#22 宴
「ねえ、この服、どうかしら?」
戦闘後の特別休暇の最中に、私とエカチェリーナは百貨店へと足を運ぶ。久しぶりに訪れたこの気品ある雰囲気の店舗を前に、彼女はすっかり舞い上がっている。
「いいんじゃないか」
「ちょっと、本気でそう言ってるの?」
「ああ、そうだよ」
どうも私の言葉が気に入らないらしい。心がこもっていないと、そう感じているのだろう。
いや、決して適当に答えているわけではない。単純に私には、女性の服を評価するだけの能力がないというだけのことだ。正直言えば、どれを着ていても同じにしか見えない。私にとって大事なのは、中身だけなのだから。
「そうだ、せっかくいい店にきたんだから、あそこに行こうよ」
「あそこって、例のあの店か」
「そうよ、あなたと最初にデートしたお店よ」
ちょうどあれは、少将に昇進したばかりの時だ。給料も上がり、彼女ともいい仲になってきたから、つい背伸びをしてこの百貨店に誘い、行き慣れない店に足を踏み入れてしまった。
その店に、再び行こうというのである。
「あなたもあの時と比べたら、今の方が店の雰囲気に釣り合ういい大人なっているでしょう」
「そうか? たかだか一年程度で、そんなに変わるものか」
「一年前は、負け知らずの強襲艦隊指揮官で、鼻持ちならない存在だったじゃない。それが今では、いい感じに研ぎ澄まされた人格者になってるわよ」
それはつまり、あの機動艦隊に負け続けたおかげだと言わんばかりだな。いや、確かにその通りだと思う。人間、勝ち続けていてはどこか人格が歪んでくる気がする。手痛い目にあった方が、人は心にその豊かさを宿すというわけか。あまり心地よいものではないが。
ということで、私とエカチェリーナはその店へと向かう。この百貨店のあるビルの上層にあるレストラン街の、そのまた上にある高級飲食街にそれはある。
エレベーターでその店のある階にたどり着くと、その奥にはガラス張りの展望台があり、そこからチェザレスクの街が一望できる。それを見たエカチェリーナは、その窓際に走り寄る。
「ちょっと見て見て! あの辺が、私たちの住む宿舎の方じゃない!?」
何をはしゃいでいるのか。たかだか四百メートルほどの高さの展望デッキじゃないか。普段、チェザレスク港から発進するときに、艦の窓からそれ以上に高い場所からこの街を見下ろしているだろうが。
が、任務に向かうときの心の余裕のなさを考えると、これほど穏やかな気分で街を見渡せるのはこの場所しかないな。そう考え直すと、私はエカチェリーナの元へ向かう。
すでに日は傾き、あと一時間もしないうちに日没を迎える。東の空からは、ちょうど一つ目の月である「ペルーン」が昇り始めたところだ。ほぼ満月なその月とは対照的に、今にも消えそうな三日月型の二つ目の月「ヴォーロス」が、太陽を追うように今にも沈もうとしている。
「そういえば、今月は満月のペルーンと新月のヴォーロスが同時に見られるんだそうよ」
「そうなのか」
「そうなのかって、二年ぶりなのよ、新月と満月が揃うのは」
「別に珍しい現象というわけでもないだろう。二つの月を持つこの星では、よく見られることだ」
「もう、分かってないわね」
やたらと月の話題を振りたがるな。そんなにロマンチストだったか、こいつは。だが、エカチェリーナはこう返す。
「ペルーンてのは雷神で、ヴォーロスというのは怒れる神獣なの。いつかはペルーンによって倒される運命のヴォーロスは、ああやって雷神から逃れ続けているのよ。で、まさに新月と満月ということは、ヴォーロスがまんまとペルーンから逃げおおせた状態を示してるの」
「なんだ、神話の話か」
「神話だからって、馬鹿にしちゃダメよ。で、その逸話から、二つの月が新月と満月になったその時は、神々の怒りが最もおさまる時だということで、その時を狙って願い事をするといつもより叶いやすくなると言われてるの」
なんだそりゃ? 神の機嫌がいい時だから、その時を狙って願い事を告げよというのか。節操のない話だな。
「で、エカチェリーナは何を願うんだ?」
「決まってるじゃない。あのヴォーロスのように、いつまでも逃げおおせられますようにって願うつもりよ」
「逃げおおせるって、何から」
「あなたの強襲艦隊が、あの敵の艦隊からよ」
「なんだ。それじゃまるで強襲艦隊が神獣で、機動艦隊が神だと言わんばかりじゃないか」
「実際に獣みたいなものでしょう。血に飢えた狼のように艦隊に群がって、その生き血を吸ってるんだから」
「人聞きの悪い言い方だな。それじゃあ我が艦隊は、悪役か何かか?」
「敵の駆逐艦乗りから見たら、悪役かもしれないわね」
少し離れた場所にはチェザレスクのビル群があり、そのビル群が長い影を街の上に落としている。それを眺めながら、私はエカチェリーナとなんだか変な議論をしている。
「……ともかくだ、そんなことをわざわざ祈らなくったって、捕まることはないよ。いくらでも逃げ延びてやるさ」
「そうだといいけど。だけどあなた、一度追いつかれてるでしょ? 私は心配だなぁ」
「だからお前、私の乗る〇〇一番艦の船務科にわざわざ異動してきて……」
「うわぁ、ちょっと見てこの店! このビーフストロガノフ、美味しそう!」
「おいエカチェリーナ、お前、こっちの鉄板焼きの店に行くって言ってたんじゃ……」
「そっちよりも、こっちの方が今のあなたにお似合いかもね。こっちにしようか?」
