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#21 囮

 全長四千五百メートルもの大型艦に、随行する五百隻の艦艇が現れた。あの三千隻も当然、気づいているだろう。が、彼らは建設中の要塞を守備することが任務であるため、動けない。

 しかし、だ。そろそろやつらはこの大型艦の正体に気づくだろう。それを知って、果たしてその場に待機できるか?

 戦艦ロスチスラフには百メートル級の大口径砲が二門、備えつけられている。射程は三十一万キロ。やつらと我々の駆逐艦が持つ主砲の射程距離より一万キロ長い。

 このわずか一万キロの差が、深刻な事態をもたらす。

 つまり、やつらの砲火が届かない場所からの砲撃、すなわちアウトレンジ攻撃が可能ということだ。

 その代わりに、発射可能となるまでに十五分ほどかかってしまう。大口径砲はその破壊力の大きさの割に、装填時間が長すぎることが難点だ。それゆえにここ百年ほどの間にすっかり廃れてしまった。

 だから、老朽艦にしかこの大口径砲は存在しない。

 しかし、これが動かない要塞相手ならばどうか?

 無人の浮遊砲台群相手にその大口径の砲を用いたアルトマイヤー少将のその発想に倣い、こちらも大口径砲で応えることにした。

 もっとも、今度の敵は三千隻もの駆逐艦も一緒だ。

「戦艦ロスチスラフ、主砲装填開始!」

 まだ互いの距離は四十万キロほど離れている。が、あの要塞を破壊するには、この時点から装填を始めないと、発射まで待たされる羽目になる。

「目の前で大型砲を装填しつつ迫る戦艦を見て、やつらはどうするかな」

「常識的に考えて、そのままじっとしているとは思えませんな」

 ドルジエフ大佐が、私のこの問いかけに答える。今のところはまだ、あの三千隻は動かない。が、あのままじっとしているとは思えない。動かざれば、大型砲によるアウトレンジ砲撃で、あの三千隻かもしくはその後方にある建設中の要塞かのいずれかがやられてしまう。

 となると、やつらには二つしか選択肢がない。戦艦ロスチスラフに向かって突入するか、要塞を放棄して逃げ出すか。後者を取るとは思えないから、当然やつらは前進するはずだ。

「動きました! 三千隻の艦隊、前進を開始!」

 やはり動いたな。思った通りだ。

「両者の接触まで、あとどれくらいだ!?」

「はっ! およそ十分!」

「では、その間にこちらの作戦を始める。全艦、全速前進!」

 私は号令をかける。と同時に、機関音がCIC内に鳴り響く。五百隻の強襲艦が、一斉に突入を開始する。

 要するにあの大型艦と五百隻の駆逐艦は囮だ。本命は強襲艦隊だ。あの三千隻を要塞から引き離し、こちらが行動する猶予を作り出す。

「時間がない、一気に攻めるぞ! 雑電波弾、作動!」

「はっ! 雑電波弾、作動!」

 ここで私は、もう一つの切り札を取り出す。それは連合側の「眩光弾(げんこうだん)」に対抗して開発されたものの、採用されずに破棄寸前となっていた防御兵器だ。

 名前の通り、強烈な雑電波を発する。レーダー上には直径数十キロの巨大な影を作り出し、探知不能にする。その球の中では無線通信も使えない。

 これを撤退用の手段として考えていたが、使い物にならないことが判明した。精密機械の塊であるから、レールガンで打ち出すと故障する。眩光弾と違って光を発しないから、光学探知をくらますことはできない。おまけに高い。よって、目的の用途には使えない。そういう兵器だ。

 だが眩光弾と違って制御ができる。ノイズを出すタイミングや範囲を変えられる。この特性が、我が艦隊の作戦遂行には都合がいい。

 その雑電波弾数発を艦の外にワイヤーで曳航しつつ、電波の球を作り出す。ただしその大きさは五キロ程度。一見すると大きめのデブリだ。だから、この広い宇宙空間では誰も気に留めない。その中にはぎっしりと五百隻の強襲艦が詰まっている。

「人型重機隊、全機発進!」

 そのノイズの球に紛れて、私は人型重機隊を発進させる。すでに無線が使えないから、発光信号でそれを伝える。ギシギシとハッチの開く音、そして重機が射出する音が断続的に響く。

「要塞建設推定位置まで、およそ百キロ。七分、いや、五分あれば、作戦を遂行できます」

「そうだな、それくらいの時間しかかけられないだろうな」

 いっそ私も、重機に乗って前線に出られれば良かったと思う。指揮官として、ただ部下の帰還を待つだけというのも苦しいものだ。たった数分の作戦ながらも、それが永遠のように長く感じられてしまう。

 が、まもなく、発進した人型重機隊が戦果を挙げたことを知らせる「光明」が届く。

「エネルギー反応! 前方で大規模爆発を確認!」

 いくつもの火の玉が見える。あれはつまり、要塞が燃えてできた光だ。この瞬間、作戦の成功を悟る。CICの中では、ワーッという歓声が湧き起こる。

「まだだ! まだ任務は続いている! あれを全機回収し、無事に逃げおおせてこその成功だ!」

 家に着くまでが遠足だ。しかもこの遠足は、命懸けだ。失敗すれば当然、死が待っている。私は次の司令を出す。

「おそらくあの三千隻は、今ごろこちらの惨状に気付いて引き返し始めるころだ。雑電波弾を一時停止し、戦艦ロスチスラフに打電だ。背を向ける敵艦隊に向け、砲撃せよ、と」

「はっ!」

「それから、帰還する人型重機隊にレーザーロック。急げ」

 通信もレーダーも無効化するノイズを一時止めるよう、私は命じる。この間に、戦艦ロスチスラフへの追加命令と、人型重機隊の帰還のためのガイドの発信を行う。

「各艦より通信、人型重機隊のレーザーロック、完了」

「よし! では再び、雑電波弾作動! 限界まで出力を上げろ!」

 雑電波の中でも、レーザーロックさえ行えば味方の人型重機は母艦を目指して帰還することができる。このため、位置を特定されぬように敢えて巨大なノイズの塊を発生させる。

 強襲艦隊最大の欠点である、人型重機回収時の「死の時間」を、この雑電波弾で補う。これを使えば、こちらの位置は特定できない。その間に味方を回収し、この宙域から逃げる。

