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#2 機転

「ちゅ、中央艦隊司令官、エンゲルハルト大将へ直接通信だ!」

 想定外の事態だ。いや、軍務的には想定内だ。最前線に指揮官がしゃしゃり出ている。戦死することは当然、ありうると考えてしかるべきだ。あまり想定したくはなかったが、その場合のプランを、僕は実行に移す。

 僕が中央艦隊、つまりこの艦隊内でグートハイル上級大将に次いで階級の高いエンゲルハルト大将の艦隊に所属している理由は、まさに上級大将閣下が戦死された場合に備えてのことだ。その場合は当然だが、次に階級が高いエンゲルハルト大将が総司令官代理となる。

 その指揮官代理となるべき人物が、モニターに映る。

『エンゲルハルトだ』

 僕は敬礼し、用件を告げる。

「エンゲルハルト大将、先ほど駆逐艦一〇〇一号艦撃沈の報が入りました」

 僕のこの一言を受けて、一瞬その表情をゆがませる。

「この事態を受けて、閣下に総司令官代理として指揮権の引継ぎをお願いいたします」

 今は戦闘の真っ最中だ。冷徹に物事を判断し、最善の策を選択する。それが、艦隊総司令部参謀長としての役目だ。

 が、いきなりこの大将閣下は、とんでもないことを言い始める。

『私は分艦隊司令だ。軍規の上では、総司令部内の最高位の者が指揮権を引き継ぐという決まりではないか?』

 予想もつかない返答に、僕は戸惑う。僕は答える。

「ですが大将閣下、小官は准将です。小官が現在、総司令部内での最高位ということになります」

『ならば、貴官が指揮権を引き継ぐべきでは?』

「いやいや、一万隻、一個艦隊の指揮権を、たかが准将が引き継いだらおかしいでしょう!」

 思わず叫んでしまった。相手は大将閣下、つまり一個艦隊、一万隻の艦艇を指揮することはその資格上、何ら問題のない人物だ。その人物から、総司令官代理を断られるなど、まったくの想定外の事態だ。

『ともかく、自身の分艦隊の指揮で手いっぱいだ。総司令部内でなんとかせよ。では』

「あ、エンゲルハルト大将!」

 そしてエンゲルハルト大将は僕にそう一言だけ告げると、通信を一方的に切ってしまった。

「じゅ、准将閣下……」

 隣に座る通信士官にも、事の異常さが理解できたようだ。まさかこんな結果になるとは、この通信士官すらも思わなかっただろう。だが僕はすぐに切り替える。

「仕方がない。右翼艦隊、シュルツェ中将に直接通信だ」

 こうなったら、その次の職位の人物につなぐしかない。が、そのシュルツェ中将からの返答は「否」だった。

 理由は簡単だ。エンゲルハルト大将を差し置いて総司令官代理などになれるわけがない。そう僕に告げて、再び一方的に通信を切られてしまった。

 もちろん、残るユルゲルス中将にも連絡する。が、こちらは一万機の人型重機隊の襲撃を受けている真っ最中であり、それどころではない。直接通信も叶わず、ただ総司令部に次善の策を乞う、とだけ打電してきた。

 あとは各分艦隊にいる少将閣下にお願いするか、だが……いや、聞くまでもない。答えはおのずと分かっている。分艦隊司令ですら受けない総司令官代理の任を受けてくれる少将などいないだろう。ならばこれ以上、指揮官不在を続ける方が我が艦隊にとっては危機的状況だ。

 僕は、決断する。

「戦死されたグートハイル上級大将に代わり、小官が総司令官代理を務め、指揮権を引き継ぐ」

 これを聞いた、この駆逐艦三一〇〇号艦の艦長の顔が一瞬、青ざめるのが分かる。自身よりも若造で戦闘経験の少ない准将が、よりにもよって一万隻の艦隊の指揮権を引き継いでしまったのだ。

 指揮権云々もそうだが、この艦長としてはこの艦が「総司令部」に格上げされてしまうことの方が重大なのだろう。いきなり一万隻分の責任を負うことになってしまった、艦長の顔の青さは、その重圧の大きさを物語っている。