急に話をはぐらかされた。こいつはいつも、やりたいようにやる。悩み事なんてあるんだろうか? そんな天真爛漫なところが、私は気に入ってはいるのだがな。
で、散々迷った挙句に、結局は当初行こうとしていた鉄板焼きの店へと入ることになる。そこで分厚いステーキ肉と、見たこともないほど大きなエビを目の前で焼かれた。降り注がれたワインの出す派手な紫色の炎に驚きつつ、見事な料理に舌鼓を打つ。
あのアルトマイヤー少将も今ごろは、良い料理を食べているのだろうか? それとも噂通りに栄養ゼリーでも吸ってるのかもしれない。いずれにせよ、あの要塞での戦いが続く限り、どこかで直接対決をする時が来るだろう。
◇◇◇
「いやあ、聞けば聞くほど見事な戦術、さすがはアルトマイヤー男爵であるな!」
「は、はぁ、ありがとうございます……」
「あの三千もの砲台を一瞬で蹴散らすなど、我が帝国でも聞いたことのない戦果であるぞ! で、その戦術はどのようにして発案されたのか!?」
「は、はい、それはですね、昔の戦いでまさに似たような話が……」
なぜか僕は今、ある貴族に絡まれてる。いや、別に嫌味を言われているとか、そういうわけではない。単にまとわりつかれて、異様に賛美されているだけだ。
というか、誰なんだ、このお髭の貴族は? 僕が知っている貴族といえば、アンドラーシ伯爵様と宰相閣下であるヘッツェンドルフ伯爵様、それに例のフランケネック公爵様、そしてその取り巻きの数人程度だ。皇族に至っては、皇帝陛下しか知らない。
僕は今、社交界に参加している。宴会用の宮殿の大広間にて行われているこの社交界には、僕をはじめとする中将以上の将官と、たくさんの貴族や皇族が参加している。
といっても、軍関係者以外は誰が誰だかわからない。少将なんて僕ぐらいだ。例のバーナー中将もいる。僕以外の将官らはすっかりこの場に馴染んでおり、見知らぬ貴族たちと談笑しているのが見える。
にしてもカタリーナのやつ、どこに行っちゃったんだ? このお方がどなたかを知りたいんだけど、それを知るカタリーナがいなければ話にならない。だから僕は苦笑いをしつつ、この方をやり過ごす他ない。
「旦那様、遅くなりましたわ。ルイーゼやガブリエーレらにつかまってまして……」
と、そこにようやくカタリーナが現れる。どうやら、取り巻きにつかまっていてなかなか来られなかったようだな。そんな彼女がやっときたかと思えば、僕のそばに立つこのお方を見るや、すぐさま歩み寄って頭を下げ、ドレスのスカートの裾をつまんで礼をすると、口上を述べる。
「これは皇太子殿下、此度の会にお招きいただき、誠に恐悦至極に存じ奉ります」
「うむ、ちょうどそなたの夫と楽しく会話しておったところじゃ。いやはや、そなたらを招いて正解じゃった。楽しんでいかれよ」
というと、その貴族は僕とカタリーナに軽く手を振ると、その場から離れていった。
いや、待て。今、カタリーナのやつ、なんて言った? 確か皇太子って言わなかったか?
「ちょ、ちょっとカタリーナさん、先ほどの方ってまさか……」
「はい、旦那様。あのお方はブルグハルト・フォン・ラウトリンゲン皇太子殿下、つまりは次期皇帝陛下となられるお方ですわ」
えっ、つまり貴族じゃなくて、皇族だったの? それも皇太子殿下って、超セレブなお方じゃないか。そんなお方と僕は、戦闘の話で盛り上がっていたのか?
「かねてより殿下は、砲台殲滅の英雄と話がしたいと申しておりました。正に願ったり叶ったりのご様子でしたわ」
「で、でも、失礼ではなかったのかと」
「ブルグハルト殿下は、先進的なお方とお聞きしております。旦那様ならば、大丈夫ではないでしょうか」
うう、そう言われても、想定外の高貴なお方とのコンタクトを果たすとは全く想定外だった。ましてや僕は一度、この宮殿の庭に土足ならぬ人型重機で上がり込んでいるから、皇族から不興を買っていてもおかしくはない。
先ほどからカタリーナが口にする「旦那様」という言葉、貴族が自身の夫に対して用いるこの言葉に違和感を覚えないほど、僕は緊張している。例えるなら、連盟艦隊の真っ只中にただ一隻だけで放り込まれた、そんな気分だと言えば分かるだろうか。新参者で、英雄気取りの生意気な成り上がり者、そういう印象を持った貴族ばかりではなかろうか?
と思っていたのだが、
「いやあ、アルトマイヤー男爵よ。是非、あの会戦の話を聞きたい」
「そうじゃそうじゃ、砲台を殲滅したという話も痛快じゃが、なんと言っても二万七千の敵をたった一千の兵で翻弄したという話も愉快極まりない」
「は、はぁ……それでは」
なぜか、興味津々な貴族たちが多い。僕は砲台殲滅と、先の大会戦での話を何度かする羽目になる。
どちらかというと、貴族よりも同じ軍の将官たちからの視線の方が痛い。特にあのバーナー中将だ。明らかに僕を睨んでいる。いや、仕方がないだろう。僕だって好き好んで貴族たちに好かれているわけではないのだから。
つくづく感じる。むしろ身内の嫉妬の方が、この際は厄介だと。
「旦那様、この肉料理、とてもおいしゅうございますわ!」
そんな最中でも、食欲だけは衰えを見せないカタリーナに付き合わされて、あちらこちらに引っ張りまわされる。その場で出会う名も知らぬ貴族らにまた武勇伝を話す羽目になり、また引っ張りまわされて……その度に、まるで要塞砲のように僕に視線を貫き続けるあの中将からの攻撃にさらされる。
やっぱり、苦手だなぁ、この社交界というやつは。