 さて、その回収作業が続く中、再び真っ暗な宇宙空間に光が現れる。

 戦艦ロスチスラフが放ったと思われる、太くて青白い閃光。その軸線上に光るいくつもの爆発光。その一つ一つはおそらく、あちらの艦艇だろう。

 あわよくば、あの大型砲で艦隊にもダメージを与えられれば御の字だと思っていた。そのために、要塞の破壊と大型砲装填完了のタイミングと合わせた作戦を策定し、それを実行した。

 とはいえ、まさかここまで上手くいくとは思わなかったな。このおまけの戦果も引っ提げて、私は悠々と帰還の途についた。


◇◇◇


「……というわけで、運び込んだばかりの要塞コアは破壊され、同時に二百隻以上の艦艇が敵の大型砲によって撃沈されてしまった」

 重苦しい空気が、この会議場内に漂う。ユルゲルス中将の顔色はすっかり失われている。今の報告をまとめると、こちらは建設中の要塞と艦隊をやられた。一方の敵は無傷のまま悠々と帰還。この間、わずかニ十分ほどの出来事。完膚なきまでにやられてしまった。

 時間的にはちょうど僕がカタリーナと一緒に、ショッピングモール内でカフェとドーナツ屋とオムライスの店をはしごしている時に起きた出来事らしい。カタリーナの遠慮のない笑顔を拝んでいる間に、そんな惨状が起きていようとは思ってもいなかった。

「要塞周辺に守備の艦艇を残すべきではなかったのか! たかが五百隻を相手に、三千隻が丸ごと動く必要などなかったであろう!」

「いやそもそも強襲艦隊の侵入を許していたことの方が問題だ。それほど接近していながら、どうして気づけなかったのか?」

 ユルゲルス中将を追及する声が飛び交うが、結果論だけ言っても仕方がない。ディーステル大将もその考えのようで、各将官の発言を止めた上でこう告げる。

「起きてしまったことは仕方あるまい。問題はこの先、どうするかだ。連合側ではあの宙域に、何らかの防御手段を建設することをすでに決めている。これについて各自、意見を述べよ」

 これを受けて、追及合戦から提案合戦へと変わる。いや、提案というか、単にできない理由を並べ始めたと言った方が正解か。

 そんな中で何かが決定するなんてこと、あるわけがない。そういうわけでこの部会は紛糾し、次の会合に向けて各将官に宿題が与えられて閉会する。

「なんですの。それならばアルトマイヤーさ……ふ、フリッツが意見されればよかったのではありませんか?」

「うーん、それなんだけど、できないんだ」

「できない? なぜでございますか?」

「実はディーステル大将から事前に、発言を控えるよう通告されていた」

「なんですかそれは! かの英雄に向かって、なんという仕打ちでしょう!」

「怒ることでもないよ。だいたい、あの場で何かを言ったところで却下されるのがオチだ。それが分かっていて、ディーステル大将は僕にそう告げたんだと思う」

「うむむ……そうなのですか? 軍というところは案外、面倒なところなのですわね」

 いや、貴族出身者に言われたくはないな。でも、カタリーナの言う通りだ。戦うべき相手はワームホール帯の向こう側にいるというのに、その前に身内同士で戦わなくてはならないとか、非効率極まりない。

「そういえば、もう一つ厄介なことが控えていることに気づいてしまった」

「なんでしょうか、名将たるアルト……フリッツが抱えている厄介ごととは?」

「明後日行われる、社交界だよ」

 正直言って、僕の悩みはそっちの方が大きい。帝国貴族が集まる社交界とやらに、僕は行かなくてはならない。それが、憂鬱でならない。

 当然その場には、あの七大家の当主もやってくる。僕はアンドラーシ伯爵派と思われているから、その反対勢力からは睨まれることだろう。いや、それ以上に頭が痛いのは、皇族も参加されると言うことだ。

 宮殿に人型重機で乗り込んだ実績があるからなぁ。あの行為をなんと思われていることやら。良い印象ではないことは明白だ。そんなドロドロした場所に僕は、身を投じなくてはならない。どうして思い悩まずにはいられようか?

「大丈夫ですわ。いざとなれば(わたくし)が貴方様をお守りいたします。アンドラーシ伯爵家の娘として、そしてアルトマイヤー家の妃として」

 そんな僕に、頼もしいことを言ってくれるカタリーナ。ベッドの上だとこの通り、僕に力強くも優しい言葉が出てくる。これが貴族の前に出た途端に、扇子で僕をぶっ叩いてくるほどキツい性格に戻ってしまう。甘えモードの今のうちに、彼女を賞玩しておこう。

 さて、そんなゆるい日々を過ごす中も、司令部に出向いてはあの決まらない会議に付き合わされ続ける。昼は殺伐、夜は甘美な日々を繰り返すうちに、ようやく要塞建設続行に向けて動き出す。

 で、次の要塞守備担当は、あのバーナー中将と決まった。

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