 が、重圧(プレッシャー)という点では、こちらの方が遥かに上だ。まだ二十八歳だというのに、いきなり一万隻の艦隊を指揮しろなどとは、無茶が過ぎるというものだろう。

 そんなプレッシャーに耐えながら、僕は指示を出す。

「中央、右翼艦隊、速やかに左翼艦隊後方に移動せよ!」


◇◇◇


「なんだと、敵艦隊が!?」

「はっ! 急速に陣形を転換、まるで左翼艦隊を盾にするように、残りの二つの分艦隊が移動を開始しております!」

 予想外のことが起こっている。連合のやつら、何を考えているんだ? あの左翼艦隊四千隻では、すでに数百隻以上が撃沈した。とはいえ大多数はまだ健在、盾として使っていい状況ではない。常識的には左翼艦隊を後退させつつ、あちらも重機隊を発進させて救援に向かうべきだろう。

 あの陣形転換には、参謀役のドルジエフ大佐も不審に思ったようだ。

「何か、策があるのでしょうか?」

「さあな……考えられるとすれば、少しでも早く人型重機隊を送り込むために接近した、というものだが……」

 と、私はそう応えつつも、違うなと思う。人型重機隊を送り込むために後ろに回る必然性がない。そんなことをすれば、左翼艦隊がただ砲火に晒されるだけで……

 いや、待てよ? それはつまり、あの艦隊に群がる味方の人型重機隊も同様ではないか。

「しまった、そういうことか!」

 私のこの叫びに、この狭い部屋に詰める士官らがこちらに注目する。

「ドルジエフ大佐、しばらくここの指揮を任せる!」

「はっ! で、少将閣下はどこへ?」

「総司令部に戻る!」

 私の直感が正しければ、今ごろは総司令部内は混乱している頃だろう。それを確認し、こちらも早々に手を打たなければ。

 総司令部はすぐ隣の中央指揮所にある。私が部屋に入るや、数人の参謀が一斉にこちらを見つめる。

「ちょうどいいところに来たな。いや、困ったことになっとるよ」

 その参謀らに成り代わって発言するのは、パザロフ大将だ。

「やはり、混乱しておりますか」

「うむ、まさしく混乱しておるよ」

 まるで他人事のように返す大将閣下だが、あの顔は本当に困っている様子だ。その大将閣下に発言に続いて、参謀長が声を上げる。

「分かってるなら、直ちに貴官の強襲艦隊、および人型重機隊を下がらせろ! 砲撃戦のじゃまだ!」

 そうだ。同士討ちを避けるために、あの左翼艦隊への攻撃が手薄になってしまう。そんな左翼艦隊を盾にした。今となっては、人型重機隊を飛び込ませてしまったがゆえに、かえって艦隊を攻撃できない状況を作り上げてしまったことになる。

 だが、声を上げる参謀長に手をかざして制止するパザロフ大将。

「いや、参謀長よ、彼の戦術は決して間違ってはいない。現に今時点では、我々は圧倒的に勝利している。だが、事態は大きく変化した。ゆえに、人型重機隊を下がらせてほしい」

「はっ!」

「しかし、それはそれで困ったものだな」

「どういう、ことでしょうか?」

「考えてもみろ。貴官が指揮する強襲艦隊五百隻は、混乱に乗じて撤収するのがセオリーであろう。だが、混乱していない艦艇が六千隻もその後方に控えている。あの五百隻を、どう無事に撤収させるかが悩みどころだな」

 うっ……痛いところを突かれてしまった。その通りだ。今の状況はどう贔屓目に見ても、人型重機隊にとっては大いなる危機だ。私は大将閣下に敬礼し、再び強襲艦隊指揮所へと向かう。

 人型重機を使った強襲戦術は何も、我々の独創というわけではない。むしろあれを最初に使った急襲を行ったのは、敵である連合側だ。だが、一つ間違えれば撤収時に大きな損害を出す羽目になり、なかなか使えない戦術だった。

