#20 建設
そんな出来事の末に、僕が主張した要塞建設案が承認される。浮遊砲台五百基と、駆逐艦十隻、一千名の犠牲と引き換えに。それは決して少ない犠牲ではない。
しかしだ、方針転換したものの、それはそれで問題はある。要塞建設にはおよそ一ヶ月。その建設中、どうやってその宙域を防衛するかという課題がのしかかる。
「大将閣下、別の場所で要塞を作り、それを運べばいいんじゃないですか?」
「そうはいかない。直径百キロだぞ、大型の民間輸送船よりも大きいのだ。どう考えても動かせないだろう、そんなもの」
いや、地球〇〇一には全長七百キロの超大型戦艦があると聞いているから、不可能ではないと思うのだが……と思ったが、その百キロの中には可能な限り多くの武装を搭載するため、それを動かすための機関などを積むスペースはないとのことだ。
「では、小官の艦隊もその防衛任務に就くのでありますか?」
「いや、今回、第二遠征艦隊の出番はない」
「えっ、そうなのですか? こういう任務には真っ先に放り込まれるのかと思ってましたが」
「あまり武勲が偏るのもよくないという、軍司令部内での意見もある。すでにいくつもの勝利に貢献している貴官ばかりを重用するのは避けるべきではないか? というバーナー中将の意見具申もあり、別の分艦隊に任せることになった」
「はっ、承知いたしました」
なんだ、またバーナー中将かよ。でも、よくよく考えてみれば、あまりこの手のことには関わりたくない。機動性が武器の艦隊なのに、微動だにしない物体の守備を任されては、その特色が活かせないことになる。
「なんですって!? エルレンマイヤー様を、外したと申すのですか!」
が、そのことにカタリーナはひどく憤慨する。
「別に重要な任務ってわけでもないし……」
「そのようなことはございませんわ! かつてアンドラーシ家も、ローエンザルツブルグ城築城の折に、それを阻止すべく群がる外敵どもをその銃火で蹴散らし、陛下より名誉ある一等勲章を授かったことがあるのです! その武人の名誉を奪われるなど、我が家に対する冒とくですわ!」
そんなカタリーナをなだめるのは大変だった。が、前線に出ることを思えば、この程度の苦労など大したことではない。
なお、その建設現場の守備という「名誉ある」任務に任ぜられたのは、ユルゲルス中将だ。そう、ゲートハイル上級大将閣下戦死の折に、上級大将閣下のいる左翼艦隊を任されていた指揮官だ。その時の雪辱を果たすべく、機会を与えられた。
「ユルゲルス中将、貴官に要塞建設の防衛任務を命ずる」
「はっ!」
「麾下の艦隊三千隻を率いて、直ちに進発せよ!」
ディーステル大将から命を受け、出陣するユルゲルス中将。その数、約三千隻。補給も潤沢、しかもいざという時にはここから一日で駆けつけられる距離なので、バックアップにも抜かりはない。おまけに中将クラスをあてた防衛任務。どう考えても、負ける要素が見当たらない。
にもかかわらず、不安しかないのはなぜだろうか?
◇◇◇
「今度は要塞を建設、ですか」
「うむ、そうらしい」
まるで近所にコンビニ建設でも決まったかのような軽いノリだが、それはとんでもない情報だ。浮遊砲台の次は、要塞ときた。
「で、どうなさるおつもりですか」
「当然、阻止する。眼の前に自分たちを処理する屠殺場を作られるなど、どうして看過できようか」
急に感情をあらわにするパザロフ大将だが、申し訳ないが例えが悪すぎる。それではまるで、我々が家畜と言わんばかりではないか。
「と、いうことだ。貴官の艦隊をもって、これを阻止せよ」
「はっ! ……って、はい?」
「なんだ、不服なのか?」
「相手は三千隻の艦隊だと、たった今おっしゃいませんでしたか?」
「うむ、言った」
「こちらはようやく五百隻揃ったばかりの強襲艦隊ですよ。それであの三千隻を突破して、建設中の要塞を破壊せよ、と?」
「そうだ。たとえ一万隻の艦隊でも、守りに徹した三千隻を突破することは困難だ。正攻法では無理だからこそ、ここは強襲艦隊に頼るしかない」
この大将閣下は時々、吹っ飛んだことを言い出す。任務を与えるべき相手を間違えているのではないか?
