#25 動
「スクリャロフ少将。貴官の強襲艦隊にて、あの要塞を強行偵察せよ」
臨時の部会が開かれ、私はパザロフ大将から直々に命令を受ける。
「はっ! ではスクリャロフ少将、命を受け直ちに進発いたします!」
多少、白々しいとは思うが、私は大将閣下の命を受けて起立、敬礼で応える。この突然の決断に他の諸将らはやや困惑気味だ。
さて、任務としては偵察だが、強行偵察ということは、あの要塞に肉薄し、場合によっては戦闘もかまわない、そういう任務ということになる。
つまりあれがハリボテであれば、結果的に破壊してしまっても仕方がないと、そういうことになる。いや、そこまで明言はされていないが、そういうことにしておこう。
「出撃許可が下りた。直ちに出発だ」
「はっ!」
司令部内で待っていたドルジエフ大佐と顔を合わせるや、私は臨時部会での決定を伝える。大佐はすぐにスマホを取り出して、艦隊各所長に軍司令部の決定を伝達する。
さて、いよいよ出発だ。あの要塞の本性を暴いてみせる。いや、あわよくば破壊する。私としては、後者が狙いではあるのだが。
「艦隊五百隻、および重機隊総勢一万機、すでに発進準備が整ったとのことです」
「そうか、早いな。では、全艦に伝達これより出発する」
「はっ!」
それから一時間後には、発進準備が整う。訓練された精鋭部隊だ、出動命令からの動きが早い。そして直ちに我が強襲艦隊は、あの要塞へと向かった。
◇◇◇
「そうか、『魔王』のおかげで、王国の連中は逃げていったのか」
僕の報告を聞き、ひどくご機嫌なのはブルグハルト皇太子殿下だ。
「はっ、魔王が相手となれば、仕方ありません」
「うむ、そうであるな。よく考えた……いや、よく魔王相手に無事に帰ってこられたものだ。そなたらの奮闘に、感謝する」
建前上、僕は「魔王」と戦ったことになっている。いや、そういうことにしておかないと、人間の国家同士の亀裂が生じかねない。すべては魔王のせい、それを退ける際に、たまたま国境を超えて作業をしていた王国側の石割職人や兵士らを守ることになった。感謝されることはあっても、非難されることはない。これをきっかけに、国境の位置が両国の間で再確認され、あの場所がグラーツェン帝国の領土であることも確定する。さぞかしボードメゼーヴェ王国側は不服だろう。しかし王国側も、魔王から救われた恩義ゆえに文句も言えない。
まんまと「魔王」をダシに王国側を黙らせることができた。で、僕は今、どちらかといえば争いの相手であるボードメゼーヴェ王国軍を守ったことに対し、皇太子殿下より労いの言葉をいただいているところだ。側から見れば、なんとおかしなやりとりだろうな。
そんなやりとりの後に僕は蒼玉宮を出て、そのまま近所にある軍司令部のビルに向かう。宮殿から馬車に乗り、そのまま車に乗り換えることなく馬車でビル前のロータリーにつける。僕が降りると、御者は鞭を振るって二頭立てのその馬車を進めてビルの前から宮殿へと戻っていった。
「馬車で出勤とは、なかなか粋な御身分じゃないか」
で、僕を呼び出したディーステル大将は開口一発、皮肉全開のセリフを放つ。
「皇太子殿下からの呼び出しと、大将閣下からの呼び出しとを同時にいただいた結果、まずは殿下の方からこなした結果であります。あの宮殿には、今でも車で近づくことはできませんから」
「分かっている。例の魔王討伐任務の報告であろう。しかしよくもまあ、外交的に波風立てることなく、おまけに帝国側に有利となるような方向に導くペテン作戦を考えついたものだ。貴官のそのアイデア力に、感心するばかりだ」
大将閣下はもしかして、僕を不愉快にさせたいのだろうか? いちいちニヤついた顔で僕を煽るような発言ばかりを投げかけるこの総司令官閣下に、僕はこう返す。
「あの、閣下、用事はこれでお済みでしょうか? でしたら、小官はこれより作戦に参加した強襲艦に出向き、その整備状況を確認してまいりたいと思っているのですが」
「いや、すまない。皮肉を言うのが本題ではない。貴官を呼び出したのは少し、相談したいことがあるからだ」
「相談、ですか?」
「そうだ。例の要塞建設の件だ」
ディーステル大将は、僕が一番関わりたくないあの要塞のことを持ち出してきた。
「報告によれば、あの偽装工作は成功し、敵の艦隊は寄り付いていないと聞いております。であれば、要塞建設も順調に推移していると小官は考えておりましたが」
「うむ、そうだな。バーナー中将のあの偽装要塞の作戦は成功し、敵は警戒して近づいてはこない。だが、別の問題が発生した」
「別の問題?」
「そうだ。一言で言えば、建設が進まないという問題だ」
妙なことを言う大将閣下。しかし、敵の艦隊は接近してこない。ならば建設も順調に進んでいるはずではないのか?