 それを規模を大きくしつつ、かつステルス性を挙げた強襲艦でその戦術を改良したのは私だ。この改良型の戦術が、この宙域での数多くの戦果につなげられてきた。

 が、この強襲戦術には一つ、大いなる欠点がある。

 それは、人型重機隊を回収し、引き上げる際の問題だ。

 発進させた人型重機を回収するためには、強襲艦は一時、停船しなければならない。この回収作業の時間が、魔の時間と呼ばれている。

 この無防備な時間をどうやり過ごすか、それが人型重機による強襲戦術を支える重要な要素となっている。

 私の場合は、それを敵の混乱に乗じることで魔の時間をやり過ごしてきた。いや、それだけではないが、それが前提だ。しかし今、その混乱を利用する手段が防がれてしまった。

 敵は三隊に分散し、攻撃してきた。分散した敵の一隊を攻撃することで、これまで以上に大きな戦果を挙げることができた。が、その一方で、残りの健全な二隊からの攻撃を許すことになってしまった。

 まさかそれを逆手にとってあのような手を打つとは。全く想定外だった。そこまで賢いやつに、私は出会ったことがない。

 そういえば、今度の敵は臨機応変型の指揮官だと聞いたな。確かに、これまでの敵とは想定外の動きをしている。認めざるを得ないな。だが、最後に勝利するのは我々、連盟側だ。

 指揮所に入った私は、下令する。

「人型重機隊を下がらせる。急げ」


◇◇◇


 思った通りだ。左翼艦隊を盾にしたら、砲撃の手が緩んだ。

 あそこには、敵にとって無数の味方の人型重機がいる。ということは敵にしてみれば、同士撃ちを避けるために砲撃の手を緩めざるを得ないのではないか? と考えた。だから敢えて、盾にしてみた。

 当然というか、僕が左翼艦隊の後方に中央、右翼を移動すると聞いて、すぐにエンゲルハルト大将、シュルツェ中将から抗議の声が飛んできた。味方を盾にするつもりか、と。

 だが僕が「ならば指揮権をお譲りします」と言ったら、どちらも途端に抗議を引っ込めた。要するに、責任は持ちたくないらしい。僕だって嫌だ。だが、押し付けられた以上、こちらの命令を聞いてもらう。

 准将が大将、中将を指揮するという異例の状態が続いている。しかし今のところ、順調に事が運んでいるようだ。もうまもなく、敵の強襲部隊も撤収を開始するだろう。

 そして、それこそが我々の狙い目だ。

「敵強襲艦隊を捉えられるか?」

「いえ、未だ……ですが、人型重機隊が撤退を始めた模様です」

「そうか。哨戒機隊に連絡、人型重機隊の行き先を見失うな、と」

 データリンクによれば、こちら側はすでに四百隻以上を沈められた。損耗率四パーセント。撃沈まで至らずとも、航行不能に陥っている艦もいるだろう。一時間にも満たない艦隊戦でのこの損失は、あまりにも大きすぎる。

 撤退する敵の人型重機隊を、我々の航空隊および重機隊も追尾しようとするが、僕はすぐに帰投命令を出す。戦闘はまだ、終わっていない。

「敵の重機隊が撤収しつつあります。ということは、そろそろこちらに砲火が向けられるはずです」

「そ、そうですか」

 僕は艦長に、そう告げる。そんなことは分かっているものの、だから何だという顔でこちらを見つめる艦長。そんな艦長から、僕は通信士に目を移す。

「と、いうことで、こちらも撤退を開始する。通信士、全艦に伝達、直ちに後退せよ、と」

「はっ!」

 この期に及んで艦隊司令部がすることはただ一つ。撤退だ。すでに四パーセントもの損害を出し、かつ総司令官が戦死された。となれば、この場を一刻も早く立ち去るほかない。

 幸いにも敵は味方を撤収することにその神経を集中させている。ならばそれに乗じて、一隻でも多くの艦艇をこの宙域から逃すことが先決であろう。

「左翼艦隊、ユルゲルス中将より入電。左翼艦隊四千隻のうち、四百隻が撃沈、二百隻が行動不能、以上です」

 撤退を決めた途端、もっとも損害の大きな左翼艦隊司令官から通信が入る。単なる現状報告のようで、実は僕に大きな決断を迫っている。

 つまり、行動不能なおよそ二百隻の艦艇をどうするのか? おそらくは人型重機からの攻撃で、噴出口や機関をやられたために動けなくなったのだろう。多くの乗員はおそらく健在なはず。このままではそんな中身が健在な二百隻、二万人の乗員を見殺しにすることになってしまう。ゆえにこの左翼艦隊司令官は、僕に決断を押し付けてきた。

