのか。あの説明を受けて、総司令官であるディーステル大将は納得して作戦の許可を下した。その決定に今さら異を唱えたところで、何かが変わるわけがない。
ともかくこの気短かな中高年の中将に、僕は延々と説明させられる羽目になる。
「いやはや、大変でしたね」
若干、社交辞令的に労いの言葉を投げかけてくれるのは、ヒンメル中佐だ。このうわべだけの言葉が慰めになることはない。気持ちを切り替えて、僕は中佐に命じる。
「早速だが中佐、敵が現れる前に再度、作戦内容の確認を行う。艦隊司令部の全員を集めてくれ」
「はっ、承知しました」
まあ、全員と言ってもいつもの三人だ。ここにヴァルター中尉が加わるだけ。いちいち宣言するのも馬鹿馬鹿しい。
「うーん、この紅茶、いいですねぇ」
その三人目を加えたところで、何か緊張感が増すわけではない。むしろ逆で、かえって和やかになってしまった。それを憂いるヒンメル中佐は、少し声を荒げて言う。
「おい、ヴァルター中尉。司令部ブリーフィング中に飲食は控えるようにとあれほど言っただろう」
「はい、ですから飲み物だけにいたしましたぁ」
「いや、それじゃ飲食を控えたとは言わないだろう」
こういう無意味なやりとりから入るのが、この艦隊司令部ブリーフィングの常だ。
「まあいい、それより中佐、今回のブリーフィングの目的を」
「はっ、失礼いたしました。では早速始めます。今回の要塞建設支援作戦、作戦名は……」
「『玉手箱』作戦ですよねっ!」
なぜか作戦名のところで、急に熱く答えるのはヴァルター中尉だ。
「……提督、この作戦名は何とかならなかったのですか?」
「仕方ないだろう。例によって、ディーステル大将が気に入ってしまったからな」
「はぁ……」
ため息をつくヒンメル中佐を横目に、目を爛々と輝かせるヴァルター中尉。元々、今回の作戦についてはもっとマシな名前を考えていたのだが、作戦概要を聞いたヴァルター中尉が咄嗟に名付けたこの名前が、そのまま採用されてしまった。
「この作戦の中身を考えれば、当然これがふさわしいですよねぇ!」
いや、ふさわしいとは思わないが、しかしそのあまりにも品位のない命名にさすがの僕もちょっとドン引き気味だ。この間の「犬の散歩」作戦といい、もしかすると後世の戦史研究者が目にすることになりかねないこの重要な戦いの作戦名がこのセンスでは、僕は数百年後に笑いものにされている未来しか見えない。
「……続けます。で、本作戦において重要なのは、例の廃船の動力部ですが……」
「もちろん、大丈夫ですよぉ! 参謀長殿がブレッヒ准尉といちゃいちゃしている間に、ばっちり整備しておきましたぁ!」
なんだか今日のヴァルター中尉は妙に元気だな。何かいいことでもあったのか?
「おい、中尉。人聞きの悪いことを口走っているようだが、私がそのように浮かれているはずがないだろう」
「何を言ってるんですかぁ、中佐殿。つい先日、中佐がブレッヒ准尉に求婚したって話、知ってるんですよぉ」
「な……」
急に話の流れが、ミッションからゴシップな方向に変わり始めてしまったぞ。
「なんだって、ヒンメル中佐が、ブレッヒ准尉と婚約したのか?」
「ええ、そうなんですよぉ。それでぇ、ブレッヒ准尉が顔を真っ赤にしてしばらく躊躇してたんですけどぉ、最後にはOKを出したとかでぇ」
「ちょっと待て、貴官はどこでその話を!?」
「どこって、艦内では有名ですよぉ。だいたい左舷の展望室なんかで大胆に告白するなんてぇ、油断しすぎですよぉ」
普段のヒンメル中佐からは考えられない話だな。どちらかといえばドライで冷徹で冷静で、どこか冷め切った雰囲気の士官という印象のこの参謀長が、まさかこの旗艦の主計科に勤務している女性士官に艦内で結婚を申し込むだなんて、想像もつかない光景だ。
で、それからしばらくの間、このブリーフィングはヒンメル中佐をいじる会と化してしまった。で、中佐を問い詰めてわかったことは、今回の作戦が終わったらすぐに入籍するんだそうだ。ただ、すでに同棲はしているようで、一ヶ月ほど前から同じ宿舎で暮らしていると言っていた。
「なら、この艦内ではなく宿舎の中でそれについて話せばよかったんじゃないのか?」
「それがですね、艦内でこの作戦がひと月はかかると知って、それでいても立ってもいられなくてですね……」
案外この男、考えているようで考えていないところがあるな。僕の中ですっかりイメージが変わってしまった。もっとも、それだけ人間味のある部分があると知って僕は正直、ほっとしている。だがこのひと言は同時に、僕にある現実を突きつける。
ゴシップネタで盛り上がって忘れかけていた。ああそうか、そういえばこの作戦、最低でもひと月は続くんだった。その間に僕は、カタリーナと会えないことになる。あのツンデレ伯爵令嬢に会えなくて辛いと感じる日が来るなどとは、つい数ヶ月前までは考えたこともなかったな。
だから今度の「玉手箱」作戦は失敗するわけにはいかない。さっさと終わらせて、無事に帰還しよう。僕はそう誓う。
◇◇◇
「偽装要塞まで、あと三百!」
再び私はあの宙域に戻ってきた。近くで見ると、このハリボテ要塞のお粗末ぶりがよく分かる。荒削りな小惑星を、アンカーで繋ぎ合わせただけの実に簡単な作りだ。
見たところ、前回の偽装要塞にはあった浮遊砲台のような武装が見当たらない。見渡す限り、ただの岩のハリボテだ。ただし前回と大きく異なるのは、まったく隙間がないことだろう。どこにも穴がなく、中で何が行われているのかがまるで把握できない。
「ハリボテとしては優秀だな。ただし、機密性に関しては、だが」
「そうですね。中ではおそらく、要塞の建設が進んでいるのでしょう。それを把握させないための壁としては、よくできています」
無造作に張り合わせただけのハリボテ要塞に見えるが、その岩同士はびっちりと結合されており、まるで精巧な石垣のような、そんな作りだ。これは間違いなく中を見せないための工夫だろう。
だが、これではそもそも要塞の建設ができない。どこから資材を運び込むというのか?