「おっしゃっている意味がわかりません。敵の妨害が入らないのに、どうして要塞建設が滞っているのですか?」
「あの要塞を質量的に偽装するために、要塞建設に必要な資材の多くをあのハリボテの中に押し込んだ。その結果、中のスペースが乏しく、そのおかげで建設がなかなか進まないという状態に陥ったというのだよ」
えっ、なにそれ、つまりハリボテの中がパズル状態に陥ってしまったってことか。そりゃあ建設どころじゃないだろう。
「で、大将閣下、まさか相談とは……」
「そうだ。敵にハリボテ要塞の真の姿がバレないように、建設を効率的に進める方法というものを編み出してほしいのだ」
虫のいいことを言い出すディーステル大将だ。そんなうまい方法、すぐに思いつけるわけがないだろう。しかもあの要塞の一件はすべてバーナー中将に一任したはずだ。そんなところに僕がでしゃばれば、あの経理の亡者が何を言い出すか分かったものではない。
「まあ、なんだ。すぐに提案しろとは言わない。考える時間も必要だろう。ともかく私は、貴官のあの魔王並みのアイデアを期待している」
「はっ、微力を尽くします」
なんだか妙な話になってきたぞ。とりあえず僕はそう答えたものの、どうすればいいかは分からない。だいたい僕はこの作戦に関して、まったく関与していない。だから現場がどうなっているのかすらも分からないから、アイデアなんて出しようがないというのが本音だ。
で、それから所要を済ませて宿舎に戻る。するとその中で優雅にケーキを食べながらくつろぐカタリーナがいた。
「あ、これはこれは旦那様、おかえりなさいませ」
頬に白いクリームをつけたまま、笑顔で迎えるカタリーナ。で、僕はとりあえず、殿下のお言葉と大将閣下からの相談とを話した。
「まあ、やはりあの無能なる中将閣下よりも、聡明なるフリッツの方をお選びになられたのですわね」
「いや、別に選ばれたわけではないが。ともかく、僕に声がかかるということは、それだけ現場の状況が深刻なのだろうな」
「そうなのですか? ですから私は最初からフリッツに任せれば良いと申してましたのに」
いくら貴族令嬢でも、軍の決定に口出しできるわけではないから、カタリーナの言葉など組み入れられるわけがない。しかし僕も今度ばかりはカタリーナの意見に賛同する。途中から丸投げされても、正直困る。これなら最初から僕に任せてくれれば、もうちょっと違うアプローチで攻めることができたというのに。
にしてもだ、建設にもたついているといずれ敵も要塞の偽装を察するかもしれない。そうならないためにも、何か考えた方が良さそうだ。しかし、どうしたものか……やれる手段が乏しい上に、指揮官はあのバーナー中将ときた。これならまだ「魔王」の方がマシだったな。そんなことを考えながら僕は、カタリーナが三つ目のケーキに手を出すところをじっと見つめていた。
◇◇◇
「なんだ、やはりハリボテじゃないか」
すでに要塞表面まで距離七百まで迫っていた。この中性子星域に至り、そこから三日もかけて慣性航行を続け、ようやく敵の要塞と思しきところまで接近した。が、この距離まで近づくと、これがとても要塞ではないことが分かる。
表面は確かに分厚い装甲板で覆われている。が、ところどころ空いている穴の隙間からは、中の様子がうかがえる。そこに見えるのは、ガラクタの山。いや、ガラクタというよりは真新しい資材なのだろうが、そんなものが所狭しとひしめきあい、それを作業員が必死に並べ替えているのが見える。
蓋を開けてみればそれは、単に要塞の部品を詰め込むだけ詰め込んだいわば「要塞キット」の状態だ。これを組み立てれば確かに要塞だが、組み上がってなければただの資材置き場に過ぎない。
にしても、どうしてこんなものが攻撃を仕掛けられるんだ? 不思議に思った私は、さらに要塞、いやハリボテ表面を探る。
「閣下、見てください、あれ」
距離三百まで接近したところで、そのカラクリも姿を現す。それを見たドルジエフ大佐が声を上げる。モニターを見ると、全長が二百メートルほどの細長い砲塔が数百基ほど、束ねられているのが見える。あれはおそらく浮遊砲台だ。それをかき集めて、あたかも「要塞砲」のように仕立てていただけだった。
「大佐、こうしてみると想像以上にお粗末なものだな」
「はっ、おっしゃる通りです、閣下」
「なんだ、我々はこんなものに怯えていたというのか……」
空いた口が塞がらない。ひどいものだ、文字通りのハリボテぶりに、私は憤りを通り越して、笑いさえ込み上げてくる。しかし、たったこれだけの仕掛けでまんまと我々を騙したその手腕に、私は感心せざるを得ない。これはもしや、アルトマイヤー少将の策なのか?
ただ、それにしてはあの機動艦隊が見当たらない。策だけ授けて出動していない、そんなことはあり得るのか? ともかくだ、この実態を目の当たりにした我々がするべきことは一つだ。
「閣下、この映像を持ち帰り、直ちに味方艦隊の出動を要請いたしましょう」
ドルジエフ大佐が、私にそう進言する。が、私はそれを否定する。
「いや、だめだ」
「なぜですか、閣下」
「まずはこのハリボテを破壊する。報告はそれからだ」