「……撤退を優先、脱落艦艇は置いていく。その二百隻には、敵に降伏するように呼びかけよ、と返電せよ」

「はっ!」

 通信士官は何も言わずに、黙々と僕の言葉を送信している。

 もちろん、降伏を申し出たところで全ての艦艇が回収されるわけではないだろう。一部は、見捨てられることになる可能性は高い。だが脱落艦艇にこだわれば、健在な我々に損害が出かねない。苦渋の決断だ。

 しかし、だ。ただ苦渋の決断をするだけではおさまらない。敵にも一矢報いてやらねば、と思っている。

 その機会が、ついに訪れた。

「哨戒機隊より入電! 敵強襲艦隊を捕捉!」

 この撤退戦の最中でも、哨戒機隊を使って忍耐強く人型重機の向かう先を追い続けていた。それが功を奏する。

「数は!?」

「五百隻ほど、左翼艦隊側方、距離五千!」

「よし、弔い合戦だ。中央艦隊三千隻にて、強襲艦隊を一斉砲撃せよ!」 

 すでに敵艦隊主力とは三十一万キロの距離にあり、射程外にあった。が、あの人型重機を輸送する強襲艦隊は、我々から一万キロ以内にある。

 あれをむざむざと逃せば、我々の大敗北は確定する。負けは認めるとしても、敵が無傷同然では今後の士気にも関わる。

 せめてあれの何分の一かを撃沈せねば、僕の気がおさまらない。

「データリンクにて位置情報取得! 照準よし!」

「よし、砲撃開始!」

 一度止んだはずの砲撃が、再び始まる。三千隻から一斉に、青白い砲火が伸びる。

「命中! およそ百隻ほどの撃沈を確認!」

 初弾で、いきなり百隻だ。さっきまでお通夜の様相だったこの艦橋内が、一気に盛り上がる。だが、僕は続けてこう命じる。

「全艦、砲撃停止! 転舵、反転して現宙域を離脱せよ!」


◇◇◇


「……やはり、やられたか」

「はっ! してやられました」

 私はパザロフ大将に報告する。配下の艦隊を、一撃で百隻あまりも失ってしまった。重機を回収中の無防備な時間を、見事に狙われた。

 だが、その気になれば全滅することも可能だったはずだ。それがたったの一撃だけで撤退。すでに敵はワープアウトした後で、この宙域にその姿はない。

「あのまま強襲艦隊を攻撃していたら、我々主力が追いついただろう。そうなれば、やつらは無事に撤退できたかどうか。さらに損害を増して、甚大な損失を被るところだった。そう考えての行動だろうな」

 パザロフ大将がそう述べる。敵は引き際をわきまえていた、そういうことだ。言い換えれば、こちらも引き際を誤るべきではなかった。我々はあと少しで完全勝利となるべきところだったのに、最後の最後でその勝利を逃してしまったのだから。

「まあいい、その百七隻、重機およそ二千機、人員一万三千人を弔いつつ、次に備えよ」

「はっ」

 パザロフ大将にそう告げられる。今度の戦いでは、砲撃戦では四十五隻、強襲戦術で四百十七隻、敵の重機と航空機を合わせて五百機ほどを撃墜確実、という戦果を挙げた。

 一方で、駆逐艦二十七隻を砲撃戦で失い、強襲艦百七隻と人型重機も全部で二千百機以上を失った。五分の一の損失、しかもその多くが最後のあの一撃によるものだ。私にとっては大きな痛手、どうしてもうちょっと早く撤収命令を出さなかったのか? と悔やまれてならない。とにかく、戦果と損失が大きな戦いであった。

 それにしてもあの艦隊、途中から急に艦隊運動が変化した。あれだけ大胆な行動変化を、私は見たことがない。いつもの指揮官が相手ならば、あれほど多くの強襲艦隊を失うことはなかっただろう。

 いつもとは違う戦い。私はこの先も、あの敵の指揮官とやり合う羽目になるのだろうか?

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