とはいえ、総司令官直々の御命令とあらば、従わざるをえない。私はすぐに宇宙港へ向かい、各艦に発進準備を指示する。
「えっ? 強襲艦隊五百隻だけで向かうの?」
「そんなわけないだろう。護衛の駆逐艦五百隻に、戦艦ロスチスラフを伴っての進軍だ」
「戦艦ロスチスラフって、うちで一番古い戦艦じゃない」
「古いからこそ、役に立つ」
「そうかしら? なんだかカビ臭そう」
前回までは旗艦ペレスウィートが随行してくれたから、軍の中でも重視された作戦に参加している、という意識が強かった。が、今回は我が軍でも屈指の老朽艦があてがわれた。これでは厄介者扱いされているのではないか、というのがエカチェリーナの懸念だ。
だが、むしろこの老朽艦を希望したのは私自身だ。
「えっ? わざわざ老朽艦なんて希望したの?」
「当然だ。駆逐艦五百隻ともども、私の作戦に必要だから手配してもらった」
「でも、なんだってあんな古い船を」
「決まっている、あの艦には、大型砲がついているからだ」
それを聞いたエカチェリーナは、まるで腑に落ちていないと言わんばかりに怪訝な表情を見せる。我々は強襲艦隊。隠密性を武器に敵の艦隊に肉薄し、破壊と混乱をもたらすための部隊。それがどうして、大型砲なのか?
「まあいい、どうせすぐにその理由は分かる。ついでに言えばこれは、あの浮遊砲台群の仇討ちでもあるんだ。だから、同じ大型砲を持ち出してやろうと思ったのも事実だがな」
「仇討ちだからって、何も同じ武器でやり返さなきゃいけないというルールがあるわけじゃないでしょうに」
発進準備で慌ただしい〇〇一番艦内の一室のベッドの上で、私はこの不満丸出しのエカチェリーナを抱き寄せながら考える。
今回は、いつもの私の戦い方ではない。いや、前回もそうだったが、あの負け戦以来、そして実際に機動艦隊の指揮官に会って話をして以来、私は大きく変わった。
◇◇◇
「アルトマイヤー様! 今度は三階に参りましょう!」
大型のショッピングモール内を、カタリーナと巡る。たった今、いつものカフェで一セット平らげたところだが、ここで終わらないのがこのお嬢様だ。
「ねえ、カタリーナ」
「なんでございます、アルトマイヤー様?」
「……ぼくらもう入籍したんだしさ、そのアルトマイヤー様っていうの、そろそろやめないか」
つい先日、僕らは入籍し、夫婦となった。この街で暮らし続けるには、婚約者というだけではダメだ。地球一〇七側の人間としての身分を確立するか、あるいは住み込みの契約社員、帝国風に言えば「使用人」にならなければ、地球一〇四五の住人はこの街の居住権を得ることはできない。伯爵令嬢のカタリーナが後者を選ぶわけがないから、当然、夫婦になるという選択肢を選ぶ。
そんな彼女も、長いブロンドの髪は貴族そのままだが、着ているのはカジュアルな衣服。見た目はすっかりこちら側の人だ。にもかかわらず貴族感覚な言葉遣いのままでは、周囲からの違和感による注目を誘う。
「で、では、なんとお呼びすればよろしいのですか……?」
「フリッツ」
「はい?」
「僕の名前だ。ほら、ヨーナスもそう呼んでるだろう」
「ええと、それじゃあ……フリッツ様」
「様はいらないよ。フリッツでいい」
「そ、それじゃあ……」
以前はあれだけ僕に冷たい態度を取り続けていたあのお嬢様が今、顔を真っ赤にして困惑している。そんな姿を見ることになるなんで、あの時は考えもしなかったな。僕はにこやかに、彼女が意を決するのを待つ。
「では、フリッツ! 直ちに三階に参るのですわ!」
と、突然このお嬢様は、態度が急変する。さっきまでのあのデレッとした態度はどこへやら。急に貴族のお嬢様の風格を取り戻してしまった。
「え、ええと、はい、いきましょうか……」