「前回のあの偽装要塞は、ところどころに穴があった。だから、中が把握できて、偽装だと判明した」
「そうですね、閣下。それがなければあれが偽装された要塞だとは気づけなかったでしょうが、今回は見えようが見えまいが明らかに偽装ですからね」
「ああ、しかし……」
私にはどうにもその意図が見えない。偽装要塞だと見破られないためには、中がどうなっているのかを把握させないことは確かに重要だ。
しかし、こいつはそこまで秘匿する何かがあると言うのか? 外から見ても偽装と分かるハリボテ要塞に、隠すべき何にかがあるようには思えない。強いていえば、建築状況を隠すことができるくらいだが、それは質量推定からだいたいの進捗を掴むことができる。
考えられるのは、この中に隠された「戦艦」の存在だ。
アルトマイヤー少将は一度、我々の浮遊砲台を破壊するために旧式の戦艦につけられた大口径砲を用いたことがあった。我々も先日の戦いにおいて、建設中の要塞を破壊するために大口径砲を用いた。ということは、この中にはその大口径砲を持った戦艦を伏せているのではないか?
これだけ隙間なく敷き詰められた岩の壁によって遮られていれば、大口径砲の装填状況が把握できない。となれば、この要塞に対して我が艦隊が突撃をかけたとして、その艦隊を迎え撃つべく大口径砲を用いてくることは容易に想像できる。このあざといカムフラージュも、その大型砲を秘匿させる目的には最適だ。
つまり、このあからさまな偽装要塞は、我々を油断させて艦隊の接近を誘い、大口径砲で我が艦隊に大損害を与えようとしている、そういう罠ではないのか。私はそう、推測する。
となれば、我々強襲艦隊がやることはただ一つ。このハリボテを破壊し、その奥に潜む戦艦にダメージを与えること、だ。
人型重機およそ九千機を有する我が艦隊なら、戦艦の一隻や二隻、相手にすることは可能だ。撃沈までは至らなくとも、大型砲に損害を与えることくらいは可能だ。
そこで、私の考えた策はこうだ。
前回と同様、人型重機隊を突入させる。ただし、この要塞表面ではなく、この「殻」で覆われたその奥に潜む戦艦が狙いだ。三機に一機、前回と同様の核融合弾で爆装した重機を用意し、その大口径砲に接近、破壊を試みる。さらに内部で建設中の要塞コアなどがあれば、それも可能な限り破壊する。
すでに偽装要塞表面から二百キロまで接近した。そういえば前回は航空機隊が出迎えてくれたが、今回はそれらしきものがどこにもいない。おそらくは中にいるのかもしれないが、それにしてもあまりに無防備すぎる。
「よし、作戦を開始する。人型重機隊、全機発進!」
「はっ!」
ドルジエフ大佐が私の命令を受けて、発光信号を送る指示を出す。並いる強襲艦の上部のハッチが一斉に開き、中から人型重機が発進する。
「突破口を開ける場所を指定しなければなりませんね」
「そうだな……特に目印があるわけではないから、その辺の判断は一番隊隊長機に一任しよう」
まったく隙間が見当たらないため、まずはこの岩でできた殻に穴を開けて、そこから重機隊を突入させる。その上で、中に潜んでいるはずの戦艦に核融合弾を叩き込む。しかるのちに離脱。これが、我々の作戦の概要だ。
しかし、だ。あのアルトマイヤー少将が、我々の接近に何の構えもしていないとは考えられない。正直、すんなりと接近させてはもらえないと思っている。だが、これ以上のことは出たとこ勝負。臨機応変でしのぐしかない。
「一番隊、要塞表面に到達しました。これより進入路の確保を始める模様です」
電波を封印しているため、光学観測によりその人型重機の様子を把握せざるを得ない。取りついた一番隊の隊長機と思しき機体が手を振っており、腕につけられた小型のビーム砲をその岩肌に向けた。そして一発、放つ。
と、同時に、異変が起きる。
「よ、要塞表面に異変!」
ちょうど隊長機が放った一撃のあたりから、次々に誘爆が起こる。見ればそれは、岩同士を繋ぐアンカーが一斉に爆発を起こしているようだ。それはあっという間に殻の表面全体に伝わり、繋がっていた岩がバラバラに弾け飛ぶ。
まったく予想だにしない事態に、私をはじめこの戦闘指揮所内にいる乗員皆が唖然としている。だが、その奥から姿を現した物体を目にした私は、咄嗟にこう叫ぶ。
「で、電波管制解除! 重機隊全機に連絡、シールド展開、急げ!」