「次はドーナツ屋ですわよ、フリッツ! いざ、夏限定のドーナツ、スノーキャンディーセット攻略へ向けて前進ですわ!」
あのぉ、カタリーナさん、そういう態度にならないと、夫を名前で呼ぶことができないのか? さっきと今の中間辺りの態度を取ることはできないんだろうか。
などと思いながら、エスカレーターに乗って三階へと向かう。登り切ったそこで、僕はある人物とばったり出会う。
「おう、フリッツじゃねえか」
ヨーナスだ。で、あの男爵のご令嬢、ルイーゼさんを伴っている。そのルイーゼさんも、髪型は元のままながら、カタリーナと同様にカジュアルな夏服で身を固めている。
「なんだ、ヨーナスもきていたのか」
「そりゃそうだ。この街じゃ、ここぐらいしかデートできる場所がないからな」
堂々とそう語るヨーナスの後ろでは、顔を赤くしながらこちらを伺うルイーゼさんの姿がある。それを見たカタリーナが、扇子の代わりにさっきのカフェでもらったチラシで口元を覆いながら、こう話す。
「ルイーゼ、これからどこへ参るのです?」
「は、はい、カタリーナ様。実はこれからショッピングモールを出てですね……」
なんだか、貴族同士の語り合いになってきたぞ。いくらカジュアル服で身を包んでも、身分の差は絶対のようだ。
ところがそこに、まるで遠慮のないあの男が口を挟む。
「おう、今からこいつと一緒に、俺の宿舎に帰るんだよ」
「帰るって……お前、もう同棲してるのか?」
「同棲じゃねえ。夫婦だ」
衝撃的な事実が飛び出した。なんだこの二人、もう入籍していたのか。しかし、いくらなんでも早過ぎないか? それをそばで聞いていたルイーゼさんは、ヨーナスの腕を引っ張るとこう呟く。
「ちょ、ちょっとヨーナス、いくらなんでもバラしすぎじゃない!」
「は? いいじゃねえか、どうせいつかはバレる……いてて!」
ルイーゼさんは僕らに軽く会釈をすると、そのまま腕を引っ張りながら下のエスカレーターに乗り込んで行った。
なんだか、すっかり馴染んでいたな。あれなら大丈夫だろう。などと思いながら僕は、カタリーナを見る。するとどういうわけか、涙目のカタリーナがそこにいた。
「えっ!? ど、どうしたの!?」
慌てて僕はカタリーナに声をかけると、カタリーナは答える。
「ふ、フリッツ……アルトマイヤー様、もしかしてお名前でお呼びするときは、あのような態度がご所望でしたか?」
対等な立場の友人や家族がいないカタリーナにとって、目上か目下の者への物言いしか心得ていない。だから、まさに今、あの二人の対等な会話を見せつけられて、すっかり困惑してしまった。
しかし、だ。カタリーナには悪いけど、その困惑した瞬間の顔が、僕はたまらなく好きなんだよなぁ。
◇◇◇
「まもなく、作戦宙域に突入します!」
副官のドルジエフ大佐が告げる。私はCIC(戦闘指揮所)内で目の前の大型モニターに目を移す。
「噂通り、三千隻が展開しているな」
「はっ、おそらく、建設中の要塞はその後方かと」
「了解した。では早速、それを破壊するとしようか」
私は軽く手を挙げる。それに呼応し、サイレンが鳴り響く。作戦開始の合図だ。
やるべきことは単純だ。強襲艦隊五百隻で隠密モードのまま建設中の要塞に接近し、そこで人型重機を発進させ、それを破壊する。
だが、今回は三千隻が相手だ。無策のまま突入し攻撃すれば、人型重機を回収している間に返り討ちにされてしまう。前回のような少数の艦隊ならばついでに叩くこともできたのだろうが、今度は数が多過ぎだ。よって、あの三千隻をかわしつつ、後方にある要塞を完膚なきまでに粉砕する必要がある。
といっても、まだレーダーで捉えられないほどの大きさだ。おそらくはまだ、コア部分すらもない状態だろう。
叩くなら、今しかない。
「戦艦ロスチスラフに連絡! 作戦を開始する、前進せよ、と!